日本語教育研究者の資質

 文化庁の【日本語教育研究協議会 第5分科会】の議事録の一部だ。

 読むのは大変だろうから、ざっと眺めるだけでいい。

どういうことかと言いますと,表現の中には非常に汎用性が高い便利な表現がたくさんあります。例えば「どうぞ」という言い方がありますね。「どうぞ」はいろいろな場面で使えます。ドアをあけて迎え入れるとき,それから,飲み物や食べ物を振る舞うとき,物を渡すとき,それから,「いいですか」と聞かれて,許可を求められて「はい,どうぞ」というような,そういう,一つ覚えればいろいろに使える表現,最初のテーマで自己紹介の練習をします。そこで「よろしくお願いします」とせっかく練習したわけですから,今度は「お願いします」が言えればいろいろなふうに使えるということを伝えます。お店で物を買うときには,「これ,お願いします」と言えばいいわけです。「先生,はさみ,お願いします」は,「はさみを貸してください」という意味にもなります。それから,「書いてください」だったら,動作プラス(書くまねをして)「お願いします」と言えば,それは「〜てください」が使えなくても人にものを依頼する表現になります。そういうように,一つ覚えればいろいろに使える,そういう汎用性の高い表現をぜひたくさん覚えていただきたいと思いまして,ハンドアウトの資料3で,表現一覧表(発話目標)として書き出しましたものを,それこそ「しみ込むように」繰り返し繰り返し扱っています。これは予定にかかわらず,ある表現が使えそうな状況が生まれたら,機を逸さないように即その場で練習をするようにしています。
教師は5人で1クラスを担当しておりますが,教師間で申し合わせていますのは,全員が参加できる教室活動を目指すということです。先ほど申しましたように,耳が遠かったり,目が余り見えないという方もいらっしゃいます。どうやってそういう方が日本語を覚えていくんだとお思いになるかもしれませんが,そういう方でもあっても,私たちはクラスからはじき出さないように,みんな一緒に活動ができるということを目指しています。もちろん一緒にやるといっても無理はさせないように,そこのところを本当にすごく気をつけて,十分注意しながら,それでもともかく全員で力をあわせて一つのコミュニケーションが成り立つということを目指しています。
そういう場合に,教師の発話というのは,とにかく分かりやすさが第一だと思っています。ですから,学習者に正確な文法を要求しないのはもちろんのことですが,教師の方も,例えば助詞抜け文もありということで,分かりやすさ第一の話し方をしています。


 何行にもわたって文字がびっしりと並んでいる。

 一目見ただけで読む気が萎えてしまう。

 意を決して読み進めて行っても、右端まで行って次の行を読もうとすると、どの行を読めばいいのか戸惑ってしまう。

 一文ごとに改行し、空白行を挿入すれば、それだけで、ずっと読みやすくなる。

どういうことかと言いますと,表現の中には非常に汎用性が高い便利な表現がたくさんあります。

例えば「どうぞ」という言い方がありますね。

「どうぞ」はいろいろな場面で使えます。

ドアをあけて迎え入れるとき,それから,飲み物や食べ物を振る舞うとき,物を渡すとき,それから,「いいですか」と聞かれて,許可を求められて「はい,どうぞ」というような,そういう,一つ覚えればいろいろに使える表現,最初のテーマで自己紹介の練習をします。

そこで「よろしくお願いします」とせっかく練習したわけですから,今度は「お願いします」が言えればいろいろなふうに使えるということを伝えます。

お店で物を買うときには,「これ,お願いします」と言えばいいわけです。

「先生,はさみ,お願いします」は,「はさみを貸してください」という意味にもなります。

それから,「書いてください」だったら,動作プラス(書くまねをして)「お願いします」と言えば,それは「〜てください」が使えなくても人にものを依頼する表現になります。

そういうように,一つ覚えればいろいろに使える,そういう汎用性の高い表現をぜひたくさん覚えていただきたいと思いまして,ハンドアウトの資料3で,表現一覧表(発話目標)として書き出しましたものを,それこそ「しみ込むように」繰り返し繰り返し扱っています。

これは予定にかかわらず,ある表現が使えそうな状況が生まれたら,機を逸さないように即その場で練習をするようにしています。

教師は5人で1クラスを担当しておりますが,教師間で申し合わせていますのは,全員が参加できる教室活動を目指すということです。

先ほど申しましたように,耳が遠かったり,目が余り見えないという方もいらっしゃいます。

どうやってそういう方が日本語を覚えていくんだとお思いになるかもしれませんが,そういう方でもあっても,私たちはクラスからはじき出さないように,みんな一緒に活動ができるということを目指しています。

もちろん一緒にやるといっても無理はさせないように,そこのところを本当にすごく気をつけて,十分注意しながら,それでもともかく全員で力をあわせて一つのコミュニケーションが成り立つということを目指しています。

そういう場合に,教師の発話というのは,とにかく分かりやすさが第一だと思っています。

ですから,学習者に正確な文法を要求しないのはもちろんのことですが,教師の方も,例えば助詞抜け文もありということで,分かりやすさ第一の話し方をしています。


 単に読みやすくなっただけではない。

 一文ごとに、「ここは、こういう意味だな」と頭の中で反芻しながら読み進めることができ、文章全体の理解も容易になる。

 また、読み終わった後に、ざっと眺めれば、1~4行の塊ごとに、それぞれの要旨を思い出すことができ、記憶にも残りやすくなる。

 ところで、上記の議事録には、もっと驚くような「分かりにくさ」が潜んでいる。

西尾センターを退所してから,そのグループで,あるいはそのクラスで続くということはあり得ないわけです。


 「西尾センター」という施設があるのかと思ったら、そうではない。「西尾」というのは、発言者の名前なのだ。

 だったら、発言者は発言者と分かるように書けばいい。こんな感じである。

【西尾】 センターを退所してから,そのグループで,あるいはそのクラスで続くということはあり得ないわけです。


 こうしておけば、特定の発言者の発言だけを確認する場合にも、すぐに見つけることが可能になる。

 今回の記事の素材は、個人が趣味でやっているブログではない。文化庁の日本語教育研究協議会の議事録である。

 議事録を作成した文化庁の職員の意識の低さも問題だが、日本語教育の研究者は、こんな議事録を見て何も思わなかったのだろうか。思ったけれども、口を噤んでいるのか。声を上げたが、そのまま放置されているのか。

 いずれにせよ、私が文化庁に指摘して、改めてもらうほかはない。

 というわけで、文化庁のウェブサイトから「御意見」を送信した。

日本語教育-3

 ところで、注意深い読者は、冒頭に引用した議事録の中に「分かりやすさが第一」という記載があったのに気がついたかも知れない。こういうのを、ブラックユーモアというのだろう。

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