24時間営業をやめた店舗の半数が大都市圏に集中

 近所のコンビニの「アルバイト募集中」の貼り紙が色褪せている。

 24時間営業の店は人手の確保に大変なようだ。

 今朝の新聞で、【脱24時間コンビニ400店超 人手不足の都市郊外に集中 チャートは語る 2020.2.23 日経】と言う記事を読んだ。

 記事には、24時間営業をやめた店舗が大都市圏に集中していることを示すデータとして、次のようなグラフが掲載されていた。

 
脱24時間営業

 これを見れば、確かに、24時間営業をやめた店舗の半数が大都市圏に集中していることが分かる。

 だが、そもそも、コンビニ自体が、大都市圏に集中しているのだから、24時間営業をやめた店舗が大都市圏に集中するのは当たり前のことである。

 コンビニ自体の大都市圏への集中度よりも、24時間営業をやめた店舗の大都市圏への集中度が特別に高いのであれば、特筆すべきことであるが、コンビニ自体の集中度を示さなければ、記事としての意味はない。

 何らかの主張に数値が根拠として示されている場合、その数値だけでは主張を裏付けられない、といった論理飛躍は、このブログでも度々取り上げてきた。

 今回の記事とともに、そのような記事を一覧できるようにしたので、【こちら】を、ご覧いただきたい。

大学院浪人の滞留の理由  根拠になる数字、ならない数字

 【京大が10年ごとにノーベル賞受賞者を輩出する理由 2018.10.9 JBpress】という記事の一節だ。

京大(特に理学部)は留年率が高く、8回生まで居残る者も多かった。1学年約300人に対して、理学部物理学の修士課程の枠は当時26人しかなく、“大学院浪人“がどんどん溜まっていくからだ。


 “大学院浪人“が溜まる理由として掲げられた事実は、以下の2点である。

 A. 理学部の1学年 300人
 B. 理学部物理学の修士課程の枠 26人

 だが、京大理学部には、物理以外にも、数理科学、地球惑星科学、生物学、化学といった専門分野があるのだから【京都大学 理学部案内】、300人全員が物理学を専攻とするわけではない。

 例えば物理専攻が20人なら、物理学の修士課程には余裕で合格するわけであり、“大学院浪人“など生じる余地はない。

 厳密には、他大学出身者が京大の大学院修士課程を受験することもあるので、単純には「余裕」とは言えないのだが、少なくとも、上記のAは、理由としては無意味な事実である。

 これまでも【「論理の飛躍」に関する記事】を多く書いてきたが、今回の素材と同様に、前提となる数字を取り違えたことが原因となっているものが、ほとんどである。

 裏を返せば、表面的な数字に囚われて論理の飛躍を冒しているのである。

 数字は一見すると客観的なものであり、数字が出てきた段階で思考力が麻痺してしまうのが原因なのかも知れない。

 根拠として数字が出てきたときは、その数字が結論を導くに当たって本当に意味のある数字なのか否か、常に考える必要がある。

合併した町村の方が人口減が加速? 過去の数字も視野に入れて考える

 【合併した町村、加速する過疎 日弁連、旧町村と隣接自治体比較 2019.11.7 朝日新聞デジタル  】という記事があり、具体例として、次のような図が載っていた。

人口減少率-1


 2005年から2015年にかけての人口減少率が、2005年に長野市に合併した旧大岡村地域は、30.9%、合併しなかった生坂村は、14.7%であることを根拠に、合併した旧大岡村の方が人口減少が加速している、と結論づけているのである。

 確かに、合併後の人口減少率を比べれば、旧大岡村の方が大きいが、それだけで「人口減少が加速」と言えるのだろうか。

 「人口減少が加速」というためには、それ以前の人口減少の状況を見なければならないはずだ。

 たとえば、こんなふうになっていたら、どうだろう。

人口減少率-2

 旧大岡村は、人口減少率は、10ポイント少なくなって、人口減少は「鈍化」しているのに対し、生坂村は、人口減少が約3倍に「加速」しているのである。

 似たような話はいくらでも考えられる。

 A塾の生徒は、点数が20点伸びたが、B塾の生徒は、点数が15点しか伸びなかったとする。

 この場合も、A塾がB塾よりも優れていると結論づけるのは早計である。

 仮に、A塾の生徒は、A塾に入る前には、30点伸びていたが、B塾の生徒は、B塾に入る前には、逆に30点、点数が落ちていたとしたら、どうだろう。

 比較する場合は、現時点の数字だけ比べるのではなく、過去の数字も比べなければならないということである。

 それにしても、マスコミの検証能力の低さには目を覆いたくなる。


東大生の過半数がリビングで学習  それが、どうした?

 【頭がいい子の家のリビングには必ず「辞書」「地図」「図鑑」がある】の23頁に、こんな記述がある。

 近年の傾向を分析してみると、独立した個室よりもリビングで勉強していた子のほうが、学力をつけ、難関中学を突破。ひいては、いい高校、いい大学へ進学していることがわかってきました。
 それは実際のデータにも表れています。ある調査によると、東大生の半数以上が子どもの頃、自室ではなく家庭のリビングで学習をしていたという統計結果が出たそうです。


 この「論理」の誤りは、熱心な読者なら、すぐに分かったことだろう。

 例えば、こんな具体例だと、どうだろう。
 
リビング

 東大生のうち、個室で学習した者とリビングで学習した者の割合は、1:2 であり、一見すると、リビングの方が学習環境として優れているように見える。
 
 リビングで学習した者のうち東大生は、4÷80✕100=5%、個室で学習した者のうち東大生は、2÷20✕100=10%である。この例だと、学習環境としてリビングより個室の方が優れていることは明らかだろう。

 この種の論理の飛躍は、【割合の比較の落とし穴】で指摘したように、これまで何度となく登場している。

死者が出たロンドンマラソンより札幌は危険?

 今日の素材は、昨日の記事【札幌なら大丈夫なのか?  グラフの目盛りを揃える】の以下の記述である。
 

話は戻るが、札幌でも、8月7日の9時には25度を超えている。多くのランナーが倒れ、死者まで出たという2018年のロンドンマラソンの24.1度【ロンドンマラソン参加レポート &M 2018.5.11】を上回っているのである。

東京よりはましとはいえ、8月の日本でマラソンを行うこと自体、無謀な試みなのではないか


 問題点は、2つある。

  【1】 死者が出たことをもってロンドンマラソンが危険であったとしたこと  
  【2】 ロンドンマラソンが危険なら札幌で行うオリンピックのマラソンは、より危険だとしたこと

 【1】 ロンドンマラソンの死者の意味

 人口1000人あたりの死亡率は、7.91人である【世界・人口1千人あたりの死亡数ランキング(CIA版)】。

 2018年ロンドンマラソンの参加者数は、4万人を超えている【Wikipedia】。

 そこで、4万人のうちの何人が特定の1日に死亡するかを計算すると、

   40000 ✕ 7.91 ÷ 1000 ÷ 365 ≓ 0.87  となる。

 人口4万人の町なら、ロンドンマラソンの日に亡くなる人が1人くらいいても、全然おかしくないのである。

 従って、ロンドンマラソン参加者のうち一人が亡くなったとしても、マラソンが原因とは言い切れないのであり、ロンドンマラソン自体が危険なレースであったとは言えないのである。

 【2】 ロンドンマラソンと東京オリンピックを比較することの妥当性

 ロンドンマラソンは、広く一般市民に開かれた大会である。他方、東京オリンピックは、頂点を極めた、スポーツ界のエリートだけが参加する。

 一般市民の体力をもってすれば、ロンドンマラソンが危険なレースであったとしても、鍛え抜かれたオリンピック代表選手にとっても同様に危険なレースであるとは言い切れないはずである。


 そもそも猛暑の8月の日本でマラソン競技をすること自体が危険であるという結論を正当化するために、札幌より気温の低いロンドマラソンで死者が出たという記事に飛びつき、論理を緻密に積み重ねることを怠ったことが、昨日の記事の誤りである。

 結論に対する思いが強いと、このような論理の飛躍を起こしてしまうのは、【老舗企業は小規模企業? 全体を見なければ意味がない】に書いたとおりである。 

割合の比較の落とし穴

 割合を比較する際に冒しやすい論理の飛躍について、いくつか記事を書いてきた。

  【オーケストラは理系のサークル活動?
  【割合の単純比較は、危険 シートベルト不着用の危険性
  【老舗企業は小規模企業? 全体を見なければ意味がない
  【割合の単純比較は、危険  高齢者の孤独死

 それぞれで図解をするなどしてきたのだが、どれも、原理的には同じ問題である。そのことが分かるような図を書いてみた。

 ぱっと見ただけでは理解しにくいかもしれないが、文章で補足説明をしたところで、結構、長い文章にり、論理を追っていくのも大変だと思う。

 それよりも、図を見て、じっくり考えて頂いた方がいいだろう。

割合比較-1


割合比較-2


 上記の4つの記事のうち「オーケストラは理系のサークル活動?」については、上記の図で取り上げなかったが、他の3つと全く同じように考えることができる。

  

割合の単純比較は、危険  高齢者の孤独死

 今朝のテレビ(羽鳥慎一モーニングショー)で、高齢者が家を借りるのが困難になっているという話を取り上げていた。

 家主の多くが高齢者の孤独死を懸念するのが原因の一つだという。

 これに対して、番組では、以下のグラフを示して、孤独死は高齢者に限った問題ではないと述べていた。

孤独死-1

 だが、これで、高齢者の孤独死に対する懸念を払拭することができるのだろうか?

 次の図で考えてみよう。

孤独死-3


 冒頭の円グラフは、下の図の灰色で囲った部分だけを取り上げてグラフにしているのだが、孤独死をした単身者の数のみを取り上げても、全体は見えてこない。

 高齢の単身者のうち孤独死した者の割合と、高齢でない単身者のうち孤独死した者の割合とを比較して、それが同じだと言うのでなければ、高齢者の孤独死に対する懸念を払拭することは不可能である。

 実際は、65歳以上の単身者と65歳未満の単身者の数は、概ね、1:3である【厚労省 単身世帯の年齢別割合と年齢階級・性別にみた原因別単身世帯数】から、孤独死した者の数が同じなら、高齢者は、高齢でない者に比して、孤独死の可能性が約3倍あるということになる。

 そうすると、「高齢者の孤独死」に対する家主の懸念は、一応の事実の根拠に基づくものだということになる。
 
 高齢者の賃貸住宅への入居が困難であるという問題は、そういった事実を前提にした上で、解決の道を探るほかはない。 

 ここで指摘したのと同じ問題は、以前の記事【割合の単純比較は、危険 シートベルト不着用の危険性】でも、取り上げた。 
 



夏が終わってないけど「この夏最高の気温」  「この夏」概念の相対性

 「大学生のための知性を磨く哲学と論理」(千代島雅)という本がある。

 素材となる文章を最初に示して、事実認識、論理展開、価値判断などを検証する作業を通じて、知性を磨いてもらおう、という趣旨の本である。

 その本の第30問の素材として、次の文章が掲載されている。

6月5日のニュースで次のように言っていた。「今日はよく晴れて気温が上がり、東京の最高気温は、32℃になりました。これは東京におけるこの夏最高の気温です。」


 どこが批判されなければいけないのか、色々考えてみたのだが、何が問題なのか分からない。

 そこで、読み進めたのだが、こう書かれていた。

(6月から8月までを夏とすれば)6月5日はまだ夏が始まったばかりである。したがって、当たり前であるが、8月の末までに32℃を越える日がありうることはほぼ確実である。それにもかかわらず、6月5日に記録された32℃を「この夏の最高気温」と見なすのは明らかにおかしい。


 思わず、「小学生か!」と思った。

 自分の小学生の頃を振り返ると、この類いの疑問を親や先生にぶつけて面白がっていたのだが、大人になってみれば、いかにも子どもじみた疑問であり、大人になって口にするのは恥ずかしいような「疑問」である。

 ・ 「親子どんぶり」って言うけど、本当に鶏と、その鶏が産んだ卵を使ってるの?
 ・ 「きつねどんぶり」って言うけど、どうしてキツネの肉がはいってないの?
 ・ レストランで「私はカレー」と言う人がいるけど、人が食べ物の訳はないんじゃないの?
 ・ 「今日はもう動けない」と言いながら、トイレに行ったよ。「動けない」というのは嘘なの?

 冒頭のニュースで、「この夏最高の気温」というのは、明示されていないものの、「今年の夏が始まって本日に至るまでの最高の気温」ということであり、大多数の大人の視聴者は、そう受け止めるはずである。

 小学生の子どものいる家庭で、このニュースを聞いた子どもから、「まだ、夏は終わっていないのに、最高気温なんておかしいよ」という疑問を投げかけられたら、いい機会である。

 そんな機会を利用して、どんな概念でも意味は一義的に決まっているのでなく、発言のなされた時点、場所、その他の情況を踏まえて、その意味を確定しなければならない、ということを、教えるべきであろう。

 「大学生のための」と銘打っている本で、「小学生並みの」疑問に遭遇するとは、思いもよらなかった。著者には、このブログを読んで、ぜひ、自らの知性を磨いてほしいものである。

----- 追記 2019.6.21 -------------------------------------------------------------------

 冒頭の例で、「本日に至るまでの」と付け加えたとすると、その方が、よっぽど鬱陶しく聞こえる。「いわずもがな」のことを書くべきでないのは、以前の記事に書いたとおりである。 

 【「昨日、大阪で研修会があり、その研修会に出席しました。」


「国の地震予測地図はまったくアテにならない」は、本当か?  予測の検証は、予測期間の終了後でなければ不可能

 【「地震は予知できない」という事実を直視せよ 国の地震予測地図はまったくアテにならない 東洋経済ONLINE 2016.4.28】という記事に次の一節がある。

そのハザード・マップを、実際に起きた大地震と重ね合わせてみると衝撃的な事実がわかる。今後30年のうちに震度6弱以上の地震に見舞われる確率が極めて高いとされている、南海・東南海・東海地方や首都圏では、1990年以降死者10人以上の地震は起こっていない。実際に起きた震災は、比較的安全とされた地域ばかりだった。この地図はハザード・マップではなく、“外れマップ”と呼ぶべきだ


地震予測-1

 一読して、我が目を疑ってしまった。

 記事で「ハザードマップ」ではなく「外れマップ」だと非難されている地図は、全国地震動予測地図の2014年版である。

 2014年に発表された30年間の地震動予測の地図の上に、1990年以降に実際に起きた地震の場所を書き込んだ上で、「比較的安全とされた地域」で大規模地震が起きているとして、「外れマップ」だと非難しているのだ。

地震予測-2

 そもそも、2014年に発表されたのは、2014年から30年間の予測地図である。予測が外れたか否かは、30年後、2043年末に、2014年から2043年の間に実際に起きた地震と比べて、初めて判断しうることである。

 予測の対象となった2014年~2043年でなく、2013年以前の実際の地震を引き合いに出すことに、何の意味もない。

 「予測の評価」について、競馬の予測を例に考えてみよう。

 たとえば、自分の好きな馬26頭(A~Z)の中で、6月後半のレースについて、KとTが優勝すると予測したとしよう。

 他方、6月前半には、AとBが優勝していたとする。

 この場合、予測にはAもBも入っていないという理由で、この予測を「外れ」という人はいないだろう。「外れ」か否かは、6月末にならなければ、誰にも分からないはずだ。

地震予測-5

 冒頭の主張は、予測期間の終了前に、予測期間の前のできごとを根拠に予測が「外れ」だと主張しているものであって、小学生でも理解できるレベルの、根本的な誤りである。

 地震学者である筆者も、東洋経済の編集部も、そんなことが分からないのだろうか。

----- 追記 2019.6.4 ------------------------------------------------------------------- 

 集中豪雨の予測の例を競馬の予測の例に差し替えた。

 元の集中豪雨の予測の例は、こうなっていた。
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 より身近で、現実のものとして理解しやすい、集中豪雨の予測を例に考えてみよう。

 18時の時点で、18時から24時までに、大阪、東京で集中豪雨が起きるという予測が発表されたとする。12時から18時の間に、広島と岡山で集中豪雨が起きており、他方、予測には、広島、岡山が入っていなかったからといって、この予測が「外れ」だとは誰も言わないはずである。

 
地震予測-3

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 なお、念のため付言するが、私は、国の地震予測地図はアテに「なる」と主張しているわけではない。

 ただ、アテに「ならない」という記事の根拠が論理的に成り立たないことを指摘しただけである。

 

老舗企業は小規模企業? 全体を見なければ意味がない

 以下に引用するのは、「逆接の法則」56頁で老舗企業と企業規模との関係について書かれた一節だ(読みやすくするために、若干の整形を施している)。

・ 100年以上続く老舗企業の売上高を見てみよう。・・(中略)・・5億円未満の中小・零細企業が全体の約7割を占めていたのだ。
・ 従業員数別では ・・(中略)・・ 「300人以上」は全体の3.4%にとどまった。
・ 東証など国内証券取引所に上場する老舗企業は・・(中略)・・長寿企業全体の2%弱しかなかった。
これらのことから、規模を大きくしない方が実は長続きするのではないか、という推測も生まれてくる。


 要するに、売上高、従業員数、上場企業か否かという指標から、老舗企業には小規模のものが多い、従って、規模を大きくしない方が企業は長続きする、という「推測」をしているのだが、論理として飛躍している。

 老舗企業中における、売上高5億円未満の企業の割合、従業員「300人以上」の企業の割合、上場企業の割合が、それぞれ数値で示されているが、全企業中における割合も同時に示されなければ、割合の多寡を論じることは不可能である。

 ちなみに、全企業数は400万弱【転職グッド 大企業・中小企業の定義と企業数、従業者数】、上場企業数は4000弱【日本取引所グループ 上場会社数・上場株式数】であり、全企業に占める上場企業の割合は、約0.1%である。そうすると、老舗企業中の上場企業の割合が2%というのは、その20倍であり、むしろ、老舗企業の方が一般に規模が大きいという、正反対の結論が導かれる。

 ここで述べた論理の飛躍は、【オーケストラは理系のサークル活動?】【なぜ、一部の数字だけで納得できるのか】【割合の単純比較は、危険 シートベルト不着用の危険性】で述べたのと全く同質のものである。

 この本の著者である西成活裕氏は、数理物理学の専門家で、道路の渋滞や企業の生産活動などの領域に数理物理的手法を導入して社会実験を行うなど、様々な社会問題を論理的かつ実証的に解決しようと取り組んでいる気鋭の学者である。

 同氏の「渋滞学」「誤解学」「逆接の法則」などを読んだが、書店に溢れているビジネス書を100册読むよりも、この3册を読む方が遙かに有意義であり、もっと、こういった人が出てくればいいと思っている。

 それだけに、上記の論理の飛躍を目にしたときは、少し、がっかりしたのだが、優れた研究者でも、規模が小さい方が企業は長続きするという思い込みが強いと、「論理」ではなく、その思い込みを強く印象づける数字にのみ目を奪われて、論理の飛躍をしてしまうのだ。

 文章を書くときには、自分の思い込みで書いていないか、論理的に飛躍がないか、常に検証しなければならないということを、再認識した次第である。

----- 追記 2019.2.13 -------------------------------------------------------------------
 
 素材を提供していただいた著者の方に、この記事のことをお知らせしたところ、1時間もしないうちに、誤りを率直に認められて、今後は気を付けたい旨の、お返事をいただいた。

 なかなかできないことであるが、こうありたいものである。

 先日亡くなった梅原猛氏は、古代史に関する自説に対する批判を徹底的に検証した上で、自説の誤りを認めて、『葬られた王朝』という本まで書いたことで、一層、評価を高めた。

 けれども、自説の誤りが分かったら、それを改めるというのは、当たり前のことである。とはいえ、当たり前のことでも、当たり前にできないのが大多数の凡人であり、だからこそ、当たり前のことを当たり前にする人が評価されるのである。

 なお、昨日の記事に若干の字句の訂正や文字の修飾を施している。

 


根拠として十分かを検証する 「毎年20人前後しか通過できない狭き門」

 史上最年少棋士、藤井聡太四段の誕生以来、将棋関係の記事を目にすることが多くなった。今日も、【ネット将棋「謎の強豪」正体は藤井聡太 感動さえ与えた 朝日 2018.11.8】という記事があり、そこに、こんな一節があった。

日本将棋連盟のプロ棋士養成機関「奨励会」の入会試験は、全国の将棋の秀才が挑んでも、毎年20人前後しか通過できない狭き門だ。


 何の問題もない記事のように見えるだろうか。

 「全国の将棋の秀才が挑んでも、毎年20人前後しか通過できない狭き門だ。」というのだが、入会試験を受けるのが仮に25人程度だとしたら、8割が合格できるのであり、決して「狭き門」ではない。

 調べてみると、今年は、「関東は48人中20人、関西は30人中11人が合格した。」【岩手から2人、成るぞプロ棋士 同時に将棋奨励会合格 岩手日報 2018.8.25】ということで、4割弱の合格率である。

 もともと地元では、みな「天才少年」だったわけで、それでも4割弱しか合格できないということであれば、「狭き門」と言ってもいいかもしれない。

 ここから、話を抽象化する。

 一般に、事実Aと事実Bの双方が認められて初めて結論が導けるという場合があるが、事実Aだけを書いて、直ちに結論を導いている例が多いのである。

命題


 このような論理飛躍をしてしまう原因としては、以下の二とおりが考えられる。

【1】 事実Bは、自分にとっては当たり前のことなので省略してしまう。
     上記の記事

【2】 結論を導くのに事実Bが必要だと言うことを理解していない。
     具体例
       【オーケストラは理系のサークル活動?
       【マグネシウムは、41ミリグラム
       【原因は一つだけとは限らない

 【2】の間違いは、まともな論理的思考力があれば、冒しようのない間違いである。他方、【1】の間違いは、「自分が知っていることは誰でも知っている」と思いがちなため、注意しないと、誰でも、つい冒してしまい勝ちなものである。







 

  

オーケストラは理系のサークル活動?

 ノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑氏が学生時代に京大オーケストラでフルートを演奏していたことが話題となっているが、これに関連して、指揮者の篠崎靖男氏が、こんな一文を書いている【Business Journal オーケストラは理系出身者が多い?】。

 今回、本庶氏のノーベル賞受賞の報に接して、3年前に同楽団の指揮をした際のプログラムを引っ張り出してきてメンバー表を見てみると、驚くことに気付きました。なんと、100名くらいいるメンバーの3分の2が、理系なんです。そのなかで医・薬学部は10名くらいいます。特になぜか管楽器パートは理系の占める割合が高く、楽器によってはほぼ理系で占められています。オーケストラは理系のサークル活動と言えることは確かです。 


 篠崎氏が自ら指揮をしたことのある京大オーケストラのメンバー表を根拠に、「オーケストラは理系のサークル活動」という結論を述べているのだが、何とも牽強付会な理論である。どこが変なのか、根拠としてあげられている個々の事実を順に見て行こう。

【1】 100名くらいいるメンバーの3分の2が、理系

 そもそも、京大の学部学生の中で理系の割合が、どれくらいなのかを示さなければ、意味がない。

 理系の割合が1割なら、オーケストラメンバーの3分の2が理系ということから、「理系のサークル活動」と言ってもいいだろう。
 
 けれども、逆に、理系が9割なら、1割の文系の学生が、オーケストラの3分の1を占めているのだから、むしろ「文系のサークル活動」ということになる。

 実際に京大のウェブサイト【データで見る京都大学 学部学生数】で調べてみると、こうなっていた。なお、「メンバーの3分の2が、理系」というのは、「3年前」のメンバー表が根拠となっているので、学生数は、2015年度の数字である。

理系i-2-barchart-2

 真ん中あたりの「総合人間」学部は、文系と理系とに分かれるのだが、統計表には各区分の人数が載っていなかったので、理系には入れていない。

 このように少なめに見ても、理系が、65.9%、概ね3分の2である。

 学生数に占める理系の割合も、オーケストラメンバーに占める理系の割合も、ともに3分の2なのだから、オーケストラは、理系文系、いずれか一方に親和的なサークルとは言えない。

【2】 医・薬学部は10名くらい

 医・薬学部の学生は、以下のとおり、全体の12.9%である。 

医薬系-2-2

 これに対して、オーケストラ100人中10人くらいが医・薬学部と言うのである。学生全体に占める医・薬学部生の割合より、若干、少ないのであり、どちらかと言えば、オーケストラは、医・薬学部生には「非親和的」という、筆者の主張と反対の結論が導かれる。

【3】 管楽器パートは理系の占める割合が高い

 管楽器パートは理系の占める割合が高いというのなら、当然のことながら、その反面、打楽器、弦楽器など他のパートでの理系の占める割合が低くなっているはずである。管楽器パートの話だけで、オーケストラは理系サークルというのは、とんでもない飛躍である。

【4】 楽器によってはほぼ理系で占められている

 特定の楽器の担当が全員理系だとしても、オーケストラは理系サークルという結論が出るはずもない。

---- 追記 2018.10.8 --------------------------------------------------------------------

 そもそも、篠崎氏の主張の前提となったのは、京大オーケストラのメンバー表である。

 仮に、京大オーケストラについて「理系のサークル活動」という結論が導かれたとしても、全国の大学のオーケストラ一般が「理系のサークル活動」と言える訳ではない。

---- 追記 2018.10.9 --------------------------------------------------------------------

 仮に筆者が一橋大学(商、経済、法、社会の文系学部のみ)のオーケストラのメンバー表を見たら、全員が文系であり、「オーケストラは文系のサークル活動」ということになるのだろうか。

---- 追記 2018.12.5 --------------------------------------------------------------------

 読者からの指摘により、学生数の表を入れ替えた。変更箇所が一目で分かるように、新旧の表を並べてみた。

理系-2  理系i-2-barchart-2
 
 蛇足になるが、一応、変更箇所と変更理由を記載する。

 ● 表題を加えた。 (表の前の文章を読めば何のグラフか分かるのだが、表を見ただけでも分かるようにした)
 ● バーチャートを加えた。 (数字だけの場合と比べて、格段に分かりやすくなる)
 ● 数字を3桁区切りにした。
 ● 結論として主張したい箇所を赤い太文字で強調した。 (とにかく、結論を見てもらうことが大事)

----- 追記 2020.6.2 -------------------------------------------------------------------

 気になったので、【オーケストラの楽器編成】という記事を書いた。


 

髪染め強要訴訟を巡る、場外乱闘?(松井大阪府知事×米山新潟県知事)

 少し、込み入った話だが、まずは、次の記事を読んでほしい。

生まれつき頭髪が茶色いのに、学校から黒く染めるよう強要され不登校になったとして、大阪府羽曳野(はびきの)市の府立懐風館(かいふうかん)高校3年の女子生徒(18)が約220万円の損害賠償を府に求めた訴訟は27日、大阪地裁で第1回口頭弁論が開かれた。生徒側は「黒染めの強要は、生まれつきの身体的特徴を否定し、人格権を侵害する」と主張。府側は「適法だ」と反論しており、生徒指導としてどこまで許されるかが争点になりそうだ。
                                          【毎日新聞 髪染め強要訴訟 2017.10.28


 この件に関し、大阪府の松井知事と新潟県の米山知事の間でツイッター上で論争があり、そこで、米山知事が、こう述べていた。

 私が引っかかったのは、生徒に髪染めを求めた行為が「違法である」と松井知事が考えるのなら、「請求を認諾」すればよい、という「論理」である。

 まず、予備知識として、説明すると、「請求の認諾」とは、裁判で請求された内容(例えば「金220万円を支払え」など)を認めて争わないという意思表示である。

 髪染めを求めた府立高校の教師の行為が、「違法である」と考えたとしても、「原告の主張する損害額は大きすぎる」と考えた場合は、「請求の認諾」をするのではなく、「損害額」のみを争い、その点に関する裁判所の判断を求めるのが、被告として取るべき態度である。

認諾-2

 米山知事は、「違法である」と考えたのなら、「請求の認諾」をすべきである、との主張をしているのだが、「論理の飛躍」としか言いようがない。

 AとBという2つの命題が肯定されて、初めて、Xという命題が肯定される場合、ともすれば、Aが肯定されただけでXという命題を肯定してしまうという誤りは、よく見かける。

 米山知事は、東大医学部を卒業し医師資格を有し、かつ、司法試験にも合格し弁護士資格も有している【Wikipedia】のだから、「論理的な思考」の訓練は人並み以上に積んでおり、実際、論理的思考力も一定の水準以上であることは、誰も否定できないだろう。

 そんな人でも、こういった「論理の飛躍」を起こしてしまうのである。

 だからこそ、自らの論理を常に検証する努力が必要なのである。

 なお、断っておくが、ここで述べたことは、松井知事の肩を持ちたいからでは、決してない。あくまでも、論理の問題としての指摘である。

  本日の要点  

  A + B → X    のとき
  A → X      とする誤りに、気をつける。

割合の単純比較は、危険 シートベルト不着用の危険性

 今朝のテレビで、また、「論理の飛躍」としか言いようのない番組があった。

 どの局の何という番組かも覚えていないのだが、シートベルト着用を呼びかける番組だった。

 番組の中で、こんな円グラフが出ていた(一瞬の記憶に基づく再現なので、数字は、若干、不正確である。また、デザインも若干、変更している。)。

 交通事故の死亡者の中で、シートベルトを着用していた人と、着用していなかった人の割合を円グラフで表現したものである。

ベルト-1


 このグラフを見て、着用・25%、不着用・70%という数字から、シートベルトを着けないと、3倍も危険なのだ、と思った人は、番組の狙い通りである。

 でも、その判断は、正しいのだろうか。

 検証のため、こんな例を想定してみよう。

 ① 事故に遭った人が、全部で、100人
 そのうち、
   ② 着用者が、10人
   ③ 不着用者が、85人
   ④ 不明が、5人

 ⑤ 上記①のうち、亡くなった人が、全部で、20人
 そのうち、
   ⑥ 着用者が、5人
   ⑦ 不着用者が、14人
   ⑧ 不明が、1人

 そこで、①~⑧の情報の全てを図にすると、以下の図になり、⑤~⑧の情報だけを円グラフにすると、冒頭の円グラフとなる。


(小さい正方形1個が、1人である)
ベルト-3


 亡くなった人の中での着用者、不着用者の割合を比較したのが、冒頭の円グラフであり、また、百個の正方形からなる上の図の下2段の部分である。

 けれども、亡くなった人の中での着用者、不着用者の割合を比較しても何の意味もない。

 たとえば、日本国内の全犯罪者に占める暴力団員の割合と一般人の割合を比べると、一般人の割合の方が大きいのは常識で分かることである。だからといって、一般人は暴力団員よりも犯罪を起こしやすい、という結論にはならない。

 比較すべきは、暴力団員のうちの犯罪者の割合と、一般人のうちの犯罪者の割合なのである。

 シートベルト着用の安全性の問題も同じであり、意味のあるのは、下記の数字である。

 ⑨ 着用者のうち、亡くなった人の割合は、50% 【 5÷10×100 】 
 ⑩ 不着用者のうち、亡くなった人の割合は、16.5% 【 14÷85×100 】

 結局、 着用者、不着用者、それぞれの死亡率を比べると、着用者は不着用者の3倍ということになる。
       【 ⑨÷⑩ = 50÷16.5 = 3.04 】 

 そもそも、最初のグラフの情報だけで、シートベルトの不着用が危険だという結論を下すことは、「論理的に不可能」なのである。

 にもかかわらず、死亡者に関する情報(上の大きな正方形の下2行)だけを根拠に、シートベルト不着用が危険だという判断を示したのが、この番組である。

 番組製作者は、こんなことも分からないほど、論理的思考力がないのだろうか。

 あるいは、そんなことは十分承知の上で、視聴者に、シートベルトを着用しないと危険だと感じてもらうために、あえて、このグラフを掲載したのだろうか。だとすれば、視聴者もバカにされたものだが、残念ながら、視聴者のレベルは、その程度なのかもしれない。

 ところで、上のグラフは、エクセルで作成したものだが、エクセルのグラフ機能で単に円グラフを選択した場合、自動生成されたのは、次のグラフだった。

ベルト-3-2

 このグラフを自分で加工したのが最初のグラフである。

 作成にあたって、次のことに留意したので、その意味をかみしてめてほしい。

 ● 「凡例」をグラフと重ねて、一々、グラフと凡例の間を視線が行き来しなくてもすむようにする。
 ● 数字を記載する。
 ● グラフの色を鮮明なものにし、「不着用」を赤にして、危険を強調する。

 比較のため、二つのグラフを横に並べてみたので、じっくり、考えてほしい。

ベルト-3-2    ベルト-1


----- 追記 2019.8.23 -------------------------------------------------------------------

 本件と同じテーマを【割合の単純比較は、危険  高齢者の孤独死】で取り上げた。

  

マグネシウムは、41ミリグラム

 先ほどのテレビ【NHK「あさイチ」】で、「この夏のスーパーフード」として、ピタヤ(ドラゴンフルーツ)が紹介されていた。

 番組の冒頭で、マグネシウムや、ビタミンB1といった栄養素が、ピタヤ100グラムに、どれだけ含まれているかという表が画面に映し出され、ピタヤには、こんなに豊富に栄養素が含まれているという説明があった。

 説明のパネルに「マグネシウム 41ミリグラム」と書かれているのを見て、ゲストのタレントは、「本当に凄いですね」と感心していたのだが、私には、何が「凄い」のか、さっぱり分からなかった。

 そもそも、マグネシウム41ミリグラムと言われたところで、栄養士ではない普通の人間には、それが、どの程度のものなのか、皆目、見当がつかないはずである。

 調べてみると、1日当たり300ミリグラムというのが、厚労省が推奨している標準的な摂取量ということだった【マグネシウムの食事摂取基準】。

 また、ピタヤ1個あたりの可食部は約260グラムだそうで、そうすると、1個あたりのマグネシウム含有量は、約100ミリグラムということになる【カロリーSlism ドラゴンフルーツ】。

 結局、ピタヤ1個で、1日のマグネシウム必要量の3分の1を賄える、という計算になる。

 これだけの情報を踏まえて、初めて、「凄い!」と言えるのであって、41ミリグラムという情報だけで「凄い!」と言える人は、日々、感動することばかりで、さぞ精神的に充実した生活を送っているのだろうと羨ましく思えてくる。

 他方で、こんな断片的な情報だけで、さも凄いことのように感動している光景を見ていると、自分だけ感動の渦の中で取り残されているような気がして、少し寂しい気持ちになってくる。

 60年も前に、始まって間もないテレビ放送について、大宅壮一が、「1億総白痴化」と喝破した【Wikipedia「一億総白痴化」】のが、今さらながら的確な指摘であったと実感する。

 朝の忙しい時間帯に家事の合間にテレビを見ている人を相手にしている以上、きちんと論理立てた説明などしていられないというのが番組製作者の言い分なのかも知れない.。けれども、客観的には日々、視聴者から思考力を奪い取る結果となっているのであり、それで本当に心から満足できているのだろうか。

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 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

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