「最終勝残者」と「最多連勝者」  「雰囲気」で区別する

 次の図は、将棋の銀河戦の決勝トーナメント表の一部である【日本将棋連盟 第26期銀河戦 決勝トーナメント】。
 
 
トーナメント


 各棋士の名前の下に、予選の、どのブロックから、どういう資格で、決勝トーナメントに進出したかが書かれているのだが、資格を表現する「最終勝残者」と「最多連勝者」というのが、ぱっと見には、同じように見えてしまう。

 原因は、
    どちらも5文字の漢字であること、
    1文字目と5文字目は、それぞれ双方、同じ漢字であり、
    3文字目と4文字目という違いはあるが、「勝」という同じ漢字が使われているため、
全体として似たような印象を与えるからである。

 以前、【あざいお市マラソン】で、英文の文字列で、例えば、「understnad 」とか、「Uinervtisy」といった単語が、綴りが誤っているにも関わらず、正しい単語として認識されてしまうという例をあげたが、文を読む際、多くの人は「雰囲気」で読んでいるのである。

 だから、「最終勝残者」と「最多連勝者」のように「同じ雰囲気」の文字列は同じように見えて、すぐには識別できず、識別するには、一文字一文字を確認する作業が必要になるのである。

 読み手に、そのような負担をかけることなく識別してもらうには、「雰囲気」を変えるしかない。

 たとえば、「勝残者」と「最多連勝者」のようにすれば、3文字と5文字で「雰囲気」は、ガラッと変わり、容易に識別できることになる。

 
トーナメント       トーナメント-1


 しかも、意味としても、常識的に考えて、「勝残者」は[最終勝残者」と同じと考えられるのであるから、「分かりやすさ」のために、厳密さを犠牲にしている訳でもない。

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微妙な違いに気づけるか

 ネットで、あるブログ記事を読んでいたのだが、文字が読みにくい。

 ある部分は普通に読めるのだが、途中から数行が薄くなっており、また、その下は普通の濃さになっているのだ。

 私の目の方が少し異常なのかと不安になり、画面をスクロールさせたり、画面を切り取ってエクセルの画面に貼り付けて見比べてみたのだが、私の目に問題があるのではなく、そもそも、元の文字の色に濃淡があることが分かった。
 
 具体的には、こんな具合だ【野村修也のブログ寺子屋 スマート農業】。
 
文字濃淡

 明らかに、2行目の3文字目「時には」から色が薄くなっている。

 念のため、その記事のソースコード(画面に文字を表示するに際して、画面に表示される文字列そのものと、表示される文字の大きさ、色などの指定をする文字列とが一体となった文字列)を調べてみると、「時には」の前と後とで、色の指定が異なっていた。

 なぜ、そんなことが起きたのかは分からないが、筆者が意図的に文字の色を薄くしたとは考えがたい。

 このブログもそうだが、ブログ記事を書く場合、普通は、ブログ提供サービスの運営者が提供してくれるテンプレート(書式のようなもの)を利用している。

 そのテンプレートを使いながらも、自分で様々な微調整ができるのだが、テンプレートの利用に習熟しない間は、意図せぬ所で、文字の大きさや色が変わったりして戸惑うことになる。

 そうなったら、文字の大きさ、色などの余分な修飾を全部とってしまえば、元に戻るのだが、微妙な変化だと意図せぬ変化に本人が気づかず、そのままにブログ記事として公開してしまうことになる。

 おそらく、上記の記事の筆者は、文字の色の違いに気づかなかったのかも知れない。

 こういう点は、本人のもって生まれた能力の問題もあり、努力で克服できない部分もあるだろうが、能力の範囲内で、努力によって克服できる部分もあるはずである。常に読み手のことを考えていれば、少しずつでも、能力も磨かれてくるのではないだろうか。




「理論を頭の中ですべて構築」?

 一昨日に続いて「文系の壁」125頁からの引用だ。養老氏の対談相手の鈴木健氏【Wikipedia】の発言だ。

ノイマンはものすごく頭のいい人で、理論を頭の中ですべて構築しました。


 「頭の中ですべて構築」というのは、どういう意味か?

 一応、考えられるのは、次の四つだ。

 【1】 思考の過程を紙に書いたりなどしなかった
 【2】 同僚の学者らと議論をしたりしなかった
 【3】 考えるに際して、模型などを用いなかった
 【4】 実験などせずに、理論だけを突き詰めていった

 昨日の記事で引用した言葉を借りれば、「解像度の低い」表現であるが故に、いったい、何を指しているのか分からないため、こうして、読み手の側が、あれかこれか、と考えなければいけないのである。

 その後、ネットで調べてみると、ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎が、上記の【1】【2】の特徴を備えており、かつ、湯川秀樹や朝永振一郎をも超える天才的物理学者と評価する人もいることが分かった【どこがスゴイか 南部陽一郎】。

 また、ノイマン自身も、6歳で7桁から8桁の掛け算を筆算で行ったと言う話【Wikipedia】や、原典ははっきりしないが、8桁の割り算を暗算でしたという話もある【天才の世界Ⅱ~歴史上の天才~】。
 
 そうすると、鈴木氏も、【1】【2】の意味で「頭の中ですべて構築」という言葉を使ったのかも知れないが、本人に直接、問い合わせない限り、分からない。

 対談相手の養老氏は、「頭の中ですべて構築」だけで理解できたため、対談を書籍に収録するに当たって、そのまま記載したのだろうが、一般読者のためには、もう少し、丁寧な説明をしてほしいところである。

 あれこれ書いてきたが、ノイマンの頭の程度がどれくらいだったのか自体は、本論とは関係ないことなので、こういうところで引っかかっていると、なかなか読み進めていくことができない。

 本を読むときには、書き手が完璧ということはないのだから、「分かりにくい表現」を理解しようとして時間をかけるのはもったいないことであり、さらっと流して読み進めていかなければならない。

 以前、ある俳優が、舞台を見ても、演出や演技の巧拙の細部が気になって、なかなか、舞台そのものを楽しむことができないと言っていた。

 私も、常に「分かりやすさ」を考えていると、つい、文章を読む際に、「分かりにくい表現」にばかり気が散ってしまい、中身について考えるゆとりがなくなってしまいそうである。

 とはいえ、一度、踏み入れたこの世界から足を洗うことができそうにない。こうなったら、開き直って、この道を、とことん突き詰めてみるのもいいか、と思った次第である。

文章表現の解像度

 このブログと同じく「分かりやすさ」について書いてあるブログをネットで検索することがあるのだが、なかなか、これはいい、と思えるブログに行き当たることは少なかった。

 ところが、昨日見つけた【エッフェソイヤ 話の分かりやすさの本質は、情報の解像度にある】というブログ記事は、非常に分かりやすく本質を捉えていたので、かなり長文になるが、ぜひ、読んで欲しい。

 ざっくり内容を説明すると、文章の精緻さを、画面の解像度になぞらえて、文章の解像度が読み手の読解力と比べて高すぎたり、低すぎたりすると、読み手に的確に情報が伝わらない、従って、常に読み手の読解力に留意すべきである、というものである。

 私が、このブログで書いてきたことを、ある意味では、より的確に表現してくれていて、正直、「参った!」という気持ちにもなったのだが、では、そのブログの筆者が書いた文章が、「分かりやすさ」の点で、何の問題もないかというと、必ずしも、そうではない。

 そのブログの記事の中に、筆者が文章を書く際に、①②・・・と、いくつかの段階を踏んでいることを説明した後に、次の一文があったのだ。

例えば、今書いている記事の、①〜②の段階はこのような感じです。


 私は、「今書いている記事」というのは、まさに私が引用している記事そのものだと受け取って、その続きを読んだのだか、続きを読んでいくと、いきなりゲームの話が出てきたので、それまでの文章との繋がりが分からなくなり、戸惑った。

 一呼吸置いて見直すと、「今書いている記事」というのは、「これから発表するために、今書いている記事」ということで、私が引用した記事とは別に執筆中の記事のことだと理解できた。

 また、文章の解像度について、次のような記載があった。

僕は、この解像度が、画像だけではなく、話や文章にもあると思っています。
例えば、同じ”青”について話す時も、

解像度高:シアン、コバルトブルー、マリンブルー、エメラルドブルー、藍色、群青色、空色
解像度中:青、水色
解像度低:青
解像度最低:色

など、情報の細かさや、詳しさに様々なレベルがあります。


 最初の3つは、すんなり理解できたのだが、最後の「色」で首を傾げてしまった。

 最初の3つの例は、色彩に関する表現の解像度の違いの具体例として適切なものだが、最後の例の「色」というのは、明らかに不適切だ。「色」というのは、「大きさ」「形」というのと同じく、属性そのもののカテゴリーを表現するものであり、「色」の中で、「コバルトブルーとか、ただの青とか、いろいろなレベルの解像度があるのだから、この「色」というのは不適切ではないか、そう考えた。

 だが、改めて考えると、解像度に様々あるという例として掲げられているのだから、ここの「色」というのは、カラーシャツという場合の「カラー」と同じく、真っ白ではない、という意味で使われているのだと気づいた。

 結論から言えば、私が十分に文脈を踏まえた読み方をしていなかったために生じた誤読だったのであるが、これまでも、何度も触れてきたように、文脈を十分に理解していない人にも、一義的に理解できるような表現を用いるのが「親切」というものである。

 では、ここでは、どう表現すればよかったかというと、単なる「色」ではなく、「色つき」あるいは「カラー」という表現がよかっただろう。「カラー」と言えば、「カラーシャツ」のように、「白以外の色」を指すものと通常、受け止められているからである。

 なお、文脈への依存は回避すべきだということは、 【目を覚ましたメリーは、・・・】にも、書いたことがある。

 さらに、こんな記述もあった。

"いや、もう少し分かりやすく話せるだろ…”

と思う場合で多いのは、
解像度の低い人の話、
というよりは、
それなりにしっかり勉強している人の解像度が高すぎる場合
が多いです。



 言いたいことは、よく分かるし、私も、多分そうなのだろうと思う。

 だが、見てのとおり、「多いのは、」に対応する述語が存在しない。

 文末の「が多いです。」を単に「です。」とすれば、主語と述語とが対応して、落ち着きのある文になる。

 おそらく、筆者は、常日頃、そういった例が非常に「多い」と感じていたために、思わず、「多い」という単語を二重に使ってしまったのだろう。

 こういった心理はよく分かるし、私も、先日の記事【可食してもよい】で、「明らかに」を一文の中に二度も使いそうになったことを取り上げたばかりである。

 それだけに、思い入れの強い文章を書くときほど、要注意ということである。

 ところで、このブログの皆さんに読むことを奨めておきながら、そのブログの記事の「分かりにくさ」を3つも指摘したのは、常日頃「分かりやすさ」に留意しているはずの人でさえ、ときに分かりにくい文章を書いてしまうという例を示すことによって、どれほど、「分かりやすさ」に気を付けても、それで満足ということにはならない、ということを言いたかったからである。

 私自身も、自分では、結構いい記事をかけたな、と思っていても、友人から、その私の記事が「分かりにくい」という指摘を受けることが度々あるのだ。


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欧米では・・・

  「欧米では・・・」というのは、私が子どもの頃から何度も聞いた、自己の見解を正当化するための常套句だ。

 「欧米」と言っても、おそらく、アメリカのことだったのだろうが、当時は、経済的にもアメリカに圧倒されていたわけで、「欧米では・・・」と言いたくなる大人達の気持ちも分からないではなかった。

 その後の高度成長を経て、80年代に入ると、アメリカの自動車産業の労働者が日本車を叩き潰すシーンなどをテレビで見かけたり、バブル期には、日本企業が、アメリカの富の象徴とも言うべきロックフェラーセンターを買収したという報道がなされるなどして、日本人も、自信を付けたようで、「欧米では・・・」という言葉を見聞きする機会も減っていった。

 ところが、今日、久々に、この「欧米では・・・」に遭遇した。養老孟司の「文系の壁」42頁の一節だ。
 

 欧米では、木でできた車のおもちゃを小さな子供がもらったら、周りの大人は「この車の色はお前が決めるんだ」と言います。小さい頃から、行為の主体が誰かをはっきりさせる訓練をしているのです。


 いったい、全部で50数カ国ある欧米の、何カ国で、そういう習慣があるというのだろうか。

 仮に、アメリカ一国に限ったとして、車の色の話は、いったい、何人のアメリカ人から具体的な話を聞いたのだろうか。
 
 例えば、死刑廃止論を論じるに当たって、「欧米では・・・」というのは、国ごとの制度を問題にしており、その内容自体の真偽は明らかであり、議論を正当化する論拠とするのもいいだろう。もちろん、欧米で多数だからと言って、直ちに日本も習うべきかというと、必ずしもそうではないが、話に持ち出すこと自体は、まあ、いいだろう。 
 
 これに対して、車のおもちゃの話は、実証的な裏付けのない話だろう。まさか、EUで、国民性の調査を行い、そこに、車のおもちゃに関する質問があって、多数が、上記のような回答をした、という訳ではあるまい。

 おそらく、養老氏は、様々な実例から、「小さい頃から、行為の主体が誰かをはっきりさせる訓練をしている」という結論を導いたのであるが、それを論じるに当たって、その実例の一つを持ち出したのか、適当に創作したのか、いずれかだろう。

 せっかく、この辺りまでは、概ね、「なるほど、なるほど・・・」と思いながら読み進めてきたのに、途端に、「この人の言うことを鵜呑みにするのは危ないな」と認識を改めた次第である。

 

100000パスカル ???

 昨日に引き続き、単位の話だ。
 
 こんな記述があった【面白くて眠れなくなる物理パズル】。

 すると、まわりからの圧力は大気圧の約100000パスカルになってしまい、体内の圧力がうまく調整されません。2100000パスカルだったとすると、体内外の圧力差が2000000パスカルも体内から外に向かうことになります。


 ゼロがずらっと並んでいるのを見ただけで、嫌になった。だからといって、先を読まずに済ますのも気持ちが悪い。「いち、じゅう、ひゃく、・・・」と端から数えて、ようやく、最初の数字が10万パスカルだということが分かる。次が210万パスカルで、最後が、200万パスカルだ。

 物理学を、「分かりやすく」説明することを目的として書かれた書籍なのに、この有様だ。

 圧力の単位「パスカル」は、台風のときの「ヘクトパスカル」という言葉で一般にも馴染みがある。1ヘクトパスカルは、100パスカルだから、最初の数字は、1000ヘクトパスカル、順に、21000ヘクトパスカル、20000ヘクトパスカルと表現できる。

 こちらの方が、遙かに分かりやすい。

 分かりやすさの理由は、次の2点である。
   ・ 数字のゼロが、最大4個であること
   ・ 天気予報でお馴染みの、「ヘクトパスカル」という言葉が使われていること

 改訂版は、上記のように直してもらうしかない。

 

タウリン1000ミリグラム

 以前、【マグネシウムは、41ミリグラム】という記事を書いたが、仮に、41ミリグラムでなく、「0.041グラム」だったら、あのとき「凄い!」と感嘆していたタレントも、それほどには感嘆しなかったのではなかろうか。

 リポビタンDのCMで、「タウリン1000ミリグラム配合」という言葉が耳に焼き付いている人は多いと思うが、これなども、1グラムと表現すれば足りるところを、ことさら、大きな数字を使って、たくさん含まれているのだという印象を与えるだけのものだと思っていた。

 実は、「タウリン1000ミリグラム配合」というのが栄養ドリンクのCMだというところまでは分かっていたのだが、具体的に何というのだったか思い出せなかったので、この記事を書くに当たって、ネットで調べて、リポビタンDだと分かったのだが、そのとき、思いがけない内容の記事に遭遇した。

 【「タウリン1000mg配合」は「1g」ではない!】という記事で、以下のように、1グラムではなく1000ミリグラムとしているのを擁護するような内容の記事である。

 

 1000mg配合と1g配合では同じ意味ではない。誤差範囲が異なるのだ。
 1g配合だと、有効数字が1ケタしか無く、誤差範囲は四捨五入で考えると0.5g以上1.5g未満となり、1gも幅がある。
 しかし、1000mg配合と表記すると、有効数字の精度は4ケタもあり、誤差範囲は999.5mg以上1000.5mg未満となる。
 リポビタンDはタウリンというありふれた成分ですら誤差範囲を1mg未満に抑えるほど精密に製造されているのだ!


 言われてみれば、その限りでは、なるほどと、納得できる。

 けれども、「誤差範囲を1mg未満に抑えるほど精密に製造されている」ということを表現したければ、他にも、「1.000グラム」という表現もあったのだ。

 CMに、「1.000グラム」ではなく、「1000ミリグラム」を採用したのは、やはり、大きな数字を使って、実態より多量に配合されているように見せかけようとする意図が働いていたとしか考えられない。

 ところで、「タウリン」だが、いったい、どのような効能があるのだろうか、私自身、年に1、2回は、リポビタンDを飲んでいるのだが、何となく「元気の素」ぐらいの認識しかない。

 しょせん、CMは、視聴者に「本当に理解してもらう」ことを目的としているのではなく、「なんか元気が出そうだし、飲んでみよう」という気にさせることが目的であるから、「タウリン」が何かを説明する必要などはないのである。

 このようにして、CMは、確実に人々の思考能力を奪い続けて行くのである。

 このブログは、そのような社会に対する細やかな抵抗である。

 最後に、天才CMディレクターと呼ばれた杉山登志氏の言葉(遺書)を掲げておく【Wikipedia 杉山登志】。

  リッチでないのに
  リッチな世界などわかりません。
  ハッピーでないのに
  ハッピーな世界などえがけません。
  「夢」がないのに
  「夢」をうることなどは……とても
  嘘をついてもばれるものです。
                     — 杉山登志




大分県四日市出身の・・・

 北海道の弁護士のウェブサイトに、その弁護士の学生時代の話が載っていたのだが、そこに、「大分県四日市出身の・・・」という記載があった【髙橋智のコラム集 北海道大学はコスモポリス】。

 四日市と言えば三重県である。どうして、こんな間違いをしたのだろう。ひょっとしたら、大分県にも四日市という地名があるのかも知れない。そう考えて、ネットで検索してみた。

 なんと、三重県だけでなく、島根県にも、大分県にも四日市は存在した【Wikipedia 四日市町】。自分の限られた知識だけで、他人が間違っていると速断してはいけないと、再認識した。

 そういえば、○日市という地名は、昔の市が立つ日が由来なのだから、全国に、同じ地名があっても、全然おかしくない。

 ところで、新聞記事でも、記者の限られた知識だけで他者の発言を批判していることがある。まず、この記事【産経 2018.6.8 生活・小沢一郎代表、師匠・田中角栄元首相のお膝元・長岡で痛恨のミス「新潟は北陸最大の県」】を見てほしい。

小沢氏は田中元首相の弟子を自任しながら、北陸地方ではない新潟県を「北陸で最大の県」と発言する基本的なミスを犯すありさまだった。


 北陸地方というのは、多義的であり、新潟県を含まない「北陸3県」を指す場合もあれば、新潟県を含む「北陸4県」を含む場合もある【Wikipedia 北陸地方】。

 この程度の知識は、新聞記者にとっては常識の部類に属することではないだろうか。

 もちろん、新聞記者といっても色々だし、私から見て常識だと思っていても、私の方が勝手に常識と思い込んでいることだってあるのだから、上記の北陸地方という言葉が多義的であり、新潟を含んだ使われ方をする、という知識がなかったからと言って、そのこと自体は、まあ、いいとしよう。

 だが、仮にも、新潟県の田中角栄を師匠とする小沢一郎の発言である。その小沢一郎が新潟県が北陸地方に入るか否かについて「基本的なミス」をしたと批判する前に、本当に、ミスなのか否か、自分で再確認する程度の作業は、当然、行うべきであろう。

 この記者は、何とか小沢一郎を批判する材料を見つけたくてしようがなかったのだろう。そこで、自分の限られた知識を前提に、小沢一郎が「基本的なミス」をしていることを発見して、小躍りしたのだろう。だから、自分の知識が足りないのではないかと疑うこともなく、堂々と、「基本的なミス」という批判を記事にしたのである。

 しかも、ウェブサイトで全10頁にわたる記事の見出しに、「痛恨のミス」とまで書いたのである。こんな記事を見ると、産経新聞でさえ、他に小沢氏にケチを付けるところがなかったのではないかと思ってしまう。

 ところで、最初の「大分県の四日市」に戻るが、確かに間違いではないものの、三重県の四日市が余りにも有名なため、私のような勘違いをする人多いことだろう。そして、その勘違いのままに終わってしまう人もいるだろう。

 そう考えると、「大分県宇佐市四日市町」というふうに、正式名称を記載しておいた方がよかったのではなないだろうか。



inborn か inbom か

 最近、ボランティアで、ある英文のソフトを日本語化する作業を始めたのだが、英文には英文特有の分かりにくさもあれば、日本文と同様のパターンの分かりにくさというものもある。

 今日取り上げるのは、英文特有の見た目の分かりにくさである。

次の二つの英単語(らしきもの)を見てほしい。

  inborn  inbom 


  と  が並んでいると、  に見えてしまう。

 なんとなく、r と m の方が、単語としてありそうな気がするのだが、拡大してみないと、どちらが正しい綴りなのかは分からない。

 紙の辞書で調べるのであれば、大変だが、今の時代、ネットの辞書で調べ場合は、とりあえずコピーして貼り付ければ意味はわかるのだが、そのままにしておくのは、気持ちが悪い。

 他にも、英文で、ぱっと見て、どちらか分からないものとして、こんなのもある。
 

  cl    







 

振り飛車のペースです。

 今日も将棋の話で、話題の藤井聡太七段と菅井王位の棋王戦決勝トーナメントの中継をネットテレビで【AbemaTV】でBGM代わりに聞いていたとき、解説者の声が流れてきた。 

 こうなると、振り飛車のペースですね。


 将棋を知らない方のために説明をしておくと、「振り飛車」というのは、将棋の戦形の一つで、序盤で飛車を横に動かす戦法のことで、逆に、序盤で飛車を横に動かさないない戦法を「居飛車」という。

 一方が振り飛車、他方が居飛車を採用した場合は、振り飛車、居飛車というだけで、対戦している、どちらの棋士かを特定することができる。

 そのため、将棋中継の解説などでは、対戦者の名前を呼ばずに「振り飛車」とか「居飛車」と呼ぶことが結構ある。

 けれども、視聴者にとっては、どちらが振り飛車なのか、居飛車なのかは、分からないことが多い。

 そんなときは、画面を見るのだが、対局が進んでいると、双方の飛車が横に動いていて、どちらが振り飛車なのかは、すぐには分からない。玉の囲いなどを見て、この囲いは、普通は振り飛車側が採用する囲いなので、こちらが、振り飛車だな、と判断することもできるが、いつでも分かるとは限らない。

 視聴者にすれば、藤井七段とか菅井王位と名前を呼んでくれれば、分かりやすいのだが、対局の冒頭から見ている解説者としては、どちらが振り飛車かなどということは分かりきったことなので、つい、「振り飛車」などと言ってしまうのだろう。

 これと似た話で、よく、証人尋問などで、証人に質問をするのに、こんな聞き方をする弁護士がいる。

原告に初めて会ったのは、何年前のことですか。


 弁護士にしてみれば、誰が原告かなどということは、ずっと最初から裁判をしているのだから、明らかなことである。

 けれども、証人にしてみれば、あくまでも、藤井さん、菅井さんであって、原告といわれると、改めて、「この裁判は藤井さんが訴えているのだから、藤井さんと会ったときのことを聞いているのだな」と考えた上で、質問に答えることになる。証人に、そんな負担をかけないよう、こう質問すべきだろう。

藤井さんに初めて会ったのは、何年前のことですか。


 けれども、この質問を聞いている裁判官は、戸惑うことになる。100件も200件も事件をかかえている裁判官にとっては、当事者の名前を言われるより、原告、被告という呼び方をしてくれたほうが、分かりやすいだろう。そうすると、関係者みんなに分かりやすくするためには、こう質問するのが妥当だろう。

原告の藤井さんに初めて会ったのは、何年前のことですか。






 

夕方の5時

 例えば、午後5時に待ち合わせをするとしよう。時刻を、どう表現するのがいいだろうか。

【1】 午後5時
【2】 17時
【3】 夕方の5時



 どれも、一義的に明確な表現ではある。

 けれども、直感的に理解しやすいのは、【3】の「夕方の5時」である。

 同様に、「朝の9時」「昼の2時」「晩の8時」というのが直感に馴染む。

 【2】の24時間表現は、一部の、その表現に慣れ親しんでいる人には適切なのかも知れないが、あまり馴染みのない人もいるのであり、誤解を招く元である。

 【1】の午前、午後、という表現は、一日を2区分して、その中での時刻を示すものであるが、早朝、朝、昼、夕方、晩、深夜といった6区分を前に付けるのと比べれると、やはり、直感的な分かりやすさの点では、劣っているように思う。


可能性と必然性

 今日も、素材は、将棋に関する【華やぐ美V1 藤井聡太七段への今後の予定は?将棋昇段の仕組みはこれ!】という記事だ。
 

 5組決勝に進出すれば、来期の4組が確定し、昇段する可能性があります。



 どこが問題か、分かりやすくするために、「すれば」「可能性があります」の部分を取り除いて、将来の、どういう事実について書かれているのかを、次のように分解する

 【1】 5組決勝への進出
 【2】 来期の4組の確定
 【3】 昇段

 冒頭の分は、【1】が成り立てば、【2】が成り立ち、【3】の可能性がある、と言っているのだ。

 けれども、【2】が成り立つときは、将棋連盟の規定から、常に【3】になるのであり、「可能性がある」という表現は、適切ではない。

 このような、次々生起する可能性のある3つの事実については、前の事実が実現した場合に後ろの事実が常に実現するのか、可能性に止まるのかにより、次の4パターンが考えられる。

A  【1】→常に【2】    【2】→常に【3】       【1】なら【2】となり、【3】となる。        
B  【1】→常に【2】    【2】→【3】の可能性    【1】なら【2】となり、【3】の可能性がある。
C  【1】→【2】の可能性 【2】→常に【3】       【1】なら【2】の可能性があり、その場合は、【3】となる。
D  【1】→【2】の可能性 【2】→【3】の可能性    【1】なら【2】の可能性があり、その場合は、【3】の可能性がある。

 冒頭の例は、Aなのに、あたかも、Bであるかのような表現をしたのである。


 

左下から右上へ

 以前の記事【群雄割拠の将棋界を俯瞰する】の図表の改訂版だ。
棋士一覧-2018-08-31

 前回の掲載基準には達しないが注目すべき棋士を追加したほか、関西本部所属の棋士を明示した。

 ぱっと見て気づかれたと思うが、永世七冠が左端だったのが右端になっている。

 棋士の実力を、順位戦とタイトル戦・一般棋戦という二つの指標を使って二次元の表にしたのだが、左下から右上にかけて、実力者と言えるように、元の表の左右を逆にしたのだ。この方が、直感に合っている。

 つまり、XY座標で右にいくほど、また、上にいくほど数値が大きくなるのと符合しているため、直感に馴染みやすいというわけだ。

言葉は要らない

 昨日の記事【色の持つ伝達力】で、治療院の混雑度を効率よく表示するには、どうすべきか、ということを考えた。

 元のサイトは、
    ・顔のイラスト
 改善案は、
    ・色(緑~黄~赤)のグラデーション
    ・正方形内を4つの正方形に区分し、混雑度に応じて、黒く塗り潰す正方形の数を変える
 というものだった。

 改めて見返してみたのだが、どの方法も、ごちゃごちゃした感じがした。もう少し、シンプルに表現できないか、そう考えて作成したのが、次の表だ。

 
混雑-7


 元の表では、いずれも、混み具合を五段階に分けて、それぞれに、イラストや色を割り当て、それぞれが何を意味するのかを言葉で説明していたのだが、果たして、言葉による説明が必要だったのだろうか。

 目的は、直感的に混み具合を理解し、ある程度、それを記憶にとどめてもらうことによって、来院者が混んでいる時間帯や曜日を避けて、空いているときに分散してもらうことだ。

 そうだとすると,混み具合の程度について、「空きやすい」とか「やや空きやすい」という言葉など、全く不要である。



色の持つ伝達力

 整骨院や鍼灸院のマーケティングを支援するウェブサイトが存在し、そこに、お客様に混雑状況を分かりやすく伝えることが大事だという話が載っており、その伝え方について、このように述べられていた【ミッシェル・グリーン 混雑状況!すいている穴場の時間帯を患者さんに教える!!空き時間を埋める1枚の画像】。

それでは、いかにすいている時間を知らせるのではなく、理解させることができるか。効率的に伝える方法がイラスト画像です。


 確かに、文字で伝えるより、イラスト画像の方が効率的だ。

 ウェブサイトには、その具体例として、次のような図が載っていた。
 
混雑状況-1


 確かに、文字の説明だけでなく、イラストを用いることによって、親しみが持てるし、混み具合が直感的に分かりやすいと言える。

 けれども、このイラストは、混み具合によって顔の表情を変えているのだが、表情が少し、おとなしめだ。特に「普通」と「混みやすい」は、目は同じで、口が直線か波線かの違いしかなく、スマホなどの小さな画面だと、その差を認識しにくい。

 こんなときこそ、「色」を使うべきだ。こんな感じだ。

混雑状況-2

 見た瞬間に、いつが空いているのか分かったのではないだろうか。

 こういった、色の有無による違いを見ると、つくづく、色の持つ伝達力の強さを再認識させられる。

 と、ここまで書いて、他にも分かりやすくする手段はないかと考えて作ったのが、次の図だ。

混雑-3


 イラスト画像よりかは遙かに直感的に分かりやすいのだが、それでも、色の方が、より直感的に理解できる。

 ただ、色の識別能力は人によって差があるので、どちらを選択すべきかと言われると微妙である。

---- 追記 --------------------------------------------------------------------

 なお、注意深い読者の方は気づいたかもしれないが、9時台のイラストと文字の説明は、右上の凡例とは矛盾している。
混雑-4

 私が作成した改善例は、9時台の混雑状況は、文字でなくイラストの方が正しいという前提で作成した。

---- 追記 --------------------------------------------------------------------

 さらに、冒頭のウェブサイトの引用のすぐ上に、次のように、黄色で何か書かれている。

混雑-5

 けれども、白っぽい灰色の背景なので、とても読み取ることができない。

 黄色の文字のときは、背景を、濃いめの灰色にすればよい。

混雑-6

 なお、黄色については、【黄色に注意】でも書いた。














たえることのない・・・

 朝食をとりながらテレビのニュースを聞いていると、昨晩の関東地方の落雷の話をしていた。

 何度も落雷が発生しているということで、大変だなあ、今後は、こんな異常気象に耐えなければいけないのか・・・と、そんなことを覆っていたとき、耳に入ってきたのが、「たえることのない・・・」という言葉だった。

 瞬時に、脳内で「耐えることのない・・・」と漢字変換をしたのだが、「・・・」の部分が「落雷」と認識できた瞬間に、今度は、「絶えることのない」に再変換された。

 音声で何かを伝える場合、情報は平仮名で入ってくる。それを聞き手が、自らの関心や文脈に応じて漢字変換をすることによって、理解をする。「文脈」は、その単語の「前」だけでなく「後」も重要である。

 上記の例のように、最初は、「前」だけで漢字変換をしていても、「後」の「落雷」を聞いた瞬間、変換をし直さなければならないのである。

 この程度の「再変換」なら大したことはないと言えるが、積み重なると、ストレスとなる。

 再変換の必要のないように、聞いただけで、「この漢字しかない」といえるような言葉を選択する方が、聞き手には優しいと言える。

 上記の例では、「たえまなくつづく」であれば、「耐」ではなく「絶」であることが分かり、「絶え間なく続く」と最初から正確に意味を理解することが分かるのだ。

 このように、同音異義語があるばあいには、できるだけ長い言葉に言い換えるのがいいということは、これまでの記事にも書いたことがある。

罰金陛下
「つしんきんにいってきたんです」


文字の細部にも注意が必要

 車の自動運転が現実的な問題となってきて、法規制の必要性が叫ばれて、各地の大学で、それに関連した研究が行われている。たまたま、この9月には、複数の大学で同一のドイツ人の研究者を迎えて特別講義や特別研究会が行われる予定だが、そのポスターが、これだ。

関大自動運転


明治自動運転


 最初の関大のポスターを見て疑問に思ったのは、表題の二行目の「-トロリ-問題を契機として-」の箇所である。
長音記号

 「トロリーバス」の「トロリー」のことのようなのだが、「ロ」の後ろの記号が、「ー」(長音記号)なのか、「-」(ダッシュ)なのか判然としない。むしろ、「ト」の前にも「-」があるので、「トロリ」という私の知らない単語を「-」で挟んで、強調しているのかと思ったくらいだ。

 他方、明大のポスターを見ると、長音記号とダッシュは、明確に使い分けられており、読んで悩むことはない。

 では、明大のポスターに何の問題もないかといえば、そうでもない。日本に招いたドイツ人の研究者の名前の原文の表記を見てほしい。
ウムラウト

「Engl ä nder」の「ä」の文字の前後に空白ができているのだ。

 関大のポスターで、同じところを見ると、無用な空白はない。

 漢字や仮名と違って、アルファベットは元々、横幅が、「i」や「l」のように狭いものもあれば、「m」や「w」のように広いものがある。そのため、フォントはプロポーショナルフォントが普通である。

 ところが、日本文の中にアルファベットが混じる場合、日本語の等幅フォントに合わせて、アルファベットまで等幅にしてしまうと、上記のように、無用な空白が入っているように見えるのである。

 明大のポスターも、そのことが原因かと思ったのだが、「ä」だけ、やたらと大きいのをみると、それだけが原因ではなさそうだ。普通の文字の上に点が二つ付くドイツ語特有のウムラウト文字が、アルファベットの表記に使ったフォントの中になかったので、「ä」だけ別のフォントのものを持ってきて、こんな間延びした表記になったのかもしれない。



1m×1m×2cmは、何リットル?

 先日、関西電力の高浜原発4号機で定期検査中に警報が発信されたという発表があり、その中に次のような記述があった【関西電力からのお知らせ 2018.8.19】。

直ちに現場の状況を確認したところ、床面に約1m×約1m×約2cmの油(約2リットル)が漏れていることを確認したことから、制御油ポンプを停止しました。


 「約1m×約1m×約2cm」の最後「2cm」の印象が強く、極薄くベターッと油が拡がったのだな、1m四方に広がったのを見れば結構な量に見えるかも知れないが、結局は、たいした量ではないのだな、と思った。

 だが、後ろに、「約2リットル」と書かれているのを見て、よくある大きめの飲料水のペットボトル1本分になるのだから、そんなに少ないとは言えないな、と思った。

 それで、念のため、「約1m×約1m×約2cm」というのが、実際に2リットルになるのか計算をしてみようと思い立った。

 すると、どうだろう。

 100cm × 100cm × 2cm = 20000 立方センチ つまり、 20リットルだ(1リットルは、1000立方センチ)。

 20リットルと言えば、普通の灯油缶一缶分の量であり、ペットボトルなら20本、結構な量である。

 関電は、油漏れを些細なものであると印象づけるために、意図的に、「2リットル」と記載したのか。

 ところで、この関電の発表の「2リットル」という数字を、マスコミも、そのまま報道している【NHK 高浜原発4号機で油漏れトラブル 2018.8.20 (Internet Archive)】、【福井新聞 高浜4号で潤滑油漏れ 給水ポンプ 定検中、床に2リットル】、【フクナワ 高浜原発4号機で潤滑油漏れ 定検中、床に2リットル 】。

 関電の発表を鵜呑みにするのでなく、ちゃんと自分で再計算するという程度の検証さえしていないのか。検証したけれど気づかなかったのか。そうすると、小学生レベルの計算間違いでさえ、分からないということになる。もっと複雑な問題になったら、関電の発表を右から左へと垂れ流すことしかできないのではないか。

 仮に、関電が、マスコミの能力は、その程度のものだと承知の上で、あえて過小な数字を発表したのであれば、マスコミも舐められたものである。

 もちろん、関電自体が計算ミスをして発表した、という可能性も否定できない。

 だが、この程度の簡単な計算さえできない人物が広報担当であったとしても、この発表は、技術系の社員も、相当数が見ているはずである。それでも気づかず、この誤りが放置されているとしたら、その程度の会社に、原発のような危険極まりない設備を扱う資格はないと言わざるを得ない。

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---- 追記 2018.8.30 --------------------------------------------------------------------

 「小学生レベルの計算」と書いたが、Youtube で、【小5・算数 体積の求め方のくふう】という解説があった。


---- 追記 2018.10.4 ---------------------------------------------------------------------

 その後の関電の発表に基づき、本稿の続編【関電高浜原発の油漏れ事故の真相?】を書いたので、ご覧いただきたい。


原発稼働状況 表にするしかない! その3

 過去2回、原発の稼働状況を表にしたが、本日までのものに更新した。

原発稼働数

 
 元になった情報は、【東京電力福島第1原子力発電所事故報道】に掲載されたものだが、図表を使わずに文字だけで書かれたもので、一覧性に乏しく読み解くのが困難なため、表にしたものだ。

 なお、以前の表は、下記の記事に掲載されている。
  【表にするしかない!
  【表にするしかない! その2

  今回、稼働中の原発に玄海原発が新たに登場したが、表現上の変更点は、以下のとおりだ。

  ・ 期間の長さを視覚的に表現するのに、「行の高さ」の代わりに、水色のデータバーを用いた。
  ・ 当該期間中の原発稼働数を数字とピンク色のデータバーで示した。
  ・ 稼働中であることを示すために、塗りつぶしだけでなく、記号  ⛮  を併用した。








可食してもよい

 まだ少し早いが、これからフグの季節ということなのか、昨日のテレビでフグ調理の免許の話題を取り上げていた。

 これまでは日本海側に生息していた種類のフグが北上して津軽海峡を太平洋に抜けて別の種類のフグと交配し雑種が登場したのだが、まだ、その雑種の毒性が解明されておらず、誤って食する可能性が増えている、という話と、都道府県ごとに免許が異なり、かなり緩い基準で免許を取得できる県もあり、安全性の点で問題だ、という話だった。 

 そこで、気になって、ネットで各都道府県の状況を調べてみたのだが、【大阪府のサイト】に、こんな表題の解説があった。

ふぐの可食してもよい種類と部位について


 「可食」というのは、「食べてもよい」ということなのだから、「可食してもよい」というのは、「よい」という意味の単語を二重に用いていることになる。

 同様の例で、よく見かけるのは、「過半数以上」である。「過半数」は「半数を超える」ということなのだから、「以上」をつけると重複表現になる。

 古典的な「馬から落馬する」といった重複表現は、同じ漢字「馬」が二回登場するので、重複表現であることに気づきやすいのだが、上記の二つは、意味は同じでも見かけは異なることから、重複に気づきにくいので、要注意だ。

 もちろん、重複表現をしたからと言って、「分かりにくく」なるわけではないし、むしろ、念を押しているのだから、それでいいだろうという考えもあるかも知れない。

 けれども、やはり、重複表現をしているのを見ると、書き手の姿勢、注意力まで、その程度のものか、という目で、文章全体を見られるのであり、避けるに越したことはない。

 人様にこんなことを言っている私だが、実は、ときおり、同じ間違いを冒しそうになることがある。

 裁判所に提出する書面で、こんなふうに書いてしまうのだ。
 

・・・であるから、明らかに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・であることは明らかである。


 振り返って見ると、必ずしも「明らか」とは言い切れないときに限って、こういった表現をしてしまっているようである。

 内容に十分な説得力があれば、「明らかに」などと書かなくても、当然、分かってもらえるはずである。

 一つの文の中に「明らかに」が二箇所も出てきたら、読み手としては、「書き手も、あまり自信がないのだな」と思ってしまうだろう。

---- 追記 2018.8.31 --------------------------------------------------------------------

 報道ステーションを聞いていたら、高校の日本代表チームと宮崎県選抜の練習試合で、吉田輝星選手が「デッドボールを当ててしまいました」というアナウンスが流れてきた。

 ボールを当てたからこそ、「デッドボール」になるのだから、ここは、「ボールを当てました」、「デッドボールになりました」と表現すべきところである。

富田林署から勾留されていた男が逃走?

 以下の二つを比べてほしい。

【1】 富田林署から勾留されていた男が逃走
【2】 富田林署に勾留されていた男が逃走



 私は断然、【2】がいいと考える。まずは、次の図を見てほしい。

 
「から」と「に」


 言葉で説明するのが不要なほど、「分かりやすい」図だと思うのだが、一応、説明しておく。

 【1】は、最初の「富田林署から」が、次の「勾留されていた」を飛び越えて、最後の「逃走」を修飾しているのだが、前の方から順番に読んだり、聞いたりした場合、どうしても、「勾留されていた」を修飾しているように思えるのだ。

 もちろん、最後まで、読んだり、聞いたりすれば、最後の「逃走」を修飾していることは分かるのだが、そこに至る「途中の段階」でも、このような誤読を生じさせないようにすることこそ、大切なのである。

 これに対して、【2】は、修飾関係が飛び越えることはないので、読み聞きするままに、素直に、間違いなく理解できるのである。

 なお、【1】の表現は、昨晩、テレビを付けたまま、部屋の片付けをしていたときに、耳に飛び込んできて、一瞬、「?」と思った表現である。

 テレビに集中して聞いていれば、そのような疑問も抱くことなく的確に理解できたかも知れないが、とりわけ、テレビは、「片手間」に見聞きしている人も多いはずだから、誤解のないような表現に意を尽くすべきだろう。

 なお、グーグル検索で調べたのだが、【1】の表現も結構、出回っているようである。

---- 追記 --------------------------------------------------------------------

 なお、「勾留」と書いたが、「拘留」と表現されているものが多い。法律用語としては、「勾留」が正しいのだが、マスコミ用語としては、結構、「拘留」が幅をきかしている。

 ついでに補足すると、憲法には、「拘留」という言葉があるが、刑事訴訟法では「勾留」という言葉が使われおり、裁判所の令状にも「勾留状」と記載されているので、「勾留」と表現すべきである。


 



もう1社じゃできない

先ほどの日経の見出しだ【日経 2018.8.22】。

原発もう1社じゃできない


 曖昧な表現である。

 【1】 原発、「もう1社」じゃできない 
 【2】 原発、もう、1社じゃできない「」 

 読んだ瞬間、原発事業に参加する企業を増やしたのだが、数が足りず、もう1社増えることになったのだが、それでも足りないので、このままでは事業ができない、ということかと思った。

 そう考えたのは、以前、日立によるイギリスへの原発輸出がリスクが大きすぎて難航しているという記事【テレ朝日news 日立が英への原発輸出で最終調整 撤退の可能性も(2018/05/01 17:16)】を読んだことがあったからだ。
 
 すこし、複雑で長くなるが、辛抱強く、読んでほしい。
 
 私は、日立の原発輸出の、その後の動きは知らなかったので、この記事を読んだ瞬間、私の知らないうちに、
   ・何社かが日立に協力をすることになった
   ・それでも足りず、日立が追加の協力を求めた
   ・そこで、1社が加わることになった
 というところまで、話が進んでいて、
 さらに、今回の報道
   ・日立は、それでも足りないので、事業を継続できないと言った
 ということになったのかと思ったのだ。

 だが、記事の中身を読むと、
 そもそも、日立の原発輸出の話ではなく、原発建設一般の話で、
  「もう1社」じゃできない  
    のではなく、
  もう、一社じゃできない
    という意味だった。

 日経の、見出しではなく、記事の中身での表現では、こういうことだ。
    「今となっては1社では事業を担えない」

 見出しは、「文脈」に頼れない。

 だから、見出しにおいては、文法的に色々と読める可能性を、徹底提起に排除しなければならない。このことは、以前の記事【消費者庁がインスタグラムで注意喚起】に書いた。

 なお、本日の記事の表現方法(改行の多さ)に違和感を持った方は、【意味の塊ごとに改行する -調書方式-】を参照されたい。







 
 

電話機の取扱説明書 同じものは、同じ名前で 

 電話機の時刻を合わせようとして、取扱説明書を見ると、こう書いてあった【Panasonic VE-GZ30 取扱説明書】。

電話説明


 最初に、「1 【機能】を押し」と書かれていたので、「機能」と書かれたボタンを押そうと、電話機に目をやったのだが、「機能」という漢字2文字だけが書かれたボタンは見つからなかった。

電話設定


 もう一度、見直すと、「機能」というボタンはないものの、中央に「機能/決定」と書かれたボタンがあった。

 他に「機能」という文字は見当たらなかったので、このボタンのことを言っているとしか考えられない。

 さらに、説明書には、「2 【決定】を押す」と書かれているが、これも、「機能/決定」と書かれたボタンを指すとしか考えられない。

 一つのボタンが、あるときは「機能」、あるときは「決定」と呼ばれるのである。

 確かに、最初は、機能を選択する、という意味で「機能」のボタンだし、次は、いくつかある機能のうち日付・日時の設定機能を使うことに決定する、という意味で「決定」のボタンである。

 それぞれ、単独の「機能」「決定」というボタンがあるのなら、取扱説明書の説明で何の問題もないのだが、ボタンが一つしかない以上、状況に応じて、「機能」と呼んだり「決定」と呼ぶのは、混乱の元である。

 単に、こう書けばいいのだ。
  1 【機能/決定】を押し、#001 を押す
  2 【機能/決定】を押す

 同じ対象を異なる名称で呼ぶことの弊害については、過去の記事にも書いている。

 【借りている資料=貸出状況 ?
 【テキストボックスの使い方





 

カリフォルニア州三分割 予測を裏切らない文章を書く 

 カリフォルニア州を3分割する提案の是非を問う住民投票が行われることになったそうだが、その記事の一節である。

同州で伝統的に強い地盤を有する民主党も、分割案には否定的な立場とみられる。州南部には共和党が強い地域があり、分割で政治的影響力が低下する恐れもあるためだ。仮に住民投票で賛成が多数となれば民主党が多数を占める州議会にかけられることになり、否決される可能性が高い。

産経 2018.7.18 米カリフォルニア、3州に分割? 住民投票実施へ


 読んでいて、一瞬、混乱しそうになった。問題なのは、最後の一文だ。

   【1】仮に住民投票で賛成が多数となれば
   【2】民主党が多数を占める州議会にかけられることになり
   【3】否決される可能性が高い。

 「・・・になり、」と来れば、順調に可決されることが予測される。

 ここは、「順調にはいかない」ということを示唆するために、「になり」ではなく「になるが」とすべきだろう。

   【1】仮に住民投票で賛成が多数となれば
   【2】民主党が多数を占める州議会にかけられることになるが
   【3】否決される可能性が高い。

 さらに、より適切には、こうすべきだろう。「民主党が多数を占める」という部分は、【2】ではなく【3】に記載すべきであろう。

   【1】仮に住民投票で賛成が多数となれば
   【2】民主党が多数を占める州議会にかけられることになるが
   【3】州議会は民主党が多数を占めるため否決される可能性が高い。

---- 追記 2018.8.22 --------------------------------------------------------------------

改めて考えたのだが、 (考慮中)
















赤い州、青い州

 アメリカの政党には、それぞれ、シンボルカラーがある【追記を参照】。

 共和党は青、民主党は赤。

 そのため、共和党の優勢な州は赤い州、民主党の優勢な州は青い州と呼ばれているそうだ。

 大統領選挙の後など、結果が地図で示されることがあるが、そのときも、このシンボルカラーを利用して、一目で分かるようになっている。以下の図は、Wikipedia に掲載されているものだ【Wikipedia red states blue states】。
 
赤い州・青い州


 ここで注目すべきは、単純な、赤、青の二色ではなく、それぞれの優勢の度合いに応じて、青みがかった赤、赤みがかった青というように、直感的に理解できるような工夫が施されている点だ。

 西部の内陸部と南部が共和党、東北部から五大湖周辺、西海岸が民主党と言う、色分けが、はっきりと理解できるだけでなく、共和党は、西部の内陸部の方が南部よりも、より強固な支持を獲得していることが分かる。

 グラデーションの表現力については、以前の記事にも書いた。

 【グラデーションのフェイント
 【色使いは、こうする

-- 【追記 2018.8.27】 ----------------------------------------------------------------------

 「アメリカの政党には、それぞれ、シンボルカラーがある。」と書いたが、共和党が青、民主党が赤を、それぞれシンボルカラーとして採用している訳ではなく、マスコミなどによって、そのような扱いがなされている、というだけである。
 

20世紀末までは必ずしも色割り当ては固定されておらず、民主党候補が勝利した州を赤、共和党候補が勝利した州を青で示すことも普通に行われていた。                              【Wikipedia 赤い州・青い州




段階的詳細化 その2

 昨日、道案内の説明について書いたが、「段階的詳細化」が優れているのは、この場面にとどまらない。

 たとえば、あなたが弁護士で、法律相談で、こんな話をされたとしよう。

主人は、いつも帰りが遅いんです。早いときでも晩の9時で、12時過ぎることもしばしばなんです。その上、一泊二日の出張も、最近では、月に4,5回はあるんです。行き先は、だいたい決まっていて、名古屋か東京なんですが、割合は、3対1くらいで名古屋の方が多いんです。出張は前から月に1,2回はあったんですけど、半年ほど前から、すこしずつ増えたんです。もともとは、名古屋と東京で同じくらい出張があったんですけど、東京出張は前と変わりないんですが、名古屋の方が3倍くらいに増えたんです。出張先でも、必ず、晩には電話をくれていたんですが、最近は、電話をくれることも少なくなったんです。仕事と思って、こちらも遠慮していたんですが、この間、電話をしたときは、着信音が鳴っているだけで、電話に出ないんです。出張から帰ってきて、そのことを話したら、お客さんを接待中に電話をされても出られる訳がないだろう、少しは、仕事のことを考えろと、逆ギレされて、喧嘩になったんです。・・・


 本人は一生懸命、ことの経緯を詳しく話そうとしているのだが、聞いている方は、要するに、どういう状況で何をもとめているのか、という全体像が分からない。

 仕事が超多忙ということなので、残業代、あるいは、過労死の心配か、とも考えれなくもない。仕事が忙しいことによる、夫婦間の軋轢かも知れない。ひょっとすると、出張先での女性関係の話かも知れない。

 ともかく、全体像が分からないので、一つ一つの事実の位置づけができず、話す言葉の一つ一つの重要性が理解できないまま、すべて、同じレベルの注意力を維持しなければならない。こんな話を延々とされると、集中力も段々なくなってくる。

 では、こんな相談ならどうか。

主人が浮気をしているみたいで、別れたいんです。最近、急に出張が増えたと思ったら、それは嘘で、女の人のところに泊まっていたみたいなんです。出張が嘘だというのは、たまたま、会社の同僚の方から家に電話があって、発覚したんです。女の人がいるというのは、主人が入浴中にスマホに残っていたメールを見たら、それらしいメールが出て来て分かったんです。そのメールは、すぐに、自分のスマホで写真を撮りました。メールによれば、相手は名古屋支店の社員で、付き合い始めたのは、半年くらい前のことで・・・


 これなら、楽である。

 まず、離婚したい。理由は、夫の浮気。証拠となるのは夫のメール。女性との具体的な関係は、メールの中身を見るなり、聞いてい行けばいい。

 聞きながら、離婚調停申立書なり離婚訴訟の訴状の骨子も、自然とできあがる。裁判所に提出する証拠説明書も、できそうである。

 ただ、誰もが、こんなふうに要領よく話せるとは限らない。

 以前、病院に行って医師に説明をしたときのことだ。

 一週間くらい前のことから、順に話し始めたのだが、話す内に、医師に、より正確に分かってもらおうという意識が働いて、どんどん話が細かくなって行く。そうすると、なかなか、現在の症状までたどり着けない。

 医師が、途中で質問も差し挟むことなく、ただ、ひたすら、こちらに耳を傾けているのに気づいて、はっとした。

 法律相談を受けているときも、そんなシーンがあった。だいぶ前からのできごとを時系列に沿って話してくれるのだが、非常に詳しくて、なかなか、話が進まない。聞いている側としては、とにかく、今どうなのか、何を求めているのか、全体像を知りたい。

 とりあえず概要を本人から聞いて、その上で、必要に応じて細かいことを質問して行くというのは、弁護士も医師も同じである。

 私は、先ほどの話は中断して、とりあえず、今どんな状態で、何が不安なのかを話した。

 医師は、ほっとしたようだった。

 典型的な例として、弁護士や医師に話をする場合を上げたが、実用的な話なら、一般的な会社での業務も皆同じであり、まずは、全体像であり、必要に応じて詳細な説明である。

 ただ、あくまでも、「実用的」な話である。小説やエッセイで、そんなことをしたら、興醒めである。

 また、「実用的」な話でも、何らかの効果を狙って、全体像、結論を後回しにすることもないではないが、ちゃんと、それを意識してやるべきであり、その場合も、その効果と、全体像を話すことによる相手の理解の促進とを、十分に比較考量した上で、行うべきである。

 「無頓着」は駄目なのだ。



段階的詳細化しかない、と思うのだが・・・

 駅からライブ会場までの道順を写真で丁寧に解説したサイト【ライブ会場道案内ブログ】がある。

 例えば、大阪の阪急梅田駅から東梅田の「アムホール」という会場への案内は、下記のような写真が延々と、19枚、掲載されている。
 
amhall-1
................................
................................
................................
amhall-2
................................
................................
................................
amhall-3

 順々に見ていく内に、だんだん、ストレスが溜まってきた。

 その原因は、「全体が見通せない」という点にある。

 その時点、その時点で、どこをどう曲がればいいのか、といったミクロの情報は完璧なのだが、いったい、どこへ行くのか、全然、先を見通せないことがストレスになるのだ。

 この案内を頼りに進んで行って、一箇所でも間違えてしまったら、もう、元へは戻れない。迷子になってしまうことだろう。

 では、どんな案内なら、ストレスを感じないのか。試しに、自分で代わりの案内図を作ってみた。

amhall

 【1】→【2】→【3】と、全体図から段々と詳細な地図になり、最後は【4】の目的地の写真である。

 これなら、ストレスを感じることなく、会場に辿り着ける。すこし遠回りをしても、それなりのルートを通って、目的地まで辿り着くことは可能である。

 私は、そう思うのだが、初めの写真を連ねた説明の方が分かりやすいという人もいるのかもしれない。

 初めに掲げた写真は、阪急梅田駅から「アムホール」への行き方である。同じサイトには、同じ「アムホール」へ行くのに、「地下鉄谷町線東梅田駅」からの行き方と、「JR大阪駅」からの行き方なども、十数枚の写真で解説されていた。

 街全体を俯瞰して考えようとしない、あるいは、俯瞰して考えることのできない人にとっては、このような、十数枚の写真による説明の方が分かりやすいのかもしれない。

 ところで、上記二とおりの説明を、写真や地図の代わに、言葉だけの説明に置き換えてみよう。

【1】 左前方の改札を出ます。
.............
.............
.............
【4】 右前方の「動く歩道」に乗ります。
.............
.............
.............
【19】「てんぐ酒場」の看板のところから3階に上がってください。


【1】 会場は、阪急百貨店の南東約100メートルのところにあります。
【1】 阪急百貨店の南東側にある曾根崎警察署の北側の大通りを東方向に行きます。
【2】 50メートルほど歩いて最初の角、ジャスミン曽根崎ビルのところを右に曲がります。
【3】 20メートルほど行くと、左前方に「四海樓」の看板があります。
【4】 そのビルの左手に回り「テング酒場」の看板のところの階段から3階に上がると会場です。


 あとの説明の方が、ずっと分かりやすいのではないか。 

-- 追記 ----------------------------------------------------------------------

 大阪に全く馴染みがなく、阪急梅田駅と阪急百貨店の位置関係も分からない人で、しかも、地図など見慣れていない人にとっては、十数枚の写真を連ねて、それぞれの写真で、左のエスカレータ、右の階段、といったふうに説明された方が、分かりやすいのかも知れない。

 そういう人達にとっては、この「ライブ会場道案内ブログ」の説明は、非常に親切な説明と言えるだろう。
 

「ランドルト環」は、いらない

 一昨日の記事【背景と文字のコントラスト】に引き続き、「弁護士ドットコム」の話である。

 前回と同じ、第35号には、【 ネットトラブル訴訟実務 今知りたい「ポイント」と「課題」 】 という、大変、有益な記事が載っている。

 記事の内容だけでなく、デザインも、それなりに工夫した跡がうかがえる。

 まず、記事の最初で、ネットトラブルの現状に関する統計情報が掲載されているのだが、その見出しが、次のようになっている。

ネットトラブル-1


 30年くらい前だと、文字を拡大して印刷すると、上記の文字のように、「ギザギザ」になったものである。

 こういった文字は、「ビットマップフォント」というもので、当時のパソコンの能力からは、やむを得ないものだった。

 けれども、今では、どんなパソコンでも、「アウトラインフォント」が搭載されており、いくら文字を拡大しても、斜めの線が「ギザギザ」になることなく、滑らかなまま、表現される。

 あえて、こういった「ギザギザ」文字を用いたのは、インターネット登場以前の世界とは違う、新たな世界に入ったのだ、ということを強調したいがために、インターネット登場当時のパソコンに特有の「ギザギザ」文字を用いたのだろう。

 その狙い自体は、分からなくもない。たとえば、講演会のポスターなどの、アイキャッチャーとして、一箇所だけに用いる、というのであれば、それは、それでいいだろう。

 けれども、これは、雑誌の中の見出しである。この「ギザギザ」文字が、6頁中の15箇所の見出しに使われているのである。

 この「ギザギザ」文字を見る度に、ストレスを感じざるを得ない。アウトラインフォントで十分である。

 次は、記事中の統計のグラフである。

ネットトラブル-2

 ぱっと見ただけでは、この視力検査の輪っかの出来損ないのようなものは、なんだ?と思ってしまう。

 よく見ると、内側のパーセントの数字の大きさに対応していることが分かり、「なるほど」と納得する。

 けれども、それなら、普通の円グラフでいいではないか。このグラフのように、太めの円周の長さの違いよりも、円グラフの扇形の面積の大小の違いのほうが、より、視覚的に訴えるものがあり、分かりやすい。

 何度も言うが、「分かりやすさが第一」である。

 デザインは、自らの発想力、努力の跡を評価してもらうための手段ではない。より「分かりやすく」するための手段である。

 ところで、今回の記事の題名の「ランドルト環」というのは、視力検査の輪っかのことである。一般の人は、ほとんど知らないだろうし、筆者の私でさえ、30分前に知ったばかりの言葉である。

 あえて、こんな「分かりにい」言葉を用いたのは、いつも[分かりやすい」題名に慣れきっている読者に、刺激を与え、「いったい、何が書かれているのだろう?」という疑問をもって読んでもらいたかったからである。

 こんなことを書いていると、誰かのブログで、「筆者の独りよがり」と指摘されるかも知れない。






オプジーボの使用対象となる癌が増えれば 

 今年もノーベル賞の季節が近づき、ネット上でも、ノーベル賞を予測する記事を見かけるようになった。

 そんな中、ノーベル賞の受賞と関連銘柄の株価上昇を関連付けて論じる記事があった【2018年ノーベル賞候補から連想されるノーベル賞関連銘柄とは?】。
  

<4528>小野薬品工業
がん免疫治療薬の「オプジーボ」が業績に大きく貢献している薬価改定が逆風だが、オプジーボの使用対象となる癌が増えれば売り上げ増に期待できる。本庶佑氏ががん免疫療法研究の成果でノーベル医学生理学賞を受賞すれば注目度がさらに高まると考えている。


 気になるのは、「オプジーボの使用対象となる癌が増えれば」の部分である。

 まるで、癌が増えることを期待しているように、読めてしまう(実際、期待しているのかもしれないが・・・)。癌の増加という人の不幸を製薬会社の売上増、株価上昇を結びつける、拝金主義の塊のような記事に見える。

 善意に解釈すれば、「現状では、癌のすべてにオプシーボが効く訳ではなく、現在はオプシーボの使用対象となっていない癌の中から、将来的にオプシーボの使用対象となるものが出てくれば」という意味かも知れず、そうであれば、救済される患者の数の増加と製薬会社の売上増が連動するわけであり、結構なことである。

使用対象


 では、上記の【1】ではなく、【2】であることを、誤解の余地なく伝えるには、どうすするか。

<4528>小野薬品工業
癌免疫治療薬の「オプジーボ」が業績に大きく貢献している。薬価改定が逆風だが、癌のうち現在はオプジーボの使用対象となっていないものが、今後、使用対象となって行けば売り上げ増が期待できる。本庶佑氏が癌免疫療法研究の成果でノーベル医学生理学賞を受賞すれば注目度がさらに高まると考えている。


 少し長たらしい表現になってしまったが、誤ったメッセージを与えないためには、こうするしか、なさそうだ。

 簡潔な、引き締まった表現にしようと無理をすると、かえって、分かりにくい、誤解を招きやすい表現になるので、要注意だ。「分かりやすさ」とは別の価値を追求することによって、「分かりにくく」なる点については、これまでも、何度か述べている。

エレベータの開閉ボタン
「食間」とは
「分かりにくさ」の原因は、これだ

 なお、もっと簡潔で誤解の余地のない表現があると思われた方は、コメント欄で指摘してほしい。







原因は一つだけとは限らない

 相変わらず大活躍の藤井聡太七段だが、こんな記事があった【藤井聡太七段が木下七段を破り叡王戦予選2回戦突破 日刊スポーツ 2018.8.11】。

 叡王戦は、四段とか五段といった段位ごとに予選があり、それぞれの段位に割り当てられた枠の数だけの棋士が本戦に出場できるのだが、その予選に関する記事の一節が、これだ。

前期の四段予選は、梶浦宏孝(23)都成竜馬(28)佐々木大地(23)杉本和陽(26)と撃破。決勝トーナメント進出1枠の狭き門をクリアしたが、1回戦で深浦康市九段(46)に敗れた。七段昇段の今期は 進出3枠と門戸は広いが百戦錬磨のベテランぞろいで油断は禁物だ


 記事は、枠が四段のときの1枠から、七段になって3枠になったので、「門戸は広い」と言っているのだが、はたして、そうか?

 ある段に割り当てられた枠が多くても、その段に所属する棋士の数が多ければ必ずしも、「門戸は広い」と言えないはずである。

 そこで、【日本将棋連盟 叡王戦サイト】で、所属棋士数と枠を調べてみると、こうなっていた。

叡王予選


 確かに、藤井聡太棋士についてみれば、四段から七段になり、枠が1から3に増えて、競争倍率は、19倍(●)から12.7倍(▲)になって、門戸が広くなっている。

 けれども、それは、たまたま、四段から七段になって枠が増えたほどには所属棋士の数が増えはしなかった結果に他ならない。

 たとえば、今季の五段は2枠で倍率は11.0倍(△)だが、七段は3枠で12.7倍(▲)である。枠が多い方が倍率が高く「狭き門」となっているのである。

 上記の記事は、結論としての「門戸は広い」という部分に誤りはないものの、枠の数だけを理由にしている点で、論理的には、「誤り」と言わざるを得ない。

 門戸の広狭は、y=F(x,z)という複数の引数からなる関数であるにも関わらず、y=F(x)という1個の引数からなる関数、しかも、単調関数であると、誤解したことにある。

 これと同種の誤りは、以前の記事【マグネシウムは、41ミリグラム】で触れたのと同種の誤りである。

 こういった論理的誤りを目にするにつけ、最近読んだ【13歳からの論理トレーニング 】という本の「あとがき」に書かれていた一節を思い出す。

本書を一読した人は誰でも気づくでしょうが、日常生活における”論理”は、あまりにもいいかげんで、正しくないものばかりです。



 
 









背景と文字のコントラスト

 2年前の記事【性別によって変化するのか?】で、こう書いた。

「弁護士ドットコム」という、定価500円の月刊誌が無料で送られてくる。冒頭の「フロントランナーの肖像」という記事で、毎号、久保利明、宇都宮健児といった著名な弁護士を取り上げていて、それなりに面白い。


 単に面白い記事だけでなく、以下のように、実務にも役立ちそうな記事が満載である。
  ・ ネットトラブル最前線の実務家はどう対応?
  ・ [むち打ち症」で他覚的所見がない場合の算定基準

 毎月届く雑誌としては、日弁連の機関誌「自由と正義」があるが、届いたときに、ぺらっと目を通す程度で終わっているのだが、「弁護士ドットコム」の方は、毎号、1時間くらいかけて、じっくり読んでいる。

 ところが、「弁護士ドットコム」の記事を読もうとすると、デザイン、文章表現、様々な理由で、「分かりにくい」と感じることが多いのだ。

 読むに値する記事が掲載されているにも関わらず、いや、そうであるからこそ、というべきか、この「分かりにくさ」が非常に残念なのだ。

 一例を挙げると、雑誌が届いて最初に読む「フロントランナーの肖像」の冒頭の見開き頁が、こうなっている。

ドットコム-全体


 左中段の文字の部分を拡大すると、こうなる。

ドットコム-部分


 読めるだろうか。

 薄い空色の背景に白い文字。

 目をこらせば読めなくはないが、読者に苦行を強いるべきではない。

 背景色と文字色のコントラストの重要性については、これまでも、以下の記事に書いてきた。

 【黄色に注意
 【赤なら目立つという思考停止



 


ニューヨーク、イリノイ、パラグアイ、カリフォルニア

 夕方のテレビで、守谷慧氏の納采の儀が行われたというニュースが流れていた。

 納采の儀と言えば、先日は、納采の儀が延期になった小室圭君が国際弁護士の資格をとるためにニューヨークのフォーダム大学ロースクールに入学するためにアメリカに旅立ったというニュースもあった。

 「国際弁護士」という肩書きは、ときおり耳にするが、そのような資格はない。

 日本国内で活動する「国際弁護士」として考えられるのは、次の二種類である。

 【1】日本の弁護士資格を有する者
    ・外国の弁護士資格「も」取得し、
    ・その外国の法律に関わる法律事務「も」行う

 【2】日本の弁護士資格を有しない者
    ・外国の弁護士資格「を」取得し、
    ・一定の条件の下に法務大臣の承認を得て、
    ・「外国法事務弁護士」として登録し、
    ・その外国の法律に関わる法律事務「のみ」を行う

 専ら日本法しか扱わない(扱えない、扱うつもりもない)私には縁のない世界なのだが、「外国法事務弁護士」について興味半分でネット検索したところ、【GOH FOREIGN LAW OFFICE】というサイトを見つけた。

 そのサイトの中で日本で活動する外国法事務弁護士の数について、次のように記されていた。

日本国内に約390名の外国法事務弁護士がいます。もっとも登録が多い国は、アメリカ合衆国、イギリス、中国、オーストラリアです。そして、日本の外国法事務弁護士約390名のうち、約360名(約90%)が東京の弁護士会に所属しています。東京を離れると、その数は一気に減ります。東京に次いで外弁の数が多いのは大阪で、10名の弁護士が大阪弁護士会に外弁として登録しています。


 続いて、原資格国について、こう記されている。

外弁は、自身が弁護士資格を取得し法務経験を積んだ国を指定しなければなりません。日本国内の約390名の外弁のうち、アメリカ合衆国だけを見ると、最も多いのがニューヨーク州(約110名)で、次いで多いのがカリフォルニア州(約50名)です。


 次いで、大阪弁護士会に所属する外国法事務弁護士の内訳についても、説明がある。

大阪弁護士会会員の外弁10名の原資格国の内訳は次のとおりです(中国4名、米国ニューヨーク州3名、米国イリノイ州1名、パラグアイ1名、米国カリフォルニア州1名)。

 
 問題は、国、州の順番だ。米国イリノイ州の次にパラグアイがくれば、米国は、それで終わりだと思う。ところが、次が、米国カリフォルニア州となっており、予測が覆される。

 人数の多い順に書くのなら、それは、それで一応の合理性があるのだが、パラグアイもカリフォルニア州も1名である。パラグアイを先にする理由はない。

 以前の記事【いりこ、ドンコ、鰹節、昆布】【慣習には逆らわない】にも書いたが、事物を列挙する場合には、必然的な順番というものがある。その順番を崩すと、読者はストレスを感じるし、時には誤解することもある。

 ところで、米国の州の名前が続いているのに、パラグアイをカリフォルニア州より先に書くのは極自然な流れである。ことさら、順番を崩したのは、何らかの考えがあってのことではないか。

 そう思いながら、このサイトの管理人のプロフィールが、【GOH FOREIGN LAW OFFICE スタッフ紹介】に書かれていた。
 

米国カリフォルニア州弁護士会登録


 自らの原資格国がカリフォルニア州だからこそ、一番最後にしたのだろう。

 なんという謙虚さか! と思ったのだが、そういえば、英語で自分を含む複数人を列挙する場合は、"○○,○○,○○ and I "と言うと習ったのを思い出した。

 最後に、冒頭のニュースに関して、念のため、ネット上の記事にリンクをしておく。

朝日新聞 2018.8.12 絢子さまと守谷慧さんが「納采の儀」 婚約が正式に成立
朝日 2018.8.7 小室圭さん米国留学へ出発 「いってらっしゃい」に無言


「(スカイダイビングで)墜落。病院に搬送されたが、約1時間後に全身を強く打って死亡した。」

 ある事故の記事である。

8日午後2時ごろ、和歌山県白浜町でスカイダイビングをしていた和歌山市の会社役員の男性(48)が同町日置の道の駅「志原海岸」の駐車場に墜落。病院に搬送されたが、約1時間後に全身を強く打って死亡した。


「約1時間後に全身を強く打って死亡した」の部分が引っかかる。

「全身を強く打った」のは、いつ、どこでか。

 まさか、病院に搬送されて1時間後に大地震が起き、病院が倒壊して、その下敷きになり、「全身を強く打って」死亡した、という訳では、あるまい。

 「全身を強く打った」原因としては、通常、「墜落」である。ということは、「墜落の時点」「墜落の現場」で「全身を強く打った」のであろう。そして、病院に搬送され、約1時間が経過し、1時間前の全身打撲が原因で死亡したのであろう。決して「1時間後」「病院」で「全身を打った」わけではなかろう。
 
とすると、本来の時系列では、こうなる。
  墜落
  全身打撲
  搬送
  1時間経過
  死亡

ところが、上記の記事は、「全身打撲」の位置を「死亡」の直前に変更した。
  墜落
  搬送
  1時間経過
  全身打撲
  死亡

 その心理も分からなくはない。

 「死亡」の原因は「全身打撲」であるから、この二つを直結させる方が死因が明確になり、より「分かりやすい」と考えたのだろう。

けれども、事実は、時の経過に沿って記すのが大原則である。

 そもそも、人が文章を読むという作業を行うとき、文章に書かれている内容を具体的にイメージしながら追体験をしているのである。事実は、時の経過に応じて生起するのであるから、追体験すべき事実が、現実に生じたとの違う順番で記載されていたら、混乱するのは、目に見えている。

 では、どう書けばいいのか。以下の4つの文章を見比べてほしい。

【1】 ・・・墜落。病院に搬送されたが、約1時間後に全身を強く打って死亡した。
【2】 ・・・墜落。病院に搬送されたが、全身を強く打って約1時間後に死亡した。
【3】 ・・・墜落。病院に搬送されたが、全身を強く打っており約1時間後に死亡した。
【4】 ・・・墜落。全身を強く打って病院に搬送されたが、約1時間後に死亡した。


 【1】は、冒頭の記事【「まとめるのん」 2018/04/08(日) 22:10:46.53】であり、上記に述べたとおりの問題がある。

 【2】は、【1】の記事からリンクされている産経の記事【産経 2018.4.8 21:28】である。全身打撲が、「1時間後」よりも前になって、その限りでは時系列の逆転は部分的に解消されているが、「搬送」の後に「全身打撲」が来て、この点での時系列の逆転は解消されていない。

 【3】は、「打って」を「打っており」と、病院に搬送される前に全身を打っていたことを明示している点で、文法上は時系列の逆転はない。

 けれども、「打って」まで読んだ時点では、「搬送→全身打撲」と思い込み、直後に、「おり」を読むことによって初めて「全身打撲→搬送」の順であることが理解できるのであるから、「分かりにくい」ことに変わりない。

 【4】は、時系列に沿って事実を記載したので、一番自然で、分かりやすい。


-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 不思議なのは、上記の【1】の記事中では、【2】の産経の記事にリンクが貼られていることから、【1】は【2】を引き写したものと考えられるにもかかわらず、「全身打撲」「1時間経過」の順番が両者で異なる点である。)

 【1】の時刻は、「22:10」で、【2】の時刻は、「21:18」であることからも、【1】が【2】を引き写したものと考えるのが自然である。

 とすると、両者の違いが生じた原因は、次の二つが考えられる。

  ・【2】をコピーして貼り付けたのではなく、自分でタイプしたので、間違った。
  ・【1】の筆者が、意図的に、順番をかえた。

 さらに穿った見方をすると、次のような可能性もある。

 もともとは、産経の記事も、【1】と同じだった。
 【1】の筆者は、その産経の記事をコピーをした上で、記事を書いていた。
 ところが、記事を書いている最中に、何らかの事情で、産経が記事の内容を書き換え、改めて、【2】を、ウェブサイトにアップした。
 その後、そのようなことはさ知らない【1】の筆者が、元の産経の記事の内容のまま、自分の記事をアップした。

 ここまで読まれた読者の方の中には、「よく、こんな、どうでもいいことを、あれこれと考えるな」という感想を持たれた方もいるかも知れない。

 確かに、上記の記事だけに限定して言えば、「どうでもいい」と言えるかもしれない。

 でも、「どうでもいい」と思われることでも、疑問に思ったことは徹底的に考えておくことが、将来、似たような状況で、「重大な問題」に直面したときに、何らかの役に立つかも知れないのである。

 SNS の発達で、ネット上で、孫引き、ひ孫引きの情報が飛び交う中で、情報の真偽、情報の意味を正確に把握することは、困難ではあるが、必要不可欠となっている。その際に、上記のような、「どうでもいい」ことを徹底して探求しておくことにより培われた「情報基礎体力」とでも言うべき能力が、役に立つはずである。






様々な色のイメージ

 色には各々に特有のイメージがある。情報発信に際しては、そのイメージが利用されることが多い。たとえば、お馴染みの、車に付ける初心者マークだ。

 
色-1

 植物の葉は、緑→黄色→茶色と変化する。そこで、人の年齢、習熟度、時の経過などを表すために、この3色が利用されることが多い。

 昨日の記事【群雄割拠の将棋界を俯瞰する】では、将棋棋士を世代により色分けしたが、この応用例の一つだ。

 ただ、緑、黄色、茶色の3色では、4世代を色分けすることは不可能だ。そこで、一番若い世代を、水色にした。「半分、青い。」ということだ。

 昨日の記事に限らず、これまで、このブログでは、様々な場面で、色の持つイメージに触れている。ざっと思い出すだけでも、以下のとおりだ。



グラデーションのフェイント】では、白黒の濃淡を人口の増減に対応させた。

色-2




色使いは、こうする】では、九州から北海道までの地域を、寒暖のイメージの色と結びつけた。

色-3




「予測」に基づく行動は危険】では、まさに、信号機の色を利用した。

色-4




色分けに注意】では、例えば、男女の別が話題となっているところで、赤や青の色を不用意に使うと、その色の持つイメージによって、思わぬ誤解を生じかねないことを指摘した。

色-5





群雄割拠の将棋界を俯瞰する

 藤井聡太七段の活躍で将棋人口が急増しているという【スポーツ報知 2018.8.7】。

 このブログでも、将棋関連の話題が多くなったが、今日は、将棋ファンの皆さんのために、羽生一強の時代から、8大タイトルを8人の棋士で分け合う群雄割拠の時代になった将棋界を俯瞰する「分かりやすい」表を、お届けする。

 一々解説はしていないが、「分かりやすく」表現するために、徹底して考えた結果の表である。将棋に興味のない方も、どういう点で「分かりやすく」なっているのか、じっくり、観察した上で、ご自身で表を作る際に参考にしてほしい。「使える」と思ったら、そっくり真似していただいて結構である。 

棋士一覧-25


● 原則として姓のみ表示したが、同姓が複数いる場合には、おおよその慣行に従って記載した。 

● 掲載基準は、年齢区分ごとに、以下のように、順位戦のA級在籍経験とタイトル獲得挑戦経験・棋戦優勝経験を考慮した。

棋士一覧-22


 最初の表に戻るが、A級とB級1組の間、タイトル獲得と挑戦の間の境界線は、他の線よりも太くしている。左上の区分(現A級、かつ、タイトル獲得経験あり)の棋士は、誰もが認めるトップ棋士だろう。 

 このような二次元の表にすることによって、タイトルは獲れたのにA級には上がれない、逆に、A級には到達したが、タイトルは獲れない、といった棋士の特徴が一目で分かるはずだ。

 

交通機関の子ども料金  

 大抵の交通機関では、子供料金が設定されている。

 小学生は半額、幼稚園児は大人が同伴の場合は無料、といった具合だ。

 では、幼稚園児が単独で乗車する場合はどうなるか、京阪バスの説明では、こうなっていた【京阪バス 幼児の無賃運送について】。

京阪-1


 「幼児」の欄を見ると、冒頭に「大人または小児の同伴者1名につき」と書かれており、以下、同伴する幼児の数により場合分けされている。

 では、そもそも、「同伴」ではなく、幼児が「単独」で乗車する場合は、どこに書いてあるのか?

 ぱっと見では、どこにもない。念のため、「同伴」の場合の説明を丹念に読んでいくと、「幼児3人目」の説明の最後に「単独」での乗車の説明が隠れていた。

 以下の赤いマーカーをいれた部分だ。

京阪-3


 情報を分類したり、見出しをつけたりするのは、「分かりやすく」するためである。

 ところが、この表は、冒頭に「同伴の場合」に限定するかのようなことを書いていながら、その中に、「単独の場合」を紛れ込ませているのだ。その結果、「単独の場合」の情報を求めている人は、まさか、「同伴の場合」の中に、その情報が隠れているとは思いもよらないから、分かりにくいのだ。

 おそらく、表の作成者には、幼稚園児が単独で乗車することなど例外中の例外であり、頭の中になかったのだろう。

 ところが、3人以上を同伴する場合には、3人目からは小児運賃がいるという説明を書いた際に、幼児の単独利用の場合の説明を付け足そうと考え、「同伴」の場合の説明の中に「単独」の場合の説明を紛れ込ませる、上記のような表になったのだろう。

 この京阪電車のサイトは、上記の一般的な説明の下に、「運賃の支払方法の組み合わせ」と題して、様々な乗車パターンについて、料金がどうなるのかという解説があり、利用者に具体的に理解してもらおうという姿勢がうかがえ、この点では非常に好感が持てる。

 なお、同じ京阪グループなのだが、上記の「京阪バス」とは別の「京阪京都交通」の頁では、もう少し分かりやすくなっている【京阪京都交通 運賃区分】。

京阪-4


-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 冒頭の京阪バスの表だが、念のため、インターネット・アーカイブで調べてみると、次のようになっていた【インターネット・アーカイブ 2014.7.1 京阪バス 運賃の支払方法一覧】。

京阪-6


 「同伴」の場合と「単独」の場合が明確に区別されており、一目瞭然である。なぜ、ことさら分かりにくい現在の表に変更されたのか不思議である。


-- 【追記 2018.8.9】 ----------------------------------------------------------------------

 あと気になるのが、幼児を同伴する場合の「無賃」という表現である。

 一般に「無賃」という言葉が単独で使われることはなく、「無賃乗車」という複合語として使われる。そのため、「無賃」という言葉自体に、なにか「不正」の響きが感じられる。

 ここでは、「無料」という言葉がふさわしい。社内の用語としては「無賃」なのだろうが、一般の人に向けての情報発信であり、世間一般の人が違和感なく受け入れられる言葉を使うべきである。

 この点、以前の記事【酉取県、誕生】弁護士費用における「報酬」と「報酬金」の使い分けにも通じるものがある。



続きを読む

照会先から要求された場合に戸籍関係書類を提示する

 本日の素材は、神奈川新聞の【県弁護士会に賠償命令 個人情報、不当漏えい地裁】という記事である。

 神奈川弁護士会が、会員弁護士から相続事案の調査を目的する照会の申し出を受け、横浜市の造園業者に、ある女性側との取引の有無などを照会したのだが、その際、女性と家族の戸籍謄本を添付して造園業者に文書を送付たという。

 その女性がプライバシーの侵害だとして弁護士会に対し損害賠償を求めたところ、裁判所は弁護士会に賠償を命じたのだが、その判決理由について、記事では、次のように書かれていた。
 

石橋裁判長は判決理由で、造園業者から戸籍謄本の確認を事前に求められていなかった点などを挙げ、「必要がないのに個人情報を第三者にみだりに開示した」と認定。同弁護士会が同年12月、照会先から要求された場合戸籍関係書類を提示するよう自主的に運用を改めた点からも、約半年前の今回の照会時点で同様の対応を取ることは十分に可能だったとした。


 上記の引用文の「照会先から要求された場合戸籍関係書類を提示する」の箇所は、直接的には、下記の【1】を言っているのだが、言外の意味として【2】を含むものと考えられる。

  【1】 要求された場合かっな  提示する
  【2】 要求されなかった場合  提示しない

 そして、引用文中の「同様の対応」というのが、【1】ではなく、【2】であることは、文脈から明らかである。

 だとすれば、表現としても、【1】だけでなく【2】を含むこと、いや、むしろ、【2】に主眼があることが分かるような記載にすべきである。具体的には、「限り」を挿入すればよい。

石橋裁判長は判決理由で、造園業者から戸籍謄本の確認を事前に求められていなかった点などを挙げ、「必要がないのに個人情報を第三者にみだりに開示した」と認定。同弁護士会が同年12月、照会先から要求された場合限り戸籍関係書類を提示するよう自主的に運用を改めた点からも、約半年前の今回の照会時点で同様の対応を取ることは十分に可能だったとした。


 これで違和感なく読むことが可能である。



 
 




「ただし」は安易に使わない

 この3月に藤井聡太六段と杉本昌隆七段の師弟対決が話題となった【毎日新聞 藤井六段、師弟対決に勝利 王将戦予選】。師弟対決については、将棋連盟の規約で、次のように定められている【よくある質問 師弟戦】。

トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
ただし、二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。


 「ただし」というのが引っかかった。

 「ただし」というのは、通常、「原則に対する例外」を示すものである。

 ただ、あくまでも、「通常」そうだ、というだけで、前に述べたことに対して、補足的に条件を付す場合にも、用いられる。

被告アントーニオの心臓の肉を切りとってもよい。
ただし、一滴も血を流してはならない。


 お馴染みの「ベニスの商人」で、裁判官に扮したポーシャが、返済約束を果たせなかったアントーニオの心臓の肉を証文に従って切り取ることを認めるように求めた高利貸しのシャイロックに告げた言葉だ。

 けれども、将棋連盟の規定の「ただし」は、いずれの使い方とも違う。 

  ● 原則に対する例外
  ● 前に述べたことに対する条件

 他にも、「ただし」を使う場合がないか考えてみたのだが、こんな例もありそうだ。

遠足のおやつは、一人、300円までです。
ただし、バナナは、おやつには含みません。


 バナナは、「おやつ」に含むようにも思われるが、含まないという解釈も成り立ちそうである。そんな場合に、バナナは「おやつ」に含まない、ということ明確に宣言するために、「ただし」と言っているのである。

 この用法は、一般化すると、こういうことになる。

  ● 前に述べたことの解釈が分かれる場合に、その一方を採用する

 将棋連盟の規定の「トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。」というのは、明確で、解釈が分かれる余地もなく、この用法にも、あてはまらない。

 結局、将棋連盟の規定は、「ただし」と言うべきでないところで、「ただし」と言ってしまったのである。

 読み手としては、「ただし」と書かれている以上、一次予選の1回戦でも、例外的に師弟戦が行われることがあり、それが、どのような場合かが書かれているのではないかと、予測して、次を読むことになる。

 けれども、「ただし」の後に書かれているのは、一行目に書かれていることの当然の帰結であり、一次予選の1回戦では師弟戦は行わない、という原則は、そのままであり、予測を裏切られてしまうのである。

 ここでは、「ただし」ではなく、「言うまでもなく」が相応しい。
 

トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
言うまでもなく、二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。



 「言うまでもなく」というのは、「普通の理解力のある人なら、上記に述べたことの意味は、当然に正確に理解できるだろうが、中には、誤解する人もいるかも知れないので、念のため、述べておくが」ということである。





 





近江鉄道バスで佐川美術館前下車約30分 時の流れに逆らわない

 滋賀県守山市にある「佐川美術館」の交通アクセスの説明文に、こう書かれていた。

近江鉄道バスで佐川美術館前下車約30分


 交通の便の悪いところとは聞いていたが、「バスを降りて、この殺人的な猛暑の中を、30分も歩くのか?」という疑問が湧いて来て、美術館に行く気力が萎えてしまいそうになった。

 けれども、バス停の名前は、「佐川美術館前」となっている。「○○前」と名付ける以上、そこから30分もかかるというのも常識外れである。地図【佐川美術館 交通アクセス】を眺めているうちに、「そうだ、30分というのはバスに乗っている時間のことか」と、ようやく気づいた。

佐川


 こんな場合、普通は、こんな順番で表現する。
 

【1】 近江鉄道バスで
【2】 約30分
【3】 佐川美術館前下車


 バスに乗り込み、30分経過し、下車する、時間の流れのとおりであり、ごく自然に頭に入る。

 ところが、冒頭の表現は、こうである。
 

【1】 近江鉄道バスで
【2】 佐川美術館前下車
【3】 約30分


 「下車」のあとに「30分」と書かれており、時間の流れが逆なのである。これが誤解の原因だ。

 つい2日前のブログ【気を緩めると誤解を招く】でも、「できごとを、時間の流れと逆に書くから、誤解を招きかねないのである。」と書いたばかりである。

 私自身も、ときおり、前に書いた文を補足しようとして思って、時間的には、前のことを付け足してしまっていることに気づくことがある。

 もちろん、時間の流れとは逆に書いていても、
  ・文脈から明らかに時間の前後が分かる場合
  ・時間的な前後を明示した場合
は、誤解されないのであるが、

一般的には、時間の流れに沿ったほうが頭に自然に入るのであるから、時間に逆行するのは極力、避けるべきである。


グラフを利用した印象操作

 法科大学院の相次ぐ廃止で、司法制度改革の失敗は覆い隠しようがないのだが、これを失敗と受け止めず、なんとか小手先の「改革」で乗り切ろうとする動きがある。

 その中核ともいえるのが法曹養成制度改革顧問会議なのだが、最高裁判所の審議官が会議に提出した資料を見て唖然とした。

 改革論議の前提として司法修習生の声を集約しているのだが、下記の設問に対する回答のグラフが、凄いのだ【第18回 法曹養成制度改革顧問会議】。

資料3-2 導入修習の実施結果について(最高裁判所) 最終頁

   導入修習のカリキュラムのうち,必要性を感じなかったもの,内容や構成が不十分と感じたものの有無



導入修習-1

 導入修習に満足していない者(赤色)は、数字の上では、14%、つまり、約7分の1なのだが、グラフ全体に占める赤色の面積は、10分の1にも満たないように見える。

 なぜ、そうなっているかというと、二つの理由がある。

   【1】 扇形の要の部分が楕円の中心ではなく、少し、上になっていること
   【2】 円柱の側面が、導入修習に満足している者を示す色と同じく、緑色に塗られていること

 こういった「騙しのテクニック」を使わずに、単純な円グラフで表現すると、次のようになる。

導入修習-2


 かりに、導入修習に対する不満が少なく見えるようにとの意図のもとに上記の円柱グラフを作成したのであれば、改革議論の前提となる事実認識をねじ曲げるものであり、許されることではない。

 仮に、そうだとすると、「働き方改革」の法案審議において杜撰な労働実態調査が利用されたことや、森友問題の国会審議の裏側で交渉記録が改竄されていたこと等にも通じるもので、司法も、ここまで堕落したのかと驚かざるを得ない。
 
 いや、仮にも裁判官である。事実をねじ曲げてまで議論を都合よく誘導するなど、ありえないことだろう。

 だが、そうだとすると、歪んだ円柱のグラフが真実をねじ曲げるものであることに気づいてないということになる。そんな人たちが、事実を認定して判決を書いているとすれば、それは、それで、問題である。

 なお、グラフを操作して印象をねじ曲げる手法については、以前のブログ【「分かりやすさ」と情報操作】にも書いたので、参照されたい。

-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 上に掲げた円柱のグラフについては、そもそも、質問自体にも、問題がある。

 「不必要・不十分と思ったもの」の存否を尋ねているのだが、不必要と思ったものはあるが、不十分と思ったものはない、という者(下記の表の【1】)や、その逆の者(表の【3】)は、どう答えればいいのだろうか。

導入修習-3


 そもそも、「不必要」であれば、既存の内容の削除を検討すべきであり、「不十分」であれば、既存の内容の充実を検討すべきである。このように、検討すべきことが全く逆方向であるのに、それを一緒くたにして質問をすることに、どれほどの意味があるのだろうか。

 たとえば、「醤油砂糖」で味付けした料理について、醤油や砂糖を、それぞれ増減すべきか否かを検討するのに、「辛過ぎたり、甘すぎたり、しましたか」という質問をしても、何の意味もないのと同じである。醤油の増減は、「辛かったか」という質問が必要だし、砂糖の増減には、これとは別に、「甘かったか」という質問が必要なのである。


気を緩めると誤解を招く

 先日の棋戦で藤井聡太七段が増田康宏六段に勝ったのだが、その記事の一節だ【藤井聡太七段、予選から破竹の6連勝 増田康宏六段との“天才対決”にも快勝/AbemaTVトーナメント決勝T1回戦】。

若手棋戦・新人王戦を2016、2017年と連覇し、一時は藤井七段より前に5人目の中学生棋士になるのではとも言われた、増田六段を圧倒した。



 将棋界に疎い人なら、誤解をしそうな箇所が三箇所もある。

 【1】 「若手棋戦」と「新人王戦」の二つの棋戦を連覇したのか

 実際は、「若手棋戦」という棋戦は存在しない。「若手棋戦」というのは、「新人王戦」の修飾語として用いられているに過ぎない。そうであれば、「若手棋戦である新人王戦」とするのがよい。これなら誤解の余地はない。

 記号の「・」(なかぐろ)は、便利な記号なのだが、このような曖昧さがあるので、使うときは要注意だ。

  若手棋戦・新人王戦
    → (修飾) 若手棋戦である新人王戦 
    → (並列) 若手棋戦と新人王戦 
  

 【2】 新人王戦を連覇したのは藤井七段か増田六段か

 冒頭の文章の構造を分かりやすくすると、次のようになる。

    ○○を連覇し、
    ○○と言われた、
    増田六段を
    圧倒した。

 文末の「圧倒した」の主語が藤井七段であることは明白である。けれども、○○を「連覇し」たのは、藤井七段のようにも読めるし、増田六段のようにも読める。

 実際は、○○を連覇したのは増田六段である。

 「では、どう書けばいいのか」という点については、次の【3】の問題とも絡むので、後述する。

 
 【3】 ○○を連覇したから○○と言われたのか

 ○○を連覇したのが増田六段だとすると、連覇したが故に○○と言われたようにも読める。

 増田六段は2013年にプロ入りが叶わぬままに中学を卒業したのだから、「5人目の中学生棋士になるのでは」と言われたのは、当然、それよりも前のことである。

 従って、2016,2017年の棋戦連覇が、「5人目の中学生棋士になるのでは」と言われた原因ではありえない。

 できごとを、時間の流れと逆に書くから、誤解を招きかねないのである。

 以上に述べたことを踏まえて以下のように書けば、誤解の余地はない。

一時は藤井七段より前に5人目の中学生棋士になるのではとも言われ、若手棋戦である新人王戦を2016、2017年と連覇した、増田六段を圧倒した。



 -- 【追記 2018.8.4】 ----------------------------------------------------------------------

増田・藤井


 
 

208億円は747百万円の何倍?

 京都の老舗珈琲店「からふね屋」が、JR西日本の関連会社に吸収合併されたとのことで、その詳細が、ネットで告知されている【株式会社ジェイアール西日本フードサービスネット からふね屋珈琲株式会社との合併に関するお知らせ】。

・・・
3 ジェイアール西日本フードサービスネットの概要
  ・・中略・・
 (5)業績
  売上高208億円(平成27年3月期)

4 からふね屋珈琲株式会社の概要
  ・・中略・・
 (5)業績
  売上高747百万円(平成27年8月期)
・・・



 売上高の部分だけを抜き出すと、こうなっている。

  売上高208億円
  売上高747百万円


  これを見ただけでは、両者の企業規模の違いは分からない。

  「747百万円」を見ながら、「百万、一千万、一億」と頭の中で数えて、漸く、7億4700万円だと理解できる。

  そこまでして、初めて、企業規模が30分の1の会社を吸収するのであり、吸収する側にとって、さほど大きな影響はないであろうことが分かるのである。

 このように、単位の異なる数字を混在させると、意味を理解するのに、大変な労力を要することになるのであるから、常に単位は揃えなければならない。

 こんなふうに書けば、一目瞭然だ。
 

  売上高 208億円
  売上高 207億円







素直が一番

 札幌市交通局の地下鉄路線図を見たのだが、各駅で左右どちらのドアが開くかが図示されており、利用者に対する配慮が伺われ、好感が持てる【札幌市交通局 路線図】。

路線図-1


 ただ、せっかくの配慮なのだが、右側の枠内の凡例の左端に縦に二つ並んでいる「N01」と書かれているマークを見ても、ドアが右の場合と左の場合で、どうちがうのか、すぐには把握できない。

 目を凝らして見ると、「N01」といった駅番号の背景の白い丸が薄緑で縁取りされているか否かの違いがあることが分かる。

 こうして、縁取りのないのが右、縁取りのあるのが左、ということを理解して、おもむろに路線図を見て目的の駅を見つけ、その駅のマークに薄緑の縁取りがあるのを確認したとしても、縁取りの有無と、ドアの左右の対応関係が頭に入っているわけではないので、もう一度、右側の凡例の説明を見直さなければならない。

 こんなことにならないよう、端的に、次のようにしては、どうか。

路線図-2

 これなら、左右どちらのドアが開くのか、一目瞭然だ。

 元の図は、左右に関する情報を、縁取りの有無という別の情報に変換して表示したため、それを見た人が、再度、縁取りの有無という情報を、左右に関する情報に変換し直さなければならなくなるので、分かりにくいのだ。

 おそらく、作成者は、左右に関する情報を表現するに際して、単に左右に印を付ける、という方法では、「そのまんま」であり、「何の工夫もない」と思われると考え、「考えたことを示す」ために、このような縁取りの有無という方法を捻り出したのかもしれない。

 けれども、何度も言うが、「分かりやすさが第一」である。

 情報の伝達は、伝達者自身が「よく考えたね」「素晴らしい発想だね」と評価してもらうために行うものではない。あくまでも、正確な情報を瞬時に的確に伝えることこそ、大事なのである。

 もってまわって難しいことを考えずに、素直に表現すればいいのだ。

 「考える」ことによって、かえって分かりにくくなることがあるということについては、以前にも何度か書いている。

    【お洒落すぎる!
    【エレベータの開閉ボタン
    【「分かりにくさ」の原因は、これだ
 





日付か、曜日か

【1】 「月・日」か「曜日」か

 日にちを伝えるに際して、 「月・日」と「曜日」のどちらが重要か、という問題である。

 その点に注目して、下記の二つの例を見てほしい。

 最初は、ある展覧会のポスターの一部である【京都国際マンガミュージアム「ビッグコミック50周年展」】。

日付-1


 次は、インターネット番組の中での解説である【Abema テレビ 将棋チャンネル】。

日付-2


 一方は、曜日は小さく添えられているのに対し、他方は、曜日の方が大きく記載されている。

 これには必然性がある。

 美術展のように、2、3か月の期間を示すには、曜日ではなく、月・日が重要なことは、いうまでもない。とは言え、初日や末尾が何曜日かという情報も、「来週の土曜から」とか「来月の最後の日曜まで」といった覚え方をすることを考慮すれば、不可欠である。

 他方、「将棋界 これからの一週間」のように、まさに「これからの一週間」であれば、人は日付より曜日を意識する。だから、曜日を主体にして、日は付け足しのように記載されているのだ。

 一般に、分かりやすく、誤解のないように、日付と曜日の双方を記載すべきであるが、どちらに比重を置くかは、対象となった事柄の性質により、その都度、考える必要がある。


【2】 「曜日」の記載方法

 では、日付が主で、曜日を併記する場合は、どのようにするのが望ましいだろうか。

日付-3


 一番上は、「火曜日」と丁寧に記載されているが、「曜日」までなくとも、「曜日」であることは誰にも分かる。読者の情報処理の負担を減らすためには、不要な情報を載せるのは、極力、避けるべきだろう。

 「月・日」の記載も、なくても分かるのだから、一番下の記載方法「7/31・火」がいいと思う。

 ただ、 「月・日」がないと落ち着かないという人もいるかも知れないので、絶対駄目だとまでは言わないが、私は、できる限り、シンプルな方が好きだ。


-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 冒頭のポスターの「ビッグコミック50周年展」というのは、たまたま、ネットで見つけたのだが、見た瞬間、30数年前のことが甦ってきた。

 当時、私は、司法試験の勉強のために、銀閣寺道にある【私設図書館】に通っていた。

 館内の一角に一坪にも満たない休憩スペースが設けられ、そこに週刊誌や漫画雑誌が置かれていた。当時、ビッグコミックや、その姉妹誌である「ビッグコミック・スペリオール」や「ビッグコミック・オリジナル」などが備えられており、「ゴルゴ・サーティーン」はもちろん、「三丁目の夕日」や「釣りバカ日誌」「めぞん一刻」といった、後に映画やアニメになった連載漫画を欠かさず読んでいたことを思い出す。

 なお、先日、NHKの「72時間」という番組で、この私設図書館が取り上げられていた【ドキュメント72時間「京都 静かすぎる図書館」】。

 また、館内の様子は、【私設図書館】誰にも邪魔されずにひとりの時間を過ごせる場所。】でも見ることができる。各人のスペースを区切るガラス板は、当時のままのようだし、休憩コーナーも、当時と、あまり変わっていない。


-- 【追記 2018.8.2】 ----------------------------------------------------------------------

 私設図書館のNHKの番組は、【 Dailymotion ドキュメント72時間「京都 静かすぎる図書館」】で視ることができる。

 なお、テレビ番組を勝手にネットで公開する行為は、著作権法違反である。ただ、テレビ番組の場合、いったん公開されても、テレビ局の申し入れで削除されるものが殆どである。そうすると、削除されていないということは、暗黙の内にテレビ局が公開を許容している、と解する余地もある。

 

 

超一流棋士の一覧表

 昨今の将棋ブームを反映して、「文藝春秋2018年の論点」に、超一流棋士の一覧が載っている。

棋士一覧7人-0


 これまでの超一流棋士と藤井聡太四段(当時)を比較しようという意図なのだが、この表では、「比較」するのは困難だ。

 そこで、同じデータに基づき、表を組み替え、勝率欄を追加し、かつ、データバーを表示したのが、次の表だ。

棋士一覧7人-1


 一つの表だと、横長のため、端末によっては見にくいと思われるので、二分割してみた。

棋士7人-4

棋士7人-3


 たとえば、これまでの6人の大棋士が、通算タイトル数では、大山・中原・羽生の上位3人と、加藤・谷川・渡辺の下位3人に分けられることが、一瞬のうちに見て取れる。最初の表だと、いくら表を眺めていても、気がつかないかも知れない。

 こういった成果を得られるのは、下記2点の効用である。

  ・ 完全二次元化 (どの項目も、縦一列に並ぶ)
  ・ データバー化 (数値の大きさが可視化される)

 他にも、ちょっと眺めただけで、こんなことが読み取れる。

  ・ 加藤は、八段昇段は一番早いが、タイトル獲得は一番遅いこと
  ・ 加藤の負数が突出していること
  ・ 渡辺の勝数が少ないこと (33歳の時点の記録なので、まだまだ、これからである)
  ・ 藤井の勝率が突出して高いこと
       (最初は、対戦相手は下位棋士ばかりだから、多少は高くなって、当然ともいえる)




有害無益な「点滅」

 台風12号による列車の遅れなどの運行情報が、JR西日本のウェブサイトに掲載されている【JR西日本 列車運行情報】。                
      
JR-遅れ

 ご覧のとおり、路線図が表示され、遅れている区間には黄色いマーカーが付いており、止まっている区間は赤いマーカーが点いたり消えたりを繰り返している。

 赤いマーカーが点いたときに、どの区間が止まっているのか読み取ろうとするのだが、わずか1.5秒でマーカーは消えてしまう。

 消えたマーカーは、1.5秒後には復活するのだが、1.5秒前に確認した区間を正確に記憶している訳ではないので、また、最初から、赤いマーカーが点いた区間を確認しなければならない。

 こんなことを繰り返しても、いつまで経っても、どの区間が止まっているのか、全体像を把握できない。

 点滅などせずに、赤いマーカーを付けた上側の図だけなら、落ち着いて、止まっている区間を確認することができる。

 そもそも、「点滅」というのは、注意を喚起するために行うものである。

 列車の運行状況を知りたくて、ウェブサイトにアクセスした人なら、注意を喚起されるまでもなく、自ら進んで、赤いマーカーのある路線を確認するのであるから、「点滅」の意味はない。

 それどころか、上述のように、落ち着いて赤いマーカーのある区間を確認することができなくなるのであるから、「点滅」は有害無益である。

 なお、点いたり消えたりが、1.5秒ごとではなく、たとえば、0.1秒ごとであれば、最初に書いたような「記憶」の問題はないので、止まっている区間の把握は容易にできる。けれども、そのような点滅だと、今度は、目がチカチカして疲れてしまう。

 いずれにせよ、有害無益な点滅は、行うべきでない。







谷川九段と藤井七段の師匠が語る

 今朝のネット記事の見出しである【「将棋界のこれから」朝日 2018.7.28】。

谷川九段と藤井七段の師匠が語る


 谷川九段と藤井七段は兄弟弟子ではないが、そのことを分かっている人なら、何の疑問も抱かない見出しである。

 ところが、将棋の世界について全く知識のない人だと、谷川九段と藤井七段の共通の師匠が、弟子二人について語るのだと、誤解するかもしれない。

 誤解をなくすには、次のいずれかの表現にするしかない。

【1】 谷川九段と藤井七段の師匠とが語る
【2】 藤井七段の師匠と谷川九段が語る


 ただ、【1】だと、「谷川九段と藤井七段の師匠」まで読んだ時点では、谷川九段と藤井七段が兄弟弟子で、二人の共通の師匠」つまり一人の人のことを指しているように思えてしまう。

 その次の、「とが」を読んで、初めて、実は、「(谷川九段)+(藤井七段の師匠)」の二人を指していることが分かるのであり、②の方が、そのような「途中までの誤解」の余地もない点で優れている。

 将棋界の序列から言えば、谷川九段を先にすべきところなので、記者は、冒頭の表現をしてしまったのかも知れない。けれども、やはり、「分かりやすさが第一」である。

 優先順位は、常に、  分かりやすさ > その他の事情(格式・慣習・厳密さ・お洒落度・・・)  である。

 なお、どうしても谷川九段の名前を先に出したければ、こんな表現もある。

【3】 谷川九段が藤井七段の師匠と語る


 けれども、こうすると、二人が対等に語る、というのではなく、谷川九段が主体のように思われてしまう。

 抽象化すると、こういうことになる。

語る。 ・・ AB対等
語る。 ・・ Aが主体


全体を抽象化して整理すると、以下のようになる。

語る人-2





 

「道場営業・教室の時間短縮」

 一昨年の史上最年少棋士、藤井聡太四段の誕生以来、日本列島は空前の将棋ブームに沸いているが、私も、最近では、日本将棋連盟のサイトにアクセスして対局結果を確認したり、サイトで毎日出題される詰め将棋を解いたりするのが日課になっている。

 先ほど、将棋連盟のサイトを開くと、台風12号の接近に伴う措置として、次のような告知がなされていた。

 道場営業・教室の時間短縮等の対応をさせて頂く場合があります。販売も同様です。

 
 決して、「分かりにくい」文章ではない。

 けれども、読んでいて、ものすごく、ストレスを感じる(個人の感想です)。

① 道場営業・教室の時間短縮

 まず、「道場営業・教室の時間短縮等」の部分である。

 「教室」は「営業」ではないのか?
 
 要するに、道場も教室も時簡短縮の可能性がある、と言うことであれば、「道場」に「営業」を付け、「教室」に「営業」を付けないという、不統一な表現をするべきでない。「道場・教室の時間」とするか「道場・教室の営業時間」とすれば、よいではないか。

 多分、この文章を書いた人の深層心理には、「教室」というのは、人を育て教えるという崇高な行為が行われる場所であり、対価として金銭を徴収しているものの、「営業」という、「金儲け」を連想させる単語は用いたくない、という思いがあったのではないか。

 他方、「道場」については、ある程度の棋力を有する者に対局の場所を提供する、ということで、「教室」のような「教える」という要素がないことから、そのような抵抗感がなかったのではないだろうか。

 けれども、そういった「思い」は内に秘めておいてほしい。第三者にとっては、一定の金銭を支払って一定のサービスを受けるのであるから、「営業」の「ように」見える。

 サービス提供者の内心に基づいて、「営業」だったり、「営業」でなかったり、というのを、第三者に押しつけても、迷惑なだけである。

 こういった内部の「気持ち」「事情」を、不用意に外部への情報発信に際して表に出す行為の問題については、以前のブログ【内部の論理は、内部に留める】に書いたとおりである。

② 販売も同様
 
 次に「販売も同様です」の部分である。

 なぜ、ことさら、道場・教室と分けて説明しなければならないのか。

 まとめて、「道場・教室・販売の時間短縮等」と記載した方が、よほど、シンプルである。

 もちろん、「理論上」は、以下の違いがある。
  道場・教室..対価を得て、役務(サービス)を提供する
  販売・教室..対価を得て、物を提供する

 これを、法律的に言えば、以下の違いとなる。
  道場・教室..役務提供契約(委任契約、請負契約・・・)
  販売・教室..売買契約

 けれども、法律的な問題を論じているのではない。

 要するに時間短縮等があるか否か、ということに過ぎない。だったら、区別する必要など、まったくない。
 
 「必要のないことは、しない」というのが、「分かりやすさ」の鉄則である。

 上で、「区別するいつ要など、まったくない」と言ったが、順番は別である。
   ○ 道場・教室・販売
   × 道場・販売・教室

 つまり、道場、教室といった似通ったものの間に異質な販売を含むべきではない、ということである。

 なお、いくつかの物を列挙する場合の注意点について、以前の記事【例を挙げるだけでは伝わらない】にも目を通してほしい。



 



 

オーストリア、オーストラリア

 覚え方のコツさえ掴めば決して混同しないのだが、そのコツが掴めないと、いつまでたっても、違いが覚えられない言葉というのが、誰しもあるようで、ネット上でも、よく見かける。

 文脈から明らかな勘違い、混同だと分かる場合はいいのだが、それなりに意味が通っていたりすると、誤った情報を伝えることになってしまう。

 そこで、思い浮かぶまま、混同しやすい言葉について、絶対に混同しないような「コツ」を伝授することにする。


① オーストリア、オーストラリア

 私が高校生の頃、母親が、この二つが、いつも、どっちがどっちなのか分からない、と言っていた。

 私は地理が大好きだったので特別に意識するまでもなく覚えていたため、それまで、この二つの違いの覚え方など考えたこともなかった。

 そこで、母親のために、とっさに捻り出して答えた覚え方が、次の方法だ。

小さいのが「オーストリア」、大きいのが「オーストリア」


オーストラリア
 
 しばらく経って、母親からは、私に教えられてから混同することがなくなったと感謝されたものである。


② ヤモリ、イモリ

 小学校の2年か3年のときに、担任の先生に教えてもらった覚え方が、これだ。
 

家を守るのが「家」守、井戸を守るのが「井」守


 以来、家の中で見かけたら「ヤモリ」、池で見かけたら「イモリ」と正しく言えるようになった。 
  

③ 島根、鳥取

 (中国地方の地図を思い浮かべて)

広「島」の屋「根」が島根

 
広島-島根-2



④ ゆうちょ銀行、郵貯ぎんこう

「ゆうちょ」も「みずほ」も「銀行」だ


 なお、①~③とは違って、この場合、そもそも、一方しか存在しない。従って、「郵貯ぎんこう」と記載されていても、「ゆうちょ銀行」の積もりだろうということは分かるので、混同による弊害はない。

 それでも、人によっては、ひょっとしたら「ゆうちょ銀行」とは別に「郵貯ぎんこう」というのも存在するのかも知れないと思うかも知れない。正しく記載するに越したことはない。




送金口座の指定は、抜かりなく

 人に何らかの行為を依頼する場合、その行為をなすのに必要な情報も提供するのが親切というものだ。調べれば分かるような情報、たぶん知っているだろうと思える情報でも、依頼する側で、その情報を提供した方が、物事は速く進む。

 とりわけ、重要なのは、金銭の支払を依頼する場合であり、振込先の口座を誤解の余地のないように、明確に記載しておくことは、不可欠である(法律上の権利に基づく請求であれ、好意を期待しての依頼であれ、同じである)。


① 振込先口座の指定

 先日、楽天市場で、ある商品を購入したところ、早速、注文内容の確認のメールが届いて、送金方法として、次のように書かれていた。

送金方法
     銀行振込


「銀行振込」と書かれているものの、肝心な送金口座が、書かれていない。何十行にも及ぶメールだったのだが、別のところに書かれているのかと思って、見落としのないよう、上から順に見ていったのだが、どこにも記載がない。とりあえず、出品者の連絡先の記載があったので、送金口座を教えてくれるようにと、メールしておいた。

 その数時間後、今度は、出品者からメールが届いたのだが、私の質問のメールに対する返事ではなく、自動送信されてきたらしいメールで、そこに、送金口座が記載されていた。

 どうやら、楽天市場としては、送金口座まで管理しておらず、出品者が直接に購入者に送金口座を伝えるシステムになっていたようだ。だが、そういうシステムであれば、最初の確認のメールの際に、こう記しておけば、よいのだ。

送金方法
     銀行振込
     送金口座は、追って、出品者の方から連絡させていただきます。



② ゆうちょ銀行

 あるサイトで、送金口座として、以下のとおり、記載されていた。

ゆうちょ銀行 記号12345 番号67890123 ●●●●


 郵便局で送金する場合は、これで問題ないが、銀行から送金する場合は、「支店名」「口座番号」が必要である。

 ゆうちょ銀行の「記号・番号」を銀行送金用の「支店名・口座番号」に変換することは、ゆうちょ銀行のサイト【記号番号から振込用の店名・預金種目・口座番号を調べる】を利用すれば、簡単にできる。

 「簡単」と言っても一手間かかるのであるから、その一手間をかけることなく送金できるように、予め、「支店名・口座番号」を調べて、それを記載しておくべきである。

 ゆうちょ銀行の記号番号だけの記載だと、ネットに慣れない人は、ゆうちょ銀行のサイトで調べることもできず、結局、銀行から送金できない、ということにもなりかねない。


③ 京都中央支店か京都支店か

 ずっと以前のことだが、某銀行の京都中央支店に口座があり、請求書に、振込先として、その口座を指定したことがあった。
 
 ところが、いつまで経っても、送金がない。連絡をすると、ATMで入力したのだが、別の会社の名前が出てきた、というのだ。

 実は、その銀行には、京都中央支店とは別に京都支店というのがあり、先方は、京都支店を選択していたのだった。

 こんな紛らわしい支店名の場合は、予め、「京都」支店ではなく、「京都中央」支店です、と記載しておくに限る。


④ 2回目の送金

 以前も送金してもらった相手に、2回目の請求をしたところ、先方から、送金口座を教えてほしい、というメールが来た。

 2回目だから当然に知っているだろう、と思っていたのだが、誰もが、過去の情報を手元で管理しているとは限らない。請求する側で、その都度、送金口座を指定すべきである。


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「時間泥棒」仕置人

Author:「時間泥棒」仕置人
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 玉石混淆の情報が溢れる社会の中で、効率よく、的確に、情報を取得し、提供するには、どうすればいいのか、ということを常に考えています。

 ところが、そんなことには無頓着な人も多いようで、読者に対する配慮の一欠片もない文章を目にすることがあります。

 難解な文章で読者の貴重な時間を奪ってしまう人達のことを、「時間泥棒」と名付けました。

 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

 記事を読んで、自分も「時間泥棒」かな、と思ったら、早速、改めて下さい。また、あなたの廻りに「時間泥棒」がいたら、あなたの力で立派に更生させてあげて下さい。

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