拘束時間の可視化

 法廷ではおなじみ光景であるが、裁判官が次回期日の候補日時を言うと、双方の代理人の弁護士から、「結構です」「差し支えです」といった返事が返ってくる。双方の弁護士が揃って「結構です」と言わない限り、裁判所は、次の候補日時を提示する。

 これも、もっと効率的な方法はないかと思わないではないのだが、その点は、また、後日ということにしよう。

 困るのは、端的に「差し支えです」と言えば足りるところを、「その日は、朝から大阪地裁へ行って、昼から奈良で調停がありまして・・・」と自分の予定を延々と説明する人である。誰も、その日、その弁護士が、他のどこで仕事をしていようが、そんなことに関心はない。裁判所と相手方弁護士の関心は、裁判官が候補とした日時を期日として請けることができるか否か、ということのみである。

 自分が忙しい弁護士だということを誇示したいのか、あるいは、何でも理由を付けなければ気がすまない性格なのか、いずれにせよ、余分な情報を付け加えて時間を無駄にするだけであり、迷惑な話である。

 ときに、こんなのもある。「ええと、午後から神戸で弁論が入っていますので、戻ってくるのに、1時間、いや、1時間半はかかるかと思いますので・・・」と、自らの思考の過程を開示してくれるのだ。聞いている方は、神戸から間に合うか間に合わないか、さっさと自分で判断してほしいのだが、ときには、裁判官が助け船を出して、「それでは、30分ずらして・・・」ということもある。

 こんなのも、自分の責任で、何時なら京都地裁の期日に出席できるか判断して、例えば、「3時以降なら大丈夫です」とか言ってくれれば話が早いのである。

 ただ、スケジュール帳に、期日の日時しか書いていないと、遠方の裁判所の予定の前後は、何時なら期日が入れられるかは、即答できない。私は、そんなことにならないよう、遠方の裁判所の予定を書くときは、往復の時間も分かるように記載している。たとえば、こんな具合だ。

スケジュール


こうしておけば、何時の期日なら請けることができるのか、即答できる。

 こういうことが即答できるということは、裁判所に対しても、相手方代理人に対しても、無駄な待ち時間を使わせないという点で、結構なことである。もちろん、本人にとっても無駄なことに頭を使わなくてすむのだから、こんないい方法はない。

 このように移動時間も含めてスケジュール帳に記載しておけば、裁判所の期日だけでなく、事務所での面談その他の予定を入れるときにも、非常に便利である。移動時間を考慮せずに複数箇所で予定を入れてしまって、当日になって、「どこでもドア」がほしくなると言った事態を避けることができるのである。

都議会の「セクハラやじ」

セクハラやじ、発言認める


 この2、3日、東京都議会での野次を巡る記事を目にする機会が多いが、思わず、「セクハラおやじ」と読んでしまった人も多いのではないか。

 ここは、やはり、こうすべきであろう。

セクハラ野次、発言認める


 これまでも何度も書いてきたことだが【薇薔、蝠蝙、拶挨】【「誤解」から学ぶ「分かりやすさ」の技術】、文章を読むとき、誰しも、一字一字を確認しながら読むわけではない。ぱっと見て、自分に馴染みのある、あるいは、その時点で関心のある、単語、熟語のどれかに該当しそうな場合、誤って、その単語ないし熟語として読み取ってしまうということは、日常茶飯事である。
 
 であればこそ、書いた文章を書きっぱなしにするのではなく、少し時間をおいて、もう一度、読み直して、誤読されそうな箇所を別な言い方に変更することが重要である。

 ここで、「少し時間をおいて」というのは、書いた直後では、文章の意味内容が頭の中に生々しく残っているため、どうしても、「誤読」しようがないからである。少し時間をおけば、書いたときの自分とは少し離れた自分になって、より客観的に見ることができるようになるのである。

 実際、このブログも、私は、翌日には,もう一度、読み返して、誤読の可能性はないかを検証している。そこまでしていても、一月くらい前に書いたものを再度、読み返してみると、自分の文章でありながら、とんでもない誤読をしてしまったり、誤読どころか、明らかな誤字、脱字を発見することもあるのである。

ちょっとした配慮

 先日、相手方の代理人の弁護士から至急電話がほしいと言う伝言が留守番電話に入っていた。

 事件ファイルを見れば、電話番号が分かるのだが、ファイルを取り出すのは面倒だ。そこで、ホームページで電話番号を調べようと思い、相手方代理人の事務所を検索すると、すぐにホームページが出てきた。

 問題は、そこからである。トップ頁に電話番号が載っていない。メニューはあるものの、「事務所概要」と「アクセス」の、どちらに電話番号が載っているのか分からない。多分こちらだろうと当たりをつけて「アクセス」の頁を開いてみると、住所とともに電話番号が載っていた。

 弁護士の電話番号は日弁連の弁護士検索で探すこともできるのだが、①検索ページを開く、②名前を入力して検索ボタンをクリックする、③一覧のなかから該当の弁護士名を選んでクリックする、という3段階を要する。

 これに対して、事務所のホームページで捜す方法は、①グーグルツールバーに事務所名を入れて検索ボタンをクリックする、②該当の事務所をクリックする、という2段階ですむ、はずなのである。
 
 ところが、トップページに電話番号の記載がなく、しかも、どの頁に電話番号の記載があるのか分からないとなると、かえって遠回りになってしまうのである。

 法律事務所のホームページに限らず、企業のホームページでも、電話番号を捜すのに苦労する場合がある。私のように電話帳代わりにホームページを利用する需要も多いはずなので、ぜひとも、トップページに電話番号を記載してほしいものである。

 ただ、グーグルの検索結果は、常にトップページを一番上に表示するとは限らないので、できれば、全ページに電話番号の記載をしておいてもらいたいものである。さらに欲を言えば、電話番号だけでなく、住所、ファックス番号、メールアドレスも、全頁に記載してほしいものである。

 これは、ホームページに限らず、メールの場合も同様である【メーリングリストの注意事項】。

 以上をまとめると、こういうことになる。

【1】 ウェブサイトの全頁、メールには、連絡先(住所、電話番号、ファックス番号、メールアドレス)を明記



 さて、ブログやフェイスブック、あるいは、メールなどで、ネット上の記事を話題にすることがあるが、リンクを張っていないものを時折みかける。リンクがなくても、検索をすれば、元の記事を捜すことは不可能ではないのだが、やはり、リンクを張っておくのが親切というものである。

 ただ、せっかく、リンクを張っていても、元の記事が削除されている場合がある。ことにネット上で批判に曝されるような記事の場合、いつのまにか削除されていることが多い。

 そんな場合に便利なのがウェブ魚拓である【ウェブ魚拓】。これは、ウェブサイトを、魚拓のように、そのままに保管しておいてくれるサービスである。「お気に入り」に設定しておけば、魚拓にしたいサイトを開いているときに、ウェブ魚拓のサイトを開くことにより、簡単に魚拓を取ることができる。リンクは、最初から魚拓にリンクしておいてもいいし、こまめにリンク切れをチェックできるなら、リンク切れを発見した段階で、魚拓にリンクを張ればよいのである。

 ただ、このウェブ魚拓は、権利者、被掲載者などの立場で削除依頼をすることができるようになっているので、必ずしも、いつもまでも存在するとは限らない。

 なお、削除されたくなければ、非公開、有料という制約はあるものの、永久に保存できる魚拓のサービスも提供されている【証明用・資料用非公開ウェブ魚拓】。 

【2】 ネット上のものを紹介するときは、リンクを表示-リンク切れに備えて、ウェブ魚拓

 

法科大学院が排出するのは・・・

 司法改革に批判的な「法曹養成と法曹人口を考える国会議員の会」が昨年6月5日付で発表した「法曹養成制度と法曹人口増加の抜本的改革に向けて」の一節である。

法科大学院修了者を主たる人材供給源とする法曹養成制度の破綻は明らかである。すなわち、法科大学院を経由することができる経済的余裕のある者のみを供給源として、過剰な司法試験合格者を排出した結果、・・・ 
                                               【あらいぐまのつぶやき


 「過剰な司法試験合格者を『排出』した」のところで、一瞬、首を傾げたが、納得した。この会のメンバーの認識としては、「輩出」ではなく「排出」なのであって、決して、誤変換などではないのだ。

 もう四半世紀も昔のことだが、司法試験合格後、学内の答案練習会で出題と解説を担当したときに、こんな一文を書いたことを思い出した。

この問題がうまく書けなかった人は、しっかり復讐して下さい。


 もちろん、これも、誤変換などではない。読み手は、一瞬「?」と思っただろうが、これでよかったのだ。

 このブログの主題「分かりやすさ」という点からは大分かけ離れた話になったが、ひたすら「分かりやすさ」を追求するだけでなく、ときには読み手を戸惑わせるような表現を用いることも、こちらの意図を効果的に伝えるのに役立つこともあるという例として、参考にしてほしい。特に、日本語は同音異義語が多数あるので、いくらでも、こういった表現が可能である。

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 今朝の朝日新聞の別刷り「b3」に、ブックデザイナーの祖父江慎氏の話として、次の記載があった。

漱石の原稿では「六(む)づかしい」「神経を脳(なや)まさなければ」という表記があります。本当に間違えたのか、意図して間違えたのか、わかりません。


 もちろん、「脳」は「悩」であるが、「脳」を用いたくなる気持ちもよくわかる。同音異義語の存在は、一面で、「分かりにくさ」の原因ともなっているであるが、他面では、日本語の表現を、より豊にしてくれているとも言えるのである【2014.9.27追記】。

ストロンチウムが出てこない

 原子力規制委員会の「ストロンチウム」に関する資料を見ようとしてネットで検索しても出てこない、という事件があった。

 内容が内容だけに、意図的に情報を隠しているのではないかという疑惑の声も多かった。
 
 実際は、原子力規制委員会が「ストロンチウム」に関する資料としてネットで掲載していたものの標題が、見かけ上は「ストロンチウム」だったのだが、カタカナの「ト」が漢字の「卜」、カタカナの「ロ」が漢字の「口」で表記されていたので、全部カタカナの「ストロンチウム」で検索しても、検索結果として表示されなかったということだそうだ【ITメディア】。

 以前、【スペースの効用】で触れたのだが、このように、漢字とカタカナの混同は、思わぬ波紋を呼ぶことがある。

 では、なぜ、カタカナが漢字になったかというと、元の資料が、文字データではなく、画像データだったため、これをOCRで文字データに変換する際に、カタカナを、これと似た漢字と認識してしまったということのようである。

 ただ、グーグルなどの検索では、多少、間違った綴りであっても、正しい綴りで検索をしてくれるようになっている。それも、単なるスペルミスのみならず、例えば、「facebook」で検索するつもりで、ローマ字かな入力のモードで「facebook」とタイプすると「ふぁcえぼおk」となるが、これでも、正しく、「facebook」で検索してくれる。試しに、もっと出鱈目に「ふぁえぼuk」としても、「facebook」で検索してくれる。

 これだけ誤った入力であっても、正しく検索してくれるのだが、「ストロンチウム」の漢字とカタカナの間違いの場合には、対応できなかった、ということである。おそらく、グーグルのことであるから、そのうち、この種の間違いにも柔軟に対応して、漢字とカタカナの取り違えがあても正しく検索できるようになるのだろう。

 話が前後するが、OCRでの認識間違いの例として、2文字を1文字に認識したり、逆に1文字を2文字と認識することもあるそうだ。例えば、「シエ」→「江」、「旧」(きゅう)→「1日」(いちにち)という具合である。 

 こういった間違いをするということは、そのOCRが未だに、文字の形状のみから認識しているだけで、その意味まで解析して認識しているのではないということである。

 今回のようなことは滅多にある話ではないだろうが、ネット上に存在するに違いない情報が、どうしても検索にかからない場合には、検索語の一部の文字を似た文字に変えて検索してみるということも考えられることである。

 余談だが、「弁護土」(「士」ではなく「土」)で検索したら、グーグルで、4500件もヒットした(なお、ダブルクォーテーションで囲って"弁護土"のようにしないと、最初の二文字「弁護」でヒットしたサイトも拾ってくるので要注意である)。普通に入力すれば間違いようのない漢字なのだが、これほど多いということは、驚きである。

超訳「特定秘密保護法」

 「明日の自由を守る若手弁護士の会」所属の弁護士が、特定秘密保護法の「超訳」を出版したという【東京新聞】。

 以下に、元の条文と、「超訳」を示す。

【特定秘密保護法4条4項の一部】
 内閣の承認を得た場合(行政機関が会計検査院であるときを除く。)は、行政機関の長は、当該指定の有効期間を、通じて三十年を超えて延長することができる。ただし、次の各号に掲げる事項に関する情報を除き、指定の有効期間は、通じて六十年を超えることができない。


【超訳】
 内閣がいいよと承認してくれたときは、大臣とかは、「秘密」の期間を、特別に30年を超えて60年まで延長できます。 さらに例外として、次のことなら60年を超えてもいいです(つまり永遠に秘密ってことです!)。


 テレビの政治討論番組などを見ていて思うのだが、いくら正論を吐いても、分かってもらえなければ、何の意味もない。それどころか、なんか難しそうだし考えても仕方ない、などと思わせてしまったら、逆効果である。まさに、「分かりやすさが第一」である。
 
 さて、この「超訳」であるが、どこが「分かりやすさ」に繋がったのか、ポイントを列挙する。

【1】 内閣の承認を得た場合 → 内閣がいいよと承認してくれたとき


 「承認」という言葉そのものは誰でも知っている言葉ではあるが、漢語であるため、すっと頭に入って来にくいものである。そこで、「いいよ」と極めて口語的な表現で意味を補い、さらに「場合」もひらがなの「とき」にすることによって、文章の硬さを取り除いている。

 ◆ 文語→口語
 ◆ 漢字(漢語)→ひらがな(大和言葉)

 

【2】 行政機関の長 → 大臣とか


 普通の人が日常会話で「行政機関の長」などと口にすることはない、他方、「大臣」なら日常的に耳にしている言葉である。ここは、単に「大臣」でもいいのだが、「行政機関の長」には、大臣以外の者も含まれるので、「とか」としたのだろうが、そこまで厳密さを追求する必要もないと思う。ただ、「とか」という極めて口語的な言葉を使うことによって、読んだ人に親しみを持たせるという効果もあることから、これはこれでいいだろう。

 ◆ 一般的でない言葉 → 馴染みのある言葉
 
 

【3】当該指定の有効期間 → 「秘密」の期間


 「当該指定の有効期間」というのはが、条文の流れからは、「特定秘密として指定した期間」であることは明白なのだが、それでも、端的に「『秘密』の期間」とした方が分かりやすい。要するに、別の場所に書いてあったことを覚えていなくても、その箇所だけ読めば全てを理解できるようにしておくことが重要なのである。

 ◆ 他の箇所を参照して初めて理解できる表現 → そこだけ読めば理解できる表現

 

【4】 通じて三十年を超えて延長することができる。ただし、次の各号に掲げる事項に関する情報を除き、指定の有効期間は、通じて六十年を超えることができない。
 →
 特別に30年を超えて60年まで延長できます。さらに例外として、次のことなら60年を超えてもいいです(つまり永遠に秘密ってことです!)。


 ここで書かれていることは、次の3点である。
 ①30年を超えることができること
 ②上限は60年であること
 ③上限には例外があること

 条文は、第一文で①、第二文で②③を書いている。
 他方、超訳は、第一文で①②、第二文で③を書いている。

 三つの文に分けて書いてもいいのだが、二つにするとなると、超訳の方がいい。

 というのは、上限に関する原則が②で、その例外が③なのだが、原則と例外が一つの文になっていると、それだけ読む側には負担になるからである。

 ◆原則と例外は、まとめて書かない
 

「分かりやすさ」の限界

各地の弁護士会では、様々な問題について、弁護士会の見解を公表している。

次に示すのは、集団的自衛権の必要性を巡る議論には誤導が存在するという、ある弁護士会の会長声明である。少し長くなるが、一部を引用する。
 集団的自衛権は,自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を,自国が直接攻撃されていないにもかかわらず,実力をもって阻止する国際法上の権利と定義されている。

 この権利は,その定義から明らかなように,①我が国への直接攻撃が存在しないこと,②攻撃される外国が我が国と「密接な関係」にあること,③国やそれに準ずる組織による武力攻撃があることを前提とした上で,④我が国による「実力行使」を問題にする概念である。

 したがって,①我が国への「直接攻撃」に至らない脅威への対処の必要性,②「我が国と『密接な関係』にある」外国に限らない,一般的な世界平和への攻撃ないし脅威への対処の必要性,③テロやサイバー攻撃のような「国やそれに準ずる組織」に当たらない集団からの武力行使,または「武力行使」に至らない攻撃への対処の必要性,あるいは,④実力行使に当たらない支援(基地提供などの便宜供与)の必要性によっては,集団的自衛権の行使の必要性を基礎づけることはできない。

 しかるに,本報告書に記載された事例は,集団的自衛権によらなくとも対処が可能なものや,集団的自衛権とは直接関係のないものが多数含まれている。こうした事例を挙げた上,安保法制懇が当該事例において採るべきと考える具体的行動を先に定めてから憲法をその妨げにならないよう解釈し,その延長線上に集団的自衛権の必要性を根拠づけるやり方は,国民を誤導するものと言わざるを得ない。これは,集団的自衛権容認を限定的とするか全面的とするかにかかわらず,不適切なものである。

 一文が非常に長いので、一読して理解するのは困難である。

 私なりに理解した内容を、図解すると、以下のようになる。
集団的自衛権
 特に第三段落は分かりにくく、かつ、①の部分は、論理的には、【我が国への「直接攻撃」に至らない脅威への対処の必要性】ではなく、【我が国への「直接攻撃」への対処の必要性】でないと、意味が通らない。

 そこで、私なりに分かりやすく表現すると、こうなる。

 したがって,①我が国への「直接攻撃」への対処の必要性,②「我が国と『密接な関係』にある」外国に限らない,一般的な世界平和への攻撃ないし脅威への対処の必要性,③テロやサイバー攻撃のような「国やそれに準ずる組織」に当たらない集団からの武力行使,または「武力行使」に至らない攻撃への対処の必要性,あるいは,④実力行使に当たらない支援(基地提供などの便宜供与)の必要性を論じたところで、これらは、そもそも集団的自衛権の行使とは異なるのであるから、これによって集団的自衛権の行使の必要性を基礎づけることはできない。


 これでも、決して「分かりやすい」とは言えない。そもそも対象が複雑である以上、「分かりやすさ」を追求するにも限界がある。それでも「分かりやすさ」を追求しようとすれば、厳密さを犠牲にするほかはない。どこでバランスを取るかは、その都度、考える外はないだろう。

三次元の表

 以前、【証拠説明書は、表に限る】で、「(情報の)結びつきは必ずしも一次元的なものではなく、二次元的なものもあり、その場合は視覚的にも二次元的に表現したほうが、ずっと理解しやすい」と書いた。

 二次元があれば、当然、三次元もある。三次元的な結びつきは視覚的にも三次元的に表現した方が理解し易いはずである。ただ、三次元的に表現すると言っても、実際は、パソコンの画面や紙のような二次元の平面上では、「三次元風」に表現するしかないので、必ずしも、「理解しやすい」という訳でもない。

 次の図は、放火罪の構成要件を整理するにあたって、司法試験受験時代に作成したものだが、勉強会のレジメに書いたところ、あまり評判はよくなかった。私は、これで、非常に頭が整理されたのだが、二次元的なものでさえ一次元的に表現することに慣れた人にとっては、三次元なんて、とんでもない話かも知れない。

放火罪-4

 なお、三次元があれば四次元もあるのだが、四次元ともなると、到底、そのまま表現できるものではない。表の中に表を入れ込むことによって、擬似的に表現することは可能であるが、あくまでも、「四次元もどき」である。。

 情報の結びつきを視覚的に表現するとしても、二次元の表はともかくとして、三次元の立体図形は、かえって戸惑う人も出てくるだろうから、私も、自分の頭を整理するために使うのに留めて、裁判所に出す書面などには使わないようにしている。

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 なお、上記の図は、「司法試験受験時代に作成したもの」と書いたが、30年以上前の話であり、元々は手書きのものである。今回、このブログを書くにあたって、当時の図を想い出して、エクセルで再現したのが、上記の図である【2414.9.3追記】。

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「時間泥棒」仕置人

Author:「時間泥棒」仕置人
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 玉石混淆の情報が溢れる社会の中で、効率よく、的確に、情報を取得し、提供するには、どうすればいいのか、ということを常に考えています。

 ところが、そんなことには無頓着な人も多いようで、読者に対する配慮の一欠片もない文章を目にすることがあります。

 難解な文章で読者の貴重な時間を奪ってしまう人達のことを、「時間泥棒」と名付けました。

 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

 記事を読んで、自分も「時間泥棒」かな、と思ったら、早速、改めて下さい。また、あなたの廻りに「時間泥棒」がいたら、あなたの力で立派に更生させてあげて下さい。

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