景観に配慮した点字ブロック

 点字ブロックが登場して、もう50年になるという。

 以前は、点字ブロックと言えば真っ黄色で、遠くからでも点字ブロックだと分かった。

 それが、最近は変わってきている。

点字


 こんなふうに周囲の歩道に溶け込んでいるのだ。景観への配慮らしい。

 ところが、これが新たな問題を引き起こしている。

 私も、つい先日まで知らなかったのだが、点字ブロックは、全盲の人だけでなく、弱視の人にも役立っており、弱視の人は点字ブロックの存在を視覚で認識することから、背景の歩道と似た色合いになると点字ブロックの存在が分からなくなると言うのだ【毎日新聞 2017.11.19 点字ブロック やっぱり黄色「弱視の人にも見やすい」】。

 点字ブロックの設置者は、もっぱら景観のことしか考慮せず、点字ブロックの利用者に対する認識が不足していたのである。

 何度も繰り返してきたことだが、情報発信に際しては、情報の受け手の状況を、どこまで配慮できるか、ということが決定的に重要だと言うことを、再認識させられた次第である。

 【情報は、届かなければ意味がない

 話は変わるが、「景観への配慮」で首を傾げることが、最近、もう一つあった。

 京都市が景観保護条例に違反するとして、京都大学周辺の立て看の撤去を求めている、というのだ。

 一口に「景観への配慮」と言っても、保護すべき「景観」は、地域により異なるのが当然である。

 閑静な住宅街、オフィス街、歓楽街、学生街、それぞれに相応しい景観があるはずだ。その特性に目を向けることなく一律に、大きさ、色、等で規制すること自体が誤っていると言わなければならない。

 私も、京大の周辺に行く度に、個性豊かな看板を目にして、学生時代を懐かしく感じ、若い人たちが、一面では羨ましく、一面では危うく感じて、応援したくなったりするのだが、こういった感情を人々に抱かせるのが、学生街の景観の本質的な価値であり、立て看は、学生の街、京都の欠くべからざる構成要素となっているのである。

立て看-2


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 よくよく考えてみると、晴眼者にとっても、点字ブロックに躓いて転んだりすることにないよう、点字ブロックが視覚的に目立つことに意味がある。また、自転車などの障害物を置かないように注意を喚起する意味でも、点字ブロックは真っ黄色に限るといえる
 【2017.12.26 追記】。




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