「職員の制裁」   可哀想な職員、あるいは、粗暴な職員

 少し古くなるが、【職員の制裁について】という、日本年金機構からの発表がある。

制裁

 コンビニなどで店員の対応が悪いとして客が店員に罵声を浴びせて土下座させたりといった事件が話題になっていたこともあり、私は、てっきり、年金の受給の件で年金事務所を訪れた高齢者が職員の対応に憤激して、手を出すとかしたのかと思った。

 けれども、「職員の制裁」とあるだけで、「職員に対する制裁」とは書いていない。

 ひょっとすると、「職員による制裁」かもしれない。

 つまり、職員の対応を非難する高齢者に職員が逆ギレして高齢者を突き飛ばすなどしたのかも知れないと考えたのだ。

 こんなふうに助詞の「の」は、「主体」を表す場合もあれば「客体」を表す場合もあるので、要注意だ。

 そんなことを考えつつ、実際の発表内容を見て、肩すかしをくらったような感じがした。

 年金事務所の所長が勤務時間の内外にツイッターで不適切な投稿を繰り返したので、処分したというのである。

 そういうことなら、「制裁」ではなく、「懲戒」という、より適切な言葉を使うべきだ。

 「懲戒」も「制裁」には違いないのだが、「懲戒」は組織が所属員に対して正規の手続に基づいて行う、という、より限定した意味を持っている。

 他方、「制裁」は、組織に限らず個人によって加えられる場合もあり、また、「私的制裁」という言葉もあるように、手続に則ったものであるか否かも問わない言葉である。

 従って、「制裁」と言われると、本来の「制裁」のうち「懲戒」に当たらないものを指して言っているように思うのだ。

 例えば、「動物」が畑を荒らして困る、と言う場合、その「動物」は、普通は、「人以外の動物」という趣旨で使われているのだ。

 もしも、実際に人が畑を荒らしているのなら、「動物」という広い概念を使わず、端的に「人」と言えばよいのだ。

制裁-1

 話は戻って、「職員の制裁」というのが公的機関で広く使われているのか調べてみた。

 すると、「職員の制裁」というのは、年金事務所や社会福祉事務所関係に限られ、官公庁、自治体など公的機関は、「職員の懲戒」という言葉を使用していた。

 とすると、「職員の制裁」というのは、旧厚生省の年金、社会福祉関係の部署で過去に使われていたのが、組織形態が変わっても、世間一般の用語法に流されることなく、連綿として受け継がれてきた「伝統文化」というべきかも知れない。

  本日の要点  

   助詞「の」は使わず、「に対する」「による」と表現する。 

   限定された意味を有する的確な言葉がある場合は、その言葉を使う。

高画質、高性能、高品質  表記のゆらぎ?

 エクセルの画像貼り付けのことで疑問があったのでネットで調べたところ、マイクロソフトのヘルプサイトに【Office で画像を挿入するときの既定の解像度を変更する】という記事があり、次のように詳しく書かれていた。
 
 問題の箇所をで囲っている。
画質設定-1

 解説の最初に2行の説明文があり、その下に実際の操作画面のキャプチャー画像(画面の一部を切り取った画像)が載っている。

 そこで、説明文とキャプチャー画像とを照らし合わせて操作手順を確認することになる。

 まず、説明文の「既定の解像度」というのをキャプチャー画像の中から探すことになるのだが、そこには、「既定の解像度の設定」と、微妙に異なる表現が使われている。

 さらに、説明文の「高画質」という言葉はキャプチャー画像にはなく、「高性能」という言葉がある。

 似通った言葉だが、「高画質」は画像に限った言葉であるのに対し、「高性能」というのは、画像に限らず、広く使われる言葉である。だが、説明文で「選択します」と書かれて、キャプチャー画像では、ドロップダウンリスト(マウスでクリックすると、その下に出てくる選択肢の一覧)に「高性能」とあり、他は、330ppiといった数字だけなので、「高画質」=「高性能」と解さざるを得ない。

 それはさておき、とりあえず、実際にエクセルを操作して説明通りに進んでいくと、こんな画面になった。

画質設定-3

 解説の画像ではドロップダウンリストの一番上の「高性能」と表示されるはずだった場所には、何と、「高品質」と表示されている。

 意味としては、同じようなものだし、他に、画像に関連したドロップダウンリストが出てきそうな所はないので、単なる「表記のゆらぎ」(「コンピュータ」と「コンピューター」のように、全く同じ対象を指しながら、一つの文章の中で微妙に違った表現をすること)と考えるほかはない。

 実際、今回のは「表記のゆらぎ」だったのだが、「表記のゆらぎ」ではなくて、似て非なる意味を持つ言葉だったと言うことも、ときにある。

 あるウェブサービスを利用したとき、「登録名」と「アカウント名」と言うのが出てきたので、別のものだと思っていたら、実は同じものだった、と言うことがあった。「表記のゆらぎ」に振り回されるのは、ユーザーの側である。

----- 追記 2019.9.20 -------------------------------------------------------------------

 注意深い人は気づいたかも知れないが、「定の解像度」と書くべきところが、「定の解像度」となっていたのに気づいて、早速、訂正をしたところだ。

 さらに、恥ずかしながら、「表記のゆれ」を批判していた記事の中で、まさに私自身が「表記のゆれ」(高画質とべきところを高解像とした)を冒していたので、それも訂正した。

 この程度の訂正は、一々断っていないが、翌日になって訂正することも、一つの記事について平均して、1,2箇所はある。

 もちろん、記事を書いた直後にも、編集画面から、実際の記事の閲覧画面に切り替えて読み直しているのだが、そういった作業を一つの記事について4,5回は行っている。

 そんなことをしていても、翌日になって、もう一度、見直すと、今回のような明らかな誤記を発見したり、文章のリズムが何となく読みにくく感じるとか、色々な理由で、訂正を行うのである。

 このブログの記事は、ある意味、なければないで、誰も困らない存在である。

 そんな記事ですら、上記のように何度も遂行を重ねているのである。

 だから、パソコンソフトの操作説明のように、それを必要とする人が何万人と存在するものについては、万全の態勢のもとに、何度も推敲を重ねているはずである。

 それでも、今回の記事で指摘したような「表記のゆれ」それも、高画質、高性能、高品質といった、3通りの「表記のゆれ」が放置されているのであり、人間の注意力の限界というものを、つくづく感じてしまう。

 いや、「人間の注意力の限界」などといったら、人間を作って下さった神様に申し訳ない。「人間の注意力の限界」ではなく、例えばアルバイトの翻訳担当者ひとりに任せっきり、といった、会社の態勢の問題に違いない。

 念のため、操作説明の英語版【English (United States)】を確認してみたのだが、高画質 高性能 のところは、High fidelity に統一されていた。

★管理人へのメールは、ここをクリック★

----- 追記 2019.9.21 -------------------------------------------------------------------
 
 「操作説明の英語版【English (United States)】を確認してみた」と書いたが、確認に至るまでの経緯について、【言語選択】という記事を書いた。




初期費用の15%程度かかる  年間で? 全体で? それとも

 今日の素材は、【【2019年最新版】システム保守の費用相場って?保守内容を理解して適正価格を知ろう】という記事だ。

システム保守契約の料金は、最終的には「どんなシステム保守をしてもらうのか」を明確にすれば、納得のいく金額が出て来ます。

ただ、最初の目安としては初期費用の15%程度かかることを想定しておいたほうが良いでしょう。

例えばシステム構築にかかった費用が500万円だった場合=年間75万円ということになります。
もちろん、これはあくまで目安ですので、システム保守内容によって費用は大幅に変動します。


 「15%」というのが、トータルで、すなわち、システムの一般的な利用期間を通じて合計で15%というのか、そうではなく、1年間で15%なのか、ということだ。

 もちろん、すぐ下に、「初期費用500万円」なら「年間75万円」と書いてあるのだから、1年間で15%というのだから、すぐに解消される疑問ではある。

 けれども、後ろを読めなくても、そこを読んだ時点で分かるように書くのが親切というものだ。

 著者にすれば、保守料金が、トータルで15%ですむ等ということは、ありえないことなのかもしれないが、読者にとっては、「ありえない」こととは限らない。そういう読者がいることも想定して、15%と書く時点で、「年間15%」と書くべきである。

 銀行でお金を借りるのに、金利1%と言われたら、安いと思うが、後から、「金利1%ですから、100万円で年間12%です」などと言われたら、騙された思いだろう。

 次は、これだ。

ここから、自社で行えることは自社で行うことで、項目をカットしていけば初期費用の10%程度かかり、標準的なシステム保守契約よりも増やす必要がでてくると初期費用の20%程度かかる、という感覚をもっておきましょう


 項目をカットしていくことで保守費用を低くすますことができる、ということを言いたいのだから、「10%かかり」ではなく、「10%ですませることができ」とすべきである。






右回り、左回り → 時計回り、反時計回り

 Japan Knowledge というサイトで、【日本語どうでしょう 「右回り」と「左回り」】という記事を読んだのだが、気になる点が、いくつかあった。

 第179回で「右開き」「左開き」について書いたが、「右回り」「左回り」もどちらの方向に回転するのか迷う人が多いことばかもしれない。


 「多いことばかもしれない」のところで、私は、「多いことばかもしれない」と読んでしまった。

 1文字ずつ読んで意味をとっていけば、「ことば」まで読んだところで「言葉」と認識するわけで、「ば」と「か」を繋げて読むことはないはずだ。

 けれども、文章を読むときは、数文字先まで視野に入れながら読むのが普通であり、視界に入った文字の連続の中から意味の通る塊を抽出して文章を理解しているのだ。その結果、上述のように、「ばか」と読んでしまったのだ。

 「多い言葉かもしれない」と漢字になっていれば、こんな先読みによる誤解は起こりようがない。

 次に引っかかったのが、次の一文だ。

 「右回り」は、アナログ時計の針と同じ方向に回る回り方であり、「左回り」はアナログ時計と反対方向に回る回り方である。


 引っかかったのは「アナログ時計の針」の部分だ。

 ここは、単に「時計の針」で十分だ。

 ここでも「先読み」の結果、「アナログ」を目にするのと同時に「針」も目に入る。

 「針」とくれば、「アナログ時計」に決まっている。それを、ことさら「アナログ時計」と書かれると、一瞬、「単なる時計の針」ではなく、「アナログ時計の」針に限定しているような錯覚にとらわれるのである。

 もちろん、デジタル時計には針はないのだから、ここで、「アナログ」と書いたところで、何も限定する機能はない。

 そうであれば、無駄な記載であり、単に「時計の針」と書けば足りる。

 無駄な記載と言えば、「日本弁護士連合会所属の弁護士」というのもある。

 日本の弁護士は全員が日本弁護士連合会所属なのであり、ことさら、「日本弁護士連合会所属」といえば、かえって、偽弁護士ではないかと、疑われかねない。

 次の素材は、これだ。

日時計は、固定した指針に太陽の光が当たってできる影の位置によって時刻を知るものだが、太陽は東から西に移動するので、できる影は西側から東側への移動、つまり「右回り」の移動となる。


 ひっかかるのは、「西側から東側への移動、つまり『右回り』の移動となる」のところだ。

 「西側から東側への移動」であれば、北側を通れば「右回り」、南側を通れば「左回り」になる。

 筆者の頭の中では、影は「北側を通る」というのは当然の前提であり、そんなことは書くまでもないと思ったのかも知れない。

 けれども、読者は、そうではない。

 そんなことは分かりきったことだ、という反論もあるかも知れないが、ここでは、わざわざ、日時計の影が西側から東側に移動することを説明しているのである。そのような説明が必要な人が読者なのである。「北側を通る」ということも言わなければ、ちゃんと理解してもらえないだろう。

 これと似た話だが、「京都の大文字の火送り」について、とある掲示板に次のような記載があった。

最初に「大」の文字に点火され、その後、西回りに、「妙法」「舟形」「左大文字」「鳥居形」と点火されて行く


 【KYOTOdesign】というサイトに分かりやすい図が載っている。

大文字

 大文字は、京都の中心の京都御苑から見て、ほぼ真東の「大」に点火され、次に、ほぼ真北の「妙法」、その後、順に、西の「舟形」「左大文字」と来て、最後に、ほぼ真西の「鳥居形」で終わる。

 最初に東西南北の、どこから点火されるのかも知らない人は、単に「西回り」と言われたら、北→西→南、あるいは、南→西→北、という点火順を思い浮かべるのではないだろうか。

 少しだけ知識があって、最初は東の「大」から始まることを知っている人は、「西回り」といわれても、戸惑うばかりである。東→北→西、なのか、東→南→西なのか、「西回り」という説明は何も語っていない。「北回り」あるいは「南回り」であって、はじめて、意味のある情報となるのである。

 何の知識もない人、ある程度の知識のある人を含めて、的確に伝えるには、「右回り」「左回り」という表現を用いるしかない。

 けれども、「右回り」「左回り」は取り違えている人が多いようなので、その心配のない「時計回り」「反時計回り」という表現の方がいいだろう。
 
----- 追記 2019.8.22 -------------------------------------------------------------------
 
 上の方に、こう書いた。

「針」とくれば、「アナログ時計」に決まっている。


 確かに、物心ついたときには、時計と言えばアナログ時計しかなかった時代の人間にとっては、そうだが、たとえば、藤井聡太君のように、デジタル機器に溢れた21世紀生まれの人にとっては、決して、「決まっている」とは言えないだろう。

 もちろん、彼らにしても、「時計の針」と来れば、アナログ時計であることは分からないはずではないのだが、いきなり、「時計の針」というのを見た場合、「時計」を目にした途端にデジタル時計を頭に描いていると、次の「針」を見て、一瞬の戸惑いを覚えることだろう。

 そう考えると、予め、「アナログ時計の」という説明を加えておいた方が、親切かも知れない。

 そういう意味で、「アナログ時計の針」というのも無駄な記載と決めつけるわけにはいかないだろう。

精華と業火

 京都アニメーション放火事件から、ひと月になろうとしているが、文春オンラインの【京アニ放火殺人事件 なぜ「原画サーバー」は奇跡的に焼失を免れたのか?】と言う記事の中に気になる表現があった。

サーバーは製作スタッフたちの手作業や情熱の精華である原画や絵コンテなどのデータを保存していたものと見られる。


 一瞬、「成果」の間違いではないかと思った。

 ただ、改めて考えてみると、京アニの作品が世界的にも高く評価されていること、また、「精華」という言葉も存在し、「物事の真価となる、最もすぐれているところ」(大辞林)を意味することからすると、ここは「精華」で間違いないような気もする。

 私が疑問を持ったのは、「成果」は毎日といってもいいくらいに日常的に目にする言葉であるのに対して、「精華」は、年に一度、見かけるかどうか、といった見慣れない言葉だったからだろう。

 だが、それだけが理由ではない。

 「精華」は、「京都工芸の精華」「フランス絵画の精華」といった用例【グーグルでの「の精華」の検索結果】に見られるように、一定の範囲の物の中で、とりわけ優れているものを指して使われる言葉である。

 そこで、元の文を見返してみると、「手作業や情熱の精華」となっており、「物」ではない。

 仮に、「手作業や情熱により作り出された物の精華」と言葉を補って理解すると、今度は、「手作業や情熱により作り出された物」の全てではなく、その中のとりわけ優れたものだけを指すことになり、これも不適切だろう。

 ここでは、やはり、「成果」がふさわしい。

 どうしても、「精華」という言葉を使いたければ、次のように表現すべきだろう。
 

京都アニメーションの作品は日本のアニメーションの精華ともいうべきものであるが、サーバーは製作スタッフたちの手作業や情熱の成果である原画や絵コンテなどのデータを保存していたものと見られる。



 次に気になったのが、以下の表現だ。

青葉容疑者がぶちまけたガソリンに引火した火の玉は、現場に最も早く到着した57歳の指揮隊長をして「経験したことがない」と絶句させたほどの業火となって3階建て約690平方メートルをほぼ全焼した。


 「業火」も、あまり見かけない言葉だが、【大辞林 第三版】によれば、以下のように解説されている。

ごうか【業火】
① 罪人を焼く地獄の火。
② 悪業が身を害することを火にたとえていう語。
③ はげしい火災。


 著者が①や②の意味で使ったのであれば、東日本大震災のときの石原慎太郎の天罰発言【日経 2011.3.15 石原都知事、「天罰」発言を撤回し謝罪 】と同様、とんでもない話である。

 では、著者が③の意味で使ったのだとすれば、どうだろうか。

 読者の誰もが、そう受け取るとは限らないし、遺族や被害者の心情を考えれば、ここで紛らわしい言葉を使うべきではないだろう。

 また、実際に③の意味で使った後に、①や②の意味で受け取った人々から批判されて、「ここでは③の意味で使ったのだ」と反論しても、「ご飯論法」【15歳で司法試験に合格した中学生  ご飯論法、2パターン】と受け取られてしまうだろう。

 多義的な言葉を使う場合、他人を傷つけるような意味がないのかを慎重に検討しなければならない、と言うことである。


 さらに、次の表現も気になった。

さらに室内の位置も重要だと伊藤氏は続ける。


 文脈からすると、「室内にあったサーバーの位置」という意味なのだが、「室内の位置」では、言葉足らずである。

15歳で司法試験に合格した中学生  ご飯論法、2パターン

 講談社のサイトに【15歳で司法試験に合格した中学生も!天才少年「その後の人生」】という記事がある。

 うっかりすると、「凄い!」と思うし、実際、「凄い!」と思わせるのが狙いだろう。

 今の制度になる前は、司法試験は、一次試験と二次試験に分かれており、一次試験は一般教養の試験であり大学の教養課程を修了していれば免除されていた。

 二次試験を受ける者の大半は大学の3年生以上であり、一次試験に合格した上で二次試験をうける者は、数えるほどしかいなかった。

 だから、「司法試験」と言えば普通は二次試験のことを指した。

 冒頭の記事の見出しは、「司法試験」としか書いていないので、中学生が合格したのは二次試験だと思うのが普通である。ところが、記事の中身を読むと、中学生が合格したのは二次試験ではなく一次試験だと書かれている。

 出版社の側は、合格したのが司法試験であることは間違いないのだから、見出しは嘘ではない、というのだろう。

 だが、こんなことを繰り返していると、そのうち、「どうせ、あの出版社だから」と思われるようになるだろう。そんな信用の低下と引き換えにしてでも、当面の閲覧数を稼ぎたい、ということだろう。

 このように、ある言葉にAB二通りの意味がある場合、どちらの意味であるかを明らかにせずに、その言葉を使い、Aだと思わせておいて、あとで、都合が悪くなると、AではなくBの意味で使ったのだと居直る論法を「ご飯論法」という【文春オンライン 池上彰「WEB 悪魔の辞典」】。

 ただ、一口に「ご飯論法」といっても、以下の2パターンある。

意味の  縮小
意味の  拡張


の2パターンである。

ご飯論法-3

 冒頭の司法試験の例は、もちろん、意味の拡張のパターンである。

 くれぐれも、騙されないようにしてほしい。












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「時間泥棒」仕置人 (改称予定)

Author:「時間泥棒」仕置人 (改称予定)
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 玉石混淆の情報が溢れる社会の中で、効率よく、的確に、情報を取得し、提供するには、どうすればいいのか、ということを常に考えています。

 ところが、そんなことには無頓着な人も多いようで、読者に対する配慮の一欠片もない文章を目にすることがあります。

 難解な文章で読者の貴重な時間を奪ってしまう人達のことを、「時間泥棒」と名付けました。

 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

 記事を読んで、自分も「時間泥棒」かな、と思ったら、早速、改めて下さい。また、あなたの廻りに「時間泥棒」がいたら、あなたの力で立派に更生させてあげて下さい。

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