新人王戦・トーナメント表

 一昨年の将棋の【新人王戦のトーナメント表】の一部だ。

 
新人王戦・表-1

 決勝に進出した二人が、決勝まで勝ち上がった経緯が分かるよう、赤い線が描かれている。

 藤井七段のところを、決勝から遡って行くと、このようになっている。

新人王戦・表-2

 よく見ると、赤い線が、古森四段のところから延びている。

 間違った原因は、二人とも、名前の最後の三文字が「太三段」であること、その前の文字が「心」を含んでおり、混同したのだろう。

 人の注意力の危うさについては、以下の記事にも書いた。
 
    【薇薔、蝠蝙、拶挨
    【あざいお市マラソン

 

三段リーグ対局表

 将棋のプロ棋士になるには、原則として、半年単位で行われる三段リーグで上位2人に入らなければならない。

 三段リーグの対局は、関東(東京・将棋会館)、関西(大阪・関西将棋会館)で行われるが、東西同日に行われる場合もあれば、数日、日をずらして行われる場合がある。

 今季の対局はコロナウイルスの影響で、まだ行われていないが、【日本将棋連盟のサイト】には、こんな対局予定表が載っている。

三段リーグ-1

 表の上に日付が並んでいるのを見ると、4月18日だけ東西同日に対局が行われ、あとは東西で別の日に行われるように見える。

 ところが、日付を一つずつ確認していくと、5月23日は、同日対局であり、他にも同日対局のケースがあることが分かる。

 誤解を避けるには、同日対局のときは、日付欄を区分せず、そこに日付をひとつだけ書けばよい。
 
三段リーグ-2

 こうなっていれば、同日対局の日は一目瞭然である。

----- 追記 2020.5.18 -------------------------------------------------------------------

 連盟のサイトが、同日対局のときも日付欄を上下に区切って、それぞれに同じ日付を記載したのは何故だろうか。

 考えられるのは,将来の変更をしやすくするためである。

 同日対局だったのが、東西一方の日付が変更になった場合、最初から区切られていたら、変更になった日付だけを変更すればよいが、区切られていなかったら、改めて区切りを入れて、変更になった日付を記載しなければならず、一手間ふえることになる。

 そうだったら、最初の4月18日の欄だけ区切られていないのは何故だろうか。

 日にちが経てば様々な事情が生じて変更される可能性が増していくが、最初の日だけは直近であり、「変更はありえない」と考え、この日だけは区切りを入れなかったのかも知れない。

 ところが、コロナウイルスの感染拡大に伴い、結局は、変更せざるを得なくなったのだから、その判断は、結果的に「誤り」ということになるだろう。

37.5℃以上の発熱の場合、またコロナウイルス感染と似た症状が見られる場合には、可能な限り対局延期

 緊急事態宣言の延期の発表を受けて、将棋連盟が【公式戦における対応】を発表しているが、こんな記載がある。

 対局室に入る者の咳エチケットや手洗い、アルコール除菌等の徹底を行うとともに、当日朝の検温において37.5℃以上の発熱が認められる場合、また発熱がなくとも新型コロナウイルスの感染と似た症状が見られる場合には、可能な限りの対局延期をいたします。


 引っかかるのが、「可能な限り」の対局延期である。

 37.5℃以上の発熱がある場合も、「可能な限り」の対局延期であり、対局を行う場合もあるのだろうか?

 大学などでは、37.5℃以上の発熱の発熱の場合、無条件に登校、出勤を禁止しているようであり【慶應大学】【東京外国語大学】、おそらく、将棋連盟も、「常に」延期するのではないだろうか。

 そういう趣旨なら、こう書くべきである。

 対局室に入る者の咳エチケットや手洗い、アルコール除菌等の徹底を行うとともに、当日朝の検温において37.5℃以上の発熱が認められる場合は常に、また発熱がなくとも新型コロナウイルスの感染と似た症状が見られる場合には、可能な限り対局延期をいたします。


折田は関東屈指の若手棋士で、棋王位挑戦中の本田奎五段と対戦した   読点の位置

 以前にも紹介したが、【松本博文のシーク&ファインド】は、将棋界の話題を広く取り上げて、関連事実を含めて詳細に解説しており、将棋ファンなら必見のサイトと言える。

 その中の【あきれるほど将棋の強いYouTuberアゲアゲさんが棋士になるまで(1)斎藤慎太郎少年と折田翔吾少年】という記事に、こんな記載があった。

 折田は関東屈指の若手棋士で、棋王位挑戦中の本田奎五段と対戦した。


 折田は本当は関西の棋士なのに、この記載では、関東の棋士と誤解されかねない。

 誤解を避けるには、こう書けばいい。

 折田は、関東屈指の若手棋士で棋王位挑戦中の本田奎五段と対戦した。



 

詰め将棋解答選手権上位者の色分け

 コロナウイルスの影響は将棋界にも及んでおり、【松本博文のシーク&ファインド】に【藤井聡太七段(17)5連覇中の詰将棋解答選手権 コロナウイルス感染防止のため本年開催中止】という記事が出ている。

 この記事に、歴代の選手権の上位者の一覧表が掲載されている。

詰め将棋-1

 プロ棋士だけでなく、プロ棋士の養成機関である奨励会の会員やアマチュア棋士も活躍していて、それぞれ色分けされているのだが、どちらも淡い色の奨励会員アマチュア棋士の区別がつきにくい。
 
 背景色を奨励会員アマチュア棋士のように濃くするか、背景色をそのままにして次のようにアマチュア棋士青い枠で囲めば、識別は容易になる。

詰め将棋-3


女流棋士の昇段 成績と実績の違い

 先日、【引退棋士・フリークラス棋士の昇段規定  決めるのは誰だ?】という記事で、【将棋連盟の昇段規定】のことを書いた。

 昇段規定には、「七段昇段後公式戦190勝」といった形式的な基準のほかに、「抜群の成績」といった判断の分かれる基準もあることを紹介したが、「棋士」だけでなく「女流棋士」の昇段規定にも、同様の「判断の分かれる」基準があった。

【1】 引退棋士・フリークラス棋士については、年数などを加味して昇段することがある。
【2】 抜群の成績を挙げた場合は、理事会にて審議の上、昇段を決定することがある。
【3】 女流六段以上 抜群の成績と実績を理事会で審議の上決定することがある。


 「成績」と「実績」は、どう違うのか、分からない。

 女流棋士は勝負の結果だけでなく、男性の棋士に比べて普及活動などでの活躍が期待されており、それを「成績」とは区別して「実績」と呼んでいるのかも知れない。

 そういうことなら、「対局成績」と「普及実績」と端的に表現すればいい。

 あと、各規定の後半部分に注目してほしい。

【2】 抜群の成績を挙げた場合は、理事会にて審議の上、昇段を決定することがある。
【3】 女流六段以上 抜群の成績と実績を理事会で審議の上決定することがある。


 一方は「理事会にて」他方は「理事会で」と異なった表現となっている。

 また、「審議の上、昇段を決定」と「審議の上決定」と、一方は、「昇段」とあるが他方はない。

 なお、「審議の上」の後に読点「、」を付ける方がよいのは、ずっと以前の記事【検察官A出席の上審理し、次のとおり判決する。】でも触れたとおりである。

 なお、補足するが、「棋士」は男女誰でもなれるが、実際には、女性で「棋士」になった者はいない。「棋士」とは別に「女流棋士」という制度も存在するが、これは、当然、女性に限るもので、人数は、「棋士」の3分の1程度である。

 現在、西山朋香女流三段が、女性初の「棋士」になれるか否か、注目されている【過去の例では14勝4敗はほぼ昇級ライン 西山朋佳三段(24)は2連勝して初の「女性棋士」となれるか? 2020.2.18 松本博文】。

引退棋士・フリークラス棋士の昇段規定  決めるのは誰だ?

 2年前、藤井聡太四段が僅か4か月のうちに五段、六段、七段と昇段して話題になった【藤井聡太六段、史上最年少で七段昇段 船江六段を下す 2018.5.18 asahi.com】。

 具体的な昇段年月日と昇段理由は、【Wikipedia】 によれば、以下のとおりである。

2016年10月1日 - 四段(プロ入り)
2018年2月1日 - 五段(順位戦C級1組昇級)
2018年2月17日 - 六段(五段昇段後全棋士参加棋戦優勝 - 第11回朝日杯将棋オープン戦)
2018年5月18日 - 七段(竜王ランキング戦連続昇級)


  【将棋連盟の昇段規定】には、例えば、「七段昇段後公式戦190勝」で八段に昇段するといった昇段の基準が定められており、それに該当すれば、自動的に昇段する。

 他方で、形式的な基準では律しきれない場合があることを想定して、規定には、こんな柔軟な定めもある。

【1】 引退棋士・フリークラス棋士については、年数などを加味して昇段することがある。
【2】 抜群の成績を挙げた場合は、理事会にて審議の上、昇段を決定することがある。


 昇段の基準は「年数など」あるいは「抜群の成績」と、人によって解釈の分かれる余地のある「基準」となっているので、その時点での「誰か」の具体的な判断が必要となってくる。

 そこで、規定を見返してみると、【2】は、「理事会にて審議の上、昇段を決定」と書かれているが、【1】は誰が決定するのか書かれていない。

 明らかに規定の不備である。

 おそらく、規定【1】が先に作られ、後日、規定【2】が作られる際に、より精緻な上記の規定になったのだろう。その時点で、同時に規定【1】も見直せばかったのだが、そこまでは気が回らなかったということだろう。




藤井聡太、七段チョコレート

 昨日もらったゴディバのチョコレートは、あっという間に食べてしまった。

 二段重ねのチョコレートだったら今日もチョコレートを食べられたのに・・・、などと考えていたときに、こんな記事を目にした。

羽生善治七冠達成、藤井聡太七段チョコレート300個 将棋界におけるバレンタインデーの記録


 思わず、藤井聡太君ともなれば、熱狂的なファンから七段のチョコレートをプレゼントされるのか、羨ましいな、と思ったのだが、全くの誤解だった。七段は、チョコレートを修飾しているのではなく、藤井聡太君の肩書きだ。

 普通に読めば誤解することはないような記載でも、読み手の精神状態によっては、こんなふうに誤読してしまうこともある。そんな誤読の余地をなくすには、こうするほかはない。
 

羽生善治七冠達成、藤井聡太七段、チョコレート300個 将棋界におけるバレンタインデーの記録




残念四天王の生年月日  縦に揃える

 羽生世代とえば、将棋のタイトル獲得者を6人も輩出した世代(1969年~1971年生まれ)として知られているが、逆に、1976年~1983年生まれのように、まる8年間にわたって一人もタイトル獲得者が出ていない世代がある。

 その谷間とも言える世代の代表格の棋士に関する、【中堅4棋士(松尾歩,山崎隆之,阿久津主税,橋本崇載)の不活躍が残念】という記事があり、そこに、こんな表が載っている。

四天王-1

 生年月日が左右にずれているため、比較するには、視線を左右に動かさなければならない。

 こうすれば、ずっと見やすくなる。

四天王-2

 【数字の桁は縦に揃える】にも書いたとおりである。

渡辺王将、広瀬八段の次の対局

 【松本博文のシーク&ファインド】という、将棋ファンなら必見と言えるサイトがあり、将棋界の最新情報を、背景を含めて丁寧に解説している。

 その中の【広瀬章人八段(32)王将戦七番勝負第2局で快勝 絶好調の渡辺明王将(35)を降す】という記事に、こんな一文があった。

 渡辺王将、広瀬八段の次の対局は、1月29日のA級順位戦8回戦一斉対局となります。


 私は、てっきり、渡辺王将と広瀬八段が1月29日のA級順位戦8回戦で対戦するものだと思った。

 文章の下に、A級順位戦8回戦の対戦表が載っている。

順位戦A級

 8回戦のところをみると、渡辺対三浦、広瀬対佐藤天となっている。

 8回戦は渡辺対広瀬ではなかったのかと思い、もう一度、冒頭の文を確認した。

 渡辺王将、広瀬八段の次の対局は、1月29日のA級順位戦8回戦一斉対局となります。


 「渡辺王将、広瀬八段の次の対局」というのは、「渡辺王将、広瀬八段の、それぞれの次の対局」と言う意味だったのだ。

 

家事や将棋の勉強

 将棋の藤井七段が、C級1組の順位戦第八局で勝利し、B級2組への昇級に王手をかけた【勢い止まらぬ藤井聡太七段(17)C級1組8連勝で昇級まであと1勝! 小林裕士七段(43)を降す】。

 対局の模様は、Abemaテレビで棋士の解説付きで放映されたが、解説の合間に、途中で棋士の日常生活などの話題が織り込まれ、解説者の一人が、ある一日をどのように過ごしたかが公開されることがある【Abema テレビ 第78期 順位戦 C級1組 第8回戦 小林裕士七段 対 藤井聡太七段】。

 
増田六段

 右側の列の 15:00 以降に、「家事や将棋の勉強」とある。

 「家事や将棋」の勉強か、家事や「将棋の勉強」か、どちらだろう?

 「家事の勉強」という例は少ないものの、一人暮らしに備えて「家事の勉強」をするということも考えられないではない。

 家事は「するだけ」で、「勉強するわけではない」というのであれば、以下のようにするしかない。

 将棋の勉強や家事 


 「家事も将棋も勉強する」というのであれば、こうだろう。
 

家事・将棋の勉強



玉座を狙う 王座を狙う? → トップを狙う

 将棋の8大タイトル、竜王、名人、叡王、王位、王座、棋王、棋聖は、棋士にとって、憧れの的だが、その一つ、「王将」への初挑戦を決めた広瀬八段に関する記事の一節だ【渡辺明王将「年頭から勝負」 トップ棋士12人に聞く新年の抱負】。

昨年11月19日、王将戦挑戦者決定リーグ最終局で藤井聡太七段(17)を劇的に下し、初挑戦を決めた広瀬章人八段(32)もエンジン全開だ。昨年、竜王位を失冠。再び玉座を狙う位置についた広瀬は、「今は王将戦のことが(頭の中の)メイン。さらに、年間を通して何か一つでも実績を挙げたい」と集中力を高めていた


 文中に「玉座」というのが出てくるのだが、私は、これを「王座」と読んでしまった。

 広瀬八段は「王将」の挑戦者になったと思っていたのに、「王座」となっているということは、「王将」というのが、私の勘違いだったのか、そう考えて、読み直してみたら、やはり、「王将」だった。

 ということは、「王座」が誤記なのだろうと思いつつ、もう一度、「王座」の文字をじっとみてみると、何か違う。「王」ではなく「玉」だったのだ。

 これで分かった。「玉座」であれば、固有名詞としてのタイトルの名称ではなく、「チャンピオン」とか「トップ」といった普通名詞として使われていることになる。

 けれども、固有名詞としての「王座」があるときに、普通名詞としての「玉座」を使うのは、私が実際にそうしたように、誤解の元である。

 誤解を誘発しないようにするには、「玉座」ではなく、「トップ」とか「タイトル」という表現がいいだろう。

木村一基王位追加署名免状発行の条件

 将棋の木村一基王位は、今年、史上最年長の46歳で初タイトルを獲得し、「中年の星」として一躍、時の人となった。

 その木村王位にあやかり、木村王位の署名入りの免状が特別に発行されることになった【日本将棋連盟 木村一基王位追加署名免状発行のお知らせ】。

 その条件が列挙されているのだが、理解できない。

申請段位
初段~六段
(七段以上ご希望の方は要問合せ、理事会審査上ご連絡いたします)
申請条件
・棋士、支部長、指導員、連盟道場の推薦
将棋世界卒業証・各種認定の免状推薦状をお持ちの方
・正式免状をお持ちの方(1つ上の段位の申請が出来ます)
・初段ご希望の方
将棋ウォーズアプリ内からの申請でも免状発行可能です


 一般に、複数の条件を列挙する場合、条件を一つ充たせばいいのか、全ての条件を充たす必要があるのか、どちらであるかを明記すべきである。

 明記されていない場合は、やむをえず、読み手の側が、条件相互の関係を考えて、いずれであるかを推測することになる。

 まず、申請条件の下から二番目に「初段ご希望の方」とあるが、この条件さえ充たせば免状がもらえるというのであれば、誰でも希望すればもらえることになるので、それは考えられない。

 逆に、全ての条件を充たす必要があるとすると、申請段位が「初段~六段」となっているのに、「初段ご希望の方」という条件があるのは、意味不明である。

 さらに、一番下に、「将棋ウォーズアプリ内からの申請でも免状発行可能です」とあるが、これは申請「条件」ではなく、申請「方法」である。

 結局、将棋連盟の「申請条件」を記載した人は、条件相互の関係について何も考えず、とりあえず、「条件らしきもの」を列挙したに過ぎないようで、これを読み解くのは至難の業である。

 問い合わせ先として、電話番号やメールアドレスが記載されていたので、直接、問い合わせるのが早そうだ。


SS席6900円、S席5千円

 【豊島名人や藤井七段が登場 来月、朝日杯将棋オープン戦 2019.12.17 朝日】という記事に、観戦や大盤解説会の料金の説明が載っている。

◇チケット 各日、観戦SS席6900円、観戦S席5千円、観戦A席3千円、観戦B席2千円、大盤解説会3千円。


 まず、金額の表記だが、数字だけの6900円と漢字を使った5千円といった記載が混在している。新聞記事ということから、文字数を可能な限り削減しようとしたのかも知れないが、文字数を削るなら他の方法がある。

 「観戦」が4箇所に出てきており、これは1箇所で足りる。

 改善案は、こうだ。

◇チケット 各日、観戦SS席6900円、S席5000円、A席3000円、B席2000円、大盤解説会3000円。


どちらも  意味の限定された表現を用いる

 昨日行われた将棋の竜王戦の観戦記【スキのない令和の王者・豊島将之名人(29)竜王戦第5局を逆転で制し史上4人目の竜王・名人同時制覇達成】の一節だ。

 残り時間は豊島名人13分に対して、広瀬竜王1時間13分。形勢も時間も、広瀬竜王に余裕がありました。しかしここからどちらも差が詰まっていきます。


 「どちらも」というのを「豊島名人も広瀬竜王も」と読んでしまい、意味が理解できなかった。

 よく読めば、「どちらも」というのは「形勢も時間も」のことであるのは明らかなのだが、誤読してしまったのだ。

 特別に誤読しやすい文章ではないし、誤読した私の注意力が欠けていたのが原因なのだが、注意力が欠けていても誤読しないようにするには、どうすればいいのか、考えてみた。

 「どちらも」というのは、抽象的概念だけでなく、具体的な物体や人についても使われる言葉である。だからこそ、私は、「人」を指していると誤読したのだ。

 ということは、「どちらも」の類義語の中で、抽象的概念しか指さないものがあれば、それを用いれば誤読を避けることができる、ということになる。

 「どれも」なら、どうだろう。

 残り時間は豊島名人13分に対して、広瀬竜王1時間13分。形勢も時間も、広瀬竜王に余裕がありました。しかしここからどれも差が詰まっていきます。


 「どれも」は確かに人は指さないが、2つではなく、3つ以上の場合に使われるようだ。他方、「どちらも」というのは、2つや、2人に限定して使われる。

 では、こうすれば、どうだろう。

 残り時間は豊島名人13分に対して、広瀬竜王1時間13分。形勢も時間も、広瀬竜王に余裕がありました。しかしここからどちらの点でも差が詰まっていきます。



どちらも-2


王将戦挑戦者決定リーグ  背景色の説明

 藤井聡太七段が王将への挑戦権を7人で争う挑戦者決定リーグに入ったことに関して、記事を書いた【藤井七段がタイトル獲得通算27期?】。

 今日、その挑戦者決定リーグで藤井七段が羽生九段を破ったのだが、【神童藤井聡太七段(17)完璧な名局で王者羽生善治九段(49)を降す 史上最年少王将位挑戦に大きく前進】と言う記事に、過去の挑戦者決定リーグの結果を整理した、次のような表が載っていた。

王将-1

 表を見て、すぐに目に入るのが、肌色水色の背景色の行があることだ。どういう意味か分からないので、表の下に数行ある注釈を読んだのだが、背景色に関する説明は見当たらない。

 挑戦者のうち王将位を獲得した人を肌色にしたのかと思ったのだが、それでは、水色の説明がつかない。あれこれ考えているうちに、ようやく分かった。

 6勝が肌色、4勝が水色になっているのだ。

 この間に、約1、2分を要した。最初から、注釈に書いておいてくれれば、このような無駄な時間を費やさなくて済んだはずだ。

 注釈に書く場合は、次のようにするのがいいだろう。

王将-2

 これなら、文字を探さなくても、一瞬で、肌色水色のところに視線が行き、そこに、6勝とか4勝とか書かれているので、すぐに背景色の意味を理解することが可能である。


「と金にごとくはない」

 宮崎県出身の将棋棋士と言えば、谷川浩司九段の唯一の弟子で、将棋漫画の主人公のような名前の都成竜馬五段が有名だが、その宮崎県で行われた将棋大会を報じる記事の中に、次のような記載がある【EMIとTABOの将棋世界 宮崎日日新聞 2016.12.4】。

 
ごとくはない


穴熊を攻めるに、と金にごとくはない。 


 「ごとくはない」って何だろう。

 名詞で「ごとく」と言えば、思い浮かぶのは五徳だが、普通は将棋の観戦記の中に出てくる単語ではない。

 では、「如く」か? 比喩的表現をする際に、例えば、「プロ棋士の如く、鮮やかな手順で玉を追い詰めた」というふうに使われることもあるが、ここは、比喩ではない。

 文脈から考えると、相手の穴熊囲いを攻めるには、攻める過程で駒を捕られることは避けられないので、どうせ捕られるなら価値の低い「と金」を使うのが一番いい、ということを言いたいのだろう。

 だったら、「と金にしくはない」だ。漢字を使えば、「と金に如くはない」となる。

 そうか、観戦記者は「如くはない」の読みを「ごとくはない」と間違って覚えていて、その読みを書いたのだ。

 如 (し) くはな・い

それに及ぶものはない。それが最もよい。「用心するに―・い」
.。。。。。。。。。。。。。。。。         。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。デジタル大辞泉(小学館)

 
 今回のような誤記を見ると、新聞社の整理部は、どうなっているのだろうと思う。
 
 「如くはない」の読みは、特別に難解なものではなく、新聞社の入社試験に出てきてもいいレベルのものである。そんな漢字の読み誤りが放置され、読者の目に触れるのである。

 観戦記は、新聞社の記者ではなく、記者としての訓練を経たことのない、プロ棋士、アマ高段者、詰め将棋作家などが務めることもあるのだが、そんな場合こそ、専門家である新聞社の整理部がバックアップしなければならないはずである。

 ネット上には、このレベルの誤記は山ほどあるが、個人のブログなどでは、やむを得ない面もある。私だって、今回指摘したレベルの間違いを冒していないという自信はない。

 けれども、新聞記事は、個人のブログではない。組織として何人もの目に触れた上で公にされているのだ。

 確かに、大勢で見ても見つけられないという類いのミスもある。単純な誤字脱字とか、「薇薔」のように一見正しそうだが順番が逆になっている漢字とかであり、人がチェックする以上は根絶は無理かも知れない【薇薔、蝠蝙、拶挨】【あざいお市マラソン】。

 けれども、今回のは、「と金にごとくはない」という、そのまま読めば意味不明な記述である。「チェックをするぞ」と気合いをいれなくても、普通に読めば、おかしいことに気づくはずである。

 こういった誤りが見過ごされて新聞の紙面に載ってしまうのは、なぜなのだろう、不思議でならない。

----- 追記 2019.9.26 -------------------------------------------------------------------
 
 冒頭の【EMIとTABOの将棋世界】のEMIというのは、将棋の女流二級の【山口絵美菜女流1級】であり、TABOというのは、その弟の山口孝貴元奨励会初段である。

 ブログを書いているのは、二人の母親である。

 弟の方は京大出身の初の将棋の棋士になるかと期待されていたのだが、学業を優先して奨励会は退会した。姉の方は、京大文学部を卒業直前に女流2級に昇級して、女流棋士となり、対局の解説の聞き手や、将棋界に関する記事【日本将棋連盟・将棋コラム】【日本将棋連盟・女流棋士ブログ】などで活躍している。

 
 




藤井七段がタイトル獲得通算27期?

 藤井聡太七段が王将戦で谷川九段に勝利し、トップ棋士7人が総当たりで対戦する挑戦者決定リーグへの参加が決まった。

 これに関連する記事をネットで読んだのだが、いくつか気になる表現があった。

 最初は、まだ勝敗が決する前の【藤井聡太七段VS谷川浩司九段の王将戦2次予選決勝がスタート スポーツ報知 2019.9.1】の次の表現だ。

藤井が勝てば、王将戦初の挑戦者決定リーグ戦入りを決め、上位7棋士と渡辺明王将(35)=棋王・棋聖=へのチャレンジ権をかけて争う


 「上位7棋士と・・・争う」というのが誤りである。

 7棋士がリーグ戦で総当たりで対局するのだから、藤井七段が「争う」のは、「7棋士と」ではなく「6棋士と」である。

 リーグ戦が7人で戦われることは記者も知らないわけではないだろう。むしろ、「7棋士」という点に引きずられて、そのうちの一人である藤井が戦う相手の数を、本人を差し引かずに「7棋士」と表現してしまったのだろう。

 つまり、「7棋士で争う」リーグ戦に参加する藤井7段は「6棋士と争う」のだが、ここで混乱をして、「7棋士と争う」となったわけである。

 次は、終局後の【藤井七段 憧れ、谷川九段との公式戦初対戦で勝利 王将戦挑戦者決定リーグ戦進出 スポニチ 2019.9.1】という記事だ。

藤井はタイトル獲得通算27期を誇り、“高速の寄せ”で知られる谷川の将棋に幼少期から憧れを抱いていた。


 これでは、まるで藤井七段がタイトルを通算27期獲得しているように読めてしまうが、まだ、タイトルは獲っていない。

 誤読をなくすには、次のように読点「、」の位置を変えるのがいい。
 

藤井は、タイトル獲得通算27期を誇り“高速の寄せ”で知られる谷川の将棋に幼少期から憧れを抱いていた。


  これまでも、【読点がテーマの記事】は、何本も書いてきた。

3期連続ランキング戦優勝と決勝トーナメント進出 修飾関係は「、」で明示する

 【藤井聡太七段、タイトルホルダー撃破!「令和」活躍のカギは将棋AI活用法】という記事の一節である。
 

24日、藤井聡太七段(16)が第32期竜王戦4組ランキング戦準決勝で高見泰地叡王(25)に127手で勝ち、決勝へ進出した。これにより3組への昇級も決定した。

 藤井(聡)七段は、3期連続ランキング戦優勝と決勝トーナメント進出へあと1勝に迫った。


 「3期連続ランキング戦優勝と決勝トーナメント進出」の「3期連続」というのは、「ランキング戦優勝」だけを修飾するのか、「決勝トーナメント進出」も修飾するのか、決め手がない。

 数式のように括弧を使えば明確になるのだが、普通の文章で使うわけにも行かないので、読点「、」で使って修飾関係を枚辞するほかない。

 【0】 3期連続ランキング戦優勝と決勝トーナメント進出

 【1】 3期連続ランキング戦優勝と、決勝トーナメント進出
 【1】 (3期連続ランキング戦優勝)と(決勝トーナメント進出)

 【2】 3期連続の、ランキング戦優勝と決勝トーナメント進出 
 【2】 3期連続(ランキング戦優勝と決勝トーナメント進出)


 なお、規定【竜王戦 Wikipedia】によれば、ランキング戦に優勝すれば自動的に決勝トーナメントに進出ということになり、また、竜王戦3組以下の組では、ランキング戦に優勝しない限り、決勝トーナメントへの進出はないため、事実としては、【2】の意味ということになる。


群雄割拠の将棋界を俯瞰する 2019.4.1 現在

群雄割拠の将棋界を俯瞰する】【左下から右上へ】の続編である。

将棋棋士


 これだけの情報を、文字だけで伝えようとすると、どれだけの文字数が必要となるだろう。また、文字情報を見ただけで、概要を理解するには、どれだけの時間がかかることだろう。以下のことは、表を眺めていれば、すぐに分かることである。

【1】 A級にいた50代の棋士も、全員、A級から陥落している。
【2】 A級にいた40代の棋士は、4割くらいは、A級に踏みとどまっている。
【3】 20代のA級棋士は、豊島ひとりだけである。
【4】 20代のタイトル経験者4人のうち3人が関西本部所属である。 

 こういったことが可能になるのは、棋士の様々な属性を、表の中の配置、アンダーライン、文字色、枠線、星印、背景色といった様々なもので表現し、かつ、それが同時に目に入るからである。文字情報では、到底、不可能なことである。

「同時に目に入る」ということは、記憶に止めておく必要がない、ということである。文字情報を読みながら、何十字もの情報を記憶に止めておくのは、不可能に近いことである。

 昨日の記事のとおり、【もっと、もっと、図形情報を活用しよう】ということである。


将棋タイトル戦の海外対局  

 一昨日、将棋の叡王戦が台北で行われたが、過去にも、将棋のタイトル戦が海外で行われることが何度かあった。

 ネット上には、これまでの海外対局を整理したサイトがある【台湾猫大厦 第4期叡王戦七番勝負開幕 第1局は4年半ぶり海外対局 なんとなんと台湾・台北市「圓山大飯店」にて】。

 こんな感じだ。

海外対局-1


 40年以上も前からの情報を収集、整理した力作なのだが、「分かりやすい」とは言いがたい。

 そこで、記載されたデータを元に「分かりやすい」表を作成してみた。

海外対局-4

 単に表にしただけでなく、同じ項目でも配置を左右にずらした結果、以下のことが一目で分かるようになっている。

 ● 竜王戦の海外対局が圧倒的に多い。

 ● 前半は、欧州、アジア、米国と散らばっていたが、後半は、アジアが中心となっている。

 また、一行ごとに背景色を変えることによって、より見やすくなっている。

 元のサイトには、(当然以下のデータは無断複写禁止である)という記載があったが、この点は、以下のように考える。

【1】 元の表の画像の一部の掲載

 元の表は、単に、過去のデータを並べただけに過ぎないので、「創作的に表現した」(著作権法2条1号)とは言えず、著作物ではなく、著作権が認められない。

 仮に著作権が認めれたとしても、出典を明示して必要な範囲で表の画像の一部を貼り付けるのは、著作権法32条の適法な引用の範囲内の行為である。

【2】 元の表のデータに基づく新たな表の作成

 私の作成した表は、元の「表現」を複製した物ではなく、元の表現に含まれた「データ」を利用したものであるから、そもそも、著作権侵害の問題が生じ得ない。

【3】 実質的考察

 著作権法等の知的財産権に関する法律で禁止されていなくても、実質的に考えて法的に保護に値する利益を侵害していれば、民法上の不法行為の成立する場合があるが、本件では、実質的に考えても、以下のとおり、何ら問題ない。

 ● 元のサイトへのリンクを張っているので、このサイトの存在によって、元のサイトの閲覧が妨げられるという関係にはなく、むしろ、このサイトを閲覧した人が元のサイトを閲覧することもあるはずである。

 ● データの出典を明示しているので、多大な労力をかけて調査をした元のサイトの作成者に対する社会的評価が、このサイトによって「横取り」されることもない。

 ● 他人が多大な労力をかけて作成した成果を無断で利用して利益を得るのであれば、公平の観点からも問題ではあるが、本件は、そのような場合ではない【参照:J-STAGE データベースと著作権 4. 自動車DB事件】。

 そもそも、表現行為は、全くの無から有を産み出す行為ではなく、既存の表現の一部を利用したり、表現の結果として公になった情報を利用したり、既存の表現に込められた思想、アイデアなどに触発されて、行われるものである。

 自らの表現を独占したいという元の表現者の先行者としての思いは、一定の範囲においては著作権法や民法で保護されているのであるが、元の表現者の「意思」だけで、後続の表現行為の一切を禁止することはできないし、公に表現するというのは、そのような行為なのである。

 このブログ記事による、画像、データの利用は、元のサイトで明示された意思には反するかもしれないが、ここまで読んでいただければ、元のサイトの作成者にも理解していただけるものと思うが、私の独りよがりであろうか。


  
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リザルトって何だ!

 2018年度の将棋の公式戦で最多勝利となった佐々木大地5段のインタビュー記事があった【ライブドアニュース 特集 棋士の感謝#3】。
 
 将棋のために家族で対馬から横浜に移住したこと、難病を克服して好成績を残していること、ネットテレビでで的確な解説をしていること等から、結構、注目している若手棋士ということもあり、大変、興味深く読み進めようとしたのだが、次のような一節を目にして立ち止まってしまった。

18年度の通算成績ではタイトルホルダーに並んで、各リザルトの上位に佐々木先生の名前がランクインしています。


 英語の「result」は頻繁に目にするが、カタカナの「リザルト」は初めてだった。

「result」は、一般には、結果、成績、実績と訳されるが、上記の「リザルト」は、直前に「通算成績では」とあり、それを受けて「各リザルトの上位に」と書かれており、「各部門の上位に」という意味で使われている。

 こんなところで、日本語としては聞き慣れない「リザルト」を用いる必要はない。せっかくの記事も、インタビュアーの軽薄さが気になって、素直に読み進めなくなってしまった。

 とはいえ、書かれている内容は興味深いことなので、読み進めて行ったのだが、今度は、こんな一節にぶち当たった。

佐々木先生は長崎県対馬市のご出身。離島に住んでいた小学生時代のお話からお伺いしたいと思います。離島ということでディスアドバンテージはあったと思います。


 「リザルト」に比べれば「ディスアドバンテージ」は日本語に溶け込みつつあるかも知れないが、まだまだ、違和感がある。書き換えるなら、より日本語化している「ハンディ」を使って、「離島というハンディがあったと思います。」とすべきところだろう。

 外来語は、従来の日本語になかった概念を的確に表現したり、日本語で書くと長々と説明せざるを得ない微妙な表現を一語で的確に表現したりするなど、日本語表現を豊にしてくれるものなので、一概に否定されるべきものではない。

 他方、どんな外来語でも、日本で一番最初に使われた瞬間というものがあり、2番目、3番目・・・と続いて、いつの間にか、自然な日本語となるのだから、日本語として自然に受け取られないうちは、外来語を使うな、などと言ってしまったら、外来語が日本語として定着することはなくなってしまう。

 だから、私も、日本語として定着していない外来語を一切、使うべきではない、とは言わずに、日本語として定着していない外来語を使う場合は、「分かりやすさ」が犠牲になったり、違和感を生じることを覚悟すべきである、と言うに止めることにする。

 私は、自分が日常的に使っている外来語であっても、まだ、世間的には一般化していないかも知れないと思う外来語については、括弧書きで、日本語を記している。

 たとえば、コンピュータソフトでよく使われる、デフォルト(初期設定)などである。ダウンロード、インストールなどは、そのまま使っているが、これも、たとえば、ダウンロード(導入)、インストール(組込)などと表現すべきかも知れない。

 外来語については、いくつか記事を書いてきた。

 【外来語の言い換え
 【I am not a lowyer.
 【情報セキュリティとは




1次予選から初の本戦入り  何と対比しているのかを明確に

五番勝負の舞台へ火花 ヒューリック杯棋聖戦本戦 ベスト8名乗り 産経 2019.3.18】という記事の中に、次のような記述があった。

 1次予選から初の本戦入りを果たした八代六段 

(本戦入りには、原則として1次予選から勝ち上がる必要があるが、前回の棋聖戦の成績や他の棋戦での成績によって、2次予選からの本戦入りや、予選なしでの本戦入りがある)

 何となく分かったような気になる記事なのだが、少し考えると、分からない。「初の」とあるのだが、どういう意味で「初」と言えるのか、ということだ。3とおり考えられる。

【1】 棋士の中で、1次予選からの本戦入りを果たした者はいなかった。今回、八代六段が、初めて、一次予選からの本戦入りを果たした。

【2】 八代六段は、本戦入りしたことはあったが、1次予選からの本戦入りはなかった。今回、初めて、1次予選からの本戦入りを果たした。

【3】 八代六段は、本戦入りしたことはなかった。今回、初めて、本戦入りを果たしたが、今回の本戦入りは、1次予選からの本戦入りである。 


 「初の」で対比されているのが、全棋士の経験なのか、八代六段本人の経験なのか、八代六段だとして、「1次予選からの本戦入り」が初なのか、「本戦入り」が初なのか、曖昧である。頭の整理のために、次のような表を作ってみた。

八代棋聖戦


 赤枠が今回の実績で、対比されるのが、左の【1】~【3】の灰色の枠の部分である。

 似たような話で、こんな例もある。

  20歳になって初めての酒を飲んだ。

  【2】 19歳でも酒を飲んだことがあるが、20歳になって酒を飲んだのは今回が初めてだ。

  【3】 20歳になるまで酒を飲んだことはなかったが、今回、初めて酒を飲んだ。

  【2】【3】は、初めの例の【2】【3】と同じ構造である。構造が対比できるよう、二つ並べてみた。

酒を飲む

八代棋聖戦


 なぜ、酒を飲んだ話には、【1】に相当するものがないのか。

 20歳になって酒を飲んだものがいない、などということは、およそ、ありえないからである。

 例を変えて、「70歳を過ぎて初めて素手でヒグマを倒した」という話なら、【1】のようなことも考えられるだろう。70歳を過ぎて素手でヒグマを倒した人がいない可能性もあるからである。

Aは、70歳になって、初めて、素手でヒグマを倒した。

【1】 70歳以上で素手でヒグマを倒した者はいなかった。今回、70歳のAが、初めて、素手でヒグマを倒した。

【2】 Aは、70歳になる前に素手でヒグマを倒したことはあったが、今回、70歳になって初めて、ヒグマを倒した。

【3】 Aは、素手でヒグマを倒したことはなかったが、今回、70歳になったAは、生まれて初めて、素手でヒグマを倒した。 


これについても、図表をかかげるので、比較してみてほしい。

ヒグマ倒し


 今回の話は、これまでの記事と比べても、かなりマニアックな印象を持たれたかも知れない。

 けれども、こういった思考訓練は、「分かりやすさが第一」のための基礎体力を身につける上で、有用だと思う。

 実戦では出ないようなアクロバティックな手順の詰め将棋であっても、日頃から解く練習をしておけば、実戦での読みを鍛えるのに役立つのと同じである。




順位戦の予測 分かりやすさの基本は、「文章より表、一次元より二次元、無駄は省略」

 将棋界では、明日、3月1日(金)、トップ棋士によるA級順位戦の最終局が行われ、昨年に引き続き名人への挑戦権をかけて、豊島二冠(棋聖・王位)が久保九段と対戦する。

 最終局の行方を予測する記事の中に、次のような表が掲載されていた【佐藤天彦名人への挑戦者決まるか――A級順位戦最終日展望】。

豊島・久保-1

 (実際は、この下に、あと7局の結果が延々と記載されているのだが、省略した)

 この表を見ても、豊島二冠が過去の久保九段との対戦で優位にあるのか否かは、すぐに分からない。一つずつ見て、豊島の後ろの「○」を数えなければ、何も見えてこない。

 そこで、分かりやすく二次元の表にしたのが、これだ。

豊島・久保-2

 これなら、直近十局の対戦は、互角であること、先手後手の手番による勝敗も特別に偏っている訳ではないこと、この一年近くは対局が全くないこと、等が、一瞬にして見て取れる。

 これまでも、何度も述べきたことだが、以下の三つは、「分かりやすさ」の基本である。

  ● 文章より
  ● 一次元の表より、二次元の表
  ● 無駄な記載は省略 (豊島の勝敗と久保の勝敗は裏表の関係なので、一方を書けば足りる)

----- 追記 -------------------------------------------------------------------

 改めて、この記事を読み直してみて、冒頭の表現が気になった。

昨年に引き続き名人への挑戦権をかけて、豊島二冠(棋聖・王位)が久保九段と対戦する。

 
 昨年、豊島は、勝てば挑戦権獲得という対局で敗れ、空前の6人の棋士によるプレーオフとなり、その緒戦で久保に勝ったのだが、4局目で羽生竜王に敗れ、名人への挑戦はならなかった。 

 ところが、上記の表現だと、下記の疑問が湧いてくる。

  ・ 豊島は、昨年は挑戦権を獲得したのか

 分かりにくさの原因は、「引き続き」が何を修飾しているか曖昧なことであるが、現時点で、うまく説明できない。改めて、追記の形で説明する予定だが、読者の方が鮮やかに説明してくれるとありがたい。

----- 追記 -------------------------------------------------------------------

 表についても、見直した。
 
豊島・久保-3

 これなら、手番による勝敗の違いも一目瞭然である。

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「師弟戦」についての将棋連盟対局規定  「ただし」を安易に使わない

 藤井聡太六段が師匠の杉本昌隆七段に「恩返し」をしてから、もう1年になろうとしている【JCASTニュース 2018.3.9 藤井六段の「恩返し」】。「師弟対決」にいては、将棋連盟は次のように定めている【日本将棋連盟 対局規定 第8条 公式棋戦規約

 トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
 ただし、二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。


 2行目に「ただし」とあるので、「一次予選の1回戦」でも、例外的に師弟戦が行われる場合があるのかと思ったのだが、よく読めば、そうではない。

 「二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。」と書かれており、新たな情報は、何も付け加えられていない。

 「ただし」というのは、通常は、「原則に対する例外」を示す場合に用いられるものである。

 他には、たとえば、「コート内に落ちた場合は・・・。ただし、白線にかかる場合は、コート内とします。」のように、概念の境界で、その概念に含むか否かが一義的には決められない場合に、補足的に説明する場合に用いられることもある。

 他の用法としては、「心臓を切り取ってもよい。ただし、血を流してはならない。」のように、条件を付加する場合もある。

 ところが、対局規定の「ただし」は、ここで説明した3つの用法の、いずれにも該当しない。

  ● 原則に対する例外
  ● 曖昧な概念の明確化
  ● 条件の付加

 対局規定中の「ただし」で始まる一文は、何の意味もなく、読者には余分な負担をかけるだけであり、削除すべきである。

 どうしても、本戦や二次予選のことを書きたければ、こう書くべきである。

 トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
 従って、二次予選や本戦の1回戦では、師弟戦が行われることもある。



----- 追記 2019.2.13 -------------------------------------------------------------------
 
 記事に書いた改善案だが、少し問題がある。
 

 トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
 従って、二次予選や本戦の1回戦では、師弟戦が行われることもある。


「従って」というのは、順接の接続詞であり、前に書いたことの帰結として、次に何かを書く場合に使う言葉である。

 ここでは、2行目に書かれたことは1行目の帰結とは言いがたい。1行目の反対解釈の帰結としてなら、2行目のことが言えるのだが、その場合に「従って」という接続詞を用いるのは、違和感がある。

 ここは、「従って」ではなく、「なお」とか、「念のために述べるが」というのが適切なように思う。









A級順位戦の行方  必要最小限の情報をシンプルに

 将棋の佐藤天彦名人への挑戦権をかけたA級順位戦が佳境に入っており、将棋連盟のウェブサイトに解説がある【豊島が7勝1敗で首位に、羽生、広瀬が6勝2敗で追いかける A級順位戦 8回戦】。

 その解説の中に、最終戦(9回戦)の勝敗によって誰が挑戦者になるかについての表がある。

順位戦-1

 だが、せっかく表になっているのに、書かれていることを順に読んでいかなければ、理解することができない。

 では、こんな表なら、どうだろうか。

順位戦-2
 
 一目瞭然である。

 文章で書けば、暫定一位の豊島は、久保に勝てば無条件に挑戦者になり、負ければ、羽生広瀬戦の勝者とのプレーオフになる、ということであり、そのことだけを表にしたのが、上の表である。

 これに対して、将棋連盟の表は、3名の肩書き、最終戦の結果に基づく最終の勝敗なども書かれており、丁寧であることは間違いない。だが、読者がとりあえず知りたいのは、最終戦の結果によって誰が挑戦者になるのか、といった情報であり、肩書きなどは余分な情報である。

 余分な情報があると、読者の側で、必要な情報を選別しなければならず、その分、理解するまでに時間を要するのである。


「新人王戦」の参加資格 条件を列挙する場合は、「または」か「かつ」かを明示する

 新しい年を迎えたが、今日の記事も将棋の話題だ。

 昨年、藤井聡太七段が、最後のチャンスとなった「新人王戦」で優勝し、元日の今日、豊島将之2冠(棋聖・王位)と「記念対局」を行った。

 対局の模様は、インターネットテレビ(ニコニコ生放送、Abema テレビ)で放映されたのだが、それぞれのサイトで、「新人王戦」の参加資格について解説をしている。

 今日の「素材」は、その解説なのだが、これまでと違って、最初に「改善案」を見てもらおう。

新人王-4

 藤井七段は、新人王戦を戦っているうちに、四段から、あっという間に七段になったため、棋士に課された3つの条件のうちの一つ「六段以下」の条件を満たさなくなったために、新人王戦は今回で「卒業」となったのだ。

 次に、ニコニコ生放送の解説だ。

新人王-2

 最初の二行をみてほしい。

 「26歳以下」「六段以下」が並んでおり、この条件が、「かつ」なのか「または」なのか、判然としない。

 下の3行は、「または」であることは明らかであるから、上の2行も、「または」と解するのが自然である。

 けれども、「または」と解すると、16歳の藤井七段は、あと10年間も参加できることになり、「または」と解するのは明らかに誤りである。

 条件がいくつか並んでいる場合、「または」なのか「かつ」なのか判然としない例は、しばしば見かける。

 次は、Abema テレビ。

新人王-3


 問題なのは、丸括弧内の「年齢26歳以下でタイトル挑戦挑戦経験者を除く」の記載だ。

 文法上は、次のいずれとも解釈可能だ。
 

● 「年齢26歳以下」で「タイトル挑戦挑戦経験者を除く」
● 「年齢26歳以下でタイトル挑戦挑戦経験者」を除く


 「新人」を対象とした棋戦なのだから、前者の意味であることは明らかなのだが、文法上の曖昧さを文脈で補うのではなく、文法上も文脈上も「一義的」な文章こそ、分かりやすい文章である。

----- 追記 -------------------------------------------------------------------

 いつもは、「素材」→「改善案」というパターンが多いが、今回は、初めての試みだ。

 推理小説でも、冒頭から犯人を明らかにする「倒叙式」とうのがあるそうだが、果たして、今回の試みは、成功しただろうか。



1月のラクラク基礎から講座日程表  かぎ括弧の奨め

 今日も、素材は将棋関係のブログ【ラクラク基礎から講座】だ。

1月のラクラク基礎から講座日程表



 「●●から」と書かれていると、次は、「▲▲まで」とか「▲▲へ」と続くのだと考える。

 ところが、ここでは、そうなっていない。

 「基礎から」の「から」は、「まで」や「へ」に対応しておらず、完結しているのだ。だったら、「見た目」にも、「完結」を明らかにしておけば、読者に、無駄な「予想」をさせる心配がない。こんな感じだ。

1月の「ラクラク基礎から」講座日程表


 数式では、数や記号のまとまりを明示するために括弧(丸括弧)を使うのは常識だ。

 文章でも、単語のまとまりを明示するために、もっと括弧(鍵括弧)を使っていいと思う。

----- 追記 -------------------------------------------------------------------

 ブログ記事の表題では、いつも悩むのだが、最近、次の二つを組み合わせることが多くなった。
  ・ 素材の一部の引用
  ・ 「分かりやすさ」を実現する「技術」の簡潔な表現

 以前は、どちらかだけだったのが、後で見るときのことを考えると、これが一番だと思う。

 例えば、「表」の利用法について書いた記事は、表題に「表」という文字が入っていた方が、後から捜しやすい。

 他方、そういった技術的なことだけだと、記事の内容が浮かびにくい。具体的な素材からの引用が表題に書かれていれば、すぐに、どんなことだったかわかる。

 ずっと過去のことを表現する場合も、同じような関係だ。たとえば、「1280年頃」と言われてもピンと来ないが、「元寇の頃」と言えば、イメージしやすい。他方、今から、どれくらい前のことかと考えるときには、年代も入っていた方が分かりやすい。


たった一手間で、誤解を排除 助詞「が」「と」に注意

 今日も将棋の話題だ。このまま行くと、【将棋ブログ更新状況一覧】に掲載されかねない。

 それはともかく、今日の素材は、【盤上の風景 将棋 加藤昌彦指導棋士六段 村山聖と殴り合った夜 毎日新聞 2017.3.27】だ。
 

将棋に負けて奨励会を去ることになった加藤昌彦と聖が、酒を飲んだ後で殴り合う印象的なシーン。


 「将棋に負けて奨励会を去ることになった」のは、「加藤雅彦と聖」か、それとも「加藤雅彦だけ」か。

 文法上は、どちらの意味か確定できない。

 多少なりとも将棋界のことを知っている人にとっては、「聖」というのは、「東の羽生、西の村山」と言われた逝世の天才棋士・村山聖のことなのだから、その「聖」が「奨励会を去る」ということはありえない。 

 また、そういった前提知識がなくても、少し前に「村山聖九段」という記載があるので、普通に読んでいれば、後に「九段」にまでなった「聖」が「(プロ棋士の研修機関である)奨励会を去る」ということはありえないことは、当然、分かるはずである。

 このように、背景知識、文脈から、誤解されるおそれは少ないのだが、読者のレベルは様々であり、「想定外」の読者もいるのだから、「誤解のおそれ」は、徹底して排除すべきである。

 もちろん、「誤解排除」のために、文章が長ったらしく、読みにくくなる場合は、「誤解排除」と「読みやすさ」のバランスをとる必要があるのは、いうまでもない。

 けれども、上記の引用文は、次のようにすれば、簡単に「誤解排除」が可能である。

将棋に負けて奨励会を去ることになった加藤昌彦、酒を飲んだ後で殴り合う印象的なシーン。


 ご覧のとおり、「が」と「と」を入れ替えるだけだ。

 日本語には、多数の助詞があり、外国人が日本語を習得する際には大変な障害のようだが、助詞は、文章の意味を明確にする上で極めて有用なものであり、文章を書く際には、常に、どの助詞を用いるのがいいか注意を払うべきである。




Wikipedia【村山聖】の添削

 今日も将棋に関する話題だが、羽生と並び称され、映画にもなった早逝の棋士、村山聖についての記事【Wikipedia 村山聖】 からの引用だ。

村山はかなりの「負けず嫌い」な性格で、将棋以外でも、特に囲碁や麻雀をやって、負けるとすごく悔しがっていた。生前、徹夜で麻雀に付き合った当時奨励会三段だった瀬川晶司は「なんて子供っぽい人だろう」と思い、「A級がそんな事を言うんじゃないでしょ」と言われたことがきっかけで、亡くなるまで瀬川と友好関係になった。


 意味をとれなくはないのだが、主語述語の対応が混乱するなど、色々と問題がある。【書き換え後のwikipediaの記載】がこれだ。

村山はかなりの「負けず嫌い」な性格で、将棋以外でも、特に囲碁や麻雀をやって、負けるとすごく悔しがっていた。生前、徹夜で麻雀に付き合った当時奨励会三段だった瀬川晶司は「なんて子供っぽい人だろう」と思い、「A級がそんな事を言うんじゃないでしょ」と言ったことがある。それがきっかけで、村山は亡くなるまで瀬川と親交をもった。


 改善点は、以下の点だ。

● 第2文を二つに分けた。 

● 「言われた」を「言った」にした。   (受動態 → 能動態

● 友好関係 →親交
    「友好関係」   国家、組織、これらを代表する人物などの関係
    「親交」 関係 個人の私的な関係
  それぞれの用例は、「友好関係」の用例 「親交」の用例 を参照されたい。

---- 追記 --------------------------------------------------------------------

 村山聖と瀬川昌司は、二人とも、その人生が小説や映画になっている。
 映画の解説は、
聖の青春】【泣き虫しょったんの奇跡】にある。


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根拠として十分かを検証する 「毎年20人前後しか通過できない狭き門」

 史上最年少棋士、藤井聡太四段の誕生以来、将棋関係の記事を目にすることが多くなった。今日も、【ネット将棋「謎の強豪」正体は藤井聡太 感動さえ与えた 朝日 2018.11.8】という記事があり、そこに、こんな一節があった。

日本将棋連盟のプロ棋士養成機関「奨励会」の入会試験は、全国の将棋の秀才が挑んでも、毎年20人前後しか通過できない狭き門だ。


 何の問題もない記事のように見えるだろうか。

 「全国の将棋の秀才が挑んでも、毎年20人前後しか通過できない狭き門だ。」というのだが、入会試験を受けるのが仮に25人程度だとしたら、8割が合格できるのであり、決して「狭き門」ではない。

 調べてみると、今年は、「関東は48人中20人、関西は30人中11人が合格した。」【岩手から2人、成るぞプロ棋士 同時に将棋奨励会合格 岩手日報 2018.8.25】ということで、4割弱の合格率である。

 もともと地元では、みな「天才少年」だったわけで、それでも4割弱しか合格できないということであれば、「狭き門」と言ってもいいかもしれない。

 ここから、話を抽象化する。

 一般に、事実Aと事実Bの双方が認められて初めて結論が導けるという場合があるが、事実Aだけを書いて、直ちに結論を導いている例が多いのである。

命題


 このような論理飛躍をしてしまう原因としては、以下の二とおりが考えられる。

【1】 事実Bは、自分にとっては当たり前のことなので省略してしまう。
     上記の記事

【2】 結論を導くのに事実Bが必要だと言うことを理解していない。
     具体例
       【オーケストラは理系のサークル活動?
       【マグネシウムは、41ミリグラム
       【原因は一つだけとは限らない

 【2】の間違いは、まともな論理的思考力があれば、冒しようのない間違いである。他方、【1】の間違いは、「自分が知っていることは誰でも知っている」と思いがちなため、注意しないと、誰でも、つい冒してしまい勝ちなものである。







 

  

名詞は漢字に限る

 最近、将棋関係の文章を素材にすることが多くなったが、今日も、そうだ。

 先崎学という羽生世代では珍しくタイトルをとっていないものの、文才に目覚めて週刊文春に連載をもっていたほどの人の「摩訶不思議な棋士の脳」というエッセイ集からの引用だ。

 昨年、羽生王座からタイトルを奪った中村太地が、その5年前に羽生棋聖に挑戦することになったときのことを書いているのだが、こんな一節がある。

将来の将棋界を担うべき大器が大舞台に初見参するわけで、個人的にも大いに注目している。勝ったら、夏にはもでもオゴってもらおうかと思っている。


 「夏には」とあるので、夏に何かをするのかとおもったら、「もでもオゴってもうおうか」とあり、意味が通じない。読み返すと、「はも(鱧)」であることが分かる。

 ここは、漢字か、カタカナで書くべきである。

 これまでも何度となく書いているのだが、日本語の可読性は、漢字仮名混じり文であることに支えられている。

 平仮名が、ベターッと続いていたら、単語の切れ目が分からなくなる。大まかに言えば、名詞と動詞を漢字、その他を平仮名とすることによって、単語の切れ目が明確になり、読みやすくなるのだ。

 ちなみに、ほとんど平仮名ばかりの小学校1年生の国語の教科書では、こうなっている【なかがわえりこ「くじらぐも」】。

鯨

 単語の切れ目にスペースを入れて可読性を高めているのである。

 可読性を高める手段としては、次のような方法がある。
  【1】 漢字と平仮名の使い分け
  【2】 スペース
  【3】 区切り文字(読点、括弧、など)



タイトル獲得ならず

 【毎日 2018.9.3 将棋 藤井七段、菅井王位に敗れる タイトル獲得ならず】という記事があった。

 将棋のタイトル戦というのは、概ね、次のような段階を踏んでいる。
  ・ 一次予選
  ・ 二次予選
  ・ 挑戦者決定戦
  ・ タイトル保持者と挑戦者との七番(五番)勝負

 「タイトル獲得ならず」というのは、理屈の上では、一次予選の緒戦で敗退した場合から、七番勝負で3勝4敗に終わり、タイトルが獲得できなかった場合までの全ての場合を含む。

 けれども、「タイトル獲得ならず」と言われると、普通は、タイトル保持者との番勝負に望んだが、敗退したのだと思ってしまう。実際は、藤井七段は挑戦者決定戦の二回戦で敗退したのだった。その点では、この見出しは、「ミスリード」というべきである。

 「100%完成したという訳ではない」と言われれば、90%くらいはできていると思うが、1%しかできていなくとも、形式的には、「嘘」ではない。

 「私は酒を全く飲まないわけではない」と言われれば、その人が酒豪だとは誰も思わないだろう。

 「最高裁には行ったことがありません」と言われれば、地裁には行ったことがあるのだろうと思ってしまう。

 一般化するために、ある事柄について、両極をゼロ、100とし、その間に、1から99まで、様々な状況があり得るとする。

 「100ではない」と言えば、98か99、どんなに下でも、90程度だろうと思い込む。ところが、現実は、10のこともあれば、ゼロのことだってあり得るのだ。

 けれども、本当は5や10なのに、「100ではない」という言ったり、書いたりする人がおり、それが意図したものであれ、無意識のものであれ、見聞きした側は、少なくとも、90以上だと思いがちなので、要注意である。





「最終勝残者」と「最多連勝者」  「雰囲気」で区別する

 次の図は、将棋の銀河戦の決勝トーナメント表の一部である【日本将棋連盟 第26期銀河戦 決勝トーナメント】。
 
 
トーナメント


 各棋士の名前の下に、予選の、どのブロックから、どういう資格で、決勝トーナメントに進出したかが書かれているのだが、資格を表現する「最終勝残者」と「最多連勝者」というのが、ぱっと見には、同じように見えてしまう。

 原因は、
    どちらも5文字の漢字であり、
    「最」で始まり「者」で終わるという点は同じであり、
    3文字目と4文字目という違いはあるが、「勝」という同じ漢字が使われているため、
全体として似たような印象を与えるからである。

 以前、【あざいお市マラソン】で、英文の文字列で、例えば、「understnad 」とか、「Uinervtisy」といった単語が、綴りが誤っているにも関わらず、正しい単語として認識されてしまうという例をあげたが、文を読む際、多くの人は「雰囲気」で読んでいるのである。

 だから、「最終勝残者」と「最多連勝者」のように「同じ雰囲気」の文字列は同じように見えて、すぐには識別できず、識別するには、一文字一文字を確認する作業が必要になるのである。

 読み手に、そのような負担をかけることなく識別してもらうには、「雰囲気」を変えるしかない。

 たとえば、「勝残者」と「最多連勝者」のようにすれば、3文字と5文字で「雰囲気」は、ガラッと変わり、容易に識別できることになる。

 
トーナメント        トーナメント-1


 しかも、意味としても、常識的に考えて、「勝残者」は[最終勝残者」と同じと考えられるのであるから、「分かりやすさ」のために、厳密さを犠牲にしている訳でもない。

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振り飛車のペースです。

 今日も将棋の話で、話題の藤井聡太七段と菅井王位の棋王戦決勝トーナメントの中継をネットテレビで【AbemaTV】でBGM代わりに聞いていたとき、解説者の声が流れてきた。 

 こうなると、振り飛車のペースですね。


 将棋を知らない方のために説明をしておくと、「振り飛車」というのは、将棋の戦形の一つで、序盤で飛車を横に動かす戦法のことで、逆に、序盤で飛車を横に動かさないない戦法を「居飛車」という。

 一方が振り飛車、他方が居飛車を採用した場合は、振り飛車、居飛車というだけで、対戦している、どちらの棋士かを特定することができる。

 そのため、将棋中継の解説などでは、対戦者の名前を呼ばずに「振り飛車」とか「居飛車」と呼ぶことが結構ある。

 けれども、視聴者にとっては、どちらが振り飛車なのか、居飛車なのかは、分からないことが多い。

 そんなときは、画面を見るのだが、対局が進んでいると、双方の飛車が横に動いていて、どちらが振り飛車なのかは、すぐには分からない。玉の囲いなどを見て、この囲いは、普通は振り飛車側が採用する囲いなので、こちらが、振り飛車だな、と判断することもできるが、いつでも分かるとは限らない。

 視聴者にすれば、藤井七段とか菅井王位と名前を呼んでくれれば、分かりやすいのだが、対局の冒頭から見ている解説者としては、どちらが振り飛車かなどということは分かりきったことなので、つい、「振り飛車」などと言ってしまうのだろう。

 これと似た話で、よく、証人尋問などで、証人に質問をするのに、こんな聞き方をする弁護士がいる。

原告に初めて会ったのは、何年前のことですか。


 弁護士にしてみれば、誰が原告かなどということは、ずっと最初から裁判をしているのだから、明らかなことである。

 けれども、証人にしてみれば、あくまでも、藤井さん、菅井さんであって、原告といわれると、改めて、「この裁判は藤井さんが訴えているのだから、藤井さんと会ったときのことを聞いているのだな」と考えた上で、質問に答えることになる。証人に、そんな負担をかけないよう、こう質問すべきだろう。

藤井さんに初めて会ったのは、何年前のことですか。


 けれども、この質問を聞いている裁判官は、戸惑うことになる。100件も200件も事件をかかえている裁判官にとっては、当事者の名前を言われるより、原告、被告という呼び方をしてくれたほうが、分かりやすいだろう。そうすると、関係者みんなに分かりやすくするためには、こう質問するのが妥当だろう。

原告の藤井さんに初めて会ったのは、何年前のことですか。






 

可能性と必然性

 今日も、素材は、将棋に関する【華やぐ美V1 藤井聡太七段への今後の予定は?将棋昇段の仕組みはこれ!】という記事だ。
 

 5組決勝に進出すれば、来期の4組が確定し、昇段する可能性があります。



 どこが問題か、分かりやすくするために、「すれば」「可能性があります」の部分を取り除いて、将来の、どういう事実について書かれているのかを、次のように分解する

 【1】 5組決勝への進出
 【2】 来期の4組の確定
 【3】 昇段

 冒頭の分は、【1】が成り立てば、【2】が成り立ち、【3】の可能性がある、と言っているのだ。

 けれども、【2】が成り立つときは、将棋連盟の規定から、常に【3】になるのであり、「可能性がある」という表現は、適切ではない。

 このような、次々生起する可能性のある3つの事実については、前の事実が実現した場合に後ろの事実が常に実現するのか、可能性に止まるのかにより、次の4パターンが考えられる。

A  【1】→常に【2】    【2】→常に【3】       【1】なら【2】となり、【3】となる。        
B  【1】→常に【2】    【2】→【3】の可能性    【1】なら【2】となり、【3】の可能性がある。
C  【1】→【2】の可能性 【2】→常に【3】       【1】なら【2】の可能性があり、その場合は、【3】となる。
D  【1】→【2】の可能性 【2】→【3】の可能性    【1】なら【2】の可能性があり、その場合は、【3】の可能性がある。

 冒頭の例は、Aなのに、あたかも、Bであるかのような表現をしたのである。


 

左下から右上へ

 以前の記事【群雄割拠の将棋界を俯瞰する】の図表の改訂版だ。
棋士一覧-2018-08-31

 前回の掲載基準には達しないが注目すべき棋士を追加したほか、関西本部所属の棋士を明示した。

 ぱっと見て気づかれたと思うが、永世七冠が左端だったのが右端になっている。

 棋士の実力を、順位戦とタイトル戦・一般棋戦という二つの指標を使って二次元の表にしたのだが、左下から右上にかけて、実力者と言えるように、元の表の左右を逆にしたのだ。この方が、直感に合っている。

 つまり、XY座標で右にいくほど、また、上にいくほど数値が大きくなるのと符合しているため、直感に馴染みやすいというわけだ。

原因は一つだけとは限らない

 相変わらず大活躍の藤井聡太七段だが、こんな記事があった【藤井聡太七段が木下七段を破り叡王戦予選2回戦突破 日刊スポーツ 2018.8.11】。

 叡王戦は、四段とか五段といった段位ごとに予選があり、それぞれの段位に割り当てられた枠の数だけの棋士が本戦に出場できるのだが、その予選に関する記事の一節が、これだ。

前期の四段予選は、梶浦宏孝(23)都成竜馬(28)佐々木大地(23)杉本和陽(26)と撃破。決勝トーナメント進出1枠の狭き門をクリアしたが、1回戦で深浦康市九段(46)に敗れた。七段昇段の今期は 進出3枠と門戸は広いが百戦錬磨のベテランぞろいで油断は禁物だ


 記事は、枠が四段のときの1枠から、七段になって3枠になったので、「門戸は広い」と言っているのだが、はたして、そうか?

 ある段に割り当てられた枠が多くても、その段に所属する棋士の数が多ければ必ずしも、「門戸は広い」と言えないはずである。

 そこで、【日本将棋連盟 叡王戦サイト】で、所属棋士数と枠を調べてみると、こうなっていた。

叡王予選


 確かに、藤井聡太棋士についてみれば、四段から七段になり、枠が1から3に増えて、競争倍率は、19倍(●)から12.7倍(▲)になって、門戸が広くなっている。

 けれども、それは、たまたま、四段から七段になって枠が増えたほどには所属棋士の数が増えはしなかった結果に他ならない。

 たとえば、今季の五段は2枠で倍率は11.0倍(△)だが、七段は3枠で12.7倍(▲)である。枠が多い方が倍率が高く「狭き門」となっているのである。

 上記の記事は、結論としての「門戸は広い」という部分に誤りはないものの、枠の数だけを理由にしている点で、論理的には、「誤り」と言わざるを得ない。

 門戸の広狭は、y=F(x,z)という複数の引数からなる関数であるにも関わらず、y=F(x)という1個の引数からなる関数、しかも、単調関数であると、誤解したことにある。

 これと同種の誤りは、以前の記事【マグネシウムは、41ミリグラム】で触れたのと同種の誤りである。

 こういった論理的誤りを目にするにつけ、最近読んだ【13歳からの論理トレーニング 】という本の「あとがき」に書かれていた一節を思い出す。

本書を一読した人は誰でも気づくでしょうが、日常生活における”論理”は、あまりにもいいかげんで、正しくないものばかりです。



 
 









様々な色のイメージ

 色には各々に特有のイメージがある。情報発信に際しては、そのイメージが利用されることが多い。たとえば、お馴染みの、車に付ける初心者マークだ。

 
色-1

 植物の葉は、緑→黄色→茶色と変化する。そこで、人の年齢、習熟度、時の経過などを表すために、この3色が利用されることが多い。

 昨日の記事【群雄割拠の将棋界を俯瞰する】では、将棋棋士を世代により色分けしたが、この応用例の一つだ。

 ただ、緑、黄色、茶色の3色では、4世代を色分けすることは不可能だ。そこで、一番若い世代を、水色にした。「半分、青い。」ということだ。

 昨日の記事に限らず、これまで、このブログでは、様々な場面で、色の持つイメージに触れている。ざっと思い出すだけでも、以下のとおりだ。



グラデーションのフェイント】では、白黒の濃淡を人口の増減に対応させた。

色-2




色使いは、こうする】では、九州から北海道までの地域を、寒暖のイメージの色と結びつけた。

色-3




「予測」に基づく行動は危険】では、まさに、信号機の色を利用した。

色-4




色分けに注意】では、例えば、男女の別が話題となっているところで、赤や青の色を不用意に使うと、その色の持つイメージによって、思わぬ誤解を生じかねないことを指摘した。

色-5





群雄割拠の将棋界を俯瞰する

 藤井聡太七段の活躍で将棋人口が急増しているという【スポーツ報知 2018.8.7】。

 このブログでも、将棋関連の話題が多くなったが、今日は、将棋ファンの皆さんのために、羽生一強の時代から、8大タイトルを8人の棋士で分け合う群雄割拠の時代になった将棋界を俯瞰する「分かりやすい」表を、お届けする。

 一々解説はしていないが、「分かりやすく」表現するために、徹底して考えた結果の表である。将棋に興味のない方も、どういう点で「分かりやすく」なっているのか、じっくり、観察した上で、ご自身で表を作る際に参考にしてほしい。「使える」と思ったら、そっくり真似していただいて結構である。 

棋士一覧-25


● 原則として姓のみ表示したが、同姓が複数いる場合には、おおよその慣行に従って記載した。 

● 掲載基準は、年齢区分ごとに、以下のように、順位戦のA級在籍経験とタイトル獲得挑戦経験・棋戦優勝経験を考慮した。

棋士一覧-22


 最初の表に戻るが、A級とB級1組の間、タイトル獲得と挑戦の間の境界線は、他の線よりも太くしている。左上の区分(現A級、かつ、タイトル獲得経験あり)の棋士は、誰もが認めるトップ棋士だろう。 

 このような二次元の表にすることによって、タイトルは獲れたのにA級には上がれない、逆に、A級には到達したが、タイトルは獲れない、といった棋士の特徴が一目で分かるはずだ。

----- 追記 2019.3.24 -------------------------------------------------------------------

 改訂版が、【左下から右上へ】にある。 

「ただし」は安易に使わない

 この3月に藤井聡太六段と杉本昌隆七段の師弟対決が話題となった【毎日新聞 藤井六段、師弟対決に勝利 王将戦予選】。師弟対決については、将棋連盟の規約で、次のように定められている【よくある質問 師弟戦】。

トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
ただし、二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。


 「ただし」というのが引っかかった。

 「ただし」というのは、通常、「原則に対する例外」を示すものである。

 「ただし」の、もう一つの用法として、前に述べたことに対して、補足的に条件を付す場合にも、用いられる。

被告アントーニオの心臓の肉を切りとってもよい。
ただし、一滴も血を流してはならない。


 お馴染みの「ベニスの商人」で、裁判官に扮したポーシャが、返済約束を果たせなかったアントーニオの心臓の肉を証文に従って切り取ることを認めるように求めた高利貸しのシャイロックに告げた言葉だ。

 けれども、将棋連盟の規定の「ただし」は、いずれの使い方とも違う。 

  ● 原則に対する例外
  ● 前に述べたことに対する条件

 他にも、「ただし」を使う場合がないか考えてみたのだが、こんな例もありそうだ。

遠足のおやつは、一人、300円までです。
ただし、バナナは、おやつには含みません。


 バナナは、「おやつ」に含むようにも思われるが、食事の一部であって「おやつ」には含まないという解釈も成り立ちそうである。そんな場合に、バナナは「おやつ」に含まない、ということ明確に宣言するために、「ただし」と言っているのである。

 この用法は、一般化すると、こういうことになる。

  ● 前に述べたことの解釈が分かれる場合に、その一方を採用する

 将棋連盟の規定の「トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。」というのは、明確で、解釈が分かれる余地もなく、この用法にも、あてはまらない。

 結局、将棋連盟の規定は、「ただし」と言うべきでないところで、「ただし」と言ってしまったのである。

 読み手としては、「ただし」と書かれている以上、一次予選の1回戦でも、例外的に師弟戦が行われることがあり、それが、どのような場合かが書かれているのではないかと、予測して、次を読むことになる。

 けれども、「ただし」の後に書かれているのは、一行目に書かれていることの当然の帰結であり、一次予選の1回戦では師弟戦は行わない、という原則は、そのままであり、予測を裏切られてしまうのである。

 ここでは、「ただし」ではなく、「言うまでもなく」が相応しい。
 

トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
言うまでもなく、二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。



 「言うまでもなく」というのは、「普通の理解力のある人なら、上記に述べたことの意味は、当然に正確に理解できるだろうが、中には、誤解する人もいるかも知れないので、念のため、述べておくが」ということである。





 





気を緩めると誤解を招く

 先日の棋戦で藤井聡太七段が増田康宏六段に勝ったのだが、その記事の一節だ【藤井聡太七段、予選から破竹の6連勝 増田康宏六段との“天才対決”にも快勝/AbemaTVトーナメント決勝T1回戦】。

若手棋戦・新人王戦を2016、2017年と連覇し、一時は藤井七段より前に5人目の中学生棋士になるのではとも言われた、増田六段を圧倒した。



 将棋界に疎い人なら、誤解をしそうな箇所が三箇所もある。

 【1】 「若手棋戦」と「新人王戦」の二つの棋戦を連覇したのか

 実際は、「若手棋戦」という棋戦は存在しない。「若手棋戦」というのは、「新人王戦」の修飾語として用いられているに過ぎない。そうであれば、「若手棋戦である新人王戦」とするのがよい。これなら誤解の余地はない。

 記号の「・」(なかぐろ)は、便利な記号なのだが、このような曖昧さがあるので、使うときは要注意だ。

  若手棋戦・新人王戦
    → (修飾) 若手棋戦である新人王戦 
    → (並列) 若手棋戦と新人王戦 
  

 【2】 新人王戦を連覇したのは藤井七段か増田六段か

 冒頭の文章の構造を分かりやすくすると、次のようになる。

    ○○を連覇し、
    ○○と言われた、
    増田六段を
    圧倒した。

 文末の「圧倒した」の主語が藤井七段であることは明白である。けれども、○○を「連覇し」たのは、藤井七段のようにも読めるし、増田六段のようにも読める。

 実際は、○○を連覇したのは増田六段である。

 「では、どう書けばいいのか」という点については、次の【3】の問題とも絡むので、後述する。

 
 【3】 ○○を連覇したから○○と言われたのか

 ○○を連覇したのが増田六段だとすると、連覇したが故に○○と言われたようにも読める。

 増田六段は2013年にプロ入りが叶わぬままに中学を卒業したのだから、「5人目の中学生棋士になるのでは」と言われたのは、当然、それよりも前のことである。

 従って、2016,2017年の棋戦連覇が、「5人目の中学生棋士になるのでは」と言われた原因ではありえない。

 できごとを、時間の流れと逆に書くから、誤解を招きかねないのである。

 以上に述べたことを踏まえて以下のように書けば、誤解の余地はない。

一時は藤井七段より前に5人目の中学生棋士になるのではとも言われ、若手棋戦である新人王戦を2016、2017年と連覇した、増田六段を圧倒した。



 -- 【追記 2018.8.4】 ----------------------------------------------------------------------

増田・藤井


 
 

日付か、曜日か

【1】 「月・日」か「曜日」か

 日にちを伝えるに際して、 「月・日」と「曜日」のどちらが重要か、という問題である。

 その点に注目して、下記の二つの例を見てほしい。

 最初は、ある展覧会のポスターの一部である【京都国際マンガミュージアム「ビッグコミック50周年展」】。

日付-1


 次は、インターネット番組の中での解説である【Abema テレビ 将棋チャンネル】。

日付-2


 一方は、曜日は小さく添えられているのに対し、他方は、曜日の方が大きく記載されている。

 これには必然性がある。

 美術展のように、2、3か月の期間を示すには、曜日ではなく、月・日が重要なことは、いうまでもない。とは言え、初日や末尾が何曜日かという情報も、「来週の土曜から」とか「来月の最後の日曜まで」といった覚え方をすることを考慮すれば、不可欠である。

 他方、「将棋界 これからの一週間」のように、まさに「これからの一週間」であれば、人は日付より曜日を意識する。だから、曜日を主体にして、日は付け足しのように記載されているのだ。

 一般に、分かりやすく、誤解のないように、日付と曜日の双方を記載すべきであるが、どちらに比重を置くかは、対象となった事柄の性質により、その都度、考える必要がある。


【2】 「曜日」の記載方法

 では、日付が主で、曜日を併記する場合は、どのようにするのが望ましいだろうか。

日付-3


 一番上は、「火曜日」と丁寧に記載されているが、「曜日」までなくとも、「曜日」であることは誰にも分かる。読者の情報処理の負担を減らすためには、不要な情報を載せるのは、極力、避けるべきだろう。

 「月・日」の記載も、なくても分かるのだから、一番下の記載方法「7/31・火」がいいと思う。

 ただ、 「月・日」がないと落ち着かないという人もいるかも知れないので、絶対駄目だとまでは言わないが、私は、できる限り、シンプルな方が好きだ。


-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 冒頭のポスターの「ビッグコミック50周年展」というのは、たまたま、ネットで見つけたのだが、見た瞬間、30数年前のことが甦ってきた。

 当時、私は、司法試験の勉強のために、銀閣寺道にある【私設図書館】に通っていた。

 館内の一角に一坪にも満たない休憩スペースが設けられ、そこに週刊誌や漫画雑誌が置かれていた。当時、ビッグコミックや、その姉妹誌である「ビッグコミック・スペリオール」や「ビッグコミック・オリジナル」などが備えられており、「ゴルゴ13」はもちろん、「三丁目の夕日」や「釣りバカ日誌」「めぞん一刻」といった、後に映画やアニメになった連載漫画を欠かさず読んでいたことを思い出す。

 なお、先日、NHKの「72時間」という番組で、この私設図書館が取り上げられていた【ドキュメント72時間「京都 静かすぎる図書館」】。

 また、館内の様子は、【私設図書館】誰にも邪魔されずにひとりの時間を過ごせる場所。】でも見ることができる。各人のスペースを区切るガラス板は、当時のままのようだし、休憩コーナーも、当時と、あまり変わっていない。


-- 【追記 2018.8.2】 ----------------------------------------------------------------------

 私設図書館のNHKの番組は、【 Dailymotion ドキュメント72時間「京都 静かすぎる図書館」】で視ることができる。

 なお、テレビ番組を勝手にネットで公開する行為は、著作権法違反である。ただ、テレビ番組の場合、いったん公開されても、テレビ局の申し入れで削除されるものが殆どである。そうすると、削除されていないということは、暗黙の内にテレビ局が公開を許容している、と解する余地もある。

 

 

超一流棋士の一覧表

 昨今の将棋ブームを反映して、「文藝春秋2018年の論点」に、超一流棋士の一覧が載っている。

棋士一覧7人-0


 これまでの超一流棋士と藤井聡太四段(当時)を比較しようという意図なのだが、この表では、「比較」するのは困難だ。

 そこで、同じデータに基づき、表を組み替え、勝率欄を追加し、かつ、データバーを表示したのが、次の表だ。

棋士一覧7人-1


 一つの表だと、横長のため、端末によっては見にくいと思われるので、二分割してみた。

棋士7人-4

棋士7人-3


 たとえば、これまでの6人の大棋士が、通算タイトル数では、大山・中原・羽生の上位3人と、加藤・谷川・渡辺の下位3人に分けられることが、一瞬のうちに見て取れる。最初の表だと、いくら表を眺めていても、気がつかないかも知れない。

 こういった成果を得られるのは、下記2点の効用である。

  ・ 完全二次元化 (どの項目も、縦一列に並ぶ)
  ・ データバー化 (数値の大きさが可視化される)

 他にも、ちょっと眺めただけで、こんなことが読み取れる。

  ・ 加藤は、八段昇段は一番早いが、タイトル獲得は一番遅いこと
  ・ 加藤の負数が突出していること
  ・ 渡辺の勝数が少ないこと (33歳の時点の記録なので、まだまだ、これからである)
  ・ 藤井の勝率が突出して高いこと
       (最初は、対戦相手は下位棋士ばかりだから、多少は高くなって、当然ともいえる)




谷川九段と藤井七段の師匠が語る

 今朝のネット記事の見出しである【「将棋界のこれから」朝日 2018.7.28】。

谷川九段と藤井七段の師匠が語る


 谷川九段と藤井七段は兄弟弟子ではないが、そのことを分かっている人なら、何の疑問も抱かない見出しである。

 ところが、将棋の世界について全く知識のない人だと、谷川九段と藤井七段の共通の師匠が、弟子二人について語るのだと、誤解するかもしれない。

 誤解をなくすには、次のいずれかの表現にするしかない。

【1】 谷川九段と藤井七段の師匠とが語る
【2】 藤井七段の師匠と谷川九段が語る


 ただ、【1】だと、「谷川九段と藤井七段の師匠」まで読んだ時点では、谷川九段と藤井七段が兄弟弟子で、二人の共通の師匠」つまり一人の人のことを指しているように思えてしまう。

 その次の、「とが」を読んで、初めて、実は、「(谷川九段)+(藤井七段の師匠)」の二人を指していることが分かるのであり、②の方が、そのような「途中までの誤解」の余地もない点で優れている。

 将棋界の序列から言えば、谷川九段を先にすべきところなので、記者は、冒頭の表現をしてしまったのかも知れない。けれども、やはり、「分かりやすさが第一」である。

 優先順位は、常に、  分かりやすさ > その他の事情(格式・慣習・厳密さ・お洒落度・・・)  である。

 なお、どうしても谷川九段の名前を先に出したければ、こんな表現もある。

【3】 谷川九段が藤井七段の師匠と語る


 けれども、こうすると、二人が対等に語る、というのではなく、谷川九段が主体のように思われてしまう。

 抽象化すると、こういうことになる。

語る。 ・・ AB対等
語る。 ・・ Aが主体


全体を抽象化して整理すると、以下のようになる。

語る人-2





 

「道場営業・教室の時間短縮」

 一昨年の史上最年少棋士、藤井聡太四段の誕生以来、日本列島は空前の将棋ブームに沸いているが、私も、最近では、日本将棋連盟のサイトにアクセスして対局結果を確認したり、サイトで毎日出題される詰め将棋を解いたりするのが日課になっている。

 先ほど、将棋連盟のサイトを開くと、台風12号の接近に伴う措置として、次のような告知がなされていた。

 道場営業・教室の時間短縮等の対応をさせて頂く場合があります。販売も同様です。

 
 決して、「分かりにくい」文章ではない。

 けれども、読んでいて、ものすごく、ストレスを感じる(個人の感想です)。

① 道場営業・教室の時間短縮

 まず、「道場営業・教室の時間短縮等」の部分である。

 「教室」は「営業」ではないのか?
 
 要するに、道場も教室も時簡短縮の可能性がある、と言うことであれば、「道場」に「営業」を付け、「教室」に「営業」を付けないという、不統一な表現をするべきでない。「道場・教室の時間」とするか「道場・教室の営業時間」とすれば、よいではないか。

 多分、この文章を書いた人の深層心理には、「教室」というのは、人を育て教えるという崇高な行為が行われる場所であり、対価として金銭を徴収しているものの、「営業」という、「金儲け」を連想させる単語は用いたくない、という思いがあったのではないか。

 他方、「道場」については、ある程度の棋力を有する者に対局の場所を提供する、ということで、「教室」のような「教える」という要素がないことから、そのような抵抗感がなかったのではないだろうか。

 けれども、そういった「思い」は内に秘めておいてほしい。第三者にとっては、一定の金銭を支払って一定のサービスを受けるのであるから、「営業」の「ように」見える。

 サービス提供者の内心に基づいて、「営業」だったり、「営業」でなかったり、というのを、第三者に押しつけても、迷惑なだけである。

 こういった内部の「気持ち」「事情」を、不用意に外部への情報発信に際して表に出す行為の問題については、以前のブログ【内部の論理は、内部に留める】に書いたとおりである。

② 販売も同様
 
 次に「販売も同様です」の部分である。

 なぜ、ことさら、道場・教室と分けて説明しなければならないのか。

 まとめて、「道場・教室・販売の時間短縮等」と記載した方が、よほど、シンプルである。

 もちろん、「理論上」は、以下の違いがある。
  道場・教室..対価を得て、役務(サービス)を提供する
  販売・教室..対価を得て、物を提供する

 これを、法律的に言えば、以下の違いとなる。
  道場・教室..役務提供契約(委任契約、請負契約・・・)
  販売・教室..売買契約

 けれども、法律的な問題を論じているのではない。

 要するに時間短縮等があるか否か、ということに過ぎない。だったら、区別する必要など、まったくない。
 
 「必要のないことは、しない」というのが、「分かりやすさ」の鉄則である。

 上で、「区別する必要など、まったくない」と言ったが、順番は別である。
   ○ 道場・教室・販売
   × 道場・販売・教室

 つまり、道場、教室といった似通ったものの間に異質な販売を含むべきではない、ということである。

 なお、いくつかの物を列挙する場合の注意点について、以前の記事【例を挙げるだけでは伝わらない】にも目を通してほしい。



 



 

図形の要素は、2つで十分

 昨日の【文字情報には頼らない】の続編である。

 文字情報に頼らず、図を用いる場合、図を構成する以下の要素の全部ないし一部を利用することになる。

  ● 形
  ● 大きさ
  ● 色
  ● 位置
  ● 向き

 昨日のブログで取り上げた、大学を卒業した将棋のプロ棋士のプロになった時点と大学在学の前後関係を示す方法について、もう少し、考察をしてみた。

 形や向きを利用しない場合、以下のように、位置だけを利用した場合、位置と色を利用した場合、色だけを利用する場合、と3パターン考えられる。

図形-1


 利用する要素が多ければ多いほど、それぞれを識別することは容易になるのだが、その反面、情報過多になって、見る側には負担となる。

 上の例だと、左側の、位置だけで区別するのが、ちょうどいいと言えよう。

 では、信号機の場合、どうだろうか。
図形-4


 位置だけで区別するのは難しい。やはり、位置と色の両方を利用するのが一番いい。

 文字に頼らず、図を使うと言っても、図形の各要素(形、大きさ、色、位置、向き)のどれを利用するのか、場面に応じて適切な選択をしなければならない。もしも、各要素をフルに使ってしまうと、あまりにも煩雑であり、余分な情報のために、かえって分かりにくくなるので、要注意である。

 この点は、以前のブログ【実務に理解の深い教員の養成は急務なのだが・・・】で取り上げた。







文字情報には頼らない

 将棋の棋士と言えば、坂田三吉【Wikipedia】に代表されるように、学歴とは無縁の世界である。ところが、最近では、大学卒の棋士も増えており、最年少で棋士となった、現在高校一年生の藤井聡太七段の進路も注目されている。そんな中、最近の大卒棋士を一覧にしたものをネットで見つけた【将棋の居酒屋「遼」】。 

将棋-大学-1

 「四段昇段年齢」という項目があるが、いわゆる「プロ棋士」と認められるのは、四段以上だからだ。では、大学入学前に四段に昇段した棋士は何人いるだろうか。

 当たり前のことだが、右端の列の「入学前」という文字列を数えていくことになる。だが、20行ほど漢字が並んでいるのを数えていくのは、結構、面倒な作業である。

 これに手を加えたのが次の表だが、この表で、同じ作業をしてみてほしい。

将棋-大学-2

 最初の表と比べれば、遙かに楽である。

  「卒業後」「在学中」「入学前」といった漢字3文字の塊の場合、「入学前」を識別するのは、ごく微少な時間とは言え、「読む」という作業が必要であるが、「----卒業後」「--在学中--」「入学前----」であれば、すぐに「入学前----」というのが目に入ってくる。

  「すぐ目に入る」とは言っても、目に入ってくるのは「文字」であり、「その意味を理解する」という作業が必要である。そんな作業すら不要にする表現の仕方も存在する。以下の表だ。

将棋-大学-3


 ここまで来ると、もはや、見ようとしなくても、勝手に向こうから目に飛び込んで来る。

文字情報と図形情報(色・形・位置・向き)とで、こんなにも違いがあるのだ。

 振り返って見れば、信号機が、赤黄青でなく、「停止」「注意」「進行」という文字が表示されていたとすれば、おそらく、交通事故は倍増するのではないだろうか?




将棋中継

 将棋の実況中継と言えば、以前は、日曜の朝にNHKで放送されるNHK杯戦くらいだったが、最近では、複数のインターネットテレビに将棋専門チャンネルがあり、様々な棋戦の実況中継を見ることができる。

 今日は、名人戦第6局が行われているが、その画面が、以下のようになっている【AbemaTV】。

盤面-1

 画面の右下部分には、将棋盤の真上から撮影した画像が表示され、拡大すると、以下のようになっている。

盤面-2

 番組を最初から見ていれば、どちらが先手(下側から上側に攻めて行く)なのかは分かるのだが、途中から見た場合は、すぐには分からない。

 こんなふうに、画面に棋士の名前を表示してくれれば、途中から見ても、すぐにわかるのだが。

盤面-3


 番組の運営者は、当然のことだが、視聴者が理解できるようにと色々考えているはずである。ところが、途中から見る視聴者がいる、ということまで、気が回らなかったのだろう。



直感に頼らない説明

 野球の中継は滅多に見ないのだが、たまに見ると、解説者が 「いい球は見逃してはいけません」「悪い球は、絶対、打ってはいけません」などと言っている。

 間違ってはいないが、全く無内容である。どうすれば、いい球を見分けることができるのか、それを語らなければ意味がない。

 似たような話だが、今日、詰将棋の解説で、こんな説明を目にした【実戦型詰め将棋三手五手七手詰め 中原 誠/著   日東書院本社】。
 
中原

 要するに、5手詰めでは1手目と3手目が急所で、それが分かれば、解けたも同然、ということらしい。けれども、そのことを教えてもらったからと言って、どれだけ、詰将棋が強くなると言うのだろう。

 「急所」とされる、1手目をどうやって見つけるのか、その方法についての説明がなければ、何の力にもならない。

 中原永世名人のような人になれば、直感的に急所の1手目が見えてしまうために、素人が、どうやって1手目を見つけるのか、ということが説明できないのかも知れない。

 そういう点では、解説者、指導者としては、天才的な棋士は不向きなのかも知れない。

 もちろん、人間が解く以上、ある程度の直感に頼らざるを得ないのは確かであるが、その直感は、素人レベルでも働くような直感でなければならず、天才レベルの直感を前提にされても、素人には、まねのしようがないのである。

 この問題に即して言えば、私のような素人(多分、2、3級)でも持てる直感としては、「4一」から玉が逃げ出しそうなので、それを止めなければならない、という程度の直感である。

 その直感を前提に解き方を解説すると、次のようになる。

 ① 「4一」からの脱出を防ぐ攻め方の手は、「4一」に効き、かつ、王手になる手でなければならない。

 ② 玉は、「3二」にいるので、結局、「4一」と「3二」の両方に効く手でなければならない。

 ③ 「4一」と「3二」のような斜め2箇所に同時に効く駒は、金と角しかない。

 ④ すると、結局、「3一金」「2三角」「1四角」の3とおりしかない。

 ⑤ 「3一金」の場合、玉方の手は、「2三玉」しかない。

 この先は、延々と場合分けをして、玉を詰ますことが出来る手順を見つけるしかなく、解説としては、結構、長くなってしまう。

 もちろん、⑤から先でも、直感により検討するまでもない手もでてくるだろうが、それは、人それぞれである。

 人それぞれである以上、解説者が直感を前提とした「解説」をしてしまったら、置いてけぼりを食わされる読者も出てくるはずである。

 とは言っても、まったくの初心者を想定した解説だと、ある程度の棋力の読者にとっては、冗長に過ぎるという不満も出てくるのは確かであり、どこかで、「直感」に頼った解説をせざるを得ないのも事実であり、解説者も悩むところであろう。

 けれども、冒頭の中原永世名人の解説では、誰の役にも立たないことは間違いない。

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