兄の名前は「坂上二郎」

Xの兄を「坂上二郎」とする。

 これは、要件事実マニュアルで有名な岡口基一判事の「要件事実入門」の中の説例の一節(同書101頁)である。

 同判事の年齢からして、コント55号の全盛時代に幼稚園児だったことから、「坂上二郎」という名前が刷り込まれているのかもしれないが、兄を「二郎」とするのは、いただけない。

 「二郎」という名前は、どうしても「兄」ではなく、「弟」と結びつく。もちろん、三人兄弟のこともあるのだから、Xが一番下の弟であれば、「二郎」は「兄」には違いないのだが、「二郎」と言われると、上に「一郎」がいるのが自然だし、「二郎」には、どうしても、「弟」という属性の方がなじむのである。

 だから、男二人の兄弟なら、「太郎」「次郎」あるいは、「一郎」「二郎」とするのが、直感になじむし、混乱することもない。

 仮に、兄を「薫」、弟を「忍」としたら、年齢の上下関係どころか、性別まで判然としなくなる。

 法律問題の解説で、登場人物を指すのにX,Yといった無機質な記号を用いず、具体的な人名を用いるのは、よりリアルに事実関係を思い浮かべてもらいたいからである。だとすれば、平凡極まりなくても、名前そのものが、その人の属性を語っているような付け方が好ましい。

 私が中学生のころに、父親が買ってきた一般向けに書かれた法律雑学知識の本があった。中身は、「隣から越境してきた柿の木の実はとってはいけないが、地中を伸びてきて地面から顔を出したタケノコはとってもいい」とか「飲み屋のつけは、一年で時効になる」といった類のものだった。

 その本の説例の登場人物は、鈴木さん、田中さん、といった名前ではなく、説例に則した、それっぽい名前をしていた。たとえば、お金を貸したのは樫田さんで、借りたのは苅田さん、平社員は平野さんで、部長は上野さんである。こんな名前なら、解説を読んでいるうちに途中で誰が誰だか分からなくなって混乱するということもないのである。

 混乱を避ける、という点では、人の名前だけでなく、具体例として数字を挙げる場合にも、注意が必要である。

 たとえば、金銭貸借に関する説例の場合、1000万円借りて500万円を返した、というと、その後に、500万という数字が出てきたとき、それが、残債務の500万円を指すのか、弁済額の500万円を指しているのか、混乱しがちである。

 こういう場合は、1000万円借りて300万円を返した、という説例にしておけば、700万は残債務、300万円は弁済額だから、数字を見て、それを取り違えることも少なくなるはずである。

 他にも混乱を避けるための工夫はいろいろある。

 たとえば、登場人物の居住地でも、一人は島根県、もう一人は鳥取県としたら、混乱するのは目に見えている。一人は東京、一人は北海道というふうにした方が混乱を招かないのは明らかだろう。
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