自転車を除く

 御所(京都御苑)に、こんな標識がある。

歩行者用

 
 青の背景に人の絵柄の標識が「歩行者専用」だということは、直感的に分かる。

 では、「自転車を除く」というのは、どういう意味か?
 

① 【通行許可の対象から、自転車を除く】
 歩行者専用の表示があっても、自転車は車やバイクと違って歩行者と同じようなものと勘違いする人がいるので、自転車は駄目だということを念押しした。

② 【通行禁止の対象から、自転車を除く】
 歩行者以外の通行は禁止されているが、禁止対象から自転車は除く、すなわち、自転車は例外的に通ってもいいことにした。


 なんとなく、②の解釈の方が無理がなさそうで、自転車は通ってもいいのだと判断するのだが、見る度に、どっちの意味か考えてしまう。

 ただ、御所の中でも別の場所には、「自転車通行禁止」の標識があるので、②の、自転車は通行可能、という意味で間違いないだろうと思う。

 上記のような「●●を除く」という表現は、よく見かけるし、この表現自体に曖昧さはない。

 ところが、「何から除くのか」が曖昧だと、意図するところは正確に伝わらないのである。

 ところで、冒頭の標識だが、こんな標識なら、絶対に誤解の余地はない。

自転車用

 ただ、この標識も問題と言えば、問題である。

 というのは、青地に人と自転車の絵が描かれているので、それだけで自転車は通行可能ということは、明白なのだが、それに加えて、「自転車・・・」という記載があると、上の絵柄にかかわらず、自転車は通行不可ということかも知れないという気になり、「・・・通行可」まで読まないと安心できないのである。

 作成者は、「自転車通行可」ということを念押ししたかったのだろうが、自転車の絵がある以上、「自転車通行可」ということは、誤解の余地はないのだから、ことさら念押しする必要はない。

 むしろ、この「念押し」の記載が、一瞬ではあるが、「ひょっとしたら、上の絵に対する例外を書いているのかも知れない」といった心配を引き起こすという点で、有害なのである。

 これまでも何度も述べてきたように、情報伝達は、発信者の「思い」で突っ走っては駄目なのであり、常に、受信者の受け止め方に思いを致さなければならないということである。

赤なら目立つという思考停止

 先ほど立ち寄った店の前に、こんな掲示があった。

自転車保険


 「自動車保険」「加入義務化」ということを強調したいのだろう。

 赤は、とにかく目立つ。だから、信号でも「止まれ」は赤だ。

 だが、いくら目立つと言っても、背景色次第では、目立たないこともある。

 遠くから見れば、「京都は・・・・・の・・・・・へ向け動き出しました。」としか読めず、何のことか分からない。

 作成者は、背景がオレンジ色でも、赤は目立つと考えていたのだろうか? 目立たせるには「赤」、という固定観念だけで、この掲示板を作ったのだろう。恐るべき思考停止である。

「目立つのは赤」という信仰は根強いようで、様々ところで、強調のために「赤」が使われている。

 けれども、塗料の「赤」は、他の色に比べて褪色しやすい。
 
 街を歩いていると、こんな看板を見かけることがある。

駐車場

 設置の時点では、強調すべき所が強調されていたのだろうが、何年も経つと、強調すべき所が、逆に目立たなくなってしまうのである。

 看板作成業者は、専門家であるから、赤が褪色しやすいことは百も承知であろう。それでも赤を用いるのは、再度の注文を期待しているのであろうか?

マグネシウムは、41ミリグラム

 先ほどのテレビ【NHK「あさイチ」】で、「この夏のスーパーフード」として、ピタヤ(ドラゴンフルーツ)が紹介されていた。

 番組の冒頭で、マグネシウムや、ビタミンB1といった栄養素が、ピタヤ100グラムに、どれだけ含まれているかという表が画面に映し出され、ピタヤには、こんなに豊富に栄養素が含まれているという説明があった。

 説明のパネルに「マグネシウム 41ミリグラム」と書かれているのを見て、ゲストのタレントは、「本当に凄いですね」と感心していたのだが、私には、何が「凄い」のか、さっぱり分からなかった。

 そもそも、マグネシウム41ミリグラムと言われたところで、栄養士ではない普通の人間には、それが、どの程度のものなのか、皆目、見当がつかないはずである。

 調べてみると、1日当たり300ミリグラムというのが、厚労省が推奨している標準的な摂取量ということだった【マグネシウムの食事摂取基準】。

 また、ピタヤ1個あたりの可食部は約260グラムだそうで、そうすると、1個あたりのマグネシウム含有量は、約100ミリグラムということになる【カロリーSlism ドラゴンフルーツ】。

 結局、ピタヤ1個で、1日のマグネシウム必要量の3分の1を賄える、という計算になる。

 これだけの情報を踏まえて、初めて、「凄い!」と言えるのであって、41ミリグラムという情報だけで「凄い!」と言える人は、日々、感動することばかりで、さぞ精神的に充実した生活を送っているのだろうと羨ましく思えてくる。

 他方で、こんな断片的な情報だけで、さも凄いことのように感動している光景を見ていると、自分だけ感動の渦の中で取り残されているような気がして、少し寂しい気持ちになってくる。

 60年も前に、始まって間もないテレビ放送について、大宅壮一が、「1億総白痴化」と喝破した【Wikipedia「一億総白痴化」】のが、今さらながら的確な指摘であったと実感する。

 朝の忙しい時間帯に家事の合間にテレビを見ている人を相手にしている以上、きちんと論理立てた説明などしていられないというのが番組製作者の言い分なのかも知れない.。けれども、客観的には日々、視聴者から思考力を奪い取る結果となっているのであり、それで本当に心から満足できているのだろうか。

では、どうすれば?

 自転車で図書館に行った帰りにスーパーに寄った。

 駐輪場があったので、そこに止めようと思ったところ、こんな表示があった。

駐輪場

 では、「お客様用」の駐輪場はどこにあるのかと見回したのだが、それらしきものはない。かといって、どこに「お客様用」の駐輪場があるのかという案内板もない。

 ここに書かれていることは、次の2点である。

① この駐輪場は従業員用だという、情報
② お詫び


 自転車を止めようと考えているお客にとっては、どこに止めればよいのか、という情報が必須であるのに、それがない。

 この表示を作った人は、お客が従業員用の駐輪場に自転車を止めたら従業員が迷惑をする、ということしか頭になくて、お客が自転車をどこに止めればよいのかということは眼中になかったようである。

 言葉の上では、「お客様には、ご迷惑をおかけ致しますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます」と、お詫びをした「ふり」をしていても、現実には、お客様の「ご迷惑」には何の手当もしていないのである。

 「一事が万事」とは限らないが、このスーパーの体質が伺われるできごとであった。

 実際、2階の売り場で商品を選んで、レジはどこかと見回したのだが、判らない。普通の大型店なら、店内のどこからでも見えるように高い位置に、大きく、「お会計」とか「CASHIER」といった表示があるのだが、それがないのである。

 しかたなく、当たりをつけて歩いて行くと、レジがあり、その上の方に、申し訳程度に、そこがレジである旨の表示があったのだ。

 けれども、「表示」より先に「レジ」そのものの方が先に目に入ったのであるから、「表示」としての意味は、全くない。意味があるとすれば、「レジ」を見ても、そこが「レジ」と認識できない人に、ここはレジですよ、と教えてあげる位の役割しか考えられないのである。

これが当社の商材です! 

 最近は少なくなったが、一時、ホームページの作成や、SEO対策の営業の電話が頻繁にかかって来ていた。

 ほとんどは、即座に断っていたのだが、たまに、興味本位で話だけは聞いてみようと考え営業マンの訪問を受けることがあった。

 ある日、営業マンの話を聞いていると、耳を疑うような発言があった。
 

これが当社の商材です。


 「商材」という単語は、文字通り、「商売の材料」という意味である。確かに営業マンからすれば、「商売の材料」には、違いないのだが、顧客になるかも知れない相手に対して、その言葉はないだろう。

 先方の目的は、当方と契約して、お金を支払ってもらうことである。

 そのためには、お金を支払おうという気になってもらうものを提供しなければならず、それが、「商材」というわけだが、あからさまに、「商材」という言葉を使われると、「お金を払わせるための道具」と言われているようで、いい気分がしない。

 ここは、「商材」ではなく、「製品」「サービス」といった言葉を使うべきである。

 もちろん、「商材」であれ、「製品」「サービス」であれ、その対価として金銭が支払われるのは事実なのだが、「商材」という言葉は、そのことが生々しく表面に現れているのに対して、「製品」「サービス」には、それが現れていないという違いがあるのだ。

 話は変わるが、私が契約したのではないのだが、ホームページ作成会社の使った言葉が顧客の意に沿わなかった、次のような例がある。

 そのサイトは、ある鍼灸院のサイトで、最新の治療法である「●●療法」というのを紹介することになった。

 ところが、作成会社は、「●●療法」ではなく、「●●事業」という言葉を使ったのだ。早速、鍼灸院の経営者は、作成会社に対して、「●●療法」に変更するように申し入れた。

 これも、先の例と同じく、「●●事業」というのは、鍼灸院サイドで収益を上げるもの、といったイメージが強いため、あくまで、患者さんに寄り添った表現である「●●療法」という言葉への変更を求めたものである。

 このように実態としては同じであっても、用いる言葉によって、受け手が抱く感情は異なるのであるから、相手に、どのような感情を抱いてほしいのかを常に考えて、言葉を選択すべきである。

 逆に、聞き手になったときは、相手が選択した言葉の表面上の語感に惑わされないようにしなければならない、ということである。

 このことは、以前ものブログ【「忘れました」「失念しました」】にも書いたことである。

「昨日、大阪で研修会があり、その研修会に出席しました。」

 ネット上の掲示板で、こんな一文を見かけた。

昨日、大阪で研修会があり、その研修会に出席しました。


 特段、「分かりにくい」表現ではない。

 しかし、無駄がある。

 無駄を削ぎ落とすと、こうなる。
 

昨日、大阪で研修会がありました。


 「研修会があった」という事実と、「研修会に出席した」という事実は、確かに別の事実である。

 しかし、「研修会があった」という場合は、通常は、「研修会に出席した」ということも含むものと解される。

 たとえば、こんな例は、どうか。

 ① 歯を磨いて、口を漱ぎました。
 ② 訪問先では食事が出て、それを食べました。
 ③ 問題を解いて、解答用紙を提出しました。
 ④ 病院に行って、診察を受けました。


 歯を磨けば口を漱ぐし、食事が出れば食べるし、問題を解けば解答用紙を提出するし、病院に行けば診察を受けるのが、普通である。

 であれば、ことさら、そのことに言及する必要はない。こう書けばいい。

 ① 歯を磨きました。
 ② 訪問先では食事が出ました。
 ③ 問題を解きました。
 ④ 病院に行きました。


 逆に、歯を磨いたけれども口を漱がなかった、食事が出たけど食べなかった、問題を解いたけど解答用紙は提出しなかった、病院に行ったけど診察を受けなかった、という場合に限って、そのことを明記すれば足りるのである。

 上の4つの例のように、「いわずもがな」のことを、殊更付け加えた文章を読まされると、疲れてくるし、「いい加減にしてくれ」と言いたくなるのである。

 書いた本人は、「丁寧な文章」「厳密な文章」と思って悦に入っているのかも知れないが、「大きな勘違い」である。

 心当たりのある人は、早速、改めるべきである。



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Author:「時間泥棒」仕置人 (改称予定)
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 玉石混淆の情報が溢れる社会の中で、効率よく、的確に、情報を取得し、提供するには、どうすればいいのか、ということを常に考えています。

 ところが、そんなことには無頓着な人も多いようで、読者に対する配慮の一欠片もない文章を目にすることがあります。

 難解な文章で読者の貴重な時間を奪ってしまう人達のことを、「時間泥棒」と名付けました。

 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

 記事を読んで、自分も「時間泥棒」かな、と思ったら、早速、改めて下さい。また、あなたの廻りに「時間泥棒」がいたら、あなたの力で立派に更生させてあげて下さい。

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