水平にしてゆっくり振らずに開けて下さい

 缶コーヒーの蓋に書かれた注意書きである。

水平にしてゆっくり振らずに開けて下さい


 「ゆっくり振らずに」と言われると、「じゃあ、速く振ればいいのか」と考えてしまう。

 もちろん、それは意地悪な読み方であって、「ゆっくり」は、「振らずに」を飛び越えて、「開けて下さい」を修飾していることは明らかなのだが、一瞬ではあるが、「ゆっくり振らずに」を読んだときには、「ゆっくり振る」ということは「せずに」という意味ではないかという考えが、頭をよぎるのである。

 「一瞬」の回り道ではあるが、そのような回り道でさえも、「皆無にする」というのが、「読者にやさしい文章」であると私は考えている。
 

振らずに水平にしてゆっくり開けて下さい


 これなら誤解のしようがない。「ゆっくり」の後には、「開けて下さい」しか存在しない。日本語は、前の要素が後ろの要素を修飾するのが絶対的な法則になっているのだから、「ゆっくり」が「開けて下さい」を修飾していることは、疑う余地のないことである。

 ここで挙げたのと同様の例は、「日本語の作文技術」でも取り上げられていた。

① ライトを消して止まらずに速く走る


 これを分かりやすくすると、こうなる。

② 止まらずにライトを消して速く走る


 ところが、とある文章技術に関する書籍には、正しい用例として、②ではなく、①が掲げられていたのである【論理的で正しい日本語を使うための技術とトレーニング」 木南法子】。

 「句(フレーズ)を前に、詞(単語)を後に」とか、「長い修飾語を前に、短い修飾語を後に」と言った原則からすると、①が正しいように見えるのだが、ここでの落とし穴は、「止まらずに」に含まれている、否定を意味する「ず」の存在である。

 「ず」の持っている機能を鮮明にするために、「止まらずに」を「そのまま」に変えた文と比較してほしい。

① ライトを消して止まらずに速く走る
③ ライトを消してそのまま速く走る


 「ライトを消して」は、「走る」を修飾するはずなのだが、①では、否定の「ず」が、直前の「止ま(る)」を否定するだけでなく、さらに前の「ライトを消(す)」まで否定するように読めてしまうのだ。

 このように、修飾語の順番に関する一般的な規則は、修飾語の中に否定を表す言葉が含まれる場合は、修正を余儀なくされるのである。

若い日本で最難関と言われた司法試験にトップで合格した裁判官

 次の2例を比べてほしい

 ①若い日本で最難関と言われた司法試験にトップで合格した裁判官
 ②日本で最難関と言われた司法試験にトップで合格した若い裁判官

 読みやすいのは、②である。なぜか。

 「裁判官」を修飾している、文の要素(単語、句、節)は、次の2つである。
 a. 若い
 b. 日本で最難関と言われた司法試験にトップで合格した

 先に、a.が出てきても、a.が修飾している「裁判官」がなかなか出てこないため、b.を読みながら、a.を頭の片隅に留めておかなければならない。

 他方、b.が先に出てきた場合、このb.が修飾している「裁判官」との間には、a.という短い単語「若い」しか存在しないので、長時間、b.を頭の片隅に留めておかなければならない、ということがないのである。

 つまり、長い修飾語を短い修飾語よりも先にした方が、先に出てきた修飾語を、これに対応する被修飾語が出てくるまで頭に留めて置かなければならない時間が短くてすむのである。だから、読み手に負担をかけないためには、長い修飾語を短い修飾語よりも前に持ってこなければならないのである。

 「長い修飾語を先に」というルールは、単に、上記の負担を軽減するだけにとどまるものではない。

 というのは、修飾・被修飾の関係は自明なものではないため、短い単語「若い」が修飾する語が、ずっと後ろにあるということすら、読み手には分からないのである。従って、短い修飾語の後に長い修飾語が出てくると、読み手は、常に、短い修飾語が修飾している語は何なのか、ということに注意を払わなければならないのである。

 上記の例で言えば、「若い」の後に、「日本」という単語が来るため、一瞬ではあるが、「若い」が「日本」を修飾するのではないか、ということを考えざるを得ないのである。

 前に紹介した「日本語の作文技術」【「分かりやすさ」を追究するための必読文献】には、このようなことが書かれているのである。といっても、20も、30も書かれているのではなく、10にも満たない「規則」を、これでもかというほど具体例を挙げて、解説しているのである。

 まだ、「日本語の作文技術」を読んでいない人は、ぜひ、読んでほしい。
 
 もともと、自分自身、「日本語の作文技術」に書かれていることは概ね習得し、活用できるようになったという自負はあったものの、何か物足りなさを感じ、さらに進んで、より「分かりやすい」文章を追究しようと考えて始めたのが、このブログなのである。

 だから、「日本語の作文技術」を読まずして、このブログを読んでいる読者は、教科書をろくに読まずに、参考書に手を出している受験生のようなものなのである。ぜひとも、教科書を先に読んでほしいものである。

 ところで、二つ前の文章に注意してほしい。最初は、「もともと、このブログは、自分自身、・・・・・と考えて始めものである」としていたのであるが、そうすると、「このブログは」が修飾している「始めたものである」までの間に、長い修飾語「自分自身・・・」があるため、非常に読みにくかったのである。

 そこで、「長い修飾語を先に」という規則を採用して、「もともと、自分自身・・・と考えて、このブログは始めたものである」というふうに書き換えてもよかったのであるが、なんとなく落ち着きがわるいために、「もともと、自分自身・・・と考えて始めたのが、このブログである」と書き換えたのである。

 日本語の作文技術に書かれていることは、「分かりやすさ」のための基本中の基本であり、絶対に習得して使いこなせるようになるべきではあるが、その上で、さらに一工夫することにより、さらに分かりやすい文章にすることができるのである。




事件番号と当事者名


 「平成26年ワ第1303番の件ですが・・・」

 裁判所からの留守番電話であるが、事件番号を聞いても、どの事件か即座に分かるわけではない。

 裁判所は、事件番号で事件を管理している。裁判所からすると、事件番号さえ正確に伝えれば、情報として十分なものを提供したのだから、それで相手が理解できるかどうかまで知ったことはない、相手の自己責任だ、ということなのかも知れない。

 しかし、法律事務所では、キャビネットに保管するファイルは、事件番号で管理しているわけでなく、依頼者名で五十音順で管理している。だから、事件番号を言われても、すぐにはファイルを取り出せない。番号から推測して、「多分、今年の春頃の事件だから、○○さんの件だろう」と当たりをつけ、ファイルを捜し出して事件番号を確認するということになる。

 他方、法律事務所から裁判所に電話をする場合、当事者名だけを言ったところで書記官が困るのは目に見えているので、必ず、事件番号と当事者名の両方を言っているはずである。

 もちろん、裁判所の書記官も大半は、裁判所と法律事務所の管理方法の違いを弁えていて、事件番号だけでなく、当事者名も言ったり、中には、法律事務所にとっては無意味な数字の羅列を告げても意味がないと考えているのか、当事者名だけを言う人もいる。

 稀に、同一依頼者で複数の事件が係属していることもあるので、事件番号も一緒に言う方が間違いがないのではあるが、ほとんどの場合、当事者名だけで足りるのである。

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 昨日、ここまで書いて、ブログにアップするのは、翌日に推敲してからにしようと考えていた。
 
 で、その前に、冒頭の留守番電話の主の書記官に電話を入れた。

 書記官と用件についての話をすませたあと、私は、おもむろに、「ところで、昨日の留守番電話なんですけど・・」と切り出して、概ね上に書いたようなことを話したのだ。

 すると、書記官としては、普段は当事者名を言うように心がけているのだが、留守番電話の場合、万が一にも間違い電話等の怖れがあるので、事件番号だけにしているとのことだった。

 それを聞いて、なるほど、そういう配慮があるのかと、自らの不明を恥じたのである。改めて、「分かりやすさ」というのも、ひたすら、それを追求すればいいというものではなく、ときには、「分かりやすさ」を犠牲にしたほうがいい場合もあると認識を新たにした次第である。
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「時間泥棒」仕置人 (改称予定)

Author:「時間泥棒」仕置人 (改称予定)
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 玉石混淆の情報が溢れる社会の中で、効率よく、的確に、情報を取得し、提供するには、どうすればいいのか、ということを常に考えています。

 ところが、そんなことには無頓着な人も多いようで、読者に対する配慮の一欠片もない文章を目にすることがあります。

 難解な文章で読者の貴重な時間を奪ってしまう人達のことを、「時間泥棒」と名付けました。

 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

 記事を読んで、自分も「時間泥棒」かな、と思ったら、早速、改めて下さい。また、あなたの廻りに「時間泥棒」がいたら、あなたの力で立派に更生させてあげて下さい。

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