お名前は、50文字以内で

 ブログの素材を提供してくれた企業、団体には、メールで、お知らせしているのだが、多くの場合、各企業のホームページでは、意見、要望を受け付けるための「送信フォーム」が用意されている。

 今日も、ある自治体の送信フォームを開いたのだが、冒頭に、こう書かれていた。

意見-0


「50文字」とは、あまりにも非現実的な数字である。日本人の名前で一番長いのは、「寿限無寿限無・・・」だろうが、実在の人物ではない。外国人なら、聖人の名前を延々と連ねた長い名前もあるが【ピカソの名前 Wikipedia】、そんな人が日本語の送信フォームに入力することなど、現実的には考えられない。

 送信フォームの作成者も、そんな長い名前の人に注意を喚起しようと考えた訳ではなく、なんとなく、既存の送信フォームのテンプレートを利用して、元々の「50文字以内」というのを、そのまま残していたに過ぎないのだろう。

 次は、メールアドレスの入力欄である。

意見-1

 「半角英数文字」というのに、引っかかった。通常は、「半角英数字」と表現し、「文」ははいらない。念のため、グーグルで検索してみると、こうなっていた。

意見-4

 圧倒的に「半角英数字」である。こういうところは、多数派に従うに限る。少数派に従うと、「何か特別な意味があるのでは?」という余分な疑問を抱かせることになるからだ。

 これまでの項目は、文字を入力するものだったが、次は、チェックボックスにチェックするものだった。
意見-3

 「1個以下で」とあるので、他に選択肢が複数あるのかと思ったが、選択肢は1個しかない。これも、もともと複数個から選択するテンプレートを転用したのが原因だろう。こんなふうに「転用」は、ときに、ちぐはぐな結果を生む。その都度、ちゃんと「考える」ことが必要なのだ。逆に言うと、こういうのを見ると、作成者は、ろくに考えていなかったのだろうと思ってしまう。

どこまで利用者に配慮できるか

 今日は28日。ちょうど1週間後の1月4日に提出期限が来る書面を作成しているのだが、書面が完成したら読もうと楽しみしていた本が用意できたというメールが図書館から届いた。
 
予約確保-1


 年末年始の休館になる前に受け取らねばと思い、勇んで受け取りに行ったのだが、なんと、今日から休館になっていた。

 戻ってから、先のメールを見直すと、下の方に、こう書かれていた。

予約確保-2

 ちゃんとメールを読まなかった私の不注意なのだが、一週間も先にならないと受け取れない本について「予約確保」のメールが来るとは思いもよらなかった。

 できれば、利用者としては、こんな風にしてほしかった。

予約確保-3


 ところで、このメールは、本日【28日】午前10時に届いたのだが、メールには【利用可能:2017.12.27】と書かれている。利用可能となった昨日の時点でメールしてくれていれば、すぐに受け取りに行けたのであるが、メールを受け取った時点では、すでに年末年始の休館期間に入っており、1週間以上、「お預け」となったのである。

 本の貸し出し、返却は、バーコードを読み取ってコンピューターで管理しており、おそらく、本が受取館に届いたときも、バーコードを読み取って受け入れの処理をしているはずである。

 であれば、その時点で自動的にメールで利用者に知らせるというシステムにすることは可能なはずなのだが、なぜか、メールは翌日の発信になっているのであり、不可解というほかはない。

景観に配慮した点字ブロック

 点字ブロックが登場して、もう50年になるという。

 以前は、点字ブロックと言えば真っ黄色で、遠くからでも点字ブロックだと分かった。

 それが、最近は変わってきている。

点字


 こんなふうに周囲の歩道に溶け込んでいるのだ。景観への配慮らしい。

 ところが、これが新たな問題を引き起こしている。

 私も、つい先日まで知らなかったのだが、点字ブロックは、全盲の人だけでなく、弱視の人にも役立っており、弱視の人は点字ブロックの存在を視覚で認識することから、背景の歩道と似た色合いになると点字ブロックの存在が分からなくなると言うのだ【毎日新聞 2017.11.19 点字ブロック やっぱり黄色「弱視の人にも見やすい」】。

 点字ブロックの設置者は、もっぱら景観のことしか考慮せず、点字ブロックの利用者に対する認識が不足していたのである。

 何度も繰り返してきたことだが、情報発信に際しては、情報の受け手の状況を、どこまで配慮できるか、ということが決定的に重要だと言うことを、再認識させられた次第である。

 【情報は、届かなければ意味がない

 話は変わるが、「景観への配慮」で首を傾げることが、最近、もう一つあった。

 京都市が景観保護条例に違反するとして、京都大学周辺の立て看の撤去を求めている、というのだ。

 一口に「景観への配慮」と言っても、保護すべき「景観」は、地域により異なるのが当然である。

 閑静な住宅街、オフィス街、歓楽街、学生街、それぞれに相応しい景観があるはずだ。その特性に目を向けることなく一律に、大きさ、色、等で規制すること自体が誤っていると言わなければならない。

 私も、京大の周辺に行く度に、個性豊かな看板を目にして、学生時代を懐かしく感じ、若い人たちが、一面では羨ましく、一面では危うく感じて、応援したくなったりするのだが、こういった感情を人々に抱かせるのが、学生街の景観の本質的な価値であり、立て看は、学生の街、京都の欠くべからざる構成要素となっているのである。

立て看-2


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 よくよく考えてみると、晴眼者にとっても、点字ブロックに躓いて転んだりすることにないよう、点字ブロックが視覚的に目立つことに意味がある。また、自転車などの障害物を置かないように注意を喚起する意味でも、点字ブロックは真っ黄色に限るといえる
 【2017.12.26 追記】。




テキストボックスの使い方

一昨日の【部分は全体を表すとは限らない】で取り上げた帯グラフの「凡例」の部分である。
テキスト-1

 内容には触れず、レイアウトだけを改めたのが、下の表である。
テキスト-2

 どちらが読みやすいか、違いは一目瞭然である。

 まず、文字の部分と外枠との間の余白である。元の表は外枠に接するように文字が配置されていて、見ているだけ息が詰まりそうになるほど窮屈だ。

 エクセルには「テキストボックス」という、四角形の枠内に文字を記入する図形があるのだが、その設定を、そのまま使うと、このような窮屈極まりない表になる。図形の書式設定で余白を調整する必要がある。

 また、元の表では、凡例の2番目と3番目の間に空白行がなく、窮屈な感じを抱かせるだけでなく、5行分の文字列が、ぎっしり並んでいるために、非常に読みにくい。また、1番目と2番目の間、3番目と4番目の間には、それぞれ空白行があるものの、空白行の高さが違うため、ばらばらな印象を受ける。

 さらに、凡例の2番目と3番目の冒頭の数文字を注意して読んでほしい。どちらも「夫婦は必ず」となっているのだが、2番目のほうは読点「、」がないのに、3番目のほうには読点がある。作成者が、読点を「気分」で付けていることが、よく分かるが、読点は気分で付けるものではない。

 最後に、もう一度、2番目の文をよんでほしい。「名字(姓)」と「氏」とが使い分けられているが、無用な使い分けである。日常用語としての「名字(姓)」は法律用語としては「氏」であり、同じものを指すのだから、表現も、どちらかに統一すべきである。

部分は全体を表すとは限らない

 一昨日、夫婦同姓強制の廃止について記事【夫婦同姓の強制を続けますか】を書いたが、先ほど、夫婦別姓に関する法務省の世論調査【選択的夫婦別氏制度に関する世論調査結果】を見た。

世論-1


帯グラフのどの部分が何を示すかという、「凡例」が、グラフの右手に載っている。

世論-2


 一番上のは、すぐに分かるのだが、その下の3つは、すぐは理解できない。
 
 上から2番目は、□に縦の線が一本はいっていることから、辛うじて、帯グラフの縦縞の部分に該当するということは分かる。けれども、下の二つは、どちらも、内部が空白の□であり、まったく、一緒である。

 グラフ作成に使用したソフト(おそらく、エクセル)の仕様で、凡例は、グラフの一部を、そのまま切り取ったものを表示するようになっているのが原因だろう。

 けれども、帯グラフの絵柄が、白地に小さな点が間隔を空けて散らばっているような場合、一部を切り取っても、その点は反映されず、ただの空白になってしまうのである。

 それを防ぐには、例えば、グラフ1センチ四方を、5ミリ四方に縮小して凡例にする、といった工夫をすればいいのだが、グラフ作成ソフトの開発者は、そこまでは気が回らなかったのだろう。

 「木を見て森を見ず」という言葉があるが、部分だけ見ていたのでは、全体が分からないことがある。
森
元の写真は【フリー写真素材ぱくたそ】様から提供していただいた素材です。

 ①が森であることは明らかだし、①の一部を切り取った②も森であることは分かる。けれども、さらに②の一部を切り取った③となると、「森」とは言いがたい。③と同じ大きさでも、①の全体を縮小した④なら、森であることは分かる。

 他にも、このグラフには問題がある。

 まず、グラフが単純な帯グラフでなく、「立体化」されていることである。ここで「立体化」する意味は全くなく、情報として全く無意味な雑音という外はない。

 次に、「立体化」の必然的な結果なのだが、パーセントを表す数字と、実際の帯グラフとが、ずれているのである。例えば、30%の数字の真上は、グラフ上では、23%のあたりになっているのである。

 さらに、帯グラフの各区分の装飾である。一つだけ、色付けして、他は、線や点で修飾しており、ちぐはぐな感じがする。

 最後に、非常に細かいことだが、縦縞の装飾の部分である。グラフを立体化しているのだから、直方体の上面の部分も縦縞で修飾するとしたら、左下から右上にかけての斜めの縞になるはずなのだが、実際のグラフでは、垂直の縦縞のままである。このような不自然な装飾は、見る者を混乱させ、よけいなストレスを与えることになる。

 実を言えば、最後に指摘した部分は、私も当初は気がつかなかった。グラフの縦縞の部分を見ているときに、なんとなく違和感を感じ、その違和感の原因は何かと考えていくうちに、グラフの上面の縞が斜めになっていないことに気がついたのである。



夫婦同姓の強制を続けますか

【1】 夫婦同姓の強制を継続するのか

 民法の規定では、法律上の結婚(法律用語としては「婚姻」)をする際、夫か妻のいずれかは、相手方の姓に変更しなければならない。

 確かに、一方では、結婚して夫の姓を名乗ることによって、結婚したんだということを実感し、幸せを感じる人々も多数いることだろうし、そういった人々にとっては、この民法の規定は、全く自然なことである。

 けれども、誰にとっても自然なことである、とは言いがたい。

 結婚で名前が変わると、パスポートや運転免許証の書き換えをはじめとして、社会生活を継続する上で多大な負担が生じることになる。

 また、一人っ子同士が結婚する場合は、姓を変更した一方の配偶者の姓はなくなるのであるから、代々続いた家の名前は、それで途絶えてしまうわけであり、「家」に愛着を持つ人にとっては耐えがたいことだろう。

 また、何年にもわたって●●さんと呼ばれて来たのが、別の名前になることによって、アイデンティティーが喪失したように感じる人々もいる。

 そんなことから、選択的夫婦別姓制度の導入を求める声が強くなり、20数年前には、法制化の一歩手前まで行ったのだが、結局、実現しないまま、四半世紀が経過しようとしている。

 「夫婦別姓」といっても、別姓を強制するわけではなく、あくまでも、「選択的」「夫婦別姓」なのであるが、同姓が好いと思っている人には、自分たちの考え方が否定されるような印象があるため、「選択的」と言われても、抵抗があるようだ。

 そうであれば、この際、呼び名を変えてみるのも一法である。
 
 「夫婦同姓強制制度の廃止」

 「強制」を「廃止」するのである。異論のあろうはずはない。

 選択的夫婦別姓推進派は、今日限り、これまでの「夫婦別姓」という用語を捨て、「夫婦同姓強制の廃止」をスローガンに掲げるべきである。


【2】 ねじれの解消

 2013年の参院選挙のときの話である。

 2012年末に自民党が衆議院で過半数を制し、政権を奪還した。

 ところが、参議院では自民公明の与党は少数派であり、そのため法案がスムーズに通らないといった事態が生じていた。

 そこで、参院選挙の時に与党が提起した争点が「衆参ねじれの解消」である。

 「ねじれ」と言われると、誰でも、いい印象は持たないであろう。それを「解消」するというのであるから、賛成と言いたくなってしまうのだろう。

 けれども、衆議院のほかに参議院があるのは、民主主義が万全でないという歴史的経験を踏まえて、衆議院の暴走を参議院が阻止することが期待されているのである。だからこそ、民主主義国家では広く二院制が採用され、一院制を採用しているのは、中国のような一握りの国家に過ぎないのである。

 そう考えると、「ねじれ」こそ、本来の姿であるといえるのである。野党は、「与党の暴走の防波堤をなくしてよいのか」という問題提起をしなければならなかったのである。


【3】 直間比率の是正

 30年近く前の話である。

 消費税の導入が争点となっていたが、その当時、盛んに聞かされたのが、「直間比率の是正」である。

 所得税は、所得が高額になるに従って税率が高くなる、という、累進税率が常識だが、累進税率は、以下の点で優れていることは疑いようがない。

 ① 能力に応じた税負担という税制の基本原理に合致している。
 ② 低所得者の税負担を緩和することにより、格差が是正され、安定した社会が維持される。
 ③ 低所得者ほど、収入を消費に振り向ける割合が高いことから、低所得者の税負担の軽減は、消費の拡大に直結し、経済成長が見込まれる。

 他方、消費税の税率は、高額所得者も低所得者も同じで、一律(当時、検討されていたのは、3%)である。

 表面上は「一律」とは言っても、実際は、そうではない。低所得者は、収入が全て消費に回るとして、収入の3%の税負担となるが、高所得者は、例えば収入の8割しか消費に回らないとすると、税負担は収入の2.4%となり、「逆累進課税」となる。

 上記①②③の利点を投げ捨てて消費税を導入するのであるから、「大義名分」が必要だった。

 それが、「直間比率の是正」である。

 要するに、我が国の税金は、所得税などの直接税が圧倒的な割合を占め、直接税と間接税の割合が「不均衡」であるから、間接税である消費税を導入することにより、その「不均衡」を是正しなければならない、というものである。

 だれでも、「不均衡」と言われれば、反射的に「是正しなければならない」と思うだろう。

 かくして、消費税が導入され、今日に至っているのである。


【4】 まとめ

 これまで見てきたように、人々は、多くの場合、物事の本質を見て判断するのではなく、表面的な言葉の持つ印象に基づいて判断しているのである。

 だからこそ、言葉の選択は、社会を動かす上で、死活的に重要な事柄なのである。

 反面、安易に世の風潮に流されないためには、用いられた言葉の背後に潜む、実質的な内容に目を向けなければならないのである。このブログは、そのための、訓練の素材である。


 このブログを書いたのは、井戸まさえ氏の【山尾志桜里と高市早苗から考える、実は深い「夫婦別氏」問題】で、「夫婦同氏」問題という表現が用いられていたことが、きっかけである。

「売れた物の半数以上が24時間以内に」

 ネット上のフリマアプリ、「メルカリ」が大流行のようだ。この春から、やたら、CMが流れており、「売れた物の半数以上が24時間以内に」というフレーズを何度も聞かされた【youtube メルカリCM】。

メルカリ-1

 一見すると、「出品された物の半数以上が24時間以内に売れるのか」と思ってしまいそうである。

 メルカリを取り上げたNHKの「クローズアップ現代+」でも、次のように説明されていた【“中古品アプリ”で消費が激変!? ~メルカリの衝撃~】。

メルカリ-3


 けれども、これは、全くの誤解である。

 CMは、「売れた物の半数以上」と言っているのであって、「出品された物の半数以上」とは言っていないのである。

 次の表を見てほしい。

メルカリ-新

 仮に、100個、出品されて、3個しか売れなくても、売れた3個のうち2個が24時間以内に売れたのであれば、「売れた物の半数以上が24時間以内に」と言うのは、嘘ではない。

 おそらく、CM作成者は、受け手の「誤解」を利用する意図の元に、このCMを作成したに違いない。「勝手に誤解したので、メルカリは嘘をついてません」ということか?

 訪問販売の古典的な手法に、「消防署の方から来ました」と言って消火器を売りつけるという手口があるが、メルカリのCMは、これと、どこが違うのだろうか。

 それにしても、NHK、それも「クローズアップ現代+」まで騙されてしまうとは、情けない限りである。

 テレビ受像機の所有者に一律に契約義務を課している「皆様のNHK」が、こんな詐欺まがいのCMの片棒を担いで、どうするのだ。

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 その後の経緯は【訂正は徹底的に】を参照【2018.1.5 追記】。



コインパーキングの案内

 近くのコインパーキングの看板である。
駐車場

 満車の場合の利用者の便宜を考えて、近くのコインパーキングを地図で分かりやすく案内している。利用者のために、ここまでの案内をしているのを見たことはなかった。

 いつも通るところなのだが、今日、初めて、この看板に気がついた。ということは、つい最近になって、この看板が設置されたのだろう。そのうち、他社も追随するのではなかろうか。

 ただ、純粋に利用者のことを考えれば、自社のコインパーキングに限らず、他社のコインパーキングの案内もしてくれた方がいいに決まっているのだが、そこまで期待するのは無理だろうか? 利用者の便宜を考え、そこまでしてくれていたら、好感度が上がることは間違いないだろう。


闇夜のカラス

 背景と同じ色のために目立たないことを、「闇夜のカラス」と言う。

 実際、私のスマホは真っ黒で、しかも、デスクも真っ黒のため、いつも、スマホを探すのに苦労していた。

 まさに、「闇夜のカラス」状態だった。

 すぐに見つかるようにするには、「闇夜の白鳥」にするしかない。こんな具合である。 

スマホ

 もともとは、右の状態だったところ、左のように白いテープを貼ったのだ。これで、どれだけの時間が無駄に費やされるのを防ぐことができたのか、計り知れない。

 

動いているのは、「STOP」「START」、どちら?

 健康管理のために毎日、一万歩を歩くようにしており、スマホの万歩計を利用しているのだが、その画面が下のようになっている。

歩数計


 万歩計が作動中なのは、左右、どちらの場合だろうか?

 使い始めた頃、人が歩いている絵があることから右側の「START」となっている画面の時に計測されるものと思っていたのだが、それは間違いで、左側の「STOP」となっている画面の時に計測されるのだった。

 アプリの制作者の意図としては、「STOP」という表示は、万歩計を停止したいときは、この「STOP」ボタンを押してください、ということだったのだろう。

 けれども、私は、「STOP」というのは、現在、万歩計が「STOP」の状態にあることを示すものだと思い込んだのである。

 一度は理解したものの、未だに、この画面を見る度に、現在、計測中なのかどうなのか、すぐには分からず、頭の中で、この「STOP」は、停止させるためのボタンで、現在の状態を表すものではないのだ、ということを反芻しないと、安心できない。

 ときには、それでも安心できず、実際に歩いて、歩数計の数字が変化しているのを確認することもある。

 そもそも、スマホなどのボタンの表示が、次のいずれを示すものかは、アプリ制作者以外には分からない。
  【1】 現在の状態
  【2】 ボタンを押した後の状態

 同じことは、以前のブログ【「電波OFFモード」なのに電波は通じる?】にも書いたが、昔の電気製品では、こういったことはなかったように思うのだが、スマホになってから、曖昧な表示に戸惑うことが多くなったような気がする。




駐車場入口は蛤御門へ  - 後日談 -

 3日前のブログ【駐車場入口は蛤御門へ】を書いた後、京都御苑の管理者である【国民公園協会 京都御苑】にメールをしたところ、早速、改善するという返事が来て、今朝、散歩の際に通りかかると、次のようになっていた。

蛤御門-5


 「蛤御門へ」が「次の御門へ→」になっている。これなら迷うことはないし、混雑時でもスムーズに車は流れて行くことだろう。

 なお、「蛤御門」が「次の御門」になっている点の意義は、【6階の第1待合室で・・・ 絶対指定と相対指定と】で書いたとおりである。

 これまで、ブログ記事を書く都度、素材を提供してくれた企業、団体には、感謝の気持ちで、メールを送っているのだが、その反応は様々である。

 【1】 何の応答もない。
 【2】 返事は来るが、その後、具体的に、どうしたのかは分からない。
 【3】 返事は来ないが、しばらくして確認すると、ブログの指摘に沿って改善されている。
 【4】 返事が来て、しばらくすると、実際に改善されている。

 ブログを書いている私からすれば、【4】が一番うれしいのだが、【3】でも、ブログを書いた甲斐があったというものだ。

 誰だって、不十分な点を指摘されるのは、決して愉快なことではないだろう。けれども、その指摘の内容に納得できるのであれば、その指摘に従って改善するのが合理的な対応であり、そうすることによって、社会全体が住みよくなって行くことは間違いないことである。

 ところで、分かりにくい表現を目にした場合、すべて、ブログに書いているわけではない。書こうと思いながらも、そのまま忘れてしまったものも結構あるし、ときには、ブログには書かないで、先方に直接に申し入れをすることもある。

 一例を挙げると、法律関係の書籍を分担して執筆したことがあるのだが、編者の学者が書いた序文について、直接に申し入れしたことがある。

 書籍が実際に出版されてから序文を読んだのだが、非常に理解困難な表現であり、仮に自分が書店で、この本を手に取って序文を読んだとしたら、とても、本を買おうという気にはならないだろうと思った。だが、その時点では、今さら言っても仕方ないと思い、そのままにしていた。

 ところが、その1年後、出版社から第2刷を出すので内容の訂正の希望があれば連絡してほしいとのメールが来た。そこで、担当分の訂正に加えて、序文が、いかに分かりにくいかを書き連ね、全面的に書き換えてほしい旨の依頼をした。

 すると、序文を書いた編者からメールが来て、私の指摘を謙虚に受け止め、書き換えを約束してくれた。実際に、出版社から送られてきた第2刷を見ると、第1刷とは、全然違った表現になっており、私としても納得の行くものだった。


駐車場入口は蛤御門へ

 御所(京都御苑)には烏丸通に面した「中立売御門」の内側に駐車場がある。ところが、現在、工事のため駐車場の入口が変更されており、次のような表示がある。

蛤御門

 「蛤御門へ」と言われても、他府県からの観光客にとって、一体どこにあるのか、分かるはずもない。日常的に御所を散歩している私でさえ、烏丸通に面した4つの門の内、北から二つ目が中立売御門で、その一つ南が蛤御門であることを覚えたのは、つい最近のことである。

  おそらく、この案内を見た運転者は、一瞬、「蛤御門とは、どこにあるのか?」と疑問をもち、周囲に別の案内板がないか探すことだろう。実際は、「蛤」の文字の右上奥の方に「→」があり、この案内から右手に3メートルくらい離れたところには、次のような案内板があるので、遠からず、疑問は解消するようにはできている。

蛤御門-3


 けれども、最初に目に飛び込んでくるのは。「駐車場入口は蛤御門へ」の文字の並びであり、離れた場所にある「→」に誰もが気づくとは限らない。視線を動かすことなく、一瞬にして分かるようにするには、こうすればよい。

蛤御門-4


 来訪者にとって、駐車場の入口のある門の名前が「蛤御門」か「中立売御門」かということは、どっちでもいい。要するに、「駐められる場所は、どこか」ということが重要である。その重要な情報が一瞬にして分かることが大事なのである。

 また、「入口は」という記載が全くの無駄であることは言うまでもない。

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なお、その後の顛末は、【駐車場入口は蛤御門へ  - 後日談 - 】を参照されたい。






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「時間泥棒」仕置人

Author:「時間泥棒」仕置人
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 玉石混淆の情報が溢れる社会の中で、効率よく、的確に、情報を取得し、提供するには、どうすればいいのか、ということを常に考えています。

 ところが、そんなことには無頓着な人も多いようで、読者に対する配慮の一欠片もない文章を目にすることがあります。

 難解な文章で読者の貴重な時間を奪ってしまう人達のことを、「時間泥棒」と名付けました。

 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

 記事を読んで、自分も「時間泥棒」かな、と思ったら、早速、改めて下さい。また、あなたの廻りに「時間泥棒」がいたら、あなたの力で立派に更生させてあげて下さい。

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