例を挙げるだけでは伝わらない

 文章で、ある範疇に属するものの例を挙げているのを見かけることは、よくあることだ。では、たとえば、「脊椎動物」の例を挙げるとしたら、次の3つのうち、どれが適切だろうか。
 

① ニホンザル、チンパンジー、ゴリラ等
② 猿、犬、牛など
③ 牛、鶏、マグロ等


 いうまでもなく、③が最も相応しい。

 もちろん、①や②も、例として、「誤り」というわけではないのだが、①だと、「脊椎動物」の例ではなく、「霊長類」の例であり、②だと、哺乳類の例と受け止められてしまう。

 動物の分類は、脊椎動物が、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類に分けられる、という知識は、多くの人は身についているはずだから、脊椎動物の例を3つ挙げるとすると、その中の特定の類に偏るのではなく、両極の哺乳類と魚類、それに中間の類の中のどれかから、それぞれ選ぶというのが一般的な考え方である。

 例の挙げ方としては、上記の③が最も適切なのだが、例を挙げるだけでは、述べたいことは正確には伝わらない。

 というのは、③だけだと、「脊椎動物」の例かも知れないし、「人に食べられる動物」の例かもしれないのである。

 だから、例を挙げるときには、必ず、「何の例」として挙げたのかを明示しなければ、正確に意図するところは伝わらないのである。この例だと、「牛、鶏、マグロ等の脊椎動物」とする必要があるのだ。

 ところが、往々にして、「例」を挙げるだけで、「何の例」かを明示していない文章に接することがあり、正確に理解するのに苦労するのである。

 たとえば、次の文章を読んでほしい。

 (憲法二〇条三項の禁止する宗教的行為とは)およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが右にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであつて、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。        
                              【津地鎮祭最高最判決】   


 判決が「援助、助長、促進」と言っているのは、宗教に対して「利益を与える行為」の例として挙げているのであり、「圧迫、干渉」というのは、「不利益を与える行為」の例として挙げられているようである。

 しかしながら、「援助、助長、促進」というだけでは、広く「利益を与える行為」一般の例として挙げているのか、それとも、「利益を与える行為」のうち、特定の類型のものに限定して、その例を挙げているのか、初めて判例を読んだ私には理解できなかったのである。この3つの言葉の同類の言葉としては、「振興、援護、補助、勧奨、奨励・・・」と、いくらでも存在する。

 そのような中で、この三語が選択された以上、それぞれの意味を考え、要するに、どういう事柄の例として挙げているのかを考えざるを得ないのである。

 つまり、、「援助、助長、促進など」と言われた場合、「振興、補助、奨励」も含む、「利益を与える行為すべて」を指すのか、あるいは、「利益を与える行為」が、幾つかの類型に分けられ、「振興、補助、奨励」とは異なる、一定の類型に限定しているのか、決め手はないのである。

 もちろん、文脈からは、「利益を与える行為すべて」と解するのが妥当なようなのだが、そういう意味であれば、「援助、助長、促進するなど、利益を与える一切の行為」と書けば、読み手に負担をかけることはないのである。

 人に正確に理解してもらうには、単に「例」を挙げるだけではだめで、「何の例」かを明示する必要があるし、かつ、その例は、その範疇に属するものの中でも、できるだけ、多様なものを挙げる必要があるのだ。
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