やはり、グラフが一番

 【「予備試験を含めて考えれば法曹志望者の数は減っていない」は本当か?】というブログ記事に、司法試験と予備試験の出願者数の推移が載っている。

 司法試験+予備試験の出願者数の合計
 H23年 20869(新11892+予*8971+旧6)
 H24年 20383(司11265+予*9118)
 H25年 21570(司10315+予11255)
 H26年 21877(司*9255+予12622)
 H27年 21615(司*9072+予12543)←司法試験受験回数制限が5年5回までに変更
 H28年 20497(司*7730+予12767)
 H29年 19894(司*6716+予13178)
 H30年 19557(司*5811+予13746)
 H31年 19424(司*4930+予14494)
 ※H31年は、いずれも速報値。


 数字を見ていけば、司法試験と予備試験の出願者数の合計が平成26年をピークに、その後は減少の一途であることが分かる。こんなときこそ、グラフだ。

司法試験出願


 グラフを「眺めれば」、嫌でも、出願者数の増減はもちろん、司法試験、予備試験の、それぞれの出願数の増減も、瞬時に分かる。

 素材としたブログは、常に詳細なデータに基づいて的確な分析をしているのだが、データが、常に上記のような数値で示されるだけで、グラフを使用していないのは、もったいない限りである。

----- 追記 2019.3.2 -------------------------------------------------------------------

 昨日のグラフを折れ線グラフにしてみた。

 
司法試験出願-折れ線

 予備試験の増減も分かりやすくなった。

 積み上げ式の棒グラフの場合、上に来る予備試験の基点の高さが、下の司法試験の頂点となり、一定しないのだが、折れ線グラフにすれば、そのようなことはないので、分かりやすくなったのだ。

 比較のため、昨日のグラフと新しいグラフを左右に並べてみた。

司法試験出願 司法試験出願-折れ線
 

 なお、棒グラフでも積み上げ式にしなければ、予備試験の増減自体は分かりやすくなるのだが、グラフ全体が、ごちゃごちゃしてしまうので、避けた方がよい。

司法試験出願-積み上げなし


 この記事の後日談を、【やはり、グラフが一番 後日談】に書いた。


順位戦の予測 分かりやすさの基本は、「文章より表、一次元より二次元、無駄は省略」

 将棋界では、明日、3月1日(金)、トップ棋士によるA級順位戦の最終局が行われ、昨年に引き続き名人への挑戦権をかけて、豊島二冠(棋聖・王位)が久保九段と対戦する。

 最終局の行方を予測する記事の中に、次のような表が掲載されていた【佐藤天彦名人への挑戦者決まるか――A級順位戦最終日展望】。

豊島・久保-1

 (実際は、この下に、あと7局の結果が延々と記載されているのだが、省略した)

 この表を見ても、豊島二冠が過去の久保九段との対戦で優位にあるのか否かは、すぐに分からない。一つずつ見て、豊島の後ろの「○」を数えなければ、何も見えてこない。

 そこで、分かりやすく二次元の表にしたのが、これだ。

豊島・久保-2

 これなら、直近十局の対戦は、互角であること、先手後手の手番による勝敗も特別に偏っている訳ではないこと、この一年近くは対局が全くないこと、等が、一瞬にして見て取れる。

 これまでも、何度も述べきたことだが、以下の三つは、「分かりやすさ」の基本である。

  ● 文章より
  ● 一次元の表より、二次元の表
  ● 無駄な記載は省略 (豊島の勝敗と久保の勝敗は裏表の関係なので、一方を書けば足りる)

----- 追記 -------------------------------------------------------------------

 改めて、この記事を読み直してみて、冒頭の表現が気になった。

昨年に引き続き名人への挑戦権をかけて、豊島二冠(棋聖・王位)が久保九段と対戦する。

 
 昨年、豊島は、勝てば挑戦権獲得という対局で敗れ、空前の6人の棋士によるプレーオフとなり、その緒戦で久保に勝ったのだが、4局目で羽生竜王に敗れ、名人への挑戦はならなかった。 

 ところが、上記の表現だと、下記の疑問が湧いてくる。

  ・ 豊島は、昨年は挑戦権を獲得したのか

 分かりにくさの原因は、「引き続き」が何を修飾しているか曖昧なことであるが、現時点で、うまく説明できない。改めて、追記の形で説明する予定だが、読者の方が鮮やかに説明してくれるとありがたい。

----- 追記 -------------------------------------------------------------------

 表についても、見直した。
 
豊島・久保-3

 これなら、手番による勝敗の違いも一目瞭然である。

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「三浦さんの好きな維新の松井さん」 誰が誰を好きなのか?

 松井大阪府知事が米山元新潟県知事を名誉毀損を理由に損害賠償請求をしていた事件の控訴理由書の一節である【米山隆一の10年先のために】。

 「因みにこの『高校』は大阪府立高校であり,その責任者は三浦さんの好きな維新の松井さんであり,異論を出したものを叩きつぶし党への恭順を誓わせてその従順さに満足するという眼前の光景と随分似ていて,それが伝染している様にも見えるのですが,その辺全部スルー若しくはOKというのが興味深いです。」 


 「三浦さんの好きな維新の松井さん」とあるが、誰が誰を好きなのか、これだけでは分からない。

   誰が  誰を
   三浦 → 維新
   三浦 → 松井
   維新 → 三浦
   松井 → 三浦

 4通りの解釈が可能になった原因は、以下のとおりである。
 
 ● 「の」が多義的なこと(対象を示すか、主体を示すか)
      ・対象
        カレーの好きな日本人  
      ・主体 
        日本人の好きなカレー  

     「の」が多義的であることについては、以前に詳しく書いた。
       【「長男の父親の不倫相手」は、男か、女か

 ● 修飾語は、直後の名詞を修飾するとは限らないこと

 ところで、この事件は、一審の地裁では、550万の請求に対して、33万の賠償が命じられたのに対して、二審の高裁では、損害賠償の支払い義務はないと言う内容の和解が成立したものである。

 上記の控訴理由書に引用された地裁判決には、「分かりやすさ」の点でも、論理の展開の点でも問題が山ほどある。他方、控訴理由書の方も必ずしも分かりやすいとは言えない。

 いわば、このブログの素材がぎっしりあるのだが、ブログで取り上げるにしても、分かりやすく説明するのは結構、大変そうである。いつか、余裕のあるときに、取り上げることとする。



色彩テスト 得点 ゼロ 直感に馴染む数字を使う

 色彩テストをやってみた【エックスライト社のカラーIQ(色彩感覚)テスト】。
 
色彩テスト-1

 青紫~赤紫のパネルがランダムに並んでいるが、パネルを動かして、左端の青紫から右端の赤紫まで順に少しずつ赤みを増して行く行く「グラデーション」にする、というものだ。他にも、黄緑~黄土色など、何種類か並んでおり、同じように、きれいなグラデーションを作れるかが試される。

 このブログでも色彩については何度も書いているように、色彩感覚については、そこそこの自信はあった。ところが、採点をすると、こうだった。

色彩テスト-3

 私の自信は全く根拠のないものだったのかと愕然としたのだが、スコアの下の説明文を読んで納得した。

色彩テスト-5

 なんと、パーフェクトである。

 ちなみに、いたずらで、適当にやってみたら、こうなった。

色彩テスト-4

 スコア106と言うことだから、もっと出鱈目に並べたら、200くらいになるのかも知れない。

 いずれにせよ、色彩感覚が優れている方が、スコアが低いというのは、直感に反するものである。

 やはり、パーフエクトなら、100点、全然ダメなら、0点、とするのが直感に馴染む。

----- 追記 -------------------------------------------------------------------

 パーフェクトなのは結構なのだが、手放しで喜ぶわけには行かない。

 私に区別できても多くの人に区別できない場合があるということであり、そのことを踏まえて色分けをしないと、多数の人には理解してもらえない可能性があるということになる。

臨時休館のお知らせ 

 図書館から、予約していた本が届いたという告知のメールが届き、そのメールの下の方に以下の記載があった。

伏見中央図書館は2月25日(月曜日)から3月1日(金曜日)まで,
醍醐図書館は2月25日(月曜日)から2月28日(木曜日)まで,
吉祥院,西京,こどもみらい館子育て図書館は2月25日(月曜日)から2月27日(水曜日)まで,
久我のもり図書館は3月4日(月曜日)から3月7日(木曜日)まで,
岩倉,東山,南,洛西,向島図書館は3月4日(月曜日)から3月6日(水曜日)まで,
図書特別整理のため,臨時休館します。


 はじめは、読み飛ばそうと思ったのだが、最後の行に「臨時休館」とあるのに気づいた。そこで、自分が利用する分館も臨時休館するのか確かめるために、上から読んで行った。

 けれども、文字が詰めて書かれている中で、目当ての図書館名を捜すのは、面倒だ。ざっと見て見当たらなかったとしても、見落としの可能性もあり、「ない」ということを確認するのは、結構、神経を使う。もう一度、丹念に見て行って、臨時休館はしないのだということを確認することになる。

そこで、改善案を作ってみた。

★臨時休館★ 図書特別整理のため、下記のとおり、臨時休館します。

伏見中央図書2月25日(月)~3月1日(金)
醍醐図書館図2月25日(月)~2月28日(木)
吉祥院,西京,こどもみらい館子育て
図書館図書館2月25日(月)~2月27日(水)
久我のもり3月4日(月)~3月7日(木)
岩倉,東山,南,洛西,向島
図書館図書館3月4日(月)~3月6日(水)



 注目してもらうための工夫 

● 冒頭で、「臨時休館」のお知らせであることを告知する。
● 記号★をつけて、目を引くようにする。

 分かりやすくするための工夫 

● 図書館名と休館期間を分けて書く
● 分かりきった「図書館」「曜日」は、省略する。
● 「から」「まで」という言葉ではなく、「期間」を表すことが直感的に理解できる記号「~」を用いる。


原発稼働状況 表にするしかない! その4

 原発の再稼働の状況については、何度か表を掲載してきたが、最新版(2019.2.18現在)である。

  
原発-2019-02-18-1
原発-2019-02-18-2-2


 なお、ブログ内の原発稼働状況に関する記事は、以下のとおりである。情報を更新するだけでなく、毎回、より「分かりやすく」という観点で改善を重ねているので、どこが、どう分かりやすくなったのか、じっくり味わって、参考にしてほしい。

  【原発稼働状況 表にするしかない!
  【原発稼働状況 表にするしかない! その2
  【原発稼働状況 表にするしかない! その3
  【原発稼働状況 表にするしかない! その4

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老舗企業は小規模企業? 全体を見なければ意味がない

 以下に引用するのは、「逆接の法則」56頁で老舗企業と企業規模との関係について書かれた一節だ(読みやすくするために、若干の整形を施している)。

・ 100年以上続く老舗企業の売上高を見てみよう。・・(中略)・・5億円未満の中小・零細企業が全体の約7割を占めていたのだ。
・ 従業員数別では ・・(中略)・・ 「300人以上」は全体の3.4%にとどまった。
・ 東証など国内証券取引所に上場する老舗企業は・・(中略)・・長寿企業全体の2%弱しかなかった。
これらのことから、規模を大きくしない方が実は長続きするのではないか、という推測も生まれてくる。


 要するに、売上高、従業員数、上場企業か否かという指標から、老舗企業には小規模のものが多い、従って、規模を大きくしない方が企業は長続きする、という「推測」をしているのだが、論理として飛躍している。

 老舗企業中における、売上高5億円未満の企業の割合、従業員「300人以上」の企業の割合、上場企業の割合が、それぞれ数値で示されているが、全企業中における割合も同時に示されなければ、割合の多寡を論じることは不可能である。

 ちなみに、全企業数は400万弱【転職グッド 大企業・中小企業の定義と企業数、従業者数】、上場企業数は4000弱【日本取引所グループ 上場会社数・上場株式数】であり、全企業に占める上場企業の割合は、約0.1%である。そうすると、老舗企業中の上場企業の割合が2%というのは、その20倍であり、むしろ、老舗企業の方が一般に規模が大きいという、正反対の結論が導かれる。

 ここで述べた論理の飛躍は、【オーケストラは理系のサークル活動?】【なぜ、一部の数字だけで納得できるのか】【割合の単純比較は、危険 シートベルト不着用の危険性】で述べたのと全く同質のものである。

 この本の著者である西成活裕氏は、数理物理学の専門家で、道路の渋滞や企業の生産活動などの領域に数理物理的手法を導入して社会実験を行うなど、様々な社会問題を論理的かつ実証的に解決しようと取り組んでいる気鋭の学者である。

 同氏の「渋滞学」「誤解学」「逆接の法則」などを読んだが、書店に溢れているビジネス書を100册読むよりも、この3册を読む方が遙かに有意義であり、もっと、こういった人が出てくればいいと思っている。

 それだけに、上記の論理の飛躍を目にしたときは、少し、がっかりしたのだが、優れた研究者でも、規模が小さい方が企業は長続きするという思い込みが強いと、「論理」ではなく、その思い込みを強く印象づける数字にのみ目を奪われて、論理の飛躍をしてしまうのだ。

 文章を書くときには、自分の思い込みで書いていないか、論理的に飛躍がないか、常に検証しなければならないということを、再認識した次第である。

----- 追記 2019.2.13 -------------------------------------------------------------------
 
 素材を提供していただいた著者の方に、この記事のことをお知らせしたところ、1時間もしないうちに、誤りを率直に認められて、今後は気を付けたい旨の、お返事をいただいた。

 なかなかできないことであるが、こうありたいものである。

 先日亡くなった梅原猛氏は、古代史に関する自説に対する批判を徹底的に検証した上で、自説の誤りを認めて、『葬られた王朝』という本まで書いたことで、一層、評価を高めた。

 けれども、自説の誤りが分かったら、それを改めるというのは、当たり前のことである。とはいえ、当たり前のことでも、当たり前にできないのが大多数の凡人であり、だからこそ、当たり前のことを当たり前にする人が評価されるのである。

 なお、昨日の記事に若干の字句の訂正や文字の修飾を施している。

 


「師弟戦」についての将棋連盟対局規定  「ただし」を安易に使わない

 藤井聡太六段が師匠の杉本昌隆七段に「恩返し」をしてから、もう1年になろうとしている【JCASTニュース 2018.3.9 藤井六段の「恩返し」】。「師弟対決」にいては、将棋連盟は次のように定めている【日本将棋連盟 対局規定 第8条 公式棋戦規約

 トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
 ただし、二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。


 2行目に「ただし」とあるので、「一次予選の1回戦」でも、例外的に師弟戦が行われる場合があるのかと思ったのだが、よく読めば、そうではない。

 「二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。」と書かれており、新たな情報は、何も付け加えられていない。

 「ただし」というのは、通常は、「原則に対する例外」を示す場合に用いられるものである。

 他には、たとえば、「コート内に落ちた場合は・・・。ただし、白線にかかる場合は、コート内とします。」のように、概念の境界で、その概念に含むか否かが一義的には決められない場合に、補足的に説明する場合に用いられることもある。

 他の用法としては、「心臓を切り取ってもよい。ただし、血を流してはならない。」のように、条件を付加する場合もある。

 ところが、対局規定の「ただし」は、ここで説明した3つの用法の、いずれにも該当しない。

  ● 原則に対する例外
  ● 曖昧な概念の明確化
  ● 条件の付加

 対局規定中の「ただし」で始まる一文は、何の意味もなく、読者には余分な負担をかけるだけであり、削除すべきである。

 どうしても、本戦や二次予選のことを書きたければ、こう書くべきである。

 トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
 従って、二次予選や本戦の1回戦では、師弟戦が行われることもある。



----- 追記 2019.2.13 -------------------------------------------------------------------
 
 記事に書いた改善案だが、少し問題がある。
 

 トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
 従って、二次予選や本戦の1回戦では、師弟戦が行われることもある。


「従って」というのは、順接の接続詞であり、前に書いたことの帰結として、次に何かを書く場合に使う言葉である。

 ここでは、2行目に書かれたことは1行目の帰結とは言いがたい。1行目の反対解釈の帰結としてなら、2行目のことが言えるのだが、その場合に「従って」という接続詞を用いるのは、違和感がある。

 ここは、「従って」ではなく、「なお」とか、「念のために述べるが」というのが適切なように思う。









最新号は貸出しできません

 近所の図書館では、雑誌の貸出しも行っている。

最新号-1

 ただ、雑誌のカバーを見ると、最新号の貸出しはできないとのことだ。

最新号-2

 似たような記載なのだが、こんなのもある。

最新号-3

 最初の「あまから手帖」の方は、「最新号です」と書かれており、最新号であることは明白だ。

 ところが、次の「アサヒカメラ」の方は、「最新号は貸出しできません」となっており、あくまでも、一般原則だけを述べているのだ。「あまから手帖」に「最新号です」と書かれていることからすると、その反対解釈で、「アサヒカメラ」は最新号ではないのかも知れない。
 
 ここからは、私の推測なのだが、一方にはフリガナがあり、他方にはないことからすると、元々はフリガナがなかったのだが、その後、小さな子どもにも分かるようにとの配慮から、フリガナ付きの改良版が作成されたように思える。

 そして、それと同時に、「最新号です」から「最新号は」に変更されたのだが、それは、なぜか。

 おそらく、初めの記載は、断定的な口調で高圧的な感じを与えることから、「親しみやすさ」を演出するために、「最新号は」と一般論を述べることによって、その号も結局は最新号であり貸出しできないことを悟ってもらおうと考えたのではないだろうか。

 考えてみれば、「夢のある人が好き」とか「夢ばかり追いかけている人は嫌い」とか言う場合、普通は一般論に止まるものではなく、「夢のあるあなたが好き」とか「夢ばかり追いかけているあなたが嫌い」ということである。

 仮に、文字通り一般論として受け止めてしまう人がいるとすれば、誤解する方が悪い、と言うことになるだろう。

 けれども、公共の図書館では、やはり、「分かりやすさが第一」である。「最新号は貸出しできません」といった、誤解の可能性のある表現は避けた方がいいと思う。そうすると、次のいずれかということになる。

 「最新号です 貸出しできません」
 「旧刊です  貸出しできます」

 ところで、ここの図書館は、ネットで本を検索、予約して、近くの分館まで本を届けてもらうことができ、大変、便利なのであるが、ネット予約等のシステムに関しては色々と問題があり、これまでにも、記事を書いてきた。

 【図書館で借りれるのは、AV2本まで
 【内部の論理は、内部に留める
 【番号だけでは分からない
 【どこまで利用者に配慮できるか
 【借りている資料=貸出状況 ?
 【図書館の本の予約状況の確認 情報のワンストップサービス

----- 追記 2019.2.22 -------------------------------------------------------------------

 「旧刊です  貸出しできます」という記載を提案したのだが、考えてみれば、図書館の本は貸出可能なのが原則なのであるから、貸出可能であれば、ことさらに、そのことを書く必要はないだろう。


呼び出しボタンは、どこにある?  情報の引き算

 郵便受に書留郵便の不在配達通知が入っていたので、郵便局の夜間窓口に行った。誰も人がいないので何度も声を掛けたのだが、ようやく出てきた職員から、呼び出しボタンを押してもらったら、すぐに分かると言われた。

 そこで、ボタンはどこかと、改めて窓口の横の壁を見渡した。

呼び出し-2

 赤、青、緑、黄色と雑多な色が目に飛び込んできて、ボタンがどこにあるのか、すぐには分からない。よく見ると、右下に大きな矢印と「呼び出しボタン」という記載があり、その矢印の先に、実際にボタンがあった。

呼び出し-1

 わざわざ張り紙をして、ボタンの場所を大きな矢印で示すということは、郵便局の側も、ボタンの場所が分かりにくいことを認識していたのだろう。

 けれども、その解決策として、矢印と注意書きを加えるのは、方向性を間違えている。解決策は、こうだ。

呼び出し-4


 均一なグレーの壁に、大きさは控えめだが、赤地に黄色の下向きの矢印、その下に黒いボタンがある。これなら、嫌でも目に飛び込んでくる。

 机の上に置いたはずの携帯電話を捜すにしても、本や書類や郵便物の散乱した机の上だと大変だが、整理整頓された机の上なら一瞬であるのと同じである。

 情報過多の結果として分かりにくくなってしまう例については、これまでも書いたことがある。

 【地図の描き方
 【実務に理解の深い教員・・・

 なお、少し飛躍するが、この記事で書いた「理屈」は、視覚的なものに限らない。

 町の将棋道場では、誰もが知る天才少年であっても、奨励会に入れば、ただの一会員である。

A級順位戦の行方  必要最小限の情報をシンプルに

 将棋の佐藤天彦名人への挑戦権をかけたA級順位戦が佳境に入っており、将棋連盟のウェブサイトに解説がある【豊島が7勝1敗で首位に、羽生、広瀬が6勝2敗で追いかける A級順位戦 8回戦】。

 その解説の中に、最終戦(9回戦)の勝敗によって誰が挑戦者になるかについての表がある。

順位戦-1

 だが、せっかく表になっているのに、書かれていることを順に読んでいかなければ、理解することができない。

 では、こんな表なら、どうだろうか。

順位戦-2
 
 一目瞭然である。

 文章で書けば、暫定一位の豊島は、久保に勝てば無条件に挑戦者になり、負ければ、羽生広瀬戦の勝者とのプレーオフになる、ということであり、そのことだけを表にしたのが、上の表である。

 これに対して、将棋連盟の表は、3名の肩書き、最終戦の結果に基づく最終の勝敗なども書かれており、丁寧であることは間違いない。だが、読者がとりあえず知りたいのは、最終戦の結果によって誰が挑戦者になるのか、といった情報であり、肩書きなどは余分な情報である。

 余分な情報があると、読者の側で、必要な情報を選別しなければならず、その分、理解するまでに時間を要するのである。


孫や息子の嫁を養子にする話し

弁護士ドットコム40号14頁に、こんな記載がある。
 

孫や息子の嫁を養子にすると相続税が減らせるという話しを聞きましたが、それはほんとうなのでしょうか。



【1】 孫や息子の嫁

 「孫や息子の嫁」というのは、次の、どっちだろうか?
   「孫」や「息子の嫁」
   「孫や息子」の「嫁」

 おそらく、前者だと思われるが、そうなら、こう書けばいい。
   息子の嫁や孫

 もちろん、このように書いても、
   息子の「嫁や孫」と読む余地もあるのだが、「息子の孫」は、普通は「曾孫」と表現するので、このような読み方はされにくい。

 完璧を期すなら、数式のように、文章にも括弧を多用すべきことになるが、それは、それで分かりにくくなるので、要は、バランスの問題である。


【2】 話し

 送り仮名の付け方については、【内閣告示・訓令】によって、一応の基準が示されている。

 そして、名詞としての「はなし」は、「話」と書き、送り仮名「し」は付けないものとされている【送り仮名の付け方 単独の語 2 活用のない語 通則4】。

 「話」の送り仮名については、小学校の1年生の頃に、先生が一生懸命に話していたのを記憶しており、子供の頃から常に気を付けて来たし、たまに、「話し」と送り仮名「し」を付けているのを見ると、「なんと教養のない人だ」と思ってきた。

 ところが、ここ10年くらいのことであるが、手書きの文章ではなく、ちゃんとした活字になった文章でも「話し」と記載されているのを見かけることが多くなった。

 誤用であっても多数になれば、いつしか、それが正しい用法となってしまうのは、言葉の宿命のようなものではあるが、半世紀後はいざ知らず、今のところ、「話し」は、単なる誤りに過ぎない。



図書館の本の予約状況の確認 情報のワンストップサービス

 私が利用している公共図書館では、借りたい本をネットで予約すれば、自分で指定した分館で本を受け取れるようになっている。

 指定した分館に本が届けばメールで通知が来るし、その前でも、予約した本の状況をネットで確認すると、「確保待ち●位」とか「搬送中」といった表示が出て、あと、どれくらいで本が届くか分かるようになっている。

 たとえば、こんな具合だ。

予約状況-3

 「確保待ち29位」となっているが、1回の貸出期間の上限は2週間なので、単純に考えると、2×29=58 (週間)ということで、本が届くまで1年もかかるように見える。

 だが、仮に同じ本が例えば30册あるとしたら、「確保待ち29位」であれば、2週間もしないうちに自分の番が回ってくるはずである。

 そこで、「所蔵一覧」という頁で、その本が何冊あるのかを確認するのだが、次のようになっている。

予約状況-2

 ざっと見て、20冊くらいあるようだ。ということは、2×29÷20≒3 と言う計算で、おおよそ3週間待てばよいと言うことがわかる。

 とはいえ、こんなふうに、予約状況確認の画面には、「確保待ち(29位)」という情報しかないために、改めて、別の頁で蔵書数を確認せざるをえないのであり、面倒な話である。

 「確保待ち(29位)」の後に「蔵書数(20冊)」というふうに書かれていれば、すぐに、どれだけ待てばいいのかを概算できるのである。

 ところで、「所蔵一覧」の頁には、何冊あるのかという情報だけでなく、「請求記号」「資料コード」といった情報が掲載されているが、こんな数字や記号の羅列は、利用者にとっては、どうでもいい情報だ。

 図書館の職員にとっては、蔵書の管理のために必要不可欠な情報なのだろうが、その情報を一般利用者に知らせる必要はない。

 一般利用者にとっては、必要な情報が一箇所にまとまっていることが重要なのであり、不要な情報を目にすることは、ストレス以外の何物でもない。

 「ボーっと生きてんじゃねーよ!」【チコちゃん:流行語大賞トップテン入り】で有名になったNHKの情報番組「チコちゃんに叱られる!」で見たのだが、人は何かを思い出すときに上の方を見るが、それは、目から入ってくる雑多な情報を遮断し、思い出すことに集中するためだそうだ。

 何らかの情報を伝えるに際しては、受け手が必要な情報に神経を集中して的確に理解できるようにするためには、集中の妨げになる不要な情報は極力排除しなければならない、ということである。

 ところで、この公共図書館については、これまでも、何度も記事を書いてきた。

 【図書館で借りれるのは、AV2本まで
 【内部の論理は、内部に留める
 【番号だけでは分からない
 【どこまで利用者に配慮できるか
 【借りている資料=貸出状況 ?

 それだけ、問題が多い、ということである。改めて、自分でも記事を読み返して見て、この図書館のシステムの責任者に向かって心の中で思わず叫んでしまった。

      ボーっと生きてんじゃねーよ!
 

 



核燃料サイクルの図解

 核燃料サイクルの記事を見て、よく分からなかったので、図解したものはないかと探してみた。すると、つぎのような図【時事ドットコムニュース【図解・社会】核燃料サイクルの現状】があり、「分かりやすそう」に見えた。

核燃料-1


 ところが、この図が、「図解の基本」を弁えないもので、むしろ、疑問が深まるばかりの図だった。

 問題点は大きく2点あり、それぞれ、赤の楕円の実線と破線で囲んだので、どう問題なのか考えてほしい。

核燃料-2

【1】 「プルサーマル発電」は「MOX燃料工場」で作られる?

 まず、赤の実線で囲んだ「プルサーマル発電」だが、「MOX燃料工場」と「原発」を結ぶ緑色の矢印の横に書かれている。

 他にも、緑色の矢印は9箇所にあるが、いずれも、ある施設・工場から、別の施設・工場に送られる物質の名前が書かれている。

 ところが、「プルサーマル発電」だけは、物質名ではない。「MOX燃料工場」から出てくるのだから、「MOX燃料」と思われるのが、「MOX燃料」とは書かれていない。

 複雑なものを図解するに際しては、矢印はよく使われ、非常に便利なものである。ところが、便利なだけに、「雰囲気」で使ってしまい、矢印が何を意味するのか曖昧なものが非常に多い。

 ここでは、矢印は、矢印の元に書かれた施設から、矢印の先に書かれた施設に、矢印の横に書かれた物質名が送られる、という意味だということは容易に理解できる。

 ところが、「プルサーマル発電」だけは、その使い方から外れている。図の作成者の認識が「いい加減」なのだろう。

【2】 「行き場なし」の意味

 次に赤の破線の楕円で囲まれた「使用済みMOX燃料」だが、「原発」から出てくるものには「行き場なし」との記載が付け加えられている。

 他方、「高速増殖炉」から出てくるものは、「再処理施設」に送られるようだが、その「再処理施設」が「未定」ということだ。結局は、これも、「行き場なし」ではないのか。

 結局は、どちらも、本来は、再処理施設を作って、そこに送られるはずなのだが、その再処理施設が、どこに建てられるのか未定のため、「行き場なし」ということだろう。

 結局は同じというのであれば、表現も同じにすればよい。たとえば、「原発」からの緑の矢印の行き先を、「再処理施設」にすればいいのだ。異なった表現をするから、分かりにくくなるのである。
 
 同じことは同じ表現にすべきことは、過去の記事【一瞬で分かるようにする】でも触れている。

【3】 「現状」「将来」の意味

 「現状」「将来」と分けているが、「現状」の方も、「MOX燃料工場」「再処理施設」が「未完成」となっており、「サイクル」は完成していない。

 「現状」とは、既に完成している「リサイクル」であり、「将来」とは、今後に完成が予定されている「リサイクル」のことだと思っていたのだが、そうではない、ということになる。

 だとしたら、「現状」と「将来」は、どういう意味で使っているのだろうか?

無料Wi-Fiと携帯充電器 内容と見出しを対応させる

 ある私鉄の無料サービスに関する説明だ。

京阪-1


 一番下に「数に限り」とある。無料Wi-Fiで、「数に限り」とは、どういうことか、と思ったら、すぐ上に、「携帯電話充電器等もご用意しております。」とあった。

 要するに、無料Wi-Fiの話ではなく、携帯電話充電器の数に限りがある、ということのようだ。

 そもそも、見出しは、「無料Wi-Fi」となっている。携帯電話のことを書きたければ、別に、「携帯電話充電器」という見出しを作って、そこに書けばいい。

 無料サービスには、他に「ブランケットの貸し出し」もあるのだが、携帯電話充電器の有無に関心のある閲覧者は、見出しだけ見て、充電器はないものと誤解してしまいかねない。

 そんな誤解のないようにしたのが、次の改善案だ。

京阪-3

 なお、元の説明では、携帯電話充電器「等」となっていたが、「等」の中身の説明はない。無用な疑問を抱かせないよう、改善案では、「等」を削除した。

 また、一番下の行が、「※数に・・・」とあるのを、「※ 数に・・・」と変更した。「※」の後ろにスペースを入れることによって、「※」が目立ち、注意を喚起する機能があるからだ。




土曜は平日か?

 ある施設の駐車場の利用案内だ。

利用時間-1


 利用時間の欄には、土曜日の記載はない。と言うことは、土曜は休みなのか?平日というのは、一般的には土曜を含まないようだが、含んで使われる場合もあるし、この場合は、どうなんだろう?

 そう思いながら、料金のところを見ると、「日祝土」という記載があり、土曜日も営業していることは明らかだ。

 営業していることは分かったものの、土曜の利用時間は、平日と同じなのか、日曜・祝日と同じなのか?

 日曜・祝日に土曜を含まないのは明白だが、平日は土曜を含んで使われる場合もある。そう考えると、ここでは、土曜は平日に含むと考えるのが妥当なようだ。

 この解釈を前提にした改善案を作ってみた。

利用時間-2

 土曜を明記したほか、以下のような変更を加えた。

 ● 火曜日 → 火曜  無駄な「日」は記載しない

     意味が通じる限り、無駄な記載は極力、省くべきである。

 ● 曜日ごとの利用時間・料金を1行に

     元の表では、情報が分散して見にくいが、1行に書かれていれば、一目瞭然である。






 

ローガングラス?  

 今朝、とある役所のカウンターで書類を差し出し、職員の対応を待っているときに、こんな文字が目に飛び込んできた。

  ローガングラス


 いったい、何だ? と思って、そのすぐ下を見ると、今度は、アルファベットで、こう書かれているに気がついた。

  ROUGANGLASS


"rougan" という英単語を頭の中で検索しても私の記憶の中にはない。
そのうち、視野に入って来てたのが、これだ。

老眼鏡

 「老眼鏡」なら「老眼鏡」と書けばいいのに、ことさらに、カタカナ、アルファベットで、英語もどきの表示をするから、分かりにくくなるのだ。

 こんな気持ちの悪い表現を考えた人は、おそらく、こう考えたのだろう。

 老眼鏡というのは、「老」という文字が入っており、否定的なイメージがある。小さな文字が読みにくい人に、「老」を意識させることなく、気軽に「老眼鏡」を手にとってもらうには、そのイメージを払拭すべきだ。とりわけ、役所の窓口では、書類の内容を誤解することのないよう、小さな文字でも、しっかり読んでもらうことが必要だ。そのためには、無理して裸眼で読むのではなく、老眼鏡をかけて読んでもらいたい。

 そこで、「老」のイメージを払拭し、「お洒落」なイメージを持たせて、気軽に手に取ってもらえるには、カタカナ、アルファベットにするしかない。

 その結果として生まれたのが、「ローガングラス」であり"ROUGANGLASS"だろう。

 意味が理解できた後も、この表現の気持ち悪さは拭えない。こんな感覚は私だけではないだろうと思い、ネットで検索してみると、【Go for It! ローガングラス??】という記事が見つかった。

みずほ銀行本郷支店は、どこにある? 無益な情報は有害だ  【タイトルの変更】

 昨日の記事【無益なものは有害だ みずほ銀行店舗検索の地図】のタイトルを変更した。

 【前】  無益なものは有害だ みずほ銀行店舗検索の地図
 【後】  みずほ銀行本郷支店は、どこにある? 無益な情報は有害だ


変更点は、3点ある。

● 抽象的説明の前に具体例を
 
 おぼろ気な記憶だが、むかし読んだ憲法の教科書に書かれていたことを思いだした。

 憲法第一条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」の解説に、「人は抽象的なものは観念しにくいので、具体的な存在を象徴とすることにより、抽象的な存在を想起させる」といった趣旨のことが書かれていたのだ。

 確かに、キリスト教の偶像崇拝もそうだろうし、数多くの聖画も、そのような効果を意図したものだろう。

 そういうわけで、まず、具体例をかかげた方が、読者にとっては、とっつきやすいはずだ。

● 具体例は、徹底的に具体的に

 具体的なものに、上記の効果があるのなら、具体性は、徹底的にした方が、より効果的なはずである。

 そこで、「みずほ銀行店舗」という記載を「みずほ銀行本郷支店」にしたのだ。

 「店舗」というだけでは、漠然としているが、「本郷支店」とすることによって、より身近に感じられるのではないだろうか。

 もちろん、国民全体で見れば、「本郷支店」など見たことも聞いたこともない人が多数派だろうが、それでも、具体的な地名を含んだ支店名が書かれていることによって、なんとなく「身近」に感じられるはずである。

● 漢語ではなく、やまとことば

 「検索の地図」を「どこにある?」にした。 

 漢語は、千年以上の歴史があるとは言え、日本人にとっては、やはり「借り物」である。「どこにある?」とすることによって、なんとなく、自分が当事者になっているように感じられるではないか。



みずほ銀行本郷支店は、どこにある? 無益な情報は有害だ 

 みずほ銀行の支店について調べるために、銀行のウェブサイトのトップ頁から、【ATM・店舗のご案内】という頁を開いたところ、真っ先に目に飛び込んできたのが、次の地図だ。

みずほ支店-1


 ここまでは、よくある話で、地図上の地域をクリックしていくと、順次、詳細な地図が表示され、目的の支店に辿り着けるという仕組みだ。

 東京の支店を調べたかったので、早速、地図の「関東」の所をクリックしたのだが、反応がない。マウスの調子が悪いのかと思い何度もクリックしたが同じだった。

 どうも、地図上の「関東」は、どこにもリンクしていないらしい(私の使っているブラウザの設定では、リンクが設定されている所にマウスポインタを移動すると、マウスポインタの形状が、人差し指を突き出した右手のイラストに変化する)。

 ふと地図の右手を見ると、こんな表が表示されている。

みずほ支店-2


 結局、そこにある「東京都」をクリックして、目的の支店を調べることができたのだった。

 冒頭の日本地図は、店舗検索に何ら役立っていないどころか、リンクが設定されていると思わせて無駄なクリックをさせる点において、「有害」である。

 ウェブサイトの作成者が、「店舗検索なら地図を表示」という固定観念で地図を表示したものの、「何のために地図を表示するのか」という点を全く理解していなかったために、有害無益な地図を記載したのだろう。

 その後、みずほ銀行のウェブサイトを色々と見ているうちに、【ATM・店舗検索】という頁に辿り着き、そこには、次のような地図が表示されていた。

みずほ支店-3

 ここで、「東京都」をクリックすると、次の地図が出てくる。

みずほ支店-4

 更に、「文京区」をクリックすると、下記のとおり、文京区内の店舗の一覧が表示される。

みずほ支店-5


 不可解なのは、【ATM・店舗のご案内】と【ATM・店舗検索】が併存していることである。

 ウェブサイトの作成の担当者間での連絡が不徹底なのが原因だろう。

 けれども、外部の人間でも気づくことが、なぜ何年間も放置されているのか、不思議である(詳細は省略するが、上記の店舗検索に関する二つの頁は、遅くとも、2013年から併存している)。

なお、素材の提供をしていただいた、」みずほ銀行には、「ご意見・苦情」のフォームから、メールでお知らせをしておいた。







「新人王戦」の参加資格 条件を列挙する場合は、「または」か「かつ」かを明示する

 新しい年を迎えたが、今日の記事も将棋の話題だ。

 昨年、藤井聡太七段が、最後のチャンスとなった「新人王戦」で優勝し、元日の今日、豊島将之2冠(棋聖・王位)と「記念対局」を行った。

 対局の模様は、インターネットテレビ(ニコニコ生放送、Abema テレビ)で放映されたのだが、それぞれのサイトで、「新人王戦」の参加資格について解説をしている。

 今日の「素材」は、その解説なのだが、これまでと違って、最初に「改善案」を見てもらおう。

新人王-4

 藤井七段は、新人王戦を戦っているうちに、四段から、あっという間に七段になったため、棋士に課された3つの条件のうちの一つ「六段以下」の条件を満たさなくなったために、新人王戦は今回で「卒業」となったのだ。

 次に、ニコニコ生放送の解説だ。

新人王-2

 最初の二行をみてほしい。

 「26歳以下」「六段以下」が並んでおり、この条件が、「かつ」なのか「または」なのか、判然としない。

 下の3行は、「または」であることは明らかであるから、上の2行も、「または」と解するのが自然である。

 けれども、「または」と解すると、16歳の藤井七段は、あと10年間も参加できることになり、「または」と解するのは明らかに誤りである。

 条件がいくつか並んでいる場合、「または」なのか「かつ」なのか判然としない例は、しばしば見かける。

 次は、Abema テレビ。

新人王-3


 問題なのは、丸括弧内の「年齢26歳以下でタイトル挑戦挑戦経験者を除く」の記載だ。

 文法上は、次のいずれとも解釈可能だ。
 

● 「年齢26歳以下」で「タイトル挑戦挑戦経験者を除く」
● 「年齢26歳以下でタイトル挑戦挑戦経験者」を除く


 「新人」を対象とした棋戦なのだから、前者の意味であることは明らかなのだが、文法上の曖昧さを文脈で補うのではなく、文法上も文脈上も「一義的」な文章こそ、分かりやすい文章である。

----- 追記 -------------------------------------------------------------------

 いつもは、「素材」→「改善案」というパターンが多いが、今回は、初めての試みだ。

 推理小説でも、冒頭から犯人を明らかにする「倒叙式」とうのがあるそうだが、果たして、今回の試みは、成功しただろうか。



日本語教育研究者の資質

 文化庁の【日本語教育研究協議会 第5分科会】の議事録の一部だ。

 読むのは大変だろうから、ざっと眺めるだけでいい。

どういうことかと言いますと,表現の中には非常に汎用性が高い便利な表現がたくさんあります。例えば「どうぞ」という言い方がありますね。「どうぞ」はいろいろな場面で使えます。ドアをあけて迎え入れるとき,それから,飲み物や食べ物を振る舞うとき,物を渡すとき,それから,「いいですか」と聞かれて,許可を求められて「はい,どうぞ」というような,そういう,一つ覚えればいろいろに使える表現,最初のテーマで自己紹介の練習をします。そこで「よろしくお願いします」とせっかく練習したわけですから,今度は「お願いします」が言えればいろいろなふうに使えるということを伝えます。お店で物を買うときには,「これ,お願いします」と言えばいいわけです。「先生,はさみ,お願いします」は,「はさみを貸してください」という意味にもなります。それから,「書いてください」だったら,動作プラス(書くまねをして)「お願いします」と言えば,それは「〜てください」が使えなくても人にものを依頼する表現になります。そういうように,一つ覚えればいろいろに使える,そういう汎用性の高い表現をぜひたくさん覚えていただきたいと思いまして,ハンドアウトの資料3で,表現一覧表(発話目標)として書き出しましたものを,それこそ「しみ込むように」繰り返し繰り返し扱っています。これは予定にかかわらず,ある表現が使えそうな状況が生まれたら,機を逸さないように即その場で練習をするようにしています。
教師は5人で1クラスを担当しておりますが,教師間で申し合わせていますのは,全員が参加できる教室活動を目指すということです。先ほど申しましたように,耳が遠かったり,目が余り見えないという方もいらっしゃいます。どうやってそういう方が日本語を覚えていくんだとお思いになるかもしれませんが,そういう方でもあっても,私たちはクラスからはじき出さないように,みんな一緒に活動ができるということを目指しています。もちろん一緒にやるといっても無理はさせないように,そこのところを本当にすごく気をつけて,十分注意しながら,それでもともかく全員で力をあわせて一つのコミュニケーションが成り立つということを目指しています。
そういう場合に,教師の発話というのは,とにかく分かりやすさが第一だと思っています。ですから,学習者に正確な文法を要求しないのはもちろんのことですが,教師の方も,例えば助詞抜け文もありということで,分かりやすさ第一の話し方をしています。


 何行にもわたって文字がびっしりと並んでいる。

 一目見ただけで読む気が萎えてしまう。

 意を決して読み進めて行っても、右端まで行って次の行を読もうとすると、どの行を読めばいいのか戸惑ってしまう。

 一文ごとに改行し、空白行を挿入すれば、それだけで、ずっと読みやすくなる。

どういうことかと言いますと,表現の中には非常に汎用性が高い便利な表現がたくさんあります。

例えば「どうぞ」という言い方がありますね。

「どうぞ」はいろいろな場面で使えます。

ドアをあけて迎え入れるとき,それから,飲み物や食べ物を振る舞うとき,物を渡すとき,それから,「いいですか」と聞かれて,許可を求められて「はい,どうぞ」というような,そういう,一つ覚えればいろいろに使える表現,最初のテーマで自己紹介の練習をします。

そこで「よろしくお願いします」とせっかく練習したわけですから,今度は「お願いします」が言えればいろいろなふうに使えるということを伝えます。

お店で物を買うときには,「これ,お願いします」と言えばいいわけです。

「先生,はさみ,お願いします」は,「はさみを貸してください」という意味にもなります。

それから,「書いてください」だったら,動作プラス(書くまねをして)「お願いします」と言えば,それは「〜てください」が使えなくても人にものを依頼する表現になります。

そういうように,一つ覚えればいろいろに使える,そういう汎用性の高い表現をぜひたくさん覚えていただきたいと思いまして,ハンドアウトの資料3で,表現一覧表(発話目標)として書き出しましたものを,それこそ「しみ込むように」繰り返し繰り返し扱っています。

これは予定にかかわらず,ある表現が使えそうな状況が生まれたら,機を逸さないように即その場で練習をするようにしています。

教師は5人で1クラスを担当しておりますが,教師間で申し合わせていますのは,全員が参加できる教室活動を目指すということです。

先ほど申しましたように,耳が遠かったり,目が余り見えないという方もいらっしゃいます。

どうやってそういう方が日本語を覚えていくんだとお思いになるかもしれませんが,そういう方でもあっても,私たちはクラスからはじき出さないように,みんな一緒に活動ができるということを目指しています。

もちろん一緒にやるといっても無理はさせないように,そこのところを本当にすごく気をつけて,十分注意しながら,それでもともかく全員で力をあわせて一つのコミュニケーションが成り立つということを目指しています。

そういう場合に,教師の発話というのは,とにかく分かりやすさが第一だと思っています。

ですから,学習者に正確な文法を要求しないのはもちろんのことですが,教師の方も,例えば助詞抜け文もありということで,分かりやすさ第一の話し方をしています。


 単に読みやすくなっただけではない。

 一文ごとに、「ここは、こういう意味だな」と頭の中で反芻しながら読み進めることができ、文章全体の理解も容易になる。

 また、読み終わった後に、ざっと眺めれば、1~4行の塊ごとに、それぞれの要旨を思い出すことができ、記憶にも残りやすくなる。

 ところで、上記の議事録には、もっと驚くような「分かりにくさ」が潜んでいる。

西尾センターを退所してから,そのグループで,あるいはそのクラスで続くということはあり得ないわけです。


 「西尾センター」という施設があるのかと思ったら、そうではない。「西尾」というのは、発言者の名前なのだ。

 だったら、発言者は発言者と分かるように書けばいい。こんな感じである。

【西尾】 センターを退所してから,そのグループで,あるいはそのクラスで続くということはあり得ないわけです。


 こうしておけば、特定の発言者の発言だけを確認する場合にも、すぐに見つけることが可能になる。

 今回の記事の素材は、個人が趣味でやっているブログではない。文化庁の日本語教育研究協議会の議事録である。

 議事録を作成した文化庁の職員の意識の低さも問題だが、日本語教育の研究者は、こんな議事録を見て何も思わなかったのだろうか。思ったけれども、口を噤んでいるのか。声を上げたが、そのまま放置されているのか。

 いずれにせよ、私が文化庁に指摘して、改めてもらうほかはない。

 というわけで、文化庁のウェブサイトから「御意見」を送信した。

日本語教育-3

 ところで、注意深い読者は、冒頭に引用した議事録の中に「分かりやすさが第一」という記載があったのに気がついたかも知れない。こういうのを、ブラックユーモアというのだろう。

和久俊三と福沢諭吉の遠戚関係  同種の情報は、同じ形式で表現する

 「赤かぶ検事」で知られる、法廷ミステリーの第一人者の和久峻三が亡くなっていたことが分かった【和久峻三さん死去…「赤かぶ検事」シリーズなど手掛ける サンスポ 2018.12.30】。

  Wikipedia で調べているうちに、テレビドラマで初代「赤かぶ検事」を演じたフランキー堺の家族について、次のような記述を見つけた【Wikipedia フランキー堺】。

長男は和久峻三の娘と結婚している。次男の妻は福沢諭吉の曽孫の娘。


 長男に関する記述も、次男に関する記述も、単独で書かれているのであれば、「分かりやすさ」については、甲乙つけがたい。

 けれども、どちらも息子と有名人との姻族關係に関する記述なのだから、「同じ形式」で表現した方が、理解しやすい。

 こんな感じだ。

長男は和久峻三の娘と結婚している。次男は福沢諭吉の曽孫の娘と結婚している。

長男の妻は和久峻三の娘。次男の妻は福沢諭吉の曽孫の娘。



一瞬で分かるようにする

 様々な店舗の年末年始の営業予定がネットで公開されているが、下記の表は、【京都生協】のものである。

生協年末-1

 分かることは分かるのだが、「一瞬で分かる」とは言えない。改善案を示す。

生協年末-3

 これなら、否応なく「一瞬で分かる」。

以下に、改善点と理由を示す。

● 分かりきった情報は、書かない

 「日」や「曜」は書かなくても分かる。

● 意味のない情報は、書かない

 「全店」という記載があるが、特定の店舗は異なる場合には、「全店」と書く意味があるが、すべて全店共通なら、書く意味はない。

● 同じことは、同じ表現にする

 12月20日と1月3日の各閉店時間の記載は、それぞれ、「通常閉店」「通常閉店時間」と、異なっている。全く意味のない違いであり、読んだ側に、「どこか違うのか?」という無用な疑問を抱かせるだけである。




宗教改革


英語で読む高校世界史】の195頁に、ヨーロッパの宗教改革後の新教、旧教の勢力範囲を示す地図が掲載されている。

宗教改革


 新教(プロテスタント)と旧教(カトリック)の勢力範囲の、おおよその境界線が黒っぽい灰色の曲線で示されているのだが、その曲線の引き方が理解に苦しむ。

 新教は、ルター派、カルビン派、イギリス国教会であり、それぞれの勢力圏は、薄緑薄紫薄灰紫で着色されているのだから、その部分と旧教のピンク色の部分の境界に曲線を引けばいいはずである。
 
 ところが、地図上の、現在の国名で言えば「チェコ」のあたり(下の地図の赤線で囲った部分)はルター派なのだが、ドイツとの間に新旧の境界線が引かれて、旧教側に組み入れられており、はっきり言えば、「間違い」である。

 もちろん、新教、旧教の「おおよその」勢力圏を示すという目的から、飛び地のようなところは、無視するのもやむを得ない。たとえば、南フランスには、新教であるカルビン派の地域(下の地図の赤の点線で囲った部分)があるが、これが曲線の南側、すなわち旧教側に組み入れられているのは、やむをえない。

 ところが、「チェコ」のあたりのルター派は、ドイツと繋がっているのだから、ここを切り離して旧教側に組み入れるのは理解に苦しむ。

宗教改革-2


 ここまで書いて改めて思ったのだが、どうして、名の通った出版社の教科書に掲載されている図に、どうして、こんな明らかな誤りが掲載されて、放置されているのか、という問題である。

 個人がネットに掲載している地図なら、その個人の思い込み、不注意などによって、誤った、理解に苦しむ情報が掲載されるのも、「やむをえない」と言わざるを得ない。このブログも、私一人で作っているため、気がつかない誤りが潜んでいるかも知れない。

 けれども、今回の素材として取り上げた書籍は、元は、高校の教科書である。一般の書籍以上に、念入りに校正がなされていると思うのだが、それでも、こんな誤りが放置されているのである。

 素材を提供してくれた出版社には、メールを送っておこうと思うが、これまでの多くのケースと同じく、「貴重なご意見、ありがとうございました。今後の当社の業務の参考にさせていただきます」と言った定型文の回答が自動送信されてきて、「それっきり」ということになるのか、実際に次の版から改訂されるのか、楽しみである。


ゴミ処理場の受付時間 無駄な色分けはしない

 年の瀬も押し詰まり、大掃除のゴミ処理に頭を悩ませている人もいることだろう。京都市では、市民がゴミを処理場に持ち込む際の受付時間がネットで公開されている【持込ごみ(有料)の受付について】。

ゴミ年末-1

 ○×の記号と、背景色の肌色とを併用している。背景色が肌色のところは、すべて、「×」印があり、受け付けないということらしい。では、逆に、背景色が白色なら受け付けるのかというと、必ずしもそうではなく、昼休みだけは受け付けない日があり、その箇所には、「×」が付けられている。

 結局、受付の可否は、背景色だけでは判断できず、○×を確認する必要があるのだ。

 他にも色々と問題があるので、作り直したのが、以下の表だ。

ゴミ年末-05

● 背景色白は「○」、背景色灰色は「×」とした。 色と文字の対応

 同じ背景色で○も×もあるというのは、誤解の元であり、改めた。

● 肌色を灰色にした。  イメージに合致した色

 その上で、受付をしない場合の背景色は、灰色にした。肌色よりも、灰色の方が「窓口が閉まっている」というイメージに合致するからだ。
 「イメージに合った色を使う」というのは、とても大事なことだ。仮に受付をしない時間帯を緑にしたら、受付をしてもらえると誤解する人が多発することだろう。

● 項目は複数日をまとめず、すべて、1日ずつとした。  無駄にまとめない

 元の表のようにまとめてしまうと、何日間か連続して、休み、あるいは、受付可能なのかが、直感的に分かりにくい。項目の日付けを1日単位にしておけば、そのようなことはない。

● 午後の受付の終了時刻を、赤の太字で表示した。  誤解のないよう注意を喚起

 「午後」というだけで、17時まで受付と誤解する可能性があるので、16時半で終了という点を強調したのである。

● 日曜は赤、土曜は青、年末年始休暇は背景を薄い赤にした。

 元の表では、一般に休みとされる土日と年末年始は全部が赤になっていて、メリハリがなかったが、こうすることによって、それぞれが際だって、理解、記憶に役立つと思われる。

 今回と同じテーマについては、以前の記事【医院の診療時間は、こう書く】【営業時間の表示は、こうする】【医院の診療時間は、こう書く】を参照されたい。

 ところで、元の表では、なぜ、あのような表現をしたのだろうか。

 理由は、処理場の職員の立場に立って考えれば理解できる。

 肌色の背景色を付けた日は、一切、受付をしない、完全に休みの日である。

 白の背景色の日は、出勤日である。

 そして、出勤日であっても、昼休みに受付をする日もあれば、しない日もあり、それは、○×で区別したのである。

 これに対して、利用者の立場では、受付ができるのは、いつか、と言う情報だけでいい。昼休みの時間帯に受付ができないというのであれば、その日が職員の出勤日か否かなど、余分な情報である。

 結局、情報発信者の側が、情報受信者にとって何が意味のある情報であるかを考えずに、発信者側で意味のある情報を、そのまま提供したことが「分かりにくさ」の原因である。以前の記事【内部の論理は、内部に留める】に書いたのと同様のことである。




スマホなどの保有状況の推移  時系列データは、折れ線グラフに限る

総務省、「平成29年度 青少年のインターネット・リテラシー指標等」を公表】という記事の【平成29年度 青少年のインターネット・リテラシー指標等】に掲載されているグラフからの引用だ。

ネット機器-1

 改善案は、これだ。

ネット機器-6

 改善案を見てすぐに分かるのは、保有率の高い上位4つの機器の順位に変動がないこと、その中では、トップのスマートフォンの所持率だけが上昇し、他の機器は減少していることだ。

 同じことを冒頭の棒グラフから読み取るのは、極めて困難だ。

 主な改善点と理由を、以下に示す。

● 棒グラフ → 折れ線グラフ
 時系列で変化するデータの表現は、折れ線グラフに限る。

● 携帯/固定ゲーム機 → ゲーム機(携帯・固定)
 大分類の「ゲーム機」を先に書き、その中の小分類を括弧内に書いたのだが、この方が、大分類の「ゲーム機」に目がとまり、分かりやすい。
 とりわけ、「携帯」は、「携帯電話」の略称として広く使われているため、「携帯」という文字を見ただけで、「携帯電話」を想起してしまうので、携帯電話以外の機器については、「携帯」という文字は、先頭に持ってこない方がいい。

● タイトル 保有するインターネット機器 → インターネット機器の保有状況
 「動詞+名詞」は英語的な表現であり、日本語としては、「名詞+動詞」の方が自然である。

● タイトルの文字の大きさ、場所を、意味の塊ごとに変えた。
 意味の塊ごとに外見を変えることによって、情報を読み取る速度が速くなる。
 とくに「図1」というのは、タイトルと渾然一体として記載するのではなく、タイトルから分離して右上端に配置することによって、他の「図2」「図3」・・・等から識別するのが容易になる。

● スマートフォンと携帯電話を同じ色にした。
 どちらも電話機能がある点で、他のネット機器とは異なるので、同じ色にした上で、機能の少ない携帯電話を点線にした。
 電話機能の点で代替関係にあることから、一方の増加分と他方の減少分が、ほぼ同じということもグラフから読み取れる。

● グラフの色塗りは、均一に
 元の棒グラフは、25年、26年については、斜線やチェックが施されている。他の年度が均一な単色であるのに、この2年度だけ、パターンが異なっており、違和感を覚える。
 このような不必要な装飾をするのは、初心者に多く、使える機能を可能な限り使いたいという欲求が大きいのだろう。

 改善案は、折れ線にしたので、そもそも、上記のようなことはないのだが、携帯電話については、実線ではなく点線を用いた。これは、電話機能を有するという共通点に着目して、スマートフォンと同じ色にしたので、両者を区別するために、一方は実線、他方は点線としたのである。


1月のラクラク基礎から講座日程表  かぎ括弧の奨め

 今日も、素材は将棋関係のブログ【ラクラク基礎から講座】だ。

1月のラクラク基礎から講座日程表



 「●●から」と書かれていると、次は、「▲▲まで」とか「▲▲へ」と続くのだと考える。

 ところが、ここでは、そうなっていない。

 「基礎から」の「から」は、「まで」や「へ」に対応しておらず、完結しているのだ。だったら、「見た目」にも、「完結」を明らかにしておけば、読者に、無駄な「予想」をさせる心配がない。こんな感じだ。

1月の「ラクラク基礎から」講座日程表


 数式では、数や記号のまとまりを明示するために括弧(丸括弧)を使うのは常識だ。

 文章でも、単語のまとまりを明示するために、もっと括弧(鍵括弧)を使っていいと思う。

----- 追記 -------------------------------------------------------------------

 ブログ記事の表題では、いつも悩むのだが、最近、次の二つを組み合わせることが多くなった。
  ・ 素材の一部の引用
  ・ 「分かりやすさ」を実現する「技術」の簡潔な表現

 以前は、どちらかだけだったのが、後で見るときのことを考えると、これが一番だと思う。

 例えば、「表」の利用法について書いた記事は、表題に「表」という文字が入っていた方が、後から捜しやすい。

 他方、そういった技術的なことだけだと、記事の内容が浮かびにくい。具体的な素材からの引用が表題に書かれていれば、すぐに、どんなことだったかわかる。

 ずっと過去のことを表現する場合も、同じような関係だ。たとえば、「1280年頃」と言われてもピンと来ないが、「元寇の頃」と言えば、イメージしやすい。他方、今から、どれくらい前のことかと考えるときには、年代も入っていた方が分かりやすい。


たった一手間で、誤解を排除 助詞「が」「と」に注意

 今日も将棋の話題だ。このまま行くと、【棋ブログ更新状況一覧】に掲載されかねない。

 それはともかく、今日の素材は、【盤上の風景 将棋 加藤昌彦指導棋士六段 村山聖と殴り合った夜 毎日新聞 2017.3.27】だ。
 

将棋に負けて奨励会を去ることになった加藤昌彦と聖が、酒を飲んだ後で殴り合う印象的なシーン。


 「将棋に負けて奨励会を去ることになった」のは、「加藤雅彦と聖」か、それとも「加藤雅彦だけ」か。

 文法上は、どちらの意味か確定できない。

 多少なりとも将棋界のことを知っている人にとっては、「聖」というのは、「東の羽生、西の村山」と言われた逝世の天才棋士・村山聖のことなのだから、その「聖」が「奨励会を去る」ということはありえない。 

 また、そういった前提知識がなくても、少し前に「村山聖九段」という記載があるので、普通に読んでいれば、後に「九段」にまでなった「聖」が「(プロ棋士の研修機関である)奨励会を去る」ということはありえないことは、当然、分かるはずである。

 このように、背景知識、文脈から、誤解されるおそれは少ないのだが、読者のレベルは様々であり、「想定外」の読者もいるのだから、「誤解のおそれ」は、徹底して排除すべきである。

 もちろん、「誤解排除」のために、文章が長ったらしく、読みにくくなる場合は、「誤解排除」と「読みやすさ」のバランスをとる必要があるのは、いうまでもない。

 けれども、上記の引用文は、次のようにすれば、簡単に「誤解排除」が可能である。

将棋に負けて奨励会を去ることになった加藤昌彦、酒を飲んだ後で殴り合う印象的なシーン。


 ご覧のとおり、「が」と「と」を入れ替えるだけだ。

 日本語には、多数の助詞があり、外国人が日本語を習得する際には大変な障害のようだが、助詞は、文章の意味を明確にする上で極めて有用なものであり、文章を書く際には、常に、どの助詞を用いるのがいいか注意を払うべきである。




Wikipedia【村山聖】の添削

 今日も将棋に関する話題だが、羽生と並び称され、映画にもなった早逝の棋士、村山聖についての記事【Wikipedia 村山聖】 からの引用だ。

村山はかなりの「負けず嫌い」な性格で、将棋以外でも、特に囲碁や麻雀をやって、負けるとすごく悔しがっていた。生前、徹夜で麻雀に付き合った当時奨励会三段だった瀬川晶司は「なんて子供っぽい人だろう」と思い、「A級がそんな事を言うんじゃないでしょ」と言われたことがきっかけで、亡くなるまで瀬川と友好関係になった。


 意味をとれなくはないのだが、主語述語の対応が混乱するなど、色々と問題がある。【書き換え後のwikipediaの記載】がこれだ。

村山はかなりの「負けず嫌い」な性格で、将棋以外でも、特に囲碁や麻雀をやって、負けるとすごく悔しがっていた。生前、徹夜で麻雀に付き合った当時奨励会三段だった瀬川晶司は「なんて子供っぽい人だろう」と思い、「A級がそんな事を言うんじゃないでしょ」と言ったことがある。それがきっかけで、村山は亡くなるまで瀬川と親交をもった。


 改善点は、以下の点だ。

● 第2文を二つに分けた。 

● 「言われた」を「言った」にした。   (受動態 → 能動態

● 友好関係 →親交
    「友好関係」   国家、組織、これらを代表する人物などの関係
    「親交」 関係 個人の私的な関係
  それぞれの用例は、「友好関係」の用例 「親交」の用例 を参照されたい。

---- 追記 --------------------------------------------------------------------

 村山聖と瀬川昌司は、二人とも、その人生が小説や映画になっている。
 映画の解説は、
聖の青春】【泣き虫しょったんの奇跡】にある。


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 「フェルミ算」と「さくらんぼ計算」 100メートルの助走をする走り幅跳び選手

 以下の文章は、昨日の【「さくらんぼ計算」って知ってますか?】で取り上げた記事の著者が書いた別の記事【AI時代の一流人材を作る「さくらんぼ種抜き検算」】からの引用だが、大変「分かりにくい」。とはいえ、「分かりやすさが第一」の素材としては最適なものなので、辛抱して読んでほしい。

今日の物理学は理論家と実験家が完全に分業していますが、最後の「大理論家かつ大実験家」であった物理屋として、エンリコ・フェルミ(1901-54)の名を挙げても、いささかでもまともな物理に関わる人なら、誰も否定しないでしょう。

 「原子の火」をつけた張本人でもありますが、何も知られぬ時代にゼロからそれを実現したので、被曝したいだけ被曝して、最期は凄惨な闘病生活であったことを、最も若いフェルミ教授の博士学生だったジェローム・フリードマン博士から直接伺ったことがあります。

 チャンドラセカール、南部、ヤンといったそうそうたる物理学者が、看病や心のケアに奔走した経緯を直接当事者からうかがったのは、私にとって一生の宝ものになっています。2004-05年にかけて、国連「世界物理年」の日本委員会幹事を務めたときにうかがいました。

 このフェルミ教授が、直観的に整合した計算であるかをざっくりと見積もる計算の達人中の達人であったのは、人も知る事実で「フェルミ算」といった言葉が現在でも使われています。

 AI時代に子供たちに求められる、最も重要な「計算能力」は、鶴亀算でもバブルソートでもなく、この「フェルミ算」だと断言して構わないと私は思っており、その原点が「さくらんぼ検算」にあると言えるかと考えます。


 お疲れ様でした。では、こんなふうに書かれていたら、どうだろう。

AI時代の子供たちに必要な計算方法は、もちろん「鶴亀算」ではありません。コンピューターのプログラミングの基礎で習う「バブルソート」でもありません。必要なのは、「フェルミ推定」です。

 「フェルミ推定」とは、厳密な数字はさておき、ざっくりとした数字を見積もる計算です。たとえば、「東京から大阪まで昼夜を問わず早足で歩き続けた場合、何日かかるか」という問題に対して、「早足だと時速5キロ、東京大阪間は500キロだから、100時間。1日は24時間だから、約4日」というふうに見積もる計算です。

 この「フェルミ推定」の原点が「さくらんぼ計算」にあります。


冒頭に引用した文章は、核心に至るまでに、周辺的なことを延々と述べている。具体的には、以下の諸点だ。

 ● フェルミ教授は物理学の大家であった。
 ● フェルミは、「原子の火」をつけた。
 ● その結果、被爆により凄惨な闘病生活を送ることになった。
 ● フェルミの看護のために、錚々たる物理学者が奔走した。
 ● 自分は、そのことを、国連のイベントの幹事を務めたときに、彼らから直接に聞いた。
 ● フェルミは、後に「フェルミ算」と呼ばれる計算の達人だった。

 一番最後は、「フェルミ算」の名前の由来を示すもので書いてもいいが、その前に書かれたことは、本筋とは何の関係もなく、有害無益である。

 ひょっとしたら、自分が、「錚々たる物理学者から直接に話を聞ける人物」であり、「国連のイベントの幹事を務める人物」であることをアピールしたかったのではないかと思ってしまう。

 もちろん、前置きが必要な場合もある。走り幅跳びでも、走り高跳びでも、適度な助走は不可欠である。だが、必要だからといって、100メートルも「助走」したら、まともな記録を出せるわけはない。文章も同じだろう。

 ところで、私が聞き直した文章は、不要な「前置き」を削除しただけでなく、若干の修正、補足を加えている。以下の諸点だ。

 ● 「バブルソート」について説明を加えた。 (一般に知られていない用語には説明を加える)
 ● 「フェルミ算」を「フェルミ推定」にした。 (一般的な名称を用いる)
 ● 「フェルミ推定」の具体例を示した。 (内容を理解してもらうには具体例で説明する)
 ● 「と断言して構わないと私は思っており」とか「にあると言えるかと考えます」といった回りくどい表現を、「です」「あります」という簡潔な表現に変えた。

 ところで、「分かりにくい文章」でも、「読む価値のない文章」なら、読まずに放っておけばいいのだが、この著者の文章のように「それなりに読む価値のある文章」の場合は、「分かりにくさ」は罪である。この著者こそ、「時間泥棒」の称号に相応しい。

 せっかくの「価値ある文章」である。著者には、立派に更生して、「分かりやすい」文章を書いてほしいものだ。多才な、この人の能力をもってすれば、決して不可能なことではない、と断言しても過言ではないのではないかと私は考えているのである。




「さくらんぼ計算」って知ってますか?

 「さくらんぼ計算」なるものが、話題になっているそうだ。
 
 「6+8」といった、繰り上がりのある、一桁の数の足し算に関し、小学1年生にも分かりやすくという趣旨で考案された計算方法で、こんな方法だ。

 【1】 10から8を引く。    (8に何を足せば10になるかを考える)    
 【2】 6を、4と2に分ける。  (2は、上記の答えの2)    
 【3】 2と8を足して、10にする。
 【4】 これに、残りの4を足すと、14。これが答え。

さくらんぼ-1


 6を4と2に分けるところが、上の図のように「さくらんぼ」のように見えるところから「さくらんぼ計算」という名が付いたようだ。

 「さくらんぼ計算」の存在を知ったのは、【「さくらんぼ計算」をけしからんと言う親の大問題】という記事を読んだからなのだが、この記事が、すこぶる分かりにくい。

 7頁わたって書かれているのだが、肝腎の「さくらんぼ計算」の説明は、2頁目の半ばになって、やっと登場するのだ。

 そこに辿り着くまでに、「さくらんぼ計算」について批判的な意見やあることや、その批判が的外れであることが書かれているのだが、対象となる「さくらんぼ計算」が何なのか分からないうちに、そんなことを読まされるのは、ストレスが増すだけである。

 こういった持って回った書き方は、ネット上の情報商材(英会話、投資、自己啓発等の電子書籍など)の販売サイトで目にすることが多いのだが、私なんかは、核心部分に到達するまでに、読む気をなくしてしまう。

 ただ、実際、そういった書き方が蔓延しているということは、それなりに集客効果があるのだろう。

 けれども、上記の記事は、そんな販売サイトの記事ではない。純粋に、「さくらんぼ計算」に関する批判を糸口に算数教育の方法論について真面目に論じているのである。持って回った書き方などする必要はない。むしろ、せっかくの記事を最後まで読んでもらえないというデメリットさえある。

 実際、私も、友人から記事のアドレスを教えられたときには、1頁目を読んで放り出したくなったくらいである。

 ただ、そうしなかったのは、せっかく、友人が教えてくれた記事を読まずに放置するのは申し訳ないという思いがあったからである。


表の作り方

 ある病院で受け取った領収書の一部である。

診察-1

 表になっているのだが、実に分かりにくい。

 一般に、表の一番上の行と左端の列は項目名になっており、それ以外のところに、実質的な内容が記載される。

 たとえば、1番上の行の左から3列目は「入院料」となっており、その列は、一番下の行まで入院料に関する情報が記載されているはずなのだが、実際は、入院料に関する情報は、すぐ下の行にかかれているだけで、その下は、入院料とは別の情報が書かれている。

 また、左端の列に書かれている項目名は、保険点数、区分、保険点数、区分、保険点数、区分と、「保険点数、区分」が3つ繰り返されている。

 そもそも、表にするのは、二次元の情報を、見た目も、二次元にして表現することにより、理解をしやすくすることにある。

 上記の表は、本来は、2行×24列の横長の表にすべきだったのだが、それだと用紙に収まらないので、3つに分けて、それを縦に並べたため、一般的な表とは異なった形式になったのである。

 そういうことなら、本来は2行の表であることを示すために次のように区切り線を入れ、項目名のところは色を変えれば、格段に分かりやすくなる。

診察-3

 こうすれば、1番上の行が項目名であるとの誤解は招かないはずであり、3行目以下とは全く無関係であることも分かるのである。





日産、ルノーの出資関係 矢印の活用

 ゴーン会長の逮捕で、改めて、日産、ルノーの関係が話題となっているが、この問題は経済紙では以前から取り上げられており、記事の中には次のような図が載っている【日産に迫る仏政府の影 ゴーン氏、ルノーCEO続投 日経 2018/2/16】。

日産-1

 「分かりやすく」図解をしたのだろうが、せっかく図解するなら、次のようにすべきだろう。

日産-2

 これなら、日産、ルノーの関係が対等ではなく、ルノーの日産に対する影響力は、その逆の3倍に及ぶことが一目瞭然であり、記憶にしっかり残るはずである。

 せっかく図を用い、その中で資本関係を矢印で表現したにも関わらず、矢印の表現力を利用しないのはもったいない。

 「矢印の表現力」とは、概ね、以下の点である。

 ・ 複数の要素の関係 矢印の両端
 ・ 上記の関係の方向 矢印の方向
 ・ 上記の関係の大小 矢印の太さ
 ・ 上記の関係の中身 矢印の線の種類(実線、破線、二重線)



---- 追記 --------------------------------------------------------------------

「影響力が3倍」と書いたが、実際は、議決権の3分の1を有していれば重要事項の決定のための特別決議を単独で阻止できるなど、単純に「3倍」という以上の力がある。


 

カリフォルニア州の司法試験

 【アメリカのロースクールに行かずに、育休中にカリフォルニア州の司法試験に合格した日本人弁護士がどんな勉強をしてたのか】というブログがあり、その中に、こんな一節があった。

試験内容
毎年2月と7月の最終火曜日と水曜日の2日間に亘って開催される、Essay(論文試験)5問、Performance Test(与えられた資料を基にシチュエーションに沿った書面を作成する試験。以下「PT」)1問及びMultistate Bar Examination(4者択一式の試験。以下「MBE」)200問の試験です。


 落ち着いて読めば分からないことはない。

 けれども、ネットに溢れる玉石混淆の膨大な情報の中から役に立つ情報を瞬時に取捨選択するのが習慣となっている私には、こんな文章を読むのは苦痛である。

 で、分かりやすく書き直してみた。

試験日

  年2回 2月、7月
  最終火曜日と水曜日の2日間


試験内容

  Essay 
     5問
     論文試験

  PT  (Performance Test)
     1問
     与えられた資料を基にシチュエーションに沿った書面を作成する試験 

  MBE (Multistate Bar Examination) 
     200問
     4者択一式の試験 



 冒頭の文章が分かりにくいのは、以下の点が原因だ

 ● 試験の日と、試験の内容という、異なった種類の情報が一文で書かれていること

 ● 試験の名称、略称、内容、問題数という様々な情報が、丸括弧や鍵括弧を多用して、一文に押し込められていること

 ● Essay と PT とで、内容の説明のレベルが異なること
     ( Essay は、「論文試験」と、問題の形式だけの説明だが、 PTは、より具体的な内容を説明している)

 書き直し後の文章は、単に「分かりやすい」だけではない。

 情報が「構造化」されており、記憶にも残りやすいはずである。





自己満足よりも、相手の理解

 京都市では、家庭ゴミなどを直接、市の処理施設に持ち込むことができるのだが、その説明書に、以下のような記載がある【持込ごみの受け入れについて】。

受付-1

● 標題
 標題が「持込ごみの受付時間」となっているが、受付時間に限らず、搬入場所などの説明もある。
 中身に即して「持込ゴミの受付の概要」とすべきである。

 なお、「ごみ」は「もえないごみ」のように平仮名が続く場合があるので、読みやすさを考えると「ゴミ」と書いた方がいいだろう。

● 受付時間
 「午前9時から正午まで」などとなっているが、24時間表記で数字と記号のみの方が、一読して理解しやすいし、記憶にも残りやすい。

● 休所日
 非常に分かりにくい。
 例えば第1土曜日は、どうなるのか? じっくり考えながら読んで、ようやく、第1土曜日は、原則として休業日だが、祝日の場合は受付をしていることを読み取ることができるのだ。

 分かりにくさの原因は、以下の点にある。
  ・ 受付できる日を「休所日」と裏から説明していること
  ・ 例外の説明をする括弧が二重になっていること

 以上の点を踏まえて作り直したのが、次の表だ。

受付-3

 これでも、受付曜日については、まだ、一読して分かるとは言いがたい。

 そんなときは、表にするに限る。

受付-4

 これなら、誤解の余地はない。

 次に、料金については、次のような説明がある。

手数料-1

 これも、非常に分かりにくい。
 
 一番上の表だけでは分かりにくいと思ったのか、250kgと1000kgの場合を例にして、グラフのような図と、黒板に見立てたものに書いた計算式とで説明をしているのだが、これが、輪をかけて分かりにくい。

 作成者が、それなりに工夫をしている跡は窺われるのだが、読み手に理解してもらえなければ意味がない。作成者本人は、「うまく説明することができた」と満足しているのだろうが、作成者の満足と、読み手の理解とは、一致するとは限らない。この点は、私も、常に自戒しなければいけないと考えている。

 そもそも、ゴミを持ち込もうと考えネットで情報を収集する利用者は、持ち込むゴミの量から料金が分かれば、それで足りるのだ。だったら、下のような料金表を載せておけば足りるだろう。
 
手数料-2

 料金表では、全ての場合を尽くすことができないのは当然だが、600kgを超える場合については、上のような説明をしておけば、比較的容易に計算できるはずだ。

 なお、料金表の右上の「ご注意!!」という吹き出し部分は、僅かだが左に傾けてみた。そうすることにより、そこに自然と視線が行き、注意喚起の目的に資するからである。



無駄な装飾は分かりにくさの原因

 先日、NHKの「クローズアップ現代+」で【暴言に土下座! 深刻化するカスタマーハラスメント】という番組をやっていた。

 飲食店やスーパーでのサービスが悪いと言って暴言を吐いたりする「カスタマーハラスメント」が以前と比べて酷くなっているとのことである。

 動画サイトのdailymotionで番組を見ることができるのだが、その中で、店舗などの従業員8万人へのアンケートの結果の集計が掲載されていた。

カスハラ-1


 グラフの表題が「顧客から受けた”カスハラ”の内容別件数」となっているのだが、文字の背景がごちゃごちゃして読みにくく、中央の”カスハラ”が”カスハラー”のように見えてしまう。

 白っぽい縁取りをした文字を、縁取りと同じ明るさの背景と黒っぽいアンケート用紙の跨がったところに配置したのが原因である。

 背景を、全て縁取りと同じ色にしてしまえば、どれだけ見やすくなるのか、上下を比べてみてほしい。

カスハラ-2





行為の主体は、主語でなくてもよい 「●●が結婚し」→「●●の結婚」

 以前の記事【タウリン1000ミリグラム】で、 45年前に自殺した天才CMディレクター、杉山登志のことを書いた。

 先ほど、【Wikipedia】 で杉山のことを調べたら、こんな一節があった。

秋川リサが21歳で結婚し、軽妙なスピーチを披露したがその2ヶ月後、自宅マンションで首吊り自殺を遂げた。


 てっきり、結婚の当事者である秋川リサが自分の結婚式で「軽妙なスピーチ」をしたのかと思ったのだが、後ろに自殺のことが書いてあり、「軽妙なスピーチ」をしたのは杉山だと分かった。

 Wikipedia には編集機能があるので、誤解の余地のないように次のような変更をしようと思った。

秋川リサが21歳で結婚し、その式で杉山は軽妙なスピーチを披露したが、その2ヶ月後、自宅マンションで首吊り自殺を遂げた。


 ところが、改めて、その周囲の記述を見ると、「年譜」という表題のもとに、年号と出来事が、主語を抜きに、例えば「1970年(昭和45年)妻と離婚。」のように書かれていた。

 そうすると、一か所だけ「杉山は」という主語を入れるのも、ちぐはぐな感じがして、「杉山は」とは書かずに、なおかつ、「軽妙なスピーチ」をしたのが秋川リサであるとの誤解を生まないような表現をしなければならない。そう考えて、次のように変更した。
 

21歳の秋川リサの結婚式で軽妙なスピーチを披露したが、その2ヶ月後、自宅マンションで首吊り自殺を遂げた。


 原文は「秋川リサが」という主語があったために、[結婚し」だけでなく、「披露し」も秋川リサの行為だと誤解される余地があったのだ。

 そこで、「披露し」の主語として「杉山は」と入れるのではなく、「秋川リサが」という主語を取り除いたのである。とはいえ、秋川リサが結婚したという事実まで取り除くわけにはいかないので、「秋川リサの結婚式」という表現で秋川結婚の事実を表したのである


 なお、冒頭の【Wikipedia】は、インターネットアーカイブに保存されている、私が修正をする前のものであり、現在のWikipediaの記事は、こちらを参照されたい。






「氏名を入力して登録して下さい」

 まず、この二つの文を読み比べてほしい。
 

【1】 赤ペンを購入して、校正をする。
【2】 赤ペンで書き込みをして、校正をする。


 どちらも、「●●をして、▲▲をする」という構造だが、●●と▲▲の関係は異なる。

 どう異なるのかは、下の図を見て考えてほしい。

何何して-1


 では、次の文は、どうだろう。

氏名を入力して、登録をする。


 氏名を入力すれば登録は完了するのか、あるいは、氏名を入力した後に何らかの操作をすることにより登録が完了するのか、分からない。図解すると、こういうことだ。

何何して-2


 結局、「●●をして▲▲をする」という場合、●●と▲▲の関係が不明瞭な場合は、読者をまごつかせることになる、ということだ。

 そんな場合は、こう表現するのがいいだろう。
 

【1】 氏名を入力し、次いで、登録をする。
【2】 氏名を入力することによって、登録を完了する。


 今回と同じ話題については、以前の記事【マウスの細胞を弱酸性液に浸し・・・】にも書いたことがある。


内容が同じなら、表現も同じにする

 弁護士ドットコム38号に労災給付と自賠責保険に関する裁判の解説が載っている。その中に、遅延損害金起算日につき、各裁判所の判断の違いを比較した表がある。

遅延損害金


 ぱっと見た瞬間、3つの裁判所で異なる判断をしたのかと思った。

 だが、第1審と控訴審の各判断を読んでみると、表現上の違いはあるが、起算日を「判決確定日」としている点では、違いがない。だったら、ことさら異なる表現をするべきではない。表現が異なれば、実質的にも違うのだろうという誤解を招きかねないのである。

 次に問題なのが、「第1審」「控訴審」「最高裁」という表現だ。どう問題なのかは、下の表を見てほしい。

審級

 左の列は末尾が「審」、右の列は末尾が「裁」となっている。

 つまり、事件の進行状況を、事件の進行段階から見たのが左の列であり、事件が係属し判断を下す裁判所から見たのが右の列である。

 記事のように異なる観点からの分類を混在させるのは、読者の思考を混乱させるだけである。

 どちらかの分類で統一する場合、私は、「裁」の方で統一するのがいいと思う。

 というのは、「審」は抽象的な概念であるのに対し、「裁」は、具体的な裁判所の場所、建物、あるいは、裁判官を意識させるものであり、より、理解しやすいからである。

 同じものを指す場合でも、できる限り、抽象的な概念を避け、具体的な実態をイメージできる言葉を用いるべきことは、以前のブログ、【フランチャイザーの・・・】の 【5】「加盟店」か「加盟者」か  にも書いたとおりである。









なぜ、一部の数字だけで納得できるのか

 本庶教授のノーベル賞をきっかけに、癌の治療薬オプジーボが脚光を浴びているが、癌の種類によって、オプジーボが効くものもあれば効かないものもある。

 実際に治療に使用するには、癌の種類ごとに国の承認を受けなければならないが、これに関連して、少し古いが、次のような記事があった【「オプジーボ」登場3年 がん免疫薬、見えてきた実像 日経 2017.7.17】。 

オプジーボはすでに5種類のがんで承認を得た。20種類以上で効果が期待されている。


  5種類、20種類と言われても、癌全体で何種類あるかが示されなければ、その意味するところは、分からない。

 ネットで調べても、80種類くらい列挙されているもの【国立がんセンター がん情報サービス】もあれば、20種類くらいのもの【がん治療.com がんの種類一覧】もある。

 さらに言えば、「5種類」といっても、胃がん、大腸がんなど、患者数の多いがんを含んでいる場合と、逆に、極めて症例の少ないがんのみである場合とでは、全然、意味が異なってくる。

 様々な事象について、数字を示されると、客観的な情報であり、何となく説得力があるように思えるのだが、実際は、上記のように、前提となった数字も同時に示されないと、何の意味もないということが、結構ある。

 これまでも、何度も書いたことであるが、残念ながら、こんな例が山ほどあるのが現状だ。

  【数字は、過去と比較してこそ意味がある
  【オーケストラは理系のサークル活動?
  【割合の単純比較は、危険 シートベルト不着用の危険性


 
 

棒グラフ、折れ線グラフ

 私自身、自ら「分かりやすさが第一」というブログを書いていることもあって、ネット上で、似たような記事がないか気を付けているのだが、今日、【ANA社員が解説"プレゼンの極意"】という記事を見つけた。

プレゼン-1

 中には参考になる指摘もあるので、ぜひ、目を通してほしいのだが、問題点もある。
 
 まず、この部分を読んでほしい。

プレゼン-2

 私は、最初、 「数値の増減=棒グラフ」を強調 と読んでしまい、意味が分からなかった。実際は、 「数値の増減を強調」=棒グラフ ということだった。

 そういうことなら、以下のように、意味のまとまりを視覚的にもひとまとまりにするのがよい。

プレゼン-3

変更点は、以下の点である。
 ● 「数値の増減を強調」を白の枠で囲った。
 ● 「=棒グラフ」を0.5行分だけ下に移動し、「数値の増減」「を強調」の丁度、中間に置いた。
 ● 「=」を右向きの矢印「」にした。 

 「数値の増減を強調」→「棒グラフ」
 「数値の推移を強調」→「折れ線グラフ」
 ということで、何となく分かったような気になるのだが、数値の「増減」と「推移」は、どう違うのか、私には理解できない。

 そこで、その具体例として挙げられているグラフを見ると、こうなっている。

プレゼン-4  プレゼン-5


 どう違うのか。どうやら、左は、時間的には2017年と2018年の二つの期間の数字の比較であるのに対し、右は、多数の期間の数字の比較という点で違い、前者は棒グラフ、後者は折れ線グラフを用いるべき、ということのようだ。

 つまり、どちらも、「増減」には違いなのだが、比較する時点が多い場合を「推移」という特別に別の言葉で表現しているようなのである。

 けれども、どちらも、「増減」であり「推移」であることには変わりなく、この言葉だけからは、作者の意図は理解できない。

 言葉だけで意図を伝えようとすれば、「二つの期間の増減」は棒グラフ、「多数の期間にわたる増減」は折れ線グラフ、と表現するほかない。

 それは、さておき、左側の、2017年と2018年の増減のグラフそのもにも、問題がある。

プレゼン-4

 ご覧のとおり、2017年の左に2018年が描かれているのだ。

 普通のグラフでは、時間が左から右へと経過していくように描かれている。実際、上の折れ線グラフは、そうなっている。ところが、この棒グラフだけは、それが逆行しているのだ。

 意味をとれない訳ではないのだが、見る側には、大きなストレスとなるので、よほど特別な理由のない限り、一般的な時間の流れと逆の表現は避けるべきである。




根拠として十分かを検証する 「毎年20人前後しか通過できない狭き門」

 史上最年少棋士、藤井聡太四段の誕生以来、将棋関係の記事を目にすることが多くなった。今日も、【ネット将棋「謎の強豪」正体は藤井聡太 感動さえ与えた 朝日 2018.11.8】という記事があり、そこに、こんな一節があった。

日本将棋連盟のプロ棋士養成機関「奨励会」の入会試験は、全国の将棋の秀才が挑んでも、毎年20人前後しか通過できない狭き門だ。


 何の問題もない記事のように見えるだろうか。

 「全国の将棋の秀才が挑んでも、毎年20人前後しか通過できない狭き門だ。」というのだが、入会試験を受けるのが仮に25人程度だとしたら、8割が合格できるのであり、決して「狭き門」ではない。

 調べてみると、今年は、「関東は48人中20人、関西は30人中11人が合格した。」【岩手から2人、成るぞプロ棋士 同時に将棋奨励会合格 岩手日報 2018.8.25】ということで、4割弱の合格率である。

 もともと地元では、みな「天才少年」だったわけで、それでも4割弱しか合格できないということであれば、「狭き門」と言ってもいいかもしれない。

 ここから、話を抽象化する。

 一般に、事実Aと事実Bの双方が認められて初めて結論が導けるという場合があるが、事実Aだけを書いて、直ちに結論を導いている例が多いのである。

命題


 このような論理飛躍をしてしまう原因としては、以下の二とおりが考えられる。

【1】 事実Bは、自分にとっては当たり前のことなので省略してしまう。
     上記の記事

【2】 結論を導くのに事実Bが必要だと言うことを理解していない。
     具体例
       【オーケストラは理系のサークル活動?
       【マグネシウムは、41ミリグラム
       【原因は一つだけとは限らない

 【2】の間違いは、まともな論理的思考力があれば、冒しようのない間違いである。他方、【1】の間違いは、「自分が知っていることは誰でも知っている」と思いがちなため、注意しないと、誰でも、つい冒してしまい勝ちなものである。







 

  

グラデーションは、こうする その2 米中間選挙の開票結果の判明時間

 今朝の羽鳥慎一モーニングショーで、アメリカの中間選挙の開票の話題が取り上げられていたが、その中で、各州の開票結果の判明する時間が地図で示されていた。

結果判明-1


 東から西へと順に判明していく過程を色のグラデーションで表現しているのだが、何とも分かりにくい。

 そこで、青から赤へのグラデーションで作り直したのが、次の地図だ。

結果判明-3


 グラデーションで表現する場合には、以下の点に気を付けないといけない。

  ● 凡例を見ずに地図を見ただけで順番がわかるように、色相の差を小さくする。
  ● 目に負担がかからないように、二色の間のグラデーションにする。

 グラデーションについては、以前の記事にも書いたとおりである。

 【グラデーションは、こうする 風雨の予想図
 【赤い州、青い州
 【グラデーションのフェイント


数字は、過去と比較してこそ意味がある

 今日の 「教えてもらう前と後」という番組で、「安倍内閣が憲法改正に向けて並々ならぬ意欲を持っている」ということを述べていたが、その根拠は、以下のものだった【第34回「池上彰が“どこよりも早く振り返る”2018年決定的瞬間」】。

【1】 先月の内閣改造後の閣僚20人中18人が神道政治連盟国会議員懇談会の会員である。
【2】 神道政治連盟は憲法改正を積極的に目指している。



神道政治連盟


 けれども、この論理は、極めて不十分である。

 たとえば、閣僚中に占める懇談会員の割合が、以前は5割にも満たなかったのが、今回は9割になったというのであれば、上記の結論を導くのも肯けるのだが、以前の割合は示されていない。

 そこで、調べてみたところ、次のようになっていた(空欄は不明)。

懇談会


これを見ると、過去に2回、閣僚中に会員が占める割合が90%以上になっている。そうすると、今回の改造で特別に割合が増えたわけではないことが分かる。

 また、仮に、与党議員の95%が会員だったとすると、閣僚の90%が会員というのは、何も特別なことではないことが分かる。

 今回の内閣改造で、閣僚中の会員数が90%だったという事実から特別な意味を読み取ることができるのは、
  【1】 時系列的に、突出していること
  【2】 与党議員中に占める会員の割合に比べて突出していること
 この2点が肯定された場合に限るのだが、【1】は事実ではないし、【2】は不明である。

 今回の論理の飛躍は、下記の記事で指摘した論理飛躍と同様のものである。

  【オーケストラは理系のサークル活動?
  【割合の単純比較は、危険 シートベルト不着用の危険性


小分けして表示する

 「人間が数十以上のものの数を数える際に、小分けにして表示すると数を早く数えられる」ということが「発見」されたそうだ【東大で“早く数えるコツ”が発見された 日刊工業新聞 2018.11.2】。

 記事には、以下のような図が載っており、実際に数えてみると、その通りだと言うことが分かる。

分割

 では、なぜ小分けすると早く数えられるのか。

● 理由【1】

 左端の図のように何の区切りもなければ、どこまで数えたかを常に目で追っていかなければならない。途中で一度でも目を離したら、どこまで数えたか分からなくなり、また最初から数え直さなければならない。

 これに対して、右端の図だったら、たとえば、右上のブロックから下に数えていくとしたら、2列目の上から二つ目のブロックまで数えたというふうに記憶することができ、目で押さえておく必要はなくなる。

● 理由【2】

 さらに、一つのブロックに数個しかはいっていなければ、一々数えるまでもなく、一瞬で、数を認識することができる。

----- 追記 2018.11.4 -------------------------------------------------------------------

「小分け」というのは、何も、「領域の中に境界を設けて分割する」ということに限らない。

数える対象の属性の違いによって「小分け」することも可能である。
 
分割-2

 境界を設けるよりも、対象の属性で小分けるする方が、数えやすいようだ。




図面から現場を想像する

 昨日の【エレベーターに関する基本情報】の左側のエレベーターの図を、もう一度、見てほしい。

会館-1

 エレベーターの籠の部分をよく見てほしい。何か、おかしくないだろうか。

会館-3

 ご覧のとおり、エレベーターの出入り口の横幅が、エレベーター籠の横幅の半分にも満たないのだ。こんなエレベーターは見たことがない。

 作成者のミスとしか考えられない。それにしても、多少なりとも想像力があれば、こんな図面は描けないのではないだろうか。

 私が、この間違いに気づいたのは、昨日の記事を、もう一度、見直していたときだ。

 図面を見て、その図面が表現している現場を頭の中で具体的に描いたのだ。そうすると、何とも奇妙なエレベーターだということが実感として分かったのである。

 文字や図面を見たとき、ややもすれば、その表面だけで理解しがちであるが、文字や図面は、結局は、現実世界を表現するための手段にすぎないのである。だから、文字や図面から現実世界を頭の中で徹底的に再現することによって、初めて、本当の理解ができるのだ。

 上に書いたことは、的確に表現できているとは言いがたいので、近いうちに、改めて、丁寧に分かりやすく説明しようと思う。

 

エレベーターに関する基本情報

 下の図面は、ある施設のフロアガイドの一部だ。

会館-1   会館-2

 
 左側のエレベーターの説明で「170名」とあるのに驚いた。

 一度に大量の来場者を捌くために、こんなに大きなエレベーターを設置しているのかと思った。

 だが、普通は大きくても10数人である。その10倍というのだから、よほど大きいのだろうと、これまで体験した、あちこちのエレベーターを思い浮かべているうちに、後ろに「1150Kg」とあるのが目に入った。

 ということは、「17名」の間違いということだろう。「横95cm」とあることからも、そうとしか考えられない。

 次に、右側のエレベーターをみてほしい。「搬入口用」となっている。

 おそらく、大型の楽器や什器を搬入するのに利用されるのだろう。病院のエレベーターでも、ベッドのまま患者を運べるように、奥行きが通常の倍くらいある。

 そこで、このエレベーターの大きさを確認したのだが、「高さ2m×横95cm」としか書かれていない。

 奥行きが分からなければ、どれくらいの大きさの物を搬入できるのか分からない。「搬入口用」と書きながら、もっとも重要な情報が欠落しているのだ。

 さらに、「高さ」「横」というのも曖昧だ。エレベーターの出入り口の大きさなのか、エレベーターの箱そのものの大きさなのか判然としない。これでは、どれだけの大きさの物を搬入できるか分からない。

 利用者の便宜のために情報提供しているはずなのに、肝心な情報が抜けていたのでは、意味がない。

 定員「170名」の間違いといい、情報の欠落といい、一人の作業であれば、間違いもありうるだろう。

 けれども、作成者自身がネットにアップした後に、もう一度見るとか、あるいは、事前に別の人がチェックするなどすれば、絶対に防げる問題である。

 裏を返せば、一人の人が作成し、それっきり、ということだろう。


----- 追記 -------------------------------------------------------------------

 ここでは、「エレベーター」と書いたが、以前の【エレベータの開閉ボタン】【エレベータの階数ボタン】では、「エレベータ」と書いている。

 どちらを使うべきかについては、【NHK放送文化研究所 「エレベーター」「コンピューター」の表記】にあるとおり、かなり微妙な問題である。

 そんなこともあって、今回は、「エレベーター」と記載した。

 「不統一」ではあるが、同一記事内での不統一ではないので、特別に気にすることもないだろうと考えた次第だ。

元号と西暦の混在

 文部科学省のウェブサイトに国語審議会の頁がある【国語審議会

国語審議会

 見た瞬間、「これは何だ!」と思わず声を上げそうになった。

 元号表記と西暦表記とが混在しており、前後関係が、すぐには分からない。

 こういった不統一は、読み手にとって、はなはだ迷惑なことである。

 ----- 追記 2018.10.29 -------------------------------------------------------------------

「不統一」にも、いろいろあり、その弊害も様々だ。思いつくまま、整理してみた。

 ● 表記(表記の揺れ)

  コンピュータ、コンピューター
  プログラマ、プログラマー

  → 混在すると読みにくいし、いい加減な印象を与えるが、弊害の程度は知れている。

 ● 類義語

  書面、文書
  表示画面、画面
  ログイン、ログオン

  → 使っている本人は同じ意味で使っていても、相手は、別のものを指しているのではないかと悩むこともある。

 ● 単位

  1リットル、1000cc
  平成30年、2018年

  → 換算をすれば分かるのだが、読者に余分な負担をかけることになる。



 

只野はヤクザに絡まれた紀子をさっそうと助ける一人の男を目撃する。

 テレビ番組の解説【特命係長 只野仁(2003) 第7話「会長の秘密」 AbemaTV】に、次のような一節があった。

そんなある日、只野はヤクザに絡まれた紀子をさっそうと助ける一人の男を目撃する。


「絡まれ」まで読めば、只野がヤクザに絡まれたのかと思う。だが、直後の「た紀子」まで読むと、そうではないことが分かる。

次に、「助ける」まで読めば、只野が紀子を助けるのかと思うが、直後の「一人の男」まで読むと、そうではないことが分かる。

そうして、最後に、只野は「目撃」したことが分かる。

そんなある日、只野はヤクザに絡まれた紀子をさっそうと助ける一人の男を目撃する


 二回も誤読しかけたのは、「只野は」に対応する可能性のある動詞が、このように、3つ出てくるからだ。

 これに対して、「只野は」を「目撃する」の直前に持ってくれば、絶対に誤読のしようがない。

そんなある日、ヤクザに絡まれた紀子をさっそうと助ける一人の男を只野は目撃する


 要するに、主語に対応する述語は必ず後ろに来るのだから、主語の後ろに述語となる動詞が一つしかなければ、その動詞にしか対応しようがないため、絶対に誤読しないのである。

 なお、主語と述語動詞の関係が曖昧なことによる分かりにくさについては、これまでも、何度も記事を書いている。

 【目を覚ましたメリーは・・・
 【本人が弁護士とともに・・・
 【東京地裁で一人の男性が自殺
 

医大入試の男女差別の「救済策」

 東京医科大学の不正入試を巡って女性差別被害弁護団が結成されたという【東京医科大 女子55人不合格 弁護団「言葉がない」 テレ朝news 2018.10.24

 「女子55人不合格」というのが、どのような意味なのかが気になった。

 検討のため、以下のような説例を想定する。

 合格定員100名のところ、合格ラインを70点とすると、男子60人、女子40人が合格したはずだが、大学側は、男女比を7:3にしようと考え、男子の合格ラインを60点、女子の合格ラインを75点としたとする。

不合格-2

 上の図で、「B」の10人は、合格ラインの操作がなければ合格できたのであり、操作の被害者である。

 では、「C」の5人は、どうか。

 同じ、60~70点でも、男子なら合格したのに、女子であるがゆえに不合格になったのだから、男女差別の被害者とは言える。

 けれども、「C」の5人は、合格ラインの操作がなかったとしても、本来の合格ライン70点に届いておらず、合格はできなかったのだから、合格ラインの操作によって不合格になった、という訳ではない。

 冒頭の「女子不合格55人」というのは、本来の合格ラインに達していたのに不合格になった者(図の「B」に相当する)が55人という意味なのか、操作後の男子の合格ラインに達していたのに不合格になった者(図の「B」+「C」に相当する)が55人なのか、記事を読んでも、どちらか分からない。

 男女差別の救済策として、「B」の10人に追加合格を出すのは当然だが、「C」の5人に追加合格を出すのは、疑問が残る。

 とはいえ、男子は60点~70点で10人が合格しているのだから、その合格を取り消さない限り、「C」の5人に追加合格を出さなければ、男女差別ということになる。

 かといって、追加合格を出したら、本来、合格できなかったのに、大学が男女差別をしていたため、思いがけずも追加合格の恩恵にあずかれるわけで、割り切れないものがある。

 被害弁護団は、どのように考えているのだろうか?

----- 追記 2018.10.25 -------------------------------------------------------------------

 もう一度、得点分布表の数字に注目してほしい。

不合格-2

 出てくる数字は、40,30,20,10,5,100,60 と、全て異なった数字だ(10 だけは、男子の合格者を増やした分と同じだけ女子の合格者を減らすのだから、必然的に、同じ数字にせざるを得なかった)。

 同じ数字を複数箇所で使ったら、読者が混同しかねないからだ。

 この点については、以前の記事【兄の名前は「坂上二郎」】を参照されたい。

 なお、「D」は、元々は、50人だった。「C」の5人と合わせると、55人になる。そうすると、冒頭の見出しの「55人」と同じ数字となり、混同しかねない。そこで、50人を60人に変えた。こうすれば、混同のしようがない。

 自分で、こういった配慮をしながら、おそらく、ここまで配慮をして文章を書いている人は極めて希だろうと思う。けれども、決して難しいことをしているのではない。その気になれば、誰でもできるはずだ。

 要は、自分の文章を、他人に、迅速、的確に理解してほしい、という思いを、実行に移すか否かである。

 読者の皆さんは、自ら実践するのはもちろんのこと、可能な限り、このブログの存在を周囲の人に伝えて、広めてほしい。

 
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「時間泥棒」仕置人 (改称予定)

Author:「時間泥棒」仕置人 (改称予定)
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 玉石混淆の情報が溢れる社会の中で、効率よく、的確に、情報を取得し、提供するには、どうすればいいのか、ということを常に考えています。

 ところが、そんなことには無頓着な人も多いようで、読者に対する配慮の一欠片もない文章を目にすることがあります。

 難解な文章で読者の貴重な時間を奪ってしまう人達のことを、「時間泥棒」と名付けました。

 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

 記事を読んで、自分も「時間泥棒」かな、と思ったら、早速、改めて下さい。また、あなたの廻りに「時間泥棒」がいたら、あなたの力で立派に更生させてあげて下さい。

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