「チュニジアの高原です」

 数年前から、同窓会をきっかけにして、高校、大学の同窓生との間で、それぞれ、メーリングリストが開設され、東京、関西といった地域ごとのミニ同窓会などの案内や、各人の近況報告などが流れてくる。

 なかでも多いのが、海外出張や海外旅行に行った際の報告で、現地の町並みや風景の写真などが添付されてくる。

 そこで、今朝、大学の一回生のときのクラスのメーリングリストで届いたのが、これだった。 

チュニジアの高原です

 
 チュニジアの地理については、サハラ砂漠の北に位置する、地中海沿岸の小国といった程度の知識しかなかたのだが、「チュニジアの高原」というのを見て、内陸部に行くと「高原」があり、その写真でも添附して来たのかと思い込んだ。ところが、添付ファイルが付いていない。

 誰でも犯しがちな添付忘れか?と思いながら、続く文章を読んでいくうちに、「高原」は、「こうげん」ではなく、「たかはら」、つまり、人名の「高原」ということに気づいた。

 大学を卒業して以来、30数年の間に一度も会ったことがなく、また、メーリングリストで彼の発言を一度も目にしたこともなかったので、その「高原」君がメールをして来るということは想定外だったのだ。

 ただ、これも「チュニジアの高原」でなく、「オランダの高原」だったら、全土が海抜ゼロメートルのオランダということから、「高原」を「こうげん」と読むこともなく、「高原」君のことだと、すぐに分かったはずである。逆に、「チベットの高原」だったら、まず、間違いなく、「こうげん」と読んでしまうだろう。

 一瞬の誤解も招くことなく、人の名前と分かってもらうには、こうすればいいだろう。 

チュニジア在住の高原です


 逆に、「こうげん」と読ませたいときは、たとえば、こうすればいいのではないか。 

チュニジア南部にある高原です


 結局、抽象化すると、これまでも見てきたように、こういうことになる。

多義的な言葉は、文脈を限定することによって、正しく読んでもらう


 翻って考えてみると、何も「多義的な言葉」の前だけでなく、常に、文脈で次に来る言葉が予想される文章の方が、より、誤解の可能性が低くなるはずである。

 かりに、「高原」でなく、「木村」だったら、人の名前としかとりようがないので、誤解を避けるという目的のために、文脈を限定する必要はない。それでも、「チュニジア在住の」と書かれていれば、次に来るのは人の名前、あるいは、一定の範疇の人々を指す言葉(たとえば、日本人、商社マン、等)が来ると予想できるので、より、確実に伝わるはずである。

 これが単に「チュニジアの木村」だっとすると、「木村」は「木材」と字面が似ていることから、場合によっては、「チュニジアの木材」と誤読することだって考えられないではない。

 そう考えると、助詞の「の」は便利な言葉ではあるが、安易に使わず、別の言葉に置き換えるのが、誤解を少なくするためには必要だということになろう。

 たとえば、「チュニジア在住の木村」「チュニジアで産出する木材」、「チュニジアが発行する通貨」、「チュニジアが求める援助」などである。
 
 とはいえ、なんでもかんでも、こんなことをしていると、文章が長ったらしくなってしまうので、いつもと同じ結論だが、要はバランスの問題ということになる。

切迫流産は流産の一種?

 メールを送るときには、「HTML形式」ではなく、「テキスト形式」で送るのがエチケットだということは、先日のブログにも書いたとおりだ【メーリングリストの注意事項】。

 一昨日、見知らぬ人からのメールで、20ポイントくらいの黒々とした強調文字で書かれたメール(HTML形式)が届いた。迷惑メールの類かと思ったのだが、よく見ると、ちゃんとした報道機関の人からの取材の依頼だった。

 携帯電話番号が記載してあったので、とりあえず、電話を入れ、用件をすませ、その後に、メールの形式の話をしたのだが、「申し訳ございません」と、えらく丁寧に謝られて、こちらが恐縮してしまった。

 私としては、決して怒っているわけでもないし、みんなが気持ちよくコミュニケーションができればいいという思いから、少しでも気づいたことがあれば、「遠慮なく」話しているだけなのだが、私の友人に言わせると、「小言幸兵衛」になっているとのことなので、気をつけなければならない。

 さて、その後、再度のメールがあり、「HTMLメールではなく、リッチテキストメールにしました」と書いてあった。

 私は、「テキストメール」にするようにと言ったのだが、どうやら、「リッチテキストメール」というのは、「テキストメール」の一種だと勘違いしたらしい。【テキスト、HTML、リッチ テキストとは?

 確かに、◆◆という言葉に、△△という言葉を付加した△△◆◆は、◆◆の一種に過ぎないということは、よくあることだ。たとえば、「電気自動車」も「電気で動く」というだけで、「自動車」であることには、変わりない。

 だから、その分野に馴染みのない人が、△△◆◆は◆◆の一種だと思い込んでしまうのも、やむを得ないことではある。だが、△△◆◆は◆◆の一種だというのが、常に正しいとは限らない。

 たとえば、「人と自転車しか通れません」という場合、原動機付自転車も自転車の一種だと思って、原動機付自転車で走ったら、アウトである。道路交通法では、原動機付自転車と自転車は全く別のものである。

 また、知的所有権も、所有権の一種ではなく、著作権、特許権のように知的成果を包括的に支配する権利のことを、有体物を直接全面的に支配する権利である所有権になぞらえて、知的「所有権」と呼んでいるに過ぎない。

 自分に馴染みのある分野であれば、△△◆◆が、必ずしも◆◆の一種とは限らないことは、いわば常識なのだが、馴染みのない分野だと、つい勘違いしてしまうのだ。

 私自身の経験なのだが、妊婦さんが交通事故に遭って「切迫流産」になったという話を聞いたことがある。「切迫流産」という言葉は初耳だったので、おそらく、「流産」にも色々と種類があって、「切迫流産」も、「流産」の一種なのだろうと思って話を聞いていた。

 だが、話を聞いていくうちに、どうも、辻褄があわなくなってきた。改めて尋ねてみると、「切迫流産」は、決して、「流産」ではなく、「流産」の一歩手前の状態を指す言葉だったのだ。【日本産婦人科学会「流産・切迫流産」

 知らない言葉に出遭ったとき、知っている言葉や文脈から言葉の意味を推測するのは大事なことではある。だが、その推測を正しいと思い込んで、知ったかぶりで話を進めていると、思わぬ勘違いだったということもあるのだから、ちゃんと相手に言葉の意味を尋ねるなり、ネットで調べるなりすることが必要である。

 そうは言っても、だれしも、それが的確にできるとは限らない。だから、話をする側で、相手の知識、経験を推し量って、配慮するのがベストである。

 冒頭のメール形式の例で言うと、「リッチテキストという紛らわしい名前のもあるけれど、これはテキストとは違うから、だめですよ」と言っておけばよかった、ということである。

東京地裁で一人の男性が自殺

 昨日のニュースで流れていたのが、このニュースだ。 

東京地裁で一人の男性が自殺・・・


 一瞬、裁判所の中で誰かが自殺したのかと思った。過去に裁判官が自殺したことがあっただけに、あるいは、という思いだった。ところが、そうではなかった。
 

東京地裁で一人の男性が自殺した原因が上司のパワハラか否かが争われた事件の判決が言い渡されました。


 「東京地裁で」は、ずっと後ろの「言い渡されました」を修飾しているのだが、ずっと手前の「自殺した」も被修飾語として適格性を備えているから、聞いた側は、ひとまず、「東京地裁で」が「自殺した」を修飾しているものと考えるのである。他方、仮に「東京地裁で」ではなく「東京駅で」であれば、「自殺した」を修飾するものとしか考えられない。

 冒頭の例は、こうすれば、一瞬であれ、誤解することはない。 

一人の男性が自殺した原因が上司のパワハラか否かが争われた事件の判決が東京地裁で言い渡されました。


 ニュースの原稿の場合は、このように語順を入れ替えるしかないが、文字の場合は、次のような書き方ある。

東京地裁で、一人の男性が自殺した原因が上司のパワハラか否かが争われた事件の判決が言い渡されました。


 読点「、」一つを挿入するだけだが、これで、文意は明確になる。これを、先の東京駅の場合、「東京駅で、」とすると、途端に「駅で判決を言い渡すのか」という不可解な文章になってしまう。

 語順の問題、読点の問題、このブログでも述べたことであり【目を覚ましたメリーは、恐怖のあまり地下室に潜んでいた男を殺してしまう】、目新しいものではないのだが、練習問題として挙げたものである。

情報セキュリティとは

 先日、情報セキュリティに関するテレビ番組を見たのだが、冒頭の説明に唖然とした。 

情報セキュリティとは、コンピュータをサイバー攻撃から守ることです


 「●●とは▲▲のことです」という場合、説明の対象となった●●に用いられた言葉より、説明のための▲▲に用いられた言葉の方が難しかったら、説明としての意味をなさない。

 「セキュリティ」と「サイバー」は、ともに外来語であるが、前者は比較的、頻繁に耳にするのに対して、後者は、そうそう聞くことはない。そうすると、上記の「説明」は、「説明」とは言えず、より、小難しく言い換えた、いわば、「説明」者の自己満足というほかない。

 「情報セキュリティ」は、厳密には、以下のように説明されている。

情報セキュリティは、JIS Q 27002(すなわちISO/IEC 27002)によって、情報の機密性、完全性、可用性を維持することと定義されている。それら三つの性質の意味は次のとおりである。
機密性 (confidentiality): 情報へのアクセスを認められた者だけが、その情報にアクセスできる状態を確保すること
完全性 (integrity): 情報が破壊、改ざん又は消去されていない状態を確保すること
可用性 (availability): 情報へのアクセスを認められた者が、必要時に中断することなく、情報及び関連資産にアクセスできる状態を確保すること
                                   【情報セキュリティ Wikipedia

 
 もちろん、テレビ番組の冒頭での説明は、厳密さよりも、容易に全体像が分かることが求められるのだから、長々と説明するわけには行かない。私が説明するとしたら、こうだ。

情報セキュリティとは、情報の漏洩、改竄、消去などを防止することです


 なお、外来語に限らず、自分にとって常識の部類に属する言葉だと、他人も知っていて当然と考え勝ちである。これくらい分かるだろう、と思っても、たまたま、自分には馴染みがある言葉に過ぎず、一般には馴染みのない言葉である可能性もある。外来語については、約400語について、認知度、理解度を調査した研究【外来語定着度調査 国立国語研究所】があるので、参考にされたい。

 実際、この調査を見てみると、コンプライアンスで、10%以下の認知率、アウトプットでも、35%と、驚くほど低い数字である。この数字は、「認知率」であって、「理解率」となると、さらに低い。自分では誰でも知っているだろうと思っている外来語でも、極力、日本語を使うのが賢明だろう。

ページ番号の付け方

 準備書面など複数頁わたる書面に頁番号を付けるのは常識の部類に属する。

 では、1頁だけの書面の場合、どうするのがいいのだろう。 

① 頁番号は付けない
② 1 とする
③ 1/1 とする


 それぞれの長短は、これから検討するとして、読者の皆さんは、どうしているのだろう。時間があれば、アンケートに答えてほしい。 【アンケートは、こちら
 さて、それぞれの長短を検討する。

 ①は、「頁番号がない」ということから、1枚だけなのだろうという推測は働くので、これでいいように思えるかも知れない。しかし、本当は複数頁あるにも関わらず頁番号が付いていないという可能性もあるので、なんとなく落ち着かない。

 最悪は、②である。今日、相手方代理人から届いた書面であるが、「1」となっていた。「1」とあれば、「2」以下があるのではないかと思うのが普通である。

 では、③はどうか。「1/1」と、総頁数が1頁ということを明記してあるのだから、②のような誤解を招くことはない。同じ理由で、①のような落ち着きの悪さもない。問題点は、「1/1」という、あまり見慣れない表記である点だ。けれども、これは、あくまでも「慣れ」の問題であり、このブログを読んだ皆さんが、「1/1」という書き方を広めてくれれば、解消する問題である。

 ぜひとも、このブログを読まれた方には、「1/1」の「伝道師」になっていただきたい。

 1頁のときに総頁数を記載するのであれば、複数頁のときも総頁数を記載するのが平仄が合う。さらに、たとえば、全部で7頁の書面の場合、最終頁が単に「7」となっているだけでは、「8」があるのではないかという落ち着きの悪さがあるが、「7/7」となっていれば、そのようなことは決してない。また、読んでいる途中で、全体のどの辺りを読んでいるのかがわかるので、便利でもある。

 そいうわけで、頁数が1頁だろうが複数だろうが、総頁数を記載するのがベストということになる。
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 先ほど気づいたのだが、法務局の発行する不動産登記などの証明書は、「1/1」といった表現をしている【2015.2.20】
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「時間泥棒」仕置人

Author:「時間泥棒」仕置人
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 玉石混淆の情報が溢れる社会の中で、効率よく、的確に、情報を取得し、提供するには、どうすればいいのか、ということを常に考えています。

 ところが、そんなことには無頓着な人も多いようで、読者に対する配慮の一欠片もない文章を目にすることがあります。

 難解な文章で読者の貴重な時間を奪ってしまう人達のことを、「時間泥棒」と名付けました。

 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

 記事を読んで、自分も「時間泥棒」かな、と思ったら、早速、改めて下さい。また、あなたの廻りに「時間泥棒」がいたら、あなたの力で立派に更生させてあげて下さい。

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