「のご案内」

 最近、駐車場の案内に関する記事を結構、書いているが、また、駐車場の案内が目に入ってしまった。

第2駐車場


 「進行方向へ60m」となっており、初めて見る人でも間違いようがない【駐車場入口は蛤御門へ】。

 さらに、「60m」というのも、いい。正確に計ったら、本当は、58メートルかも知れないが、これでいいのだ【駐車場から事務所まで、58メートルです】。

 あえて、問題点を指摘すると、「第二駐車場のご案内」の部分であり、二行に分かれて、二行目が、「のご案内」となっている点である。

 一瞬ではあるが、「のご」という二文字が目に入ってきて、つい意味を考えてしまう。うしろに「案内」とあるのだから、先頭の「の」は助詞の「の」であり、「ご」は「御」の意味だということは、すぐに分かるのだが、一瞬でも惑わせることのないよう、一工夫ほしいところである。

 「の」を「第二駐車場」の末尾に付け加えるとか、「の、ご案内」とするか、あるいは、「ご」を「御」にするとかすれば、「のご」で迷うこともない。

 このことを抽象化すると、意味の切れ目を、視覚的な切れ目一致させる、ということになる。

 そして、視覚的な切れ目というのは、こういうことである。
    文字と文字を離す 
    区切り(区切り文字、罫線、スペース)を入れる
         【「長田近年」裁判官】 【スペースの効用
    文字そのもの(種類、大きさ、色、等)を変える



表が嫌だとは言わせない

 以前、遺産分割調停で相手方代理人から提出された書面を見て頭がクラクラした。不動産の評価の仕方で、妻の相続分が、どう変わるかをシミュレーションしているのだが、こんな感じだった。

 【1】A不動産の評価を、1500万円とした場合(固定資産産評価額)
   預金 1000万円
   相続財産合計 2500万円
   妻の相続分  1250万円
 
 【2】A不動産の評価を、2000万円とした場合(甲不動産(株)査定額)
   預金 1000万円
   相続財産合計 3000万円
   妻の相続分  1500万円
 
 【3】A不動産の価格を、1800万円とした場合(乙不動産(株)査定額)
   預金 1000万円
   相続財産合計 2800万円
   妻の相続分  1400万円 


 上の例は、提出された書面を単純化したものだが、実際は、他にも相続財産がいくつかある上に、「特別受益」「遺留分」なども登場して、それらが、3頁にわたって延々と記載されていた。

 こんな書面を前提に考えようとしても、とても考える気力が湧いてこない。そこで、私の方で、エクセルで一覧表を作り直して、裁判所に提出した。こんな表だ。

遺産


 不動産評価の違いは、横一列に並んでおり、一目瞭然だし、結果としての、妻の相続分の違いも、一番下の行に並んでおり、これも一目瞭然だ。

 他方、最初の書面だと、いちいち、頁をめくって該当部分を探さなければ、上記のことは分からない。私には、こんな効率の悪いことは耐えられないのだが、こういった書面が書ける人は、並外れた忍耐力の持ち主なのだろう。

 遺産分割にせよ、交通事故にせよ、弁護士業務において、各種の数字を扱わなければならないことが多いのだが、そんなとき、表にするかしないかで、一覧性に大きな違いが出てくる。

 30年前ならいざしらず、エクセルのような便利な表計算ソフトがある今の時代に表にできるものを敢えて表にしない、ということは、許されない。民事訴訟規則を改正して、表にできるものは表にするように義務づけてほしいものである。

 文章でだらだら書くのではなく、表にすべきだということは、これまでも繰り返し書いてきたが、それだけ、重要だということである。

   【期限内に提出されたものが・・・
   【表にするしかない!
   【営業時間の表示は、こうする



「乱れ」を可視化する

 書棚に「○○全集」が並んでいる。最初は番号順に並んでいても、長い間に、少しずつ順番が乱れて来る。こんな具合だ。

本-1

 ときおり思い立って、番号順に並べ替えるのだが、背表紙の数字を一つずつ見て直して行くのは、面倒といえば面倒な作業だ。

 では、数字が、こんなふうになっていたら、どうだろう。

本-2

 一目で、7、8、11が定位置からずれているのが分かり、すぐに正しい順に直すことができる。

 番号が斜めに振られていることの効用は、これだけではない。

 正しい番号が左上から右下にかけて一直線に並んでいれば、取り出した本を元の位置と違うところに戻せば、この一直線の列を乱すことになるので、嫌でも、元の位置に戻そうという意識が働き、その結果、順番が乱れることはなくなる。

 つまり、「番号の乱れ」が、いちいち数字を見なくても、図形的に「直線の乱れ」として印象づけられるため、そうならないようにと気をつけることになるのだ。

 もともとの番号が斜めに一直線になっていなくても、自分でシールを貼って、整列したときに、シールの並びを斜め一直線にすることはできる。こんな具合だ。

本-3

 この方式は、学生時代に、ある図書館で見かけたものだ。最初は、「この斜めのシールは何だろう?」と思ったのだが、実際に職員が本を元に戻すのを見て、妙に納得したのだった。

 40年も前の話だが、その後、こういった並べ方を目にする機会は、数えるほどしかなかった。

覚えるための工夫 違いを際立たせ、視覚的に印象づける

  ここ1、2年のことだが、セスキ炭酸ナトリウム(セスキ炭酸ソーダ)という物質が、安価で、べとつかず、手軽に洗剤として利用できると話題になっており、我が家でも、台所周りや、テーブル、床などの、ちょっとした汚れを取るの利用している。

 どんな物質か、ネットで、あれこれ調べてみたのだが、似たような言葉が出てきて、すぐに、どれがどれだったか分からなくなってしまう。そこで、自分で整理してみたのが、次の図だ。

セスキ炭酸ソーダ


 ここでの「分かりやすさ」の工夫は、①②③に共通の「炭酸ナトリウム」の部分は、普通の黒い文字で、異なる部分「セスキ」「水素」「重」を、赤い太文字で記したことだ。

 単に見たり聞いたりしただけだと、「炭酸ナトリウム」の部分に注意が行ってしまい、それぞれの物質で異なる「セキス」「水素」「重」などの印象が薄くなる。そこで、その部分を視覚的に印象づけようとしたのである。

 あと、覚えにくいのが、「セスキ」だ。いくら覚えたつもりになっても、しばらく経つと、「セキス」だったか「セスキ」だったか、怪しくなる。こんな場合も、視覚に訴えるのが有効だ。次の図を見てほしい。
 
覚え方

 要するに、五十音の表の「セ」から「ス」を通って、右上の「キ」に達する流れを一度、印象づけてしまえば、もう忘れようはない。

 記憶のために五十音の表を利用できる例は、他にもある。

 最近、総理が訪問して話題になった「バルト3国」と言われても、3か国の名前は言えても、その位置関係まで言える人は、少ないだろう。

 北から順に、エストニア、ラトビア、リトアニア、となっているのだが、最初の一文字が「エ」「ラ」「リ」で、五十音の順に並んでいる。そのことに一度、気づいてしまえば、もう忘れることはない。

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 上記のように、共通部分が長いために、その部分の印象が強くなり、逆に、違いの部分の印象が薄くなる、ということへの対策としては、共通部分を省略する、という方法もある。

 たとえば、フランチャイザー、フランチャイジーなどは、フランチャイズ業界の人にとっても、煩わしいもののようで、「ザー」「ジー」と省略されている【全国FC加盟店協会 「米国でのフランチャイズ契約期間中におけるザーの行為の規制」】。

 もっとも、「ザー」「ジー」と言ったところで、日本人には馴染みがない言葉であり、根本的な対策としては、「本部」「加盟店」と言い換えるのが適切である【フランチャイザーの・・・】。   【2018.1.22 追記】


ムーミンの舞台より、こちらに注目 部分は全体を表すとは限らない【続編】

 大学入試センター試験の地理の出題に疑問が呈されている【地理Bのムーミン設問に疑問 阪大大学院 毎日新聞2018.1.15】。

 その疑問というのは、試験問題は、ムーミンの舞台がフィンランドであることを前提にしているが、この前提が正しいとは言い切れない、というものである。

 私自身、地理が大好きで、大学受験では、ほとんどの生徒が世界史、日本史を選択する中で、世界史と地理を選択した。そんなこともあって、早速、どんな問題が見てみると、上記の疑問とは直接の関係はないのだが、こんなグラフがあった【大学入試センター試験 解答速報2018 東進ハイスクール】。

  
地理問題

 このグラフで問題なのは、グラフの下に並んでいる凡例の「キ」の前の長方形の図形である。長方形の上辺と下辺が二重線になっており、この図形が円グラフの中の橫縞を付した部分に対応しているということは、直感的には分からない。

 この問題については、つい先日の記事【部分は全体を表すとは限らない】にも書いたので、そちらを見てほしい。

 大学入試センター試験という、何十万人という若者の人生を左右しかねない試験において、ここまで「分かりやすさ」への配慮がなされていないことに唖然とした。

 ただ、翻って考えると、試験問題を作成したのは、大学の先生であり、日常的に学会などで研究発表を行っている人々なのだが、そんな人々の多くが「分かりやすさ」に何の配慮もしていないことは、以前にも紹介した【伝わるデザインの基本】を見ればよく分かる。
 

研究者を相手にする研究発表や研究者でない人を相手にするアウトリーチ活動などの科学コミュニケーションにおいて、研究者や学生は、自身の成果やアイデアを正確にかつ効果的に聞き手(聴衆や審査員)へ伝える必要があります。これらのことを意識せず、ただ闇雲に発表するだけでは、コミュニケーションは成立しません。    (ラインマーカーは、引用者が付加)


 上記のサイトの作者は、自らも自然科学の研究者なのだが、冒頭で、このように訴えているということは、日常的に目にする研究発表の多くが、「分かりやすさ」に関して無頓着に、「闇雲に」なされている、ということであろう。


パスワードは、 20180118 です。

 今日は、2018年1月18日だが、先ほど、こんなメールが届いた。 

ご依頼の資料を添付しました。
パスワードは、 20180118 です。


 私の方は「秘密」でなくとも構わないのだが、先方は、おそらく社の方針で、メールに資料を添付する際には一律に暗号化することになっているのだろう。

 暗号化された文書のパスワードというのは、大抵、p5wEQ45owD と言った、それ自体は全く意味のない、とても覚えられそうにない英数字の組み合わせというのが相場である。

 ところが、ときおり、今回のように、その日の年月日を、そのままパスワードにしたものが送られてくる。大変「分かりやすい」のだが、誰にとっても「分かりやすい」わけであり、不正に添付資料を入手した者でも容易に資料の中身を見ることができる。

 さらに、このメールの問題は、資料を添付したメールの本文に、パスワードが記されていることである。金庫と鍵をセットで送るようなものであり、暗号化した意味はない。

 こういったことが起きてしまうのは、ただ、社内で「添付ファイルは暗号化する」ということだけが一人歩きして、その意味が全然、理解されていないからである。上記のメールを送ってきたのは、誰もが知っている大企業なのだが、毎日、膨大な数の、無駄に暗号化された資料が発信されているのだろう。

 ところで、パスワードの送り方なのだが、別のメールで送れば安心か、というと、そうでもない。資料を添付したメールが誤って他人に送付されたり、悪意の第三者によって、意図せぬアドレスに送られたりした場合、パスワードを記したメールも、同じ運命を辿る可能性が高い。

 電話なりファックスなり、全く別のルートで送る方が、ずっとリスクは軽減されるはずである。「メールがあるのに、今さら・・・」と思われるかも知れないが、より適切な方法があるとは思われない。

ビットコインの「現物」

 先日のブログ【ビットコインの画像】で、ビットコインの「現物」を売りつける詐欺が起きるのではないかと書いた。

 「詐欺」と決めつけるのは早計かもしれないが、実際、ビットコインの「現物」がヤフーオークションに出品されていた【ヤフオク ビットコイン ハード通貨 三種類セット】。

 
ビットコイン-ヤフオク


 ビットコインの価格は乱高下しているが、現時点で、1ビットコインは、100万円以上する【日経新聞 ビットコイン下げ加速 5日で4割超 】。その「現物」が1万円程度でヤフオクで買えるのである。

 といっても、その「現物」を、「本物の仮想通貨」としてのビットコインに換金できる保証は、全くない。

 こんなものを買ってどうするのだろうと思ってしまう。何か用途があるのだろうか。せいぜい、宴会の余興か何かで使うぐらいのものだろう。

 ひょっとしたら、ビットコインは、100万円以上する、という断片的な情報を耳にした人が、「お買い得」と思って落札するのかもしれない。

ビットコインの画像

 古くからの読者の方は気づいておられるだろうが、このブログの最初の頃の記事は、画像(図表、写真など)はなかった【2014年3月の記事・9本】。

 ところが、次第に画像が増えて、ここ1年くらいは、画像のない記事の方が珍しいくらいだ。

 法律書でも、私が学生の頃は、文字だけというのが普通だったが、30年くらい前から、簡単な図解が取り入れられるようになってきた。

 国会中継でも、質問に立った議員が問題点を図解したパネルを示すというのは、日常的な光景になってきている。

 こういった画像を用いるのは、「分かりやすさ」、「記憶に残りやさ」の点で、単なる文字情報より遙かに優れているからである。実際、自分で過去の記事を見返すときも、画像をみれば、一瞬にして内容が思い出せるのに対して、画像がなければ、冒頭の数行を読まなければ、思い出せないのである。

 ただ、分かりやすく、記憶に残りやすいということは、誤った理解、印象を、広く、長く与えてしまう危険があるということであり、そのことは、常に意識しておかなければならない。

 たとえば、ネット上の仮想通貨「ビットコイン」だが、ネット上には、次のような画像があふれている【グーグルでの画像検索】。

ビットコイン

 こういう画像を何度も見せられていると、「仮想通貨」のはずなのに、物理的に存在するような気がしてくる。

 私自身、4年前、ビットコイン取扱業者のマウントゴックスが破綻した際に相談を受けたことがあり、いろいろ仕組みを調べたこともあって、「仮想通貨」であることは百も承知しているのだが、それでも、こういった画像を見る度に、物理的に存在するような気がしてくるのである。

 ビットコインという言葉は、ここ1年ほど、テレビでも結構、取り上げられるようになって、耳にしたことのある人も多いとは思うが、こういった画像がすり込まれていけば、一方で「仮想通貨」という説明を聞いてはいても、なにか物理的に実在するもののように記憶に定着していくのではないだろうか。

 そのうち、真鍮か何かで作った「ビットコイン」を売りつけるという、新手の詐欺が出てくるのではないか、心配である。「そんな馬鹿な?」と思われるかも知れないが、あれほど、「振り込め詐欺」がテレビや新聞で取り上げられているにも関わらず、未だに被害が後を絶たないことを考えれば、決して杞憂ではない。

 ところで、ビットコインとは違って、こちらは実在の硬貨なのだが、誤った印象を与えかねない画像がある。

8パーセント

 消費税が5%から8%に引き上げられたとき、NHKのニュースで、こんな画像をよく見かけた。

 そのとき思ったのは、なぜ、5円玉と1円玉なのか、ということだ。100円の物を買うのなら、消費税は8円だが、年間消費支出は、ほとんどの国民が100万円を超えているだろう。だとすれば、ニュースの画像は5円玉や1円玉ではなく1万円札というのが実態に即している。

 税抜き金額で100万円の支出をしていた人にとっては、消費税が5万円から8万円になるわけで、結構高額な負担なのだが、5円が8円になるだけなら、微々たる金額、という印象を持ってしまう。

 「印象操作」というのは、こうするものだ、ということを教えてくれる好例である。



問題提起を工夫すれば、回答がシンプルになる

 昨日のブログ【読者に「反対解釈」を期待してはならない】を見返してみて、やはり、どうも「すっきりしない」感覚が残った。

 そこで、さらに、次のように変更してみた。

成人-4


 何に関する年齢制限か説明する欄の末尾が「契約」「年齢」「購入」とバラバラになっているのを、「年齢」に統一したのだ。

 その結果、現在と改正案とを対比する部分も「20歳以上」「18歳以上」と極めてシンプルになったのだ。

 裏を返せば、対比の部分が「20歳以上」「18歳以上」とシンプルになるように、問題提起の仕方を統一的な表現にしたのだ。

 ところで、元の表は、「シンプルかどうか」以前の問題を抱えている。一番下の「飲酒・・」の末尾が「購入」で終わっているのに対して、「20歳以上」を対応させている。他のところは「年齢」に対して「20歳以上」と、きちんと対応しているのに、ここだけ、なぜか、対応していないのである。

 もちろん、「購入は20歳以上」といえば、「購入できる年齢は20歳以上」ということは分かるのであり、わざわざ「できる年齢」と付け加えるのは「言わずもがな」のことを書いているように思えなくもない。

 だが、他の欄は「・・できる年齢」となっているのに、ここだけ「購入」というのは、違和感があり、こういった不統一感は、全体にに「雑」な感じを与えるものであり、避けた方がいいだろう。

読者に「反対解釈」を期待してはならない

 選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたのに続いて、民法の成人年齢をはじめとして、様々な分野で年齢を引き下げる改正案が検討されているが、下記の図は、その改正案の解説である【朝日新聞 2018.1.7】。
成人-1

 分からないことはないのだが、★をつけた部分の記載が気にかかる。

 まず、最初の、契約に親の同意が必要か、という点だが、「改正案」では、「18歳未満は親の同意が必要」となっているが、現行法でも「18歳未満は親の同意が必要」であることに変わりはない。「18歳以上は親の同意が不要」にするのであれば、端的に、そう書けばいい。

 記者は、「18歳未満は・・・必要」ということは、反対解釈として、「18歳以上は・・・不要」ということだ、という思いで、この表現をしたのだろう。けれども、読者に「反対解釈」を期待してはならない。どう変わるのかということを、端的に表現すればいい。

 「反対解釈」で理解できないはずはない、というのなら、次の欄の「民事裁判を起こせる年齢」も、「18歳未満は代理人が必要」とすればいいのだろうが、そうはなっていない。記者が、あまり頓着していなかったことの証左である。

 次に、飲酒、喫煙ができるようになる年齢だが、改正案も現行法と同じく「20歳以上」となっている。要するに変更はないのだから、これも端的に「変更なし」と書いた方が分かりやすい。

成人-2


勝敗は「〇●」に限る

 将棋で永世七冠となった羽生竜王と、囲碁で二度目の七冠となった井山名人に国民栄誉賞が贈られることになった【羽生氏と井山氏に国民栄誉賞 毎日新聞 2018.1.5】。

 井山名人が二度目の七冠を達成するまでの戦績を調べてみると、こんな表があった【Wikipedia 井山裕太 年表】。

井山-1

 各タイトル戦の結果が、一局ごとの勝敗まで含めて掲載されているのだが、2016年の名人戦での「高尾紳路」棋士との対戦の欄の「xxxooox」が分かりにくい。原因は、負けを「x」で表現しているため、負けが続くと、「xxx」のように、隣り合った「x」が一体化して、「o」のように見えてしまうからだ。

 この「一体化」を防ぐには、文字と文字の間隔を空けるのも一つの方法だが、狭いスペースでは、それも難しい。だったら、一体化しないような文字(記号)を用いるのがいい。こんな具合だ。

井山-2

 これなら一目瞭然だ。相撲の取組表と同じである。

 他にも、◯や●を使ったほうが分かりやすい場合が結構ある。たとえば、出席表の場合だ。
 
出欠


 「出」と「欠」は明らかに異なった漢字であり、見間違いようはない。けれども、「出」と「欠」との違いは、「◯」と「●」との違いに比べると、微々たるものである。「◯」と「●」は読むまでもなく勝手に目に飛び込んできて理解できるのに対して、「出」と「欠」は一瞬ではあるが「読む」という作業が必要である。

 たとえば、50人くらい名簿の出欠表を思い浮かべてほしい。「◯●」方式だったら、例えば、一瞬にして、「6割くらいが出席だ」ということが分かるのに対して、「出欠」方式だと、「6割くらいが出席だ」ということを読み取るのに、数秒はかかるはずだ。

出欠-3

 なお、以前も書いたが、アンケート等で、□ に「「レ」でチェックを入れるよりも、塗りつぶして■にしてしまう方が分かりやすいのと同じである【こだわりの「■」】。


私が殺人罪で逮捕されたときから・・・

① 私が殺人罪で逮捕されたときから弁護していた被告人は、京都の出身です。

② 私が殺人罪で逮捕されたときから弁護してくれた弁護士は、京都の出身です。


 ①は、とあるSNSでの発言なのだが、「私が殺人罪で逮捕された」の部分を見て、一瞬ぎょっとした。後ろの「弁護していた被告人」のところまで読めば、逮捕されたのは「私」でないことは明らかなのだが、人騒がせな一文である(あるいは、注意を惹きつけて、最後まで読ませよう、という意図だったのかもしれないが・・・)。

 これに対して、②の場合、逮捕されたのは「私」であり、何の問題もない。

 ①の意味を伝えたいときに、一瞬の迷いも生じさせることなく正しく伝えようと思ったら、次のようにすればよい。 

【原文】  私が殺人罪で逮捕されたときから弁護していた被告人は、京都の出身です。

【修正例】 殺人罪で逮捕されたときから私が弁護していた被告人は、京都の出身です。


 主語の後に動詞が二つ以上ある場合、主語は一番目の動詞に対応していると考えるのが普通である。二番目の動詞と対応することを明示するには、主語の位置を一番目の動詞の後ろにずらすほかない。

 ただ、そうすると、一番目の動詞に対応する主語は文中には存在しないことになる。すると、読み手の側で、なんとか、主語を補おうと考えることになるだろう。その場合、一番、候補に挙がりやすいのが、書き手、すなわち「私」である。主語を省略する場合の多くが、そうだからである。

 そこで、その懸念を払拭する必要があるのだが、次のようにすればどうだろう。 

【再修正例】 本人が殺人罪で逮捕されたときから私が弁護していた被告人は、京都の出身です。


 「本人」と言えば、読み手には、「書き手以外の誰か」と思ってもらえるに違いない。



訂正は徹底的に

 先日のブログ【「売れた物の半数以上が24時間以内に」】で、 メルカリの「売れた物の半数以上が24時間以内に売れた」というCMついて、①「出品された物の半数以上が24時間以内に売れた」との誤解を招くこと、②NHKが番組中で、その誤解を拡散していること、この2点について書いた。

 例によって、素材を提供してくれたNHKに連絡を入れたのだが、1週間も絶たないうちに番組のウェブサイトが訂正された【“中古品アプリ”で消費が激変!? ~メルカリの衝撃~】。

訂正-NHK-2

 確かに、訂正によって、「誤った情報」ではなくなった。けれども、「誤解を招きやすい情報」であることは、元のCMと同じである。NHKは、「誤解を招きやすい情報」ではなく、積極的に「誤った情報」を掲載していたのであるから、もう一歩踏み込んで、「出品された物の半数以上」というわけではない、ということを明記すべきではなかろうか。

 他にも、問題がある。「誤った情報」が載っている番組のビデオが、YouTube に掲載されているのだ【メルカリの衝撃(by 12/12 NHK「クローズアップ現代+」) 25:09 2017.12.23作成 該当部分は、0:59~1:05】。

 NHKの著作権を侵害していることは明らかなのだから、NHKが申し入れをすれば、削除されるはずである。一度、誤解を拡散した以上、そこまでやるのが、NHKの責任である。

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 なお、YouTube の動画を見ようとしても、今では、「この動画は、NHK から著作権侵害の申し立てがあったため削除されました。」と、表示される【2018.1.19 追記】。


厳密さは犠牲にする

 昨日のブログ【「予測」に基づく行動は危険】で、歩車分離信号のことを書いた。

 その説明に使った信号パターン図は、南北方向のみ歩車分離信号としていたが、実際は、東西方向も歩車分離信号で、次のようになっている。
信号-2

 ただ、昨日のブログの趣旨は、南北方向が歩車分離信号ということに気づかずに「予測」に基づいて行動すると大変なことになる、というものだったので、その趣旨からは無視しても差し支えない東西方向の歩車分離信号には触れなかったのである。仮に、触れていたとしたら、かえって、理解しにくくなったはずである。
 
 だれでも、厳密さを犠牲にするというのは、多かれ少なかれ抵抗がある。けれども、厳密さを追求すると切りがない。上の図でも、各信号の時間は「いい加減」である。実際の時間に比例した図にした方が、より「正確」には違いない。色だって、実際の信号の色は、図に記した色とは、だいぶ違う。こんなことは、言い出したら際限がない。

 多かれ少なかれ、その時点における表現の「目的」に必要な限度において厳密さを追求すればいいのであって、それ以上の追求は、「目的」にとって、有害である。

 中学校に入って英語を習い始めた頃のことを振り返ってみても、そうだ。

 中学1年生の英語で最初に習ったのが、 "This is a fish." だった。

 このときは、一つの物の名前の前には、必ず "a" を付けると習った。

 しばらくすると、 "This is an apple." という文が出てきて、母音で始まる名前の前には、"a" でなくて "an" を付けると習った。

 さらに授業が進むと、 "This is a desk. There is a book on the desk." という文が出てきて、物の名前でも、2度目に出てくるときは、"the" を付けると習った。

 振り返って見れば、必ず "a" を付けると言った先生は、「嘘」をついたことになるのだが、正しい「嘘」であって、だれも先生を非難したりなどしないだろう。

 むしろ、最初から、"an"や "the"を付けることもあるという話をすれば、生徒は混乱するだろう。

 英語に限らず、どのような分野であれ、学習の過程では、同じようなことが起きる。

 例えば、民法の授業でも、最初は、当事者が権利義務について合意すれば、合意に従った権利義務が発生する、と習うが、しばらくすると、公序良俗違反による無効、錯誤による無効などが出てきて、合意による権利義務の発生も絶対的ではなかったことが分かる。

 私がブログで書いていることも、決して「絶対的」なものではなく、ほとんどの場合、例外があるはずだ。だからと言って、原則を学び身につけることの価値は失われることはない。

 厳密さについては、少し観点は違うが、以前のブログ【「昨日、大阪で研修会があり、その研修会に出席しました。」】【駐車場から事務所まで、58メートルです】にも書いた。




「予測」に基づく行動は危険

 今朝の散歩のときのことだ。

 T字路で北側に渡る横断歩道の信号が、もうすぐ緑になると思って、足を踏み出そうとしたところ、信号待ちしていた車が右手から飛び出しそうになって急停車した。

交差点-3

 急発進しそうになった西行きの車は、北行きの車の信号が緑から赤になったことから、次は東西方向の信号が緑になると予測して発進しようとしたのだが、これが、全くの「思い違い」だったのである。

 一般の信号なら、この車の「予測」は正しいのだが、ここの信号は、歩車分離信号であり、北行きの車の信号が緑から赤になると、次は、南北方向の横断歩道の信号が緑になる、という仕組みであり、東西方向の信号は赤のままなのである。
信号

 人が行動する上で、「予測」は、次の行動を速やかに行うために必要なことである。けれども、「予測」に基づいて、「フライング」をした場合、その「予測」が外れていたら、大変なことになる。冒頭の車の運転者も、「予測」自体は構わないのだが、「予測」はあくまでも「予測」であり、自分が従うべき信号が緑になるまで、発進すべきではなかったのである。

 「フライング」さえしなければ、仮に「予測」が誤っていても大事には至らないのである。

 もちろん、「●●すべき」と言ったところで、そのとおりにしてくれる訳ではない。歩行者としては、運転者が誤った「予測」に基づいて「フライング」をする、ということまで考慮するのが、身を護る知恵である。



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「時間泥棒」仕置人

Author:「時間泥棒」仕置人
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 玉石混淆の情報が溢れる社会の中で、効率よく、的確に、情報を取得し、提供するには、どうすればいいのか、ということを常に考えています。

 ところが、そんなことには無頓着な人も多いようで、読者に対する配慮の一欠片もない文章を目にすることがあります。

 難解な文章で読者の貴重な時間を奪ってしまう人達のことを、「時間泥棒」と名付けました。

 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

 記事を読んで、自分も「時間泥棒」かな、と思ったら、早速、改めて下さい。また、あなたの廻りに「時間泥棒」がいたら、あなたの力で立派に更生させてあげて下さい。

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