段階的詳細化しかない、と思うのだが・・・

 駅からライブ会場までの道順を写真で丁寧に解説したサイト【ライブ会場道案内ブログ】がある。

 例えば、大阪の阪急梅田駅から東梅田の「アムホール」という会場への案内は、下記のような写真が延々と、19枚、掲載されている。
 
amhall-1

amhall-2

amhall-3

 順々に見ていく内に、だんだん、ストレスが溜まってきた。

 その原因は、「全体が見通せない」という点にある。

 その時点、その時点で、どこをどう曲がればいいのか、といったミクロの情報は完璧なのだが、いったい、どこへ行くのか、全然、先を見通せないことがストレスになるのだ。

 この案内を頼りに進んで行って、一箇所でも間違えてしまったら、もう、元へは戻れない。迷子になってしまうことだろう。

 では、どんな案内なら、ストレスを感じないのか。試しに、自分で代わりの案内図を作ってみた。

amhall-10


 【1】→【2】→【3】と、全体図から段々と詳細な地図になり、最後は【4】の目的地の写真である。

 これなら、ストレスを感じることなく、会場に辿り着ける。すこし遠回りをしても、それなりのルートを通って、目的地まで辿り着くことは可能である。

 私は、そう思うのだが、初めの写真を連ねた説明の方が分かりやすいという人もいるのかもしれない。

 初めに掲げた写真は、阪急梅田駅から「アムホール」への行き方である。同じサイトには、同じ「アムホール」へ行くのに、「地下鉄谷町線東梅田駅」からの行き方と、「JR大阪駅」からの行き方なども、十数枚の写真で解説されていた。

 街全体を俯瞰して考えようとしない、あるいは、俯瞰して考えることのできない人にとっては、このような、十数枚の写真による説明の方が分かりやすいのかもしれない。

 ところで、上記二とおりの説明を、写真や地図の代わに、言葉だけの説明に置き換えてみよう。

【1】 左前方の改札を出ます。
.............
.............
.............
【4】 右前方の「動く歩道」に乗ります。
.............
.............
.............
【19】「てんぐ酒場」の看板のところから3階に上がってください。


【1】 会場は、阪急百貨店の南東約100メートルのところにあります。
【1】 阪急百貨店の道路を挟んで南東側の曾根崎警察署の北側の大通りを東方向に行きます。
【2】 50メートルほど歩いて最初の角、ジャスミン曽根崎ビルのところを右に曲がります。
【3】 20メートルほど南に行くと、左前方に「四海楼」の看板があります。
【4】 そのビルの左側に回り「テング酒場」の看板のところから3階に上がると会場です。


 あとの説明の方が、ずっと分かりやすいのではないか。 

「ランドルト環」は、いらない

 一昨日の記事【背景と文字のコントラスト】に引き続き、「弁護士ドットコム」の話である。

 前回と同じ、第35号には、【 ネットトラブル訴訟実務 今知りたい「ポイント」と「課題」 】 という、大変、有益な記事が載っている。

 記事の内容だけでなく、デザインも、それなりに工夫した跡がうかがえる。

 まず、記事の最初で、ネットトラブルの現状に関する統計情報が掲載されているのだが、その見出しが、次のようになっている。

ネットトラブル-1


 30年くらい前だと、文字を拡大して印刷すると、上記の文字のように、「ギザギザ」になったものである。

 こういった文字は、「ビットマップフォント」というもので、当時のパソコンの能力からは、やむを得ないものだった。

 けれども、今では、どんなパソコンでも、「アウトラインフォント」が搭載されており、いくら文字を拡大しても、斜めの線が「ギザギザ」になることなく、滑らかなまま、表現される。

 あえて、こういった「ギザギザ」文字を用いたのは、インターネット登場以前の世界とは違う、新たな世界に入ったのだ、ということを強調したいがために、インターネット登場当時のパソコンに特有の「ギザギザ」文字を用いたのだろう。

 その狙い自体は、分からなくもない。たとえば、講演会のポスターなどの、アイキャッチャーとして、一箇所だけに用いる、というのであれば、それは、それでいいだろう。

 けれども、これは、雑誌の中の見出しである。この「ギザギザ」文字が、6頁中の15箇所の見出しに使われているのである。

 この「ギザギザ」文字を見る度に、ストレスを感じざるを得ない。アウトラインフォントで十分である。

 次は、記事中の統計のグラフである。

ネットトラブル-2

 ぱっと見ただけでは、この視力検査の輪っかの出来損ないのようなものは、なんだ?と思ってしまう。

 よく見ると、内側のパーセントの数字の大きさに対応していることが分かり、「なるほど」と納得する。

 けれども、それなら、普通の円グラフでいいではないか。このグラフのように、太めの円周の長さの違いよりも、円グラフの扇形の面積の大小の違いのほうが、より、視覚的に訴えるものがあり、分かりやすい。

 何度も言うが、「分かりやすさが第一」である。

 デザインは、自らの発想力、努力の跡を評価してもらうための手段ではない。より「分かりやすく」するための手段である。

 ところで、今回の記事の題名の「ランドルト環」というのは、視力検査の輪っかのことである。一般の人は、ほとんど知らないだろうし、筆者の私でさえ、30分前に知ったばかりの言葉である。

 あえて、こんな「分かりにい」言葉を用いたのは、いつも[分かりやすい」題名に慣れきっている読者に、刺激を与え、「いったい、何が書かれているのだろう?」という疑問をもって読んでもらいたかったからである。

 こんなことを書いていると、誰かのブログで、「筆者の独りよがり」と指摘されるかも知れない。






オプジーボの使用対象となる癌が増えれば 

 今年もノーベル賞の季節が近づき、ネット上でも、ノーベル賞を予測する記事を見かけるようになった。

 そんな中、ノーベル賞の受賞と関連銘柄の株価上昇を関連付けて論じる記事があった【2018年ノーベル賞候補から連想されるノーベル賞関連銘柄とは?】。
  

<4528>小野薬品工業
がん免疫治療薬の「オプジーボ」が業績に大きく貢献している薬価改定が逆風だが、オプジーボの使用対象となる癌が増えれば売り上げ増に期待できる。本庶佑氏ががん免疫療法研究の成果でノーベル医学生理学賞を受賞すれば注目度がさらに高まると考えている。


 気になるのは、「オプジーボの使用対象となる癌が増えれば」の部分である。

 まるで、癌が増えることを期待しているように、読めてしまう(実際、期待しているのかもしれないが・・・)。癌の増加という人の不幸を製薬会社の売上増、株価上昇を結びつける、拝金主義の塊のような記事に見える。

 善意に解釈すれば、「現状では、癌のすべてにオプシーボが効く訳ではなく、現在はオプシーボの使用対象となっていない癌の中から、将来的にオプシーボの使用対象となるものが出てくれば」という意味かも知れず、そうであれば、救済される患者の数の増加と製薬会社の売上増が連動するわけであり、結構なことである。

使用対象


 では、上記の【1】ではなく、【2】であることを、誤解の余地なく伝えるには、どうすするか。

<4528>小野薬品工業
癌免疫治療薬の「オプジーボ」が業績に大きく貢献している。薬価改定が逆風だが、癌のうち現在はオプジーボの使用対象となっていないものが、今後、使用対象となって行けば売り上げ増が期待できる。本庶佑氏が癌免疫療法研究の成果でノーベル医学生理学賞を受賞すれば注目度がさらに高まると考えている。


 少し長たらしい表現になってしまったが、誤ったメッセージを与えないためには、こうするしか、なさそうだ。

 簡潔な、引き締まった表現にしようと無理をすると、かえって、分かりにくい、誤解を招きやすい表現になるので、要注意だ。「分かりやすさ」とは別の価値を追求することによって、「分かりにくく」なる点については、これまでも、何度か述べている。

エレベータの開閉ボタン
「食間」とは
「分かりにくさ」の原因は、これだ

 なお、もっと簡潔で誤解の余地のない表現があると思われた方は、コメント欄で指摘してほしい。







原因は一つだけとは限らない

 相変わらず大活躍の藤井聡太七段だが、こんな記事があった【藤井聡太七段が木下七段を破り叡王戦予選2回戦突破 日刊スポーツ 2018.8.11】。

 叡王戦は、四段とか五段といった段位ごとに予選があり、それぞれの段位に割り当てられた枠の数だけの棋士が本戦に出場できるのだが、その予選に関する記事の一節が、これだ。

前期の四段予選は、梶浦宏孝(23)都成竜馬(28)佐々木大地(23)杉本和陽(26)と撃破。決勝トーナメント進出1枠の狭き門をクリアしたが、1回戦で深浦康市九段(46)に敗れた。七段昇段の今期は 進出3枠と門戸は広いが百戦錬磨のベテランぞろいで油断は禁物だ


 記事は、枠が四段のときの1枠から、七段になって3枠になったので、「門戸は広い」と言っているのだが、はたして、そうか?

 ある段に割り当てられた枠が多くても、その段に所属する棋士の数が多ければ必ずしも、「門戸は広い」と言えないはずである。

 そこで、【日本将棋連盟 叡王戦サイト】で、所属棋士数と枠を調べてみると、こうなっていた。

叡王予選


 確かに、藤井聡太棋士についてみれば、四段から七段になり、枠が1から3に増えて、競争倍率は、19倍(●)から12.7倍(▲)になって、門戸が広くなっている。

 けれども、それは、たまたま、四段から七段になって枠が増えたほどには所属棋士の数が増えはしなかった結果に他ならない。

 たとえば、今季の五段は2枠で倍率は11.0倍(△)だが、七段は3枠で12.7倍(▲)である。枠が多い方が倍率が高く「狭き門」となっているのである。

 上記の記事は、結論としての「門戸は広い」という部分に誤りはないものの、枠の数だけを理由にしている点で、論理的には、「誤り」と言わざるを得ない。

 門戸の広狭は、y=F(x,z)という複数の引数からなる関数であるにも関わらず、y=F(x)という1個の引数からなる関数、しかも、単調関数であると、誤解したことにある。

 これと同種の誤りは、以前の記事【マグネシウムは、41ミリグラム】で触れたのと同種の誤りである。

 こういった論理的誤りを目にするにつけ、最近読んだ【13歳からの論理トレーニング 】という本の「あとがき」に書かれていた一節を思い出す。

本書を一読した人は誰でも気づくでしょうが、日常生活における”論理”は、あまりにもいいかげんで、正しくないものばかりです。



 
 









背景と文字のコントラスト

 2年前の記事【性別によって変化するのか?】で、こう書いた。

「弁護士ドットコム」という、定価500円の月刊誌が無料で送られてくる。冒頭の「フロントランナーの肖像」という記事で、毎号、久保利明、宇都宮健児といった著名な弁護士を取り上げていて、それなりに面白い。


 単に面白い記事だけでなく、以下のように、実務にも役立ちそうな記事が満載である。
  ・ ネットトラブル最前線の実務家はどう対応?
  ・ [むち打ち症」で他覚的所見がない場合の算定基準

 毎月届く雑誌としては、日弁連の機関誌「自由と正義」があるが、届いたときに、ぺらっと目を通す程度で終わっているのだが、「弁護士ドットコム」の方は、毎号、1時間くらいかけて、じっくり読んでいる。

 ところが、「弁護士ドットコム」の記事を読もうとすると、デザイン、文章表現、様々な理由で、「分かりにくい」と感じることが多いのだ。

 読むに値する記事が掲載されているにも関わらず、いや、そうであるからこそ、というべきか、この「分かりにくさ」が非常に残念なのだ。

 一例を挙げると、雑誌が届いて最初に読む「フロントランナーの肖像」の冒頭の見開き頁が、こうなっている。

ドットコム-全体


 左中段の文字の部分を拡大すると、こうなる。

ドットコム-部分


 読めるだろうか。

 薄い空色の背景に白い文字。

 目をこらせば読めなくはないが、読者に苦行を強いるべきではない。

 背景色と文字色のコントラストの重要性については、これまでも、以下の記事に書いてきた。

 【黄色に注意
 【赤なら目立つという思考停止



 


ニューヨーク、イリノイ、パラグアイ、カリフォルニア

 夕方のテレビで、守谷慧氏の納采の儀が行われたというニュースが流れていた。

 納采の儀と言えば、先日は、納采の儀が延期になった小室圭君が国際弁護士の資格をとるためにニューヨークのフォーダム大学ロースクールに入学するためにアメリカに旅立ったというニュースもあった。

 「国際弁護士」という肩書きは、ときおり耳にするが、そのような資格はない。

 日本国内で活動する「国際弁護士」として考えられるのは、次の二種類である。

 【1】日本の弁護士資格を有する者
    ・外国の弁護士資格「も」取得し、
    ・その外国の法律に関わる法律事務「も」行う

 【2】日本の弁護士資格を有しない者
    ・外国の弁護士資格「を」取得し、
    ・一定の条件の下に法務大臣の承認を得て、
    ・「外国法事務弁護士」として登録し、
    ・その外国の法律に関わる法律事務「のみ」を行う

 専ら日本法しか扱わない(扱えない、扱うつもりもない)私には縁のない世界なのだが、「外国法事務弁護士」について興味半分でネット検索したところ、【GOH FOREIGN LAW OFFICE】というサイトを見つけた。

 そのサイトの中で日本で活動する外国法事務弁護士の数について、次のように記されていた。

日本国内に約390名の外国法事務弁護士がいます。もっとも登録が多い国は、アメリカ合衆国、イギリス、中国、オーストラリアです。そして、日本の外国法事務弁護士約390名のうち、約360名(約90%)が東京の弁護士会に所属しています。東京を離れると、その数は一気に減ります。東京に次いで外弁の数が多いのは大阪で、10名の弁護士が大阪弁護士会に外弁として登録しています。


 続いて、原資格国について、こう記されている。

外弁は、自身が弁護士資格を取得し法務経験を積んだ国を指定しなければなりません。日本国内の約390名の外弁のうち、アメリカ合衆国だけを見ると、最も多いのがニューヨーク州(約110名)で、次いで多いのがカリフォルニア州(約50名)です。


 次いで、大阪弁護士会に所属する外国法事務弁護士の内訳についても、説明がある。

大阪弁護士会会員の外弁10名の原資格国の内訳は次のとおりです(中国4名、米国ニューヨーク州3名、米国イリノイ州1名、パラグアイ1名、米国カリフォルニア州1名)。

 
 問題は、国、州の順番だ。米国イリノイ州の次にパラグアイがくれば、米国は、それで終わりだと思う。ところが、次が、米国カリフォルニア州となっており、予測が覆される。

 人数の多い順に書くのなら、それは、それで一応の合理性があるのだが、パラグアイもカリフォルニア州も1名である。パラグアイを先にする理由はない。

 以前の記事【いりこ、ドンコ、鰹節、昆布】【慣習には逆らわない】にも書いたが、事物を列挙する場合には、必然的な順番というものがある。その順番を崩すと、読者はストレスを感じるし、時には誤解することもある。

 ところで、米国の州の名前が続いているのに、パラグアイをカリフォルニア州より先に書くのは極自然な流れである。ことさら、順番を崩したのは、何らかの考えがあってのことではないか。

 そう思いながら、このサイトの管理人のプロフィールが、【GOH FOREIGN LAW OFFICE スタッフ紹介】に書かれていた。
 

米国カリフォルニア州弁護士会登録


 自らの原資格国がカリフォルニア州だからこそ、一番最後にしたのだろう。

 なんという謙虚さか! と思ったのだが、そういえば、英語で自分を含む複数人を列挙する場合は、"○○,○○,○○ and I "と言うと習ったのを思い出した。

 最後に、冒頭のニュースに関して、念のため、ネット上の記事にリンクをしておく。

朝日新聞 2018.8.12 絢子さまと守谷慧さんが「納采の儀」 婚約が正式に成立
朝日 2018.8.7 小室圭さん米国留学へ出発 「いってらっしゃい」に無言


「(スカイダイビングで)墜落。病院に搬送されたが、約1時間後に全身を強く打って死亡した。」

 ある事故の記事である。

8日午後2時ごろ、和歌山県白浜町でスカイダイビングをしていた和歌山市の会社役員の男性(48)が同町日置の道の駅「志原海岸」の駐車場に墜落。病院に搬送されたが、約1時間後に全身を強く打って死亡した。


「約1時間後に全身を強く打って死亡した」の部分が引っかかる。

「全身を強く打った」のは、いつ、どこでか。

 まさか、病院に搬送されて1時間後に大地震が起き、病院が倒壊して、その下敷きになり、「全身を強く打って」死亡した、という訳では、あるまい。

 「全身を強く打った」原因としては、通常、「墜落」である。ということは、「墜落の時点」「墜落の現場」で「全身を強く打った」のであろう。そして、病院に搬送され、約1時間が経過し、1時間前の全身打撲が原因で死亡したのであろう。決して「1時間後」「病院」で「全身を打った」わけではなかろう。
 
とすると、本来の時系列では、こうなる。
  墜落
  全身打撲
  搬送
  1時間経過
  死亡

ところが、上記の記事は、「全身打撲」の位置を「死亡」の直前に変更した。
  墜落
  搬送
  1時間経過
  全身打撲
  死亡

 その心理も分からなくはない。

 「死亡」の原因は「全身打撲」であるから、この二つを直結させる方が死因が明確になり、より「分かりやすい」と考えたのだろう。

けれども、事実は、時の経過に沿って記すのが大原則である。

 そもそも、人が文章を読むという作業を行うとき、文章に書かれている内容を具体的にイメージしながら追体験をしているのである。事実は、時の経過に応じて生起するのであるから、追体験すべき事実が、現実に生じたとの違う順番で記載されていたら、混乱するのは、目に見えている。

 では、どう書けばいいのか。以下の4つの文章を見比べてほしい。

【1】 ・・・墜落。病院に搬送されたが、約1時間後に全身を強く打って死亡した。
【2】 ・・・墜落。病院に搬送されたが、全身を強く打って約1時間後に死亡した。
【3】 ・・・墜落。病院に搬送されたが、全身を強く打っており約1時間後に死亡した。
【4】 ・・・墜落。全身を強く打って病院に搬送されたが、約1時間後に死亡した。


 【1】は、冒頭の記事【「まとめるのん」 2018/04/08(日) 22:10:46.53】であり、上記に述べたとおりの問題がある。

 【2】は、【1】の記事からリンクされている産経の記事【産経 2018.4.8 21:28】である。全身打撲が、「1時間後」よりも前になって、その限りでは時系列の逆転は部分的に解消されているが、「搬送」の後に「全身打撲」が来て、この点での時系列の逆転は解消されていない。

 【3】は、「打って」を「打っており」と、病院に搬送される前に全身を打っていたことを明示している点で、文法上は時系列の逆転はない。

 けれども、「打って」まで読んだ時点では、「搬送→全身打撲」と思い込み、直後に、「おり」を読むことによって初めて「全身打撲→搬送」の順であることが理解できるのであるから、「分かりにくい」ことに変わりない。

 【4】は、時系列に沿って事実を記載したので、一番自然で、分かりやすい。


-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 不思議なのは、上記の【1】の記事中では、【2】の産経の記事にリンクが貼られていることから、【1】は【2】を引き写したものと考えられるにもかかわらず、「全身打撲」「1時間経過」の順番が両者で異なる点である。)

 【1】の時刻は、「22:10」で、【2】の時刻は、「21:18」であることからも、【1】が【2】を引き写したものと考えるのが自然である。

 とすると、両者の違いが生じた原因は、次の二つが考えられる。

  ・【2】をコピーして貼り付けたのではなく、自分でタイプしたので、間違った。
  ・【1】の筆者が、意図的に、順番をかえた。

 さらに穿った見方をすると、次のような可能性もある。

 もともとは、産経の記事も、【1】と同じだった。
 【1】の筆者は、その産経の記事をコピーをした上で、記事を書いていた。
 ところが、記事を書いている最中に、何らかの事情で、産経が記事の内容を書き換え、改めて、【2】を、ウェブサイトにアップした。
 その後、そのようなことはさ知らない【1】の筆者が、元の産経の記事の内容のまま、自分の記事をアップした。

 ここまで読まれた読者の方の中には、「よく、こんな、どうでもいいことを、あれこれと考えるな」という感想を持たれた方もいるかも知れない。

 確かに、上記の記事だけに限定して言えば、「どうでもいい」と言えるかもしれない。

 でも、「どうでもいい」と思われることでも、疑問に思ったことは徹底的に考えておくことが、将来、似たような状況で、「重大な問題」に直面したときに、何らかの役に立つかも知れないのである。

 SNS の発達で、ネット上で、孫引き、ひ孫引きの情報が飛び交う中で、情報の真偽、情報の意味を正確に把握することは、困難ではあるが、必要不可欠となっている。その際に、上記のような、「どうでもいい」ことを徹底して探求しておくことにより培われた「情報基礎体力」とでも言うべき能力が、役に立つはずである。






様々な色のイメージ

 色には各々に特有のイメージがある。情報発信に際しては、そのイメージが利用されることが多い。たとえば、お馴染みの、車に付ける初心者マークだ。

 
色-1

 植物の葉は、緑→黄色→茶色と変化する。そこで、人の年齢、習熟度、時の経過などを表すために、この3色が利用されることが多い。

 昨日の記事【群雄割拠の将棋界を俯瞰する】では、将棋棋士を世代により色分けしたが、この応用例の一つだ。

 ただ、緑、黄色、茶色の3色では、4世代を色分けすることは不可能だ。そこで、一番若い世代を、水色にした。「半分、青い。」ということだ。

 昨日の記事に限らず、これまで、このブログでは、様々な場面で、色の持つイメージに触れている。ざっと思い出すだけでも、以下のとおりだ。



グラデーションのフェイント】では、白黒の濃淡を人口の増減に対応させた。

色-2




色使いは、こうする】では、九州から北海道までの地域を、寒暖のイメージの色と結びつけた。

色-3




「予測」に基づく行動は危険】では、まさに、信号機の色を利用した。

色-4




色分けに注意】では、例えば、男女の別が話題となっているところで、赤や青の色を不用意に使うと、その色の持つイメージによって、思わぬ誤解を生じかねないことを指摘した。

色-5





群雄割拠の将棋界を俯瞰する

 藤井聡太七段の活躍で将棋人口が急増しているという【スポーツ報知 2018.8.7】。

 このブログでも、将棋関連の話題が多くなったが、今日は、将棋ファンの皆さんのために、羽生一強の時代から、8大タイトルを8人の棋士で分け合う群雄割拠の時代になった将棋界を俯瞰する「分かりやすい」表を、お届けする。

 将棋に興味のない方も、一々解説はしていないが、「分かりやすく」表現するために、徹底して考えた結果の表である。どういう点で「分かりやすく」なっているのか、じっくり、観察した上で、ご自身で表を作る際に参考にしてほしい。「使える」と思ったら、そっくり真似していただいて結構である。 

棋士一覧-25


● 原則として姓のみ表示したが、同姓が複数いる場合には、おおよその慣行に従って記載した。 

● 掲載基準は、年齢区分ごとに、以下のように、順位戦のA級在籍経験とタイトル獲得挑戦経験・棋戦優勝経験を考慮した。

棋士一覧-22


 最初の表に戻るが、A級とB級1組の間、タイトル獲得と挑戦の間の境界線は、他の線よりも太くしている。左上の区分(現A級、かつ、タイトル獲得経験あり)の棋士は、誰もが認めるトップ棋士だろう。 

 このような二次元の表にすることによって、タイトルは獲れたのにA級には上がれない、逆に、A級には到達したが、タイトルは獲れない、といった棋士の特徴が一目で分かるはずだ。

 

交通機関の子ども料金  

 大抵の交通機関では、子供料金が設定されている。

 小学生は半額、幼稚園児は大人が同伴の場合は無料、といった具合だ。

 では、幼稚園児が単独で乗車する場合はどうなるか、京阪バスの説明では、こうなっていた【京阪バス 幼児の無賃運送について】。

京阪-1


 「幼児」の欄を見ると、冒頭に「大人または小児の同伴者1名につき」と書かれており、以下、同伴する幼児の数により場合分けされている。

 では、そもそも、「同伴」ではなく、幼児が「単独」で乗車する場合は、どこに書いてあるのか?

 ぱっと見では、どこにもない。念のため、「同伴」の場合の説明を丹念に読んでいくと、「幼児3人目」の説明の最後に「単独」での乗車の説明が隠れていた。

 以下の赤いマーカーをいれた部分だ。

京阪-3


 情報を分類したり、見出しをつけたりするのは、「分かりやすく」するためである。

 ところが、この表は、冒頭に「同伴の場合」に限定するかのようなことを書いていながら、その中に、「単独の場合」を紛れ込ませているのだ。その結果、「単独の場合」の情報を求めている人は、まさか、「同伴の場合」の中に、その情報が隠れているとは思いもよらないから、分かりにくいのだ。

 おそらく、表の作成者には、幼稚園児が単独で乗車することなど例外中の例外であり、頭の中になかったのだろう。

 ところが、3人以上を同伴する場合には、3人目からは小児運賃がいるという説明を書いた際に、幼児の単独利用の場合の説明を付け足そうと考え、「同伴」の場合の説明の中に「単独」の場合の説明を紛れ込ませる、上記のような表になったのだろう。

 この京阪電車のサイトは、上記の一般的な説明の下に、「運賃の支払方法の組み合わせ」と題して、様々な乗車パターンについて、料金がどうなるのかという解説があり、利用者に具体的に理解してもらおうという姿勢がうかがえ、この点では非常に好感が持てる。

 なお、同じ京阪グループなのだが、上記の「京阪バス」とは別の「京阪京都交通」の頁では、もう少し分かりやすくなっている【京阪京都交通 運賃区分】。

京阪-4


-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 冒頭の京阪バスの表だが、念のため、インターネット・アーカイブで調べてみると、次のようになっていた【インターネット・アーカイブ 2014.7.1 京阪バス 運賃の支払方法一覧】。

京阪-6


 「同伴」の場合と「単独」の場合が明確に区別されており、一目瞭然である。なぜ、ことさら分かりにくい現在の表に変更されたのか不思議である。


-- 【追記 2018.8.9】 ----------------------------------------------------------------------

 あと気になるのが、幼児を同伴する場合の「無賃」という表現である。

 一般に「無賃」という言葉が単独で使われることはなく、「無賃乗車」という複合語として使われる。そのため、「無賃」という言葉自体に、なにか「不正」の響きが感じられる。

 ここでは、「無料」という言葉がふさわしい。社内の用語としては「無賃」なのだろうが、一般の人に向けての情報発信であり、世間一般の人が違和感なく受け入れられる言葉を使うべきである。

 この点、以前の記事【酉取県、誕生】弁護士費用における「報酬」と「報酬金」の使い分けにも通じるものがある。



続きを読む

照会先から要求された場合に戸籍関係書類を提示する

 本日の素材は、神奈川新聞の【県弁護士会に賠償命令 個人情報、不当漏えい地裁】という記事である。

 神奈川弁護士会が、会員弁護士から相続事案の調査を目的する照会の申し出を受け、横浜市の造園業者に、ある女性側との取引の有無などを照会したのだが、その際、女性と家族の戸籍謄本を添付して造園業者に文書を送付たという。

 その女性がプライバシーの侵害だとして弁護士会に対し損害賠償を求めたところ、裁判所は弁護士会に賠償を命じたのだが、その判決理由について、記事では、次のように書かれていた。
 

石橋裁判長は判決理由で、造園業者から戸籍謄本の確認を事前に求められていなかった点などを挙げ、「必要がないのに個人情報を第三者にみだりに開示した」と認定。同弁護士会が同年12月、照会先から要求された場合戸籍関係書類を提示するよう自主的に運用を改めた点からも、約半年前の今回の照会時点で同様の対応を取ることは十分に可能だったとした。


 上記の引用文の「照会先から要求された場合戸籍関係書類を提示する」の箇所は、直接的には、下記の【1】を言っているのだが、言外の意味として【2】を含むものと考えられる。

  【1】 要求された場合かっな  提示する
  【2】 要求されなかった場合  提示しない

 そして、引用文中の「同様の対応」というのが、【1】ではなく、【2】であることは、文脈から明らかである。

 だとすれば、表現としても、【1】だけでなく【2】を含むこと、いや、むしろ、【2】に主眼があることが分かるような記載にすべきである。具体的には、「限り」を挿入すればよい。

石橋裁判長は判決理由で、造園業者から戸籍謄本の確認を事前に求められていなかった点などを挙げ、「必要がないのに個人情報を第三者にみだりに開示した」と認定。同弁護士会が同年12月、照会先から要求された場合限り戸籍関係書類を提示するよう自主的に運用を改めた点からも、約半年前の今回の照会時点で同様の対応を取ることは十分に可能だったとした。


 これで違和感なく読むことが可能である。



 
 




「ただし」は安易に使わない

 この3月に藤井聡太六段と杉本昌隆七段の師弟対決が話題となった【毎日新聞 藤井六段、師弟対決に勝利 王将戦予選】。師弟対決については、将棋連盟の規約で、次のように定められている【よくある質問 師弟戦】。

トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
ただし、二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。


 「ただし」というのが引っかかった。

 「ただし」というのは、通常、「原則に対する例外」を示すものである。

 ただ、あくまでも、「通常」そうだ、というだけで、前に述べたことに対して、補足的に条件を付す場合にも、用いられる。

被告アントーニオの心臓の肉を切りとってもよい。
ただし、一滴も血を流してはならない。


 お馴染みの「ベニスの商人」で、裁判官に扮したポーシャが、返済約束を果たせなかったアントーニオの心臓の肉を証文に従って切り取ることを認めるように求めた高利貸しのシャイロックに告げた言葉だ。

 けれども、将棋連盟の規定の「ただし」は、いずれの使い方とも違う。 

  ● 原則に対する例外
  ● 前に述べたことに対する条件

 他にも、「ただし」を使う場合がないか考えてみたのだが、こんな例もありそうだ。

遠足のおやつは、一人、300円までです。
ただし、バナナは、おやつには含みません。


 バナナは、「おやつ」に含むようにも思われるが、含まないという解釈も成り立ちそうである。そんな場合に、バナナは「おやつ」に含まない、ということ明確に宣言するために、「ただし」と言っているのである。

 この用法は、一般化すると、こういうことになる。

  ● 前に述べたことの解釈が分かれる場合に、その一方を採用する

 将棋連盟の規定の「トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。」というのは、明確で、解釈が分かれる余地もなく、この用法にも、あてはまらない。

 結局、将棋連盟の規定は、「ただし」と言うべきでないところで、「ただし」と言ってしまったのである。

 読み手としては、「ただし」と書かれている以上、一次予選の1回戦でも、例外的に師弟戦が行われることがあり、それが、どのような場合かが書かれているのではないかと、予測して、次を読むことになる。

 けれども、「ただし」の後に書かれているのは、一行目に書かれていることの当然の帰結であり、一次予選の1回戦では師弟戦は行わない、という原則は、そのままであり、予測を裏切られてしまうのである。

 ここでは、「ただし」ではなく、「言うまでもなく」が相応しい。
 

トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
言うまでもなく、二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。



 「言うまでもなく」というのは、「普通の理解力のある人なら、上記に述べたことの意味は、当然に正確に理解できるだろうが、中には、誤解する人もいるかも知れないので、念のため、述べておくが」ということである。





 





近江鉄道バスで佐川美術館前下車約30分 時の流れに逆らわない

 滋賀県守山市にある「佐川美術館」の交通アクセスの説明文に、こう書かれていた。

近江鉄道バスで佐川美術館前下車約30分


 交通の便の悪いところとは聞いていたが、「バスを降りて、この殺人的な猛暑の中を、30分も歩くのか?」という疑問が湧いて来て、美術館に行く気力が萎えてしまいそうになった。

 けれども、バス停の名前は、「佐川美術館前」となっている。「○○前」と名付ける以上、そこから30分もかかるというのも常識外れである。地図【佐川美術館 交通アクセス】を眺めているうちに、「そうだ、30分というのはバスに乗っている時間のことか」と、ようやく気づいた。

佐川


 こんな場合、普通は、こんな順番で表現する。
 

【1】 近江鉄道バスで
【2】 約30分
【3】 佐川美術館前下車


 バスに乗り込み、30分経過し、下車する、時間の流れのとおりであり、ごく自然に頭に入る。

 ところが、冒頭の表現は、こうである。
 

【1】 近江鉄道バスで
【2】 佐川美術館前下車
【3】 約30分


 「下車」のあとに「30分」と書かれており、時間の流れが逆なのである。これが誤解の原因だ。

 つい2日前のブログ【気を緩めると誤解を招く】でも、「できごとを、時間の流れと逆に書くから、誤解を招きかねないのである。」と書いたばかりである。

 私自身も、ときおり、前に書いた文を補足しようとして思って、時間的には、前のことを付け足してしまっていることに気づくことがある。

 もちろん、時間の流れとは逆に書いていても、
  ・文脈から明らかに時間の前後が分かる場合
  ・時間的な前後を明示した場合
は、誤解されないのであるが、

一般的には、時間の流れに沿ったほうが頭に自然に入るのであるから、時間に逆行するのは極力、避けるべきである。


グラフを利用した印象操作

 法科大学院の相次ぐ廃止で、司法制度改革の失敗は覆い隠しようがないのだが、これを失敗と受け止めず、なんとか小手先の「改革」で乗り切ろうとする動きがある。

 その中核ともいえるのが法曹養成制度改革顧問会議なのだが、最高裁判所の審議官が会議に提出した資料を見て唖然とした。

 改革論議の前提として司法修習生の声を集約しているのだが、下記の設問に対する回答のグラフが、凄いのだ【第18回 法曹養成制度改革顧問会議】。

資料3-2 導入修習の実施結果について(最高裁判所) 最終頁

   導入修習のカリキュラムのうち,必要性を感じなかったもの,内容や構成が不十分と感じたものの有無



導入修習-1

 導入修習に満足していない者(赤色)は、数字の上では、14%、つまり、約7分の1なのだが、グラフ全体に占める赤色の面積は、10分の1にも満たないように見える。

 なぜ、そうなっているかというと、二つの理由がある。

   【1】 扇形の要の部分が楕円の中心ではなく、少し、上になっていること
   【2】 円柱の側面が、導入修習に満足している者を示す色と同じく、緑色に塗られていること

 こういった「騙しのテクニック」を使わずに、単純な円グラフで表現すると、次のようになる。

導入修習-2


 かりに、導入修習に対する不満が少なく見えるようにとの意図のもとに上記の円柱グラフを作成したのであれば、改革議論の前提となる事実認識をねじ曲げるものであり、許されることではない。

 仮に、そうだとすると、「働き方改革」の法案審議において杜撰な労働実態調査が利用されたことや、森友問題の国会審議の裏側で交渉記録が改竄されていたこと等にも通じるもので、司法も、ここまで堕落したのかと驚かざるを得ない。
 
 いや、仮にも裁判官である。事実をねじ曲げてまで議論を都合よく誘導するなど、ありえないことだろう。

 だが、そうだとすると、歪んだ円柱のグラフが真実をねじ曲げるものであることに気づいてないということになる。そんな人たちが、事実を認定して判決を書いているとすれば、それは、それで、問題である。

 なお、グラフを操作して印象をねじ曲げる手法については、以前のブログ【「分かりやすさ」と情報操作】にも書いたので、参照されたい。

-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 上に掲げた円柱のグラフについては、そもそも、質問自体にも、問題がある。

 「不必要・不十分と思ったもの」の存否を尋ねているのだが、不必要と思ったものはあるが、不十分と思ったものはない、という者(下記の表の【1】)や、その逆の者(表の【3】)は、どう答えればいいのだろうか。

導入修習-3


 そもそも、「不必要」であれば、既存の内容の削除を検討すべきであり、「不十分」であれば、既存の内容の充実を検討すべきである。このように、検討すべきことが全く逆方向であるのに、それを一緒くたにして質問をすることに、どれほどの意味があるのだろうか。

 たとえば、「醤油砂糖」で味付けした料理について、醤油や砂糖を、それぞれ増減すべきか否かを検討するのに、「辛過ぎたり、甘すぎたり、しましたか」という質問をしても、何の意味もないのと同じである。醤油の増減は、「辛かったか」という質問が必要だし、砂糖の増減には、これとは別に、「甘かったか」という質問が必要なのである。


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 弁護士として、どうすれば、効率よく、的確に、情報を取得・提供できるか、ということを常に考えています。

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 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

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