「忘れました」「失念しました」

【1】 「忘れました」  「失念しました」


 こどもは、宿題をやってこなかった場合、「忘れました」という。他方、大人になると、同様の場面では、「忘れました」とは言わず、「失念しました」と言うことが多い。

 なぜか。

 「失念しました」より、「忘れました」の方が、生々しく聞こえて、そのことに対する非難が何となく大きく感じられるからである。

 「忘れる」という大和言葉よりも、「失念する」という漢語の方が、より抽象的で、その言葉の持つ意味が希薄化される。だから、意味を薄めたい場合は、漢語を使うのである。逆に、相手に訴えかけたいときは、漢語よりも大和言葉を使う方が効果的である。

 これと似た例を挙げよう。

【2】 「差し引く」  「控除する」


 例えば、裁判で和解をして相手方から和解金を受け取ったとする。

 この場合、全額を依頼者に送金した上で報酬を請求するという面倒なことをせず、受け取った和解金から弁護士報酬を控除して送金するのが普通である。その際、依頼者の方への説明の文書に、事務員さんが、「弁護士報酬を差し引いて」と書いていたのを、「弁護士報酬を控除して」に改めてもらったことがある。

 というのも、「差し引いて」の方が、より生々しく、せっかく相手から入ってきたお金が弁護士費用のために目減りしてしてしまうという感覚がもたげてくるのに対し、「控除して」だと、具体的に弁護士に支払うというよりも、何か、自動的に、そのようになっているような感じがするからである。

  上の2例は、大和言葉と漢語の違いだが、同じ漢語同士でも、言葉の持つ意味の生々しさが異なる場合がある。

【3】 「武器輸出」  「防衛装備移転」


 「武器」と言えば、拳銃、自動小銃、手榴弾など、人が血を流す場面が容易に想像される、人を殺すための生々しい道具が想起されるのに対し、「防衛装備」と言えば、レーダー追尾装置、哨戒機など、人の生死とは直結せず、従って、人が血を流す場面との結びつきが少ないものが想起されるのである。

 また、「輸出」は、武器の所有権、占有が日本から外国に移るだけでなく、その対価として、金銭が日本に入ってくることを明確に意識させる。他方、「移転」は、専ら、前者の側面しか意味していない。その結果、武器を輸出して金を儲けるといった、いわゆる「死の商人」のイメージからも遠くなるのである。

 だからこそ「武器輸出」を解禁したい人達は、「防衛装備移転」などと言う言葉を持ち出すのである。

 これまで見たように、伝える情報としては、まったく同じであっても、どの言葉を選ぶかによって、その効果は異なる。だから、自ら情報を発信する場合には、どの言葉を選ぶのが効果的か考える必要があるし、他方で、情報の受け手となった場合には、言葉の印象に惑わされることなく、実質的に何を指しているのかを明確に意識しなければならないのである。



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