「理論を頭の中ですべて構築」?

 一昨日に続いて「文系の壁」125頁からの引用だ。養老氏の対談相手の鈴木健氏【Wikipedia】の発言だ。

ノイマンはものすごく頭のいい人で、理論を頭の中ですべて構築しました。


 「頭の中ですべて構築」というのは、どういう意味か?

 一応、考えられるのは、次の四つだ。

 【1】 思考の過程を紙に書いたりなどしなかった
 【2】 同僚の学者らと議論をしたりしなかった
 【3】 考えるに際して、模型などを用いなかった
 【4】 実験などせずに、理論だけを突き詰めていった

 昨日の記事で引用した言葉を借りれば、「解像度の低い」表現であるが故に、いったい、何を指しているのか分からないため、こうして、読み手の側が、あれかこれか、と考えなければいけないのである。

 その後、ネットで調べてみると、ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎が、上記の【1】【2】の特徴を備えており、かつ、湯川秀樹や朝永振一郎をも超える天才的物理学者と評価する人もいることが分かった【どこがスゴイか 南部陽一郎】。

 また、ノイマン自身も、6歳で7桁から8桁の掛け算を筆算で行ったと言う話【Wikipedia】や、原典ははっきりしないが、8桁の割り算を暗算でしたという話もある【天才の世界Ⅱ~歴史上の天才~】。
 
 そうすると、鈴木氏も、【1】【2】の意味で「頭の中ですべて構築」という言葉を使ったのかも知れないが、本人に直接、問い合わせない限り、分からない。

 対談相手の養老氏は、「頭の中ですべて構築」だけで理解できたため、対談を書籍に収録するに当たって、そのまま記載したのだろうが、一般読者のためには、もう少し、丁寧な説明をしてほしいところである。

 あれこれ書いてきたが、ノイマンの頭の程度がどれくらいだったのか自体は、本論とは関係ないことなので、こういうところで引っかかっていると、なかなか読み進めていくことができない。

 本を読むときには、書き手が完璧ということはないのだから、「分かりにくい表現」を理解しようとして時間をかけるのはもったいないことであり、さらっと流して読み進めていかなければならない。

 以前、ある俳優が、舞台を見ても、演出や演技の巧拙の細部が気になって、なかなか、舞台そのものを楽しむことができないと言っていた。

 私も、常に「分かりやすさ」を考えていると、つい、文章を読む際に、「分かりにくい表現」にばかり気が散ってしまい、中身について考えるゆとりがなくなってしまいそうである。

 とはいえ、一度、踏み入れたこの世界から足を洗うことができそうにない。こうなったら、開き直って、この道を、とことん突き詰めてみるのもいいか、と思った次第である。

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