余分な文字は目に入れない

 将棋の棋士と言えば、坂田三吉【Wikipedia】に代表されるように、学歴とは無縁の世界である。ところが、最近では、大学卒の棋士も増えており、最年少で棋士となった、現在高校一年生の藤井聡太七段の進路も注目されている。そんな中、最近の大卒棋士を一覧にしたものをネットで見つけた【将棋の居酒屋「遼」】。 

将棋-大学-1

 「四段昇段年齢」という項目があるが、いわゆる「プロ棋士」と認められるのは、四段以上だからだ。では、大学入学前に四段に昇段した棋士は何人いるだろうか。

 当たり前のことだが、右端の列の「入学前」という文字列を数えていくことになる。だが、20行ほど漢字が並んでいるのを数えていくのは、結構、面倒な作業である。

 これに手を加えたのが次の表だが、この表で、同じ作業をしてみてほしい。

将棋-大学-2

 最初の表と比べれば、遙かに楽である。

  「卒業後」「在学中」「入学前」といった漢字3文字の塊の場合、「入学前」を識別するのは、ごく微少な時間とは言え、「読む」という作業が必要であるが、「----卒業後」「--在学中--」「入学前----」であれば、すぐに「入学前----」というのが目に入ってくる。

  「すぐ目に入る」とは言っても、目に入ってくるのは「文字」であり、「その意味を理解する」という作業が必要である。そんな作業すら不要にする表現の仕方も存在する。以下の表だ。

将棋-大学-3


 ここまで来ると、もはや、見ようとしなくても、勝手に向こうから目に飛び込んで来る。




「送信フォーム」への長い道のり

 企業や自治体のウェブサイトでは、問い合わせや意見を受け付けるためのフォームが用意されていることが多い。

 ただ、トップページを見ても、どこから意見を送ればいいのか分からないことも多く、サイトマップを見たり、サイト内検索をしたりして、ようやく、送信フォームにたどり着くことも多い。
 
 これに対して、トップページに、受付のボタンを配置しているサイトもあり、大変、便利である。たとえば、京都市のサイトのトップ頁【京都市情報館】は、次のようになっている。

意見-1


 そこで、右上の「お問い合わせ」というボタンを押すと次の画面になる。

意見-2


 次に、この送信フォームの文字を押してみる。

意見-3

 送信フォームが出てくるわけではなく、何やら注意事項が書かれている。どこに、送信フォームがあるのか、あるいは、また、どこかのボタンを押さなければならないのか、等と思いながら、下の方を見ていくと、次のようになっている。

意見-4


 そこで、今度こそ、と思いながら、「SSL対応をご利用の方は、こちら」の箇所を押してみる。

意見-5

 まだ、送信フォームには辿り着けない。

 結局、ここにある「京都いつでもコール SSL対応送信フォーム」こちらを押して、ようやく、送信フォームが出てきた。

 まるで、役所に行って手続をするときに、あっちの窓口、こっちの窓口と数カ所まわって、ようやく本来の手続きができるのと同じような気分である。落語に、お役所仕事を揶揄した【ぜんざい公社】という話があるのを思い出した。

 ボタンや文字の並びを押す度に出てくる新しい画面の文章を読みながら、次は、どこを押せばいいのかなどと探していると、次第に、意見を述べようと色々と考えていたことが、どこかに行ってしまうような気もしてくる。

 あっちこっちと、たらい回しをして、意見を述べるのを諦めさせようとしているのではないかと勘ぐりたくもなってくる(もちろん、そんなことは、意識していないだろうが・・・)。

 さて、これで、このブログ記事は完了とし、今から、「送信フォーム」を利用して意見を述べることにしよう。

 どんな返事が返ってくることか。まさか、「ご意見ありがとうございます。ご意見は関係部署に伝え、今後の業務の参考にさせていただきます」という返信メールが届いて、それっきり、ということはないだろう。

将棋中継

 将棋の実況中継と言えば、以前は、日曜の朝にNHKで放送されるNHK杯戦くらいだったが、最近では、複数のインターネットテレビに将棋専門チャンネルがあり、様々な棋戦の実況中継を見ることができる。

 今日は、名人戦第6局が行われているが、その画面が、以下のようになっている【AbemaTV】。

盤面-1

 画面の右下部分には、将棋盤の真上から撮影した画像が表示され、拡大すると、以下のようになっている。

盤面-2

 番組を最初から見ていれば、どちらが先手(下側から上側に攻めて行く)なのかは分かるのだが、途中から見た場合は、すぐには分からない。

 こんなふうに、画面に棋士の名前を表示してくれれば、途中から見ても、すぐにわかるのだが。

盤面-3


 番組の運営者は、当然のことだが、視聴者が理解できるようにと色々考えているはずである。ところが、途中から見る視聴者がいる、ということまで、気が回らなかったのだろう。



色使いは、こうする

 昨日の朝の震度5の地震に続いて、震度3前後の地震が何度か起きている。

 過去の大地震のことをネットで調べたのだが、比較的わかりやすいのが次のサイト【マグニチュード7クラスの大地震は昭和・平成で何度起きたか?【地震歴史まとめ】】で、各地域に色を割り当て、各地震の見出し部分の背景に、その色を使っている。こんな具合だ。

 
大規模-1


 「比較的わかりやすい」といったものの、この色使いは分かりにくい。

 地域を色で分けて、文字を読まなくても直感的に、どの辺りの地震か、ということを理解してもらおうという意図なのだろうが、色使いに法則性がなく、色を見て、だいたい、どの辺りか、という見当を付けることは、到底、不可能だ。
 
 こんな色使いではなく、寒冷地の北海道、東北から、温暖地の九州、南海に向けて、寒色から暖色へと変化させていけば、直感に馴染み、ずっと理解しやすい。こんな具合だ。
 
大規模-2




気象庁の地震情報

 今朝8時前に地震があった。すぐにテレビを付けると同時に、ネットで気象庁の地震情報を見ようとした。

 サイトを開くと、メニューのボタンが、以下のように、ずらっと並んでいる【気象庁・地震情報】。

地震-0

 ところが、ぱっと見ただけでは、左から3番目と4番目が、「震源・震度に関する情報」「各地の震度に関する情報」となっており、「震源」に関する情報の有無の違いだけなのか、「震度」と「各地の震度」は違うのか、文字を見ただけでは、よく分からない。

 結局、それぞれのボタンを押して行くと、次のようになっていた。

地震-2

 ご覧のように、どちらも、「震源」は×で記されている。

 震度については、一方は、都道府県を2、3の地域に分けた地域ごとの震度を表しているのに対して、他方は、ピンポイントの観測地点ごとの震度を表しているようだ。ただ、より詳細な地図を表示して行くと、最終的には、③のように、どちらも、観測地点ごとの震度が表示されるようになっていた。

 この結果を踏まえて、ボタンを「分かりやすく」するとしたら、以下のようにするのがいいだろう。
地震-4

 あと、冒頭に並んでいたボタンの5番目「遠地地震に関する情報」というのも分かりにくい。

 「遠地」というのが、北海道とか沖縄を指すのかと思ったのだが、そうではなく、「外国」ということだった。
 
 考えてみれば、日本語のサイトなのだから、当然、北海道や沖縄の人も見るわけで、「遠地」というのは、日本の外、と理解するのが合理的なのだが、つい、自分の住んでいる京都を中心に考えて、「遠地」を、上記のように理解していた私が悪い、ということになるだろう。

 とはいえ、サイトを見る人は様々なのだから、絶対に誤解のないように、「外国の地震に関する情報」とすればよかったのだ。



「データバー」の活用

 少し長くなるが、不動産業界に関する記事を引用する【NEWSポストセブン 不動産「御三家」を猛追 ヒューリックとはどんな会社なのか】。

 売上高でいえば、2017年12月期の予想が2800億円というそのヒューリックが、不動産業界で御三家といえる三井不動産、三菱地所、住友不動産の財閥系3社を追いかける、4番手に浮上しようとしている。

 財閥系3社に続くのは野村不動産ホールディングス、東急不動産ホールディングスで、確かに規模では野村や東急にも及ばない(2018年3月期の両社の売上高予想は、野村が6460億円、東急が8400億円)中堅クラスのヒューリックだが、大事なのは収益。この収益面での比較となると、一気に野村や東急と肩を並べるのだ。

 2018年3月期予想で営業利益、経常利益、純利益の順に数字を並べてみると、野村は760億円、670億円、440億円。東急は735億円、640億円、345億円。そして2017年12月期のヒューリックの予想が630億円、600億円、400億円。売上高比から見たヒューリックの高収益性が際立っているのがわかる。


 不動産業界の中でのヒューリックという会社の特徴が具体的な数字で理解できただろうか。理解できたとして、どれくらいの時間を要しただろうか。

 上記の記事を表にすると、こうなる。

ヒューリック-4

 記事が最も述べたかった結論「売上高比から見たヒューリックの高収益性が際立っている」ということが、一目で理解できるだろう。

 表の各枠の中の色のついた棒グラフのような図形は、表計算ソフト「エクセル」の「データバー」という機能を用いて表示したものである。この「データバー」によって、単なる数字の羅列でしかない表が、一目で、その意味を理解できる表に一変したことが、おわかりいただけただろうか。

 これほど表現力に優れた[データバー」である。もっと多用されてもいいはずなのに、ネット上でも、見かけることは少ない。もったいないことである。

 他にも表の作成にあたって留意した事項を列挙する。

 ● 企業の名称の一部を大きな太字にした。
     正式名称は「●●不動産ホールディングス」であっても、区別に必要なのは、「●●」の部分だけである。

 ● 収益欄の項目名を右寄せにした。
     3種類の「利益」の共通部分である「利益」が縦一列に並ぶ結果、「営業」「経常」「純」の違いに注目されるようになる。
     この効果を得るためであれば、「ホールディングス」を小さくしたように、「利益」を小さくしても、よかった。

表の作成は、こうする

 下の表は、ある法科大学院の修了生の直近3年間の司法試験の受験結果を表にしたものである。

合格-1


 これを、私が「分かりやすく」したものが、次の表である。

合格-2


 どこを変えたかというと、以下のとおりだ。

 ● 文字を大きくした (表全体の大きさは、変わりない)。
     ある程度の余白は必要だが、元の表では、空白部分が広すぎるし、文字を読みにくい。

 ● 数字の後ろの「名」を省略した。
     「名」というのは分かりきったことだし、21箇所にも付けると煩雑な感じがする。
     他方、「年」は3箇所だけなので、付けても煩雑には感じない。     

 ● 既習・未習、法学部・他学部を、それぞれ行で分けるのではなく、列で分けた。

     本来、年を行で分けているのだから、時の流れと異質なもので更に行を分けると、思考が混乱する。
     仮に、年を前期・後期というふうに細分化するのであれば、行で分けるのが適切である。

 ● 既習・未習、法学部・他学部の文字は項目名に記載し、表の中身には記載しなかった。

 こうすることによって、格段に分かりやすくなった。たとえば、他学部出身の最終合格者は一人もいないことが、一瞬で分かる。元の表だと、1行おきに、「他学部」という文字を確認しながら見て行く必要があったのだが、新しい表だと、右端の列を見るだけで、他学部出身者の合格者数が分かるのだ。

 ところで、表計算ソフトの「エクセル」には便利な機能があり、数字の大きさを視覚的に表現してくれるので、直感的に数字の大きさを把握できるようになっている。次のようになる。
 
合格-3


 この表だと、2017年に短答合格者が激減したことが、一瞬で読み取れるのだが、元の表だと、そのことに気づくのに数秒はかかる。

 エクセルが出始めた頃から、「こんな機能があったら、いいのにな」と思っていた機能なのだが、Excel 2007 で、この機能が追加されて感激したものだ。

 情報は、「正確さ」という点では、デジタルの数字が優れているのだが、「直感的な分かりやすさ」という点では、アナログの図形の方が遙かに優れているのである。

 腕時計の表示でも、デジタル時計が出始めた頃は、アナログ時計よりも正確に時刻が分かるということで、私も乗り換えたのだが、使っているうちに、ストレスを感じるようになった。

 アナログ時計なら、例えば、夕方6時の待ち合わせなら、あと、40分、ということが、直感的に分かるのに対して、デジタル時計だと分からないのだ。

 また、アナログ時計なら、時計の文字盤を見ながら、長針の位置を頭に描いて、ここで家を出て、ここで駅に着いて、・・・と、自分の予定を考えられるのだが、数字を見るだけだと、そうは行かない。アナログ時計なら、頭に描いた長針の動いた角度で時間の長さを実感できるのである。


 

色分けに注意

 ある予備校のサイトに、大学進学の状況について1990年と2015年とを比較する表が載っていた【河合塾 大学入試の昔と今】。
 下の左が全体図、右が右半分(2015年)を拡大したものだ。

大学

 見た瞬間、右端のオレンジの長方形が何を指すのかと思ったら、中央付近の凡例のオレンジの正方形の右に「短大」と書かれている。では、4年制大学の青の長方形はどこにあるのかと思ったのだが、そんなものはない。オレンジの正方形は、円グラフのオレンジに対応しているもので、右端の長方形のオレンジとは無関係のようだった。

 「大学数」のところからオレンジの長方形まで、黄緑色の破線が延びていることから、オレンジの長方形は、4年制大学と短大を併せた大学数を表したものだと理解できた。

 そうやって理解したつもりでも、どうしても、短大のオレンジと右端の長方形のオレンジが結びつけられ、見ていて、居心地が悪い。

 しかも、円グラフの上に並んでいる人の図も青とオレンジが使われていて、男子は4年制大学、女子は短大という昔の固定観念にとらわれているようにも見えてしまう。結果的に、予備校が、ジェンダーフリーの時代に逆行しているとの非難を受けるかもしれないし、下手をすると、そういうことに敏感な受験生を遠ざけてしまいかねない。

 こういった誤解を起こさないようにするには、たとえば、こんが具合にすればよいだろう。

大学-2


注意した点は、以下のとおりである。

 ● 凡例を独立に設けるのではなく、円グラフの中に重ねる。
     こうすれば、判例とグラフとの間を視線を行ったり来たりしなくても理解できる。

 ● 男女の色分けと、4年制大学・短大の色分けを、別のものにする。

 ● 大学全体を表す長方形の内部は、4年制大学、短大の各色を組み合わせた格子状にする。


くどすぎてもいいから、分かりやすく

 ある公共施設の集会室の利用料金表である。

料金-1

 どこが分かりにくいのか? という疑問を抱かれた人もいるだろう。

 最大200人くらい入る部屋なのだが、この表を見たとき、最初は、朝10時から夕方5時まで利用して、3000円というのは、えらく安いと思った。

 そんな安いはずはないだろうと思って見直すと、左上に「ご利用時間(1時間単位)」と書かれていた。ただ、これを見たときも、最初に見たときの、朝10時から夕方5時まで利用して3000円、という印象が強く、単に利用時間が1時間単位というだけで、料金の計算は、それとは別で、朝10時から夕方5時までなら、何時間でも3000円なのか、という気がした。

 それにしても、安すぎる。そのうち、利用時間が1時間単位というのだから、利用料金も1時間の料金を表示してあるのだろうという気もしてきてた。

 施設側は、利用時間が1時間単位ということを表示しておけば、料金も1時間ごとに計算されるというのは当然のことだという思いがあったのだろう。

 確かに、常識的にはそういうことになるだろう。

 けれども、自分では常識だと思っていても、100%の人が常識を持ち合わせている、というわけではない。

 たとえば、森友問題の財務省の文書改竄に関する佐川元国税庁長官の証言など、常識的には、こんなので納得できる人がいるのかと思えるのだが、世論調査では、「納得できない」が72・6%で、「納得できる」が19・5%もあるのだ【毎日新聞 佐川証言、世論調査】。

 もう登場して10年にもなり、テレビでも何度となく報道されている「オレオレ詐欺」でさえ、未だに騙される人がいるのだ。

 集会室の利用料金の件でも、トータルで3000円と誤解する人がいないとは言えないだろう。もし誤解したまま申し込んでいたら、当日、料金の支払いを巡ってトラブルにもなりかねない。

 万が一にも、そんなことにならないよう、くどいほど分かりやすい表現にすべきである。たとえば、こんな具合である。

料金-2


お洒落すぎる!

 私が大変気に入っている店があるのだが、昨日、商品の注文に関する留守電が入っていた。

 今朝、折り返しの電話を入れようとしたのだが、まだ営業時間前かも知れないと思い、店のウェブサイトで営業時間を確認したところ、次のようになっていた【アンジェ・河原町本店】。

 
アンジェ


 営業開始時刻の数字が、最初は、ローマ数字の「II」に見えて、昼の2時からしかやっていないのかと思ったのだが、すぐに営業終了時刻の「21:00」というのが目に入ってきたので、営業開始時刻の数字も、ローマ数字ではなく、アラビア数字に違いないと思い見直して、ようやく、11時と言うことが理解できた。

店のコンセプトが、

「上質な暮らし・美しいデザイン」をテーマに、日本・北欧などを中心に世界中から選りすぐりの商品を集めています

と言うだけあって、ウェブサイトのイメージも、それに沿って、大変お洒落な作りで、それはそれで結構なのだが、「営業時間」「電話番号」といった基本的な情報についても、お洒落過ぎるフォントを用いてしまうと、伝えるべき情報を誤って伝えることにもなりかねない。

 以前のブログ【エレベータの開閉ボタン】にも書いたように、表現に際して、「お洒落に」「格好よく」という思いは誰しも抱くものなのだが、「分かりやすさ」を犠牲にしては本末転倒である。

 もちろん、店のウェブサイトなどは、純粋に事務的な文書ではないのだから、「分かりやすさ」に徹するわけにもいかず、「お洒落」を優先させたい気持ちも分からなくはないのだが、それでも「お洒落すぎる」のは、考えものである。

 ところで、冒頭の留守番電話の「商品」というのは、来年のスケジュール帳である。見開き一週間で、時刻が縦に並んでおり、非常に使い勝手がいいため、もう20年以上、同じのを使っている。

 日本製のスケジュール帳は、ほとんどが、時刻が横に並んでおり、使い勝手が悪く、ようやく見つけたのが、そのスケジュール帳【QUO VADIS Weekly Vertical Prenote】なのだ。

 以前のブログ【拘束時間の可視化】に書いたような記載も、時刻が縦に並んでいる方が、ずっと書きやすく、分かりやすい。


「分かりやすさ」だけでは足りない

 日大学長の記者会見が行われている。

 別に日大学長の話が特別に「分かりやすい」という訳ではないのだが、コミュニケーションにおいては、「分かりやすさ」だけでなく、話者の心理状況が聞き手にどのように伝わるかという点について、十分な配慮をしなければならないということを教えてくれる会見である。

 これまでの日大アメリカンフットボール部の対応、記者会見の司会をした日大広報部の担当者の言動などで、世間一般が「誠意がない」と感じていることは百も承知だったはずなのだが、この学長の言葉遣いは、以下のとおり、全く不適切というほかない。
 

本件で学生たちが動揺しているので、学生たちをケアしてあげたい。


 「してあげる」というのは、本来は義務ではないのだが、恩恵的に、何かを行う、という場合に用いられる言葉である。学生たちには何の責任もなく大学の体制、対応が不適切なために学生たちが不安に思っているのであるから、大学として、それをケアすることは、当然の義務である。

 にもかかわらず、「してあげる」という言葉が使われているのであるから、大学としての責任を自覚していないと言わざるを得ない。

今回の騒動につきましては・・・


 思わず耳を疑った。当事者意識の欠如を象徴する言葉である。学長にしてみれば、アメリカンフットボール部の監督の不手際で大学全体が批判され、自分も記者会見まで開かなければならなくなった、という、いわば「被害者意識」が透けて見える表現である。

第三者委員会が発足したか否かは伺っていません。


 第三者委員会の立ち上げの実務を担うのは、大学の事務局であるから、大学の事務局からは話を聞いていないということであろう。であれば、身内である事務局に対して「伺う」という「謙譲語」を使うべきではない。適切な敬語の使い方もできない人が学長をしているのである。

監督は、大学の関連病院のどこかに、おられます。


 これも敬語を使うべきでないところで使っている。特別に難しい言い回しではない。社会人として平均的なレベルの敬語の使い方も習得していない人のようである。

普通は、競技団体の裁定を仰ぐと言う形で片付いてきたところで・・・


 もはや、あきれてものが言えない。学長にとっては、さっさと「片付く」はずのものが、学長である自分が記者会見までしなければならなくなって、大迷惑だ、ということであろう。



学生か生徒か?

 日大アメフト事件の報道の中で、事件についての現役の日大生の声が紹介されている。その際に耳にするのが、「生徒」という言葉である。

 少なくとも私が大学生の頃は、大学生は「学生」と言い、「生徒」というのは高校生以下を指していた。

 大学生ともなれば、親の保護から離れて自律的に行動する、高校生とは違った存在、という共通認識があったように思う。

 その後、80年代のはじめの頃だろうか、高校生たちが、自分たちのことを「学生」と呼ぶのを耳にすることが多くなり、違和感を抱いていた。

 全面的に親の保護下にあるくせに、「学生」とぃうのは烏滸がましい、というのが、当時いだいた感情だ。他方で、高校生たちの「背伸びをしたい」という感覚は理解できなくもなかった。

 ところが、ここ10年くらいのことだが、大学生たちが、自分たちのことを「学生」と言わず、「生徒」と呼ぶのを耳にするようになり、以前とは逆の意味での違和感を抱くようになった。

 平均寿命が延び、「人生50年」という時代から「人生100年」の時代に向かう時代の流れからは、理解できなくもない。とはいえ、他方で、選挙権を取得する年齢が引き下げられているのであり、大学生を「生徒」と呼ぶことに対する違和感は拭えない。

学生-2


 「分かりやすさが第一」という本ブログの趣旨からは、こういうことになる。

 単に「学生」「生徒」という表現をすると、人によっては、高校生以下と大学生を混同しかねない、ということであり、また、「学生」「生徒」という言葉を聞いても、話し手が自分と同じ基準で両者を使い分けているとは限らないということである。



しゅうしょく先は、一つに絞る

セクハラで辞任した福田淳一・財務事務次官の事件に関する朝日の社説だ【2018.4.29 朝日社説】。

女性社員は、1年半ほど前から取材のために福田氏と複数回会い、そのたびにセクハラ行為があったと訴えている。


 「そのたびに」という修飾語が、「セクハラ行為があった」にかかるのか、「訴えている」にかかるのか、文法上は、決め手が無い。
 

① 女性社員は、1年半ほど前から取材のために福田氏と複数回会い、そのたびにセクハラ行為があったと訴えている。

②女性社員は、1年半ほど前から取材のために福田氏と複数回会い、そのたびにセクハラ行為があったと訴えている

  
 ②だと、たとえば、福田氏の部下によるセクハラ行為があったことを、上司である福田氏に合うたびに訴え、善処を求めた、という意味にもとれる。

 もちろん、真実は、福田氏に合うたびに(福田氏から)セクハラ行為があった、ということを(福田氏以外の人に)訴えた、ということであるから、②ではなく①である。

 このように、文法的には多義的でも、背景知識があれば、文脈から正しく読みとることができるのだが、読者の知識、理解力は多様であり、文法的にも、一義的であることが望ましい。本件では、次のようにすべきである。

① 女性社員の訴えによると、1年半ほど前から取材のために福田氏と複数回会い、そのたびにセクハラ行為があったとのことである。

② 女性社員は、1年半ほど前から取材のために福田氏と複数回会い、セクハラ行為があったことを、そのたびに訴えている。


「独創性が認められ登録商標されました」??

 こんな広告を見ると、「誤解」を生じさせることを目的としているのではないかと思ってしまう。

シンプル英語


 右下に、「特許庁より独創性が認められ登録商標されました」と書かれており、この広告記載の英語学習法に「独創性」のあることを特許庁が認めたように思えてくる。

 けれども、少し考えれば分かることだが、「独創性」が認められたのは、「商標」であって、その「商標」を利用しているサービスの内容ではない。

 さらに言えば、商標法では、商標そのもについても、「独創性」があることが必要とされているわけではない。

 第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
      (略)
  五 極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
      (略)

 
 要するに、商標登録が認められたからといって、「ありふれた」とは判断されなかったに過ぎず、「独創性がある」と判断されたわけでは決してないのである。

ちなみに、特許権、著作権に関しては、次のように規定されている。

特許法
  第二条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。

著作権法
  第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
    一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。


 なお、「登録商標されました」というのも可笑しな表現である。

 「登録する」という動詞はあるが、「商標する」という動詞はない。また、複合動詞としても、「商標登録する」はあるが、「登録商標する」はない。従って、「商標登録されました」というのが正しい表現である。

直感に頼らない説明

 野球の中継は滅多に見ないのだが、たまに見ると、解説者が 「いい球は見逃してはいけません」「悪い球は、絶対、打ってはいけません」などと言っている。

 間違ってはいないが、全く無内容である。どうすれば、いい球を見分けることができるのか、それを語らなければ意味がない。

 似たような話だが、今日、詰将棋の解説で、こんな説明を目にした【実戦型詰め将棋三手五手七手詰め 中原 誠/著   日東書院本社】。
 
中原

 要するに、5手詰めでは1手目と3手目が急所で、それが分かれば、解けたも同然、ということらしい。けれども、そのことを教えてもらったからと言って、どれだけ、詰将棋が強くなると言うのだろう。

 「急所」とされる、1手目をどうやって見つけるのか、その方法についての説明がなければ、何の力にもならない。

 中原永世名人のような人になれば、直感的に急所の1手目が見えてしまうために、素人が、どうやって1手目を見つけるのか、ということが説明できないのかも知れない。

 そういう点では、解説者、指導者としては、天才的な棋士は不向きなのかも知れない。

 もちろん、人間が解く以上、ある程度の直感に頼らざるを得ないのは確かであるが、その直感は、素人レベルでも働くような直感でなければならず、天才レベルの直感を前提にされても、素人には、まねのしようがないのである。

 この問題に即して言えば、私のような素人(多分、2、3級)でも持てる直感としては、「4一」から玉が逃げ出しそうなので、それを止めなければならない、という程度の直感である。

 その直感を前提に解き方を解説すると、次のようになる。

 ① 「4一」からの脱出を防ぐ攻め方の手は、「4一」に効き、かつ、王手になる手でなければならない。

 ② 玉は、「3二」にいるので、結局、「4一」と「3二」の両方に効く手でなければならない。

 ③ 「4一」と「3二」のような斜め2箇所に同時に効く駒は、金と角しかない。

 ④ すると、結局、「3一金」「2三角」「1四角」の3とおりしかない。

 ⑤ 「3一金」の場合、玉方の手は、「2三玉」しかない。

 この先は、延々と場合分けをして、玉を詰ますことが出来る手順を見つけるしかなく、解説としては、結構、長くなってしまう。

 もちろん、⑤から先でも、直感により検討するまでもない手もでてくるだろうが、それは、人それぞれである。

 人それぞれである以上、解説者が直感を前提とした「解説」をしてしまったら、置いてけぼりを食わされる読者も出てくるはずである。

 とは言っても、まったくの初心者を想定した解説だと、ある程度の棋力の読者にとっては、冗長に過ぎるという不満も出てくるのは確かであり、どこかで、「直感」に頼った解説をせざるを得ないのも事実であり、解説者も悩むところであろう。

 けれども、冒頭の中原永世名人の解説では、誰に役にも立たないことは間違いない。

医院の診療時間は、こう書く

 街で見かける医院の前には、診療時間を表す次のようなプレートがある。

模範

 一目瞭然で、これ以上、分かりやすくは、しようがない。

 ところが、中には、一目見ただけでは分からない、次のようなものもある。

医院


 休診日の欄に「水曜・土曜午後、日曜・祝日」とあるのだが、果たして、水曜は終日休診なのか、あるいは、午後だけ休診なのか、すぐには、分からない。

 曜日の区切りに、「・」と「、」の二種類を使っていることから、仮に水曜が終日休診だとすると、「水曜、土曜午後、日曜・祝日」と書くのが自然なように思われ、そうすると、「水曜・土曜午後」となっているのは、水曜は土曜と同じく午後休診だ、ということのようにも考えられる。

 一応、こんなふうに考えられるものの、絶対そうだ、とは言い切れないだろう。

 次は、同じビルにある薬局なのだが、これも分かりにくい。 

薬局

 終了時刻について、12:30の右に18:30を配置しているのは、終了時刻が水・土は早く月・火・木・金は遅いことが直感的に理解できるので、この工夫は結構である。

 ところが、開始時刻は、どの日も、9:30であるにも関わらず、水・土は、少し右に配置している。その結果、直感的には、水・土は、開始時刻が遅いように思えてしまうのだが、数字を読めば、開始時刻は同じことが分かる。
 
 なぜ、こんなふうに、ことさら誤解を招きそうな表現をするのか、私には理解できない。


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 昨日、冒頭で、「一目瞭然で、これ以上、分かりやすくは、しようがない。」ご書いたのだが、もう一工夫の余地があった。

模範-2

 背景色を変えることによって、休みがいつか、ということが、瞬間的に脳裏に焼きつけられる【2018.3.15 追記】。



色使いに要注意

 街に出ると、ブログの素材に事欠かない。

 次に掲げるのは、御所の散歩の帰りに見かけた小学校の掲示板のポスターだ。
 
挨拶

 ぱっと見には、「から元気に    しよう」としか読めない。

 近づいて見ると、なんとか、「自分から元気にあいさつしよう」と読むことができる。「自分」と「あいさつ」を強調しようとして、文字の色を「赤」にしたのだろうが、褪色してしまい、意図とは逆に、強調したかった部分が読めなくなっているのである。

 あと数年もすれば、「青」の「元気」の部分も褪色が進み、「から  に     しよう」となってしまうのは間違いなさそうだ。

 次に掲げるのは、大阪の地下鉄堺筋線の車内のドアの上の案内板だ。

ドア


 南森町の下に、 左 とあるのは、同駅では、左側のドアが開くことを示している。他方、天神橋筋六丁目の下の  は、「右」と書いてあるのだが、非常に読みくい。 

 文字の背景を黄色と青色に分けるのは、違いを際立たせるという点では大変結構なのだが、濃い青色だと、文字の黒と明るさに差がないため、文字が読みにくくなっているのだ。こんなときは、文字の色を白にして、  とすれば、ずっと読みやすくなる。




借りている資料=貸出状況 ?

 私が利用している図書館では、ネットで本を検索・予約して近くの分館まで本を取り寄せ、分館で本を受け取ることができる。大変、便利で、日常的に利用している。

 また、自分の借りている本の返却期限や、予約した本の取り寄せ状況も、下記の図のように、ネット上に「Myライブラリ」というのがあって、それを見れば、いつでも自分で確認できるようになっている。
 
ライブラリ


 一番上の[A]が、「Myライブラリ」のメニュー画面で、「借りている資料」をクリックすれば[B]の画面が出てきて、「予約した資料」をクリックすれば[C]の画面が出てくるようになっている。

 問題は、「借りている資料」をクリックしたのに、出てくる画面の表題は、「貸出状況一覧」となっている点だ。

 どちらも、「意味としては同じ」なのだが、「外見も同じ」でなければ、利用者は戸惑ってしまう。

 図書館のシステムの作成者は、[A]のメニューでは、「利用者の視点」から、「借りている」という表現をしたのだが、[B]では、「図書館の視点」から、「貸出」という表現になったのである。

 これに加えて、[A]では、「資料」、[B]では「状況」と異なる表現を用いている。実質的には同じことなのだが、「資料」と「状況」は明らかに異なる概念であり、状況によっては使い分けが必要なこともあるが、ここで使い分けるのは、混乱の元である。

 上記で指摘した「不統一」による「分かりにくさ」は、ちょっと気を緩めると、誰でも冒してしまい勝ちなものである。

 振り返って見れば、依頼者の方に、あるときは「裁判」、別のときは「訴訟」と言ったり、「口頭弁論」とか「期日」とかを無頓着に使うことがあり、依頼者の方を混乱させているのかも知れない。
 
 使う側は、「同じもの」として使っていても、部外者にとっては、「同じ概念」のような気もするが、ひょっとすると「別の概念」ではないか、という思いをすることがあるのだから、いくら注意してもし過ぎることはない。

 ところで、「貸出状況一覧」の画面の右上には、「予約状況一覧」とあり、ここをクリックすれば、「予約状況一覧」の画面に飛べる。逆に「予約状況一覧」の画面から「貸出状況」の画面にも飛べるのだが、クリックするのは、画面の右上ではなく、中央下部の「貸出状況一覧」の文字の部分である。

ライブラリー・2

 何も考えずに普通にやれば、同じような仕様になるはずなのだが、あえて異なる仕様にしているのは、私には理解できない深い事情があるのかも知れない。






弁護士の取扱業務

 各地の弁護士会では、市民が弁護士を利用しやすいように、所属会員のプロフィールをネットで公開している。中でも重要なのが、個々の弁護士の取扱業務である。

 取扱業務の表示方法は各弁護士会で様々なのだが、次に掲げる二つの弁護士会の表示方法を見比べて、どちらが分かりやすいか考えてほしい。

 ただ「考えてほしい」と言われても戸惑う人もいるかも知れないので、たとえば、次のような問題を相談できる弁護士を弁護士会のウェブサイトで調べる場合を想定してほしい。

  ① 夫のDVに悩まされており、弁護士に頼んで離婚をしたい。
  ② 交通事故で保険会社が提示した賠償額で示談をすべきか否かを相談したい。

 
業務

 
 まず、①のDVを理由に離婚したいという場合、A弁護士会の甲弁護士のプロフィールを見ると、取扱業務として「離婚・家族関係」と記されていたとする。早速、電話で予約をして甲弁護士のもとを訪ねた場合、こんなことも想定される。

 相談者:実は、夫のDVが酷くて、離婚をしたいんですけど。
 弁護士:申し訳ありませんが、私は、DV事件はしていないんです。
 相談者:ネットで見たプロフィールには離婚事件をやっていると書いてあったんですけど。
 弁護士:一般の離婚事件はやってますけど、DVに絡んだ事件はしていないんです。
 相談者:だったら、離婚事件とだけ書のじゃなくて「DVは除く」と書いくれていれば、無駄足を運ばずにすんだじゃないですか。
 弁護士:でも、DV事件をする人は「DV関係」と載せていて、私は「DV関係」と載せていないんですから、分かるはずじゃないですか。
 相談者:ほかの人のも見比べれば、分かるかも知れませんが、それって、不親切なんじゃないですか。

 これに対して、B弁護士会のような記載法であれば、「DV関係」には●が付いていないのだから、DV事件をやらないことは、誤解の余地なく、分かることである。

 次は、②の交通事故の相談をする場合である。

 A弁護士会の方は、ずらっと並んでいる取扱業務を最後まで一つずつ確認して、「交通事故」という記載がないことを確かめないと、その弁護士が交通事故を取り扱っていないことは分からない。

 他方、B弁護士会の方は、「交通事故」の欄に●が付いていないのを見れば、交通事故を扱っていないことが分かる。

 一般に何かが「ない」ということを確認するのは、大変である。

 例えば、試験の合格発表でも、ぱっと見て自分の番号が見つからなかったとしても、何度も見なければ不合格だということに確信が持てず、見落としではないかと気になってしまう。

 もし、番号の前に〇や×の記号をつけるという方法で発表してくれれば、一度見ただけで、納得できるだろう(「分かりやすさ」の点では、そのとおりなのだが、実際に、こんな方式がとられていないのは、不合格という事実をあからさまに突きつけるのは気の毒だ、という配慮かも知れない)。

 さらに、こんなことも考えられる。

 19歳の息子が逮捕されたので弁護士に相談しようと考えた人は、A弁護士会の記載例だと、取扱業務に「刑事事件」とあれば、当然、その弁護士に相談にのってもらえると思うだろう。

 刑事事件と少年事件を分けて、単に刑事事件という場合は少年事件は除くのだ、というのは、弁護士側の論理であって、一般の人に、それを押しつけても始まらない。

 B弁護士会のように、「刑事事件」のすぐ下に「少年事件」とあれば、「刑事事件」というのは、成人の刑事事件に限るということを理解してもらえるだろう。より明確にするには、「刑事事件(成人)」「刑事事件(少年)」という記載がいい。

 以上の三つの例を見れば、B弁護士会の方が市民に優しい弁護士会と言えるのは明らかだろう。

永世名人、永世竜王の条件は?

 藤井六段の活躍が多くの人の関心を呼び、各地の将棋教室で生徒が急増しているそうだ。

 かくいう私も、日本将棋連盟のウェブサイトを見て、詰め将棋を解いたり、棋戦の勝敗を確認するようになった。

 今回の将棋ブームは、もちろん、藤井六段の活躍が最大の要因であるが、羽生竜王の永世七冠達成も寄与していることは間違いない。

 そこで、この「永世」の称号なのだが、これを得るための条件は、こうなっている(【日本将棋連盟】 王座だけは、「永世」ではなく「名誉」)。
 
永世-1

 念のため補足すると、例えば、永世竜王になるには、連続して5期竜王になるか、あるいは、通算で7期竜王になればいい、ということである。

 表のとおり、各タイトルで条件が異なるのだが、この表を睨んでいても、どのタイトルが「永世」の条件が緩やかなのか厳しいのかは、なかなか分からない。

 分かりにくさの原因は、条件が、「連続」「通算」と二系統出てくるためだ。さらに、この両者が、まったく独立の条件ではなく、例えば、「5期連続」だと当然に「5期通算」になるように、部分的に従属関係にあることも、分かりにくさの原因だ。

 そこで、「永世」の条件を、二次元の図で表現してみた。
永世-2


 図にすると、各タイトルで「永世」の称号を得られるのが、どのような場合かが視覚化される。視覚化されると、条件の緩やかなものから厳しいものへと、順に、名人=棋聖 < 竜王 < 王位=王座 < 王将・棋王 となっていること、また、王将と棋王は、どちらが厳しいとは一概に言えないことが、よく分かる。



 

毎月、第1土曜と日曜はポイント5倍セール実施中

 地元の生協のウェブサイトに、こんな記載がある。

毎月、第1土曜と日曜はポイント5倍セール実施中


 「日曜」というのは、第1日曜に限るのか、限らないのか、これだけでは、分からない。次の、いずれかにすべきである。

① 第1土曜と第1日曜は、ポイント5倍セール実施中

② 日曜と第1土曜は、ポイント5倍セール実施中


ここまで書いて、ふと思った。あるいは、上の①②のいずれでもなく、こういうことかも知れない。

③ 第1土曜と、その翌日の日曜は、ポイント5倍セール実施中


 第1土曜の翌日の日曜は、第1日曜であることが多い。けれど、日曜で始まる月の場合は、第2日曜になる。だからこそ、ウェブサイトには、日曜の前には「第1」と付けなかったかも知れない。

 どちらにせよ、ポイントが特別に加算されるか否かの問題なのだから、こんな曖昧な記載を放置していると、ウェブサイトを見て本来の趣旨と異なる理解をした買い物客との間でトラブルにもなりかねない。

ところで、上記①~③の例には、「日曜」を明確にした点以外にも、2点ほど、元の文と違うところがある。

 まず、「毎月」というのを削除した点である。特に何も書かなければ、「毎月」であるのは当たり前のことであり、ことさら書く必要はない。必要のないことは書かない方がいい。

 次に、「日曜」の後に読点「、」を入れた点である。いわば「要件」の部分と「効果」の部分とを明確に分けることによって、読者の頭に内容を刻みつけようとしたものである。


「のご案内」

 最近、駐車場の案内に関する記事を結構、書いているが、また、駐車場の案内が目に入ってしまった。

第2駐車場


 「進行方向へ60m」となっており、初めて見る人でも間違いようがない【駐車場入口は蛤御門へ】。

 さらに、「60m」というのも、いい。正確に計ったら、本当は、58メートルかも知れないが、これでいいのだ【駐車場から事務所まで、58メートルです】。

 あえて、問題点を指摘すると、「第二駐車場のご案内」の部分であり、二行に分かれて、二行目が、「のご案内」となっている点である。

 一瞬ではあるが、「のご」という二文字が目に入ってきて、つい意味を考えてしまう。うしろに「案内」とあるのだから、先頭の「の」は助詞の「の」であり、「ご」は「御」の意味だということは、すぐに分かるのだが、一瞬でも惑わせることのないよう、一工夫ほしいところである。

 「の」を「第二駐車場」の末尾に付け加えるとか、「の、ご案内」とするか、あるいは、「ご」を「御」にするとかすれば、「のご」で迷うこともない。

 このことを抽象化すると、意味の切れ目を、視覚的な切れ目一致させる、ということになる。

 そして、視覚的な切れ目というのは、こういうことである。
    文字と文字を離す 
    区切り(区切り文字、罫線、スペース)を入れる
         【「長田近年」裁判官】 【スペースの効用
    文字そのもの(種類、大きさ、色、等)を変える



表が嫌だとは言わせない

 以前、遺産分割調停で相手方代理人から提出された書面を見て頭がクラクラした。不動産の評価の仕方で、妻の相続分が、どう変わるかをシミュレーションしているのだが、こんな感じだった。

 【1】A不動産の評価を、1500万円とした場合(固定資産産評価額)
   預金 1000万円
   相続財産合計 2500万円
   妻の相続分  1250万円
 
 【2】A不動産の評価を、2000万円とした場合(甲不動産(株)査定額)
   預金 1000万円
   相続財産合計 3000万円
   妻の相続分  1500万円
 
 【3】A不動産の価格を、1800万円とした場合(乙不動産(株)査定額)
   預金 1000万円
   相続財産合計 2800万円
   妻の相続分  1400万円 


 上の例は、提出された書面を単純化したものだが、実際は、他にも相続財産がいくつかある上に、「特別受益」「遺留分」なども登場して、それらが、3頁にわたって延々と記載されていた。

 こんな書面を前提に考えようとしても、とても考える気力が湧いてこない。そこで、私の方で、エクセルで一覧表を作り直して、裁判所に提出した。こんな表だ。

遺産


 不動産評価の違いは、横一列に並んでおり、一目瞭然だし、結果としての、妻の相続分の違いも、一番下の行に並んでおり、これも一目瞭然だ。

 他方、最初の書面だと、いちいち、頁をめくって該当部分を探さなければ、上記のことは分からない。私には、こんな効率の悪いことは耐えられないのだが、こういった書面が書ける人は、並外れた忍耐力の持ち主なのだろう。

 遺産分割にせよ、交通事故にせよ、弁護士業務において、各種の数字を扱わなければならないことが多いのだが、そんなとき、表にするかしないかで、一覧性に大きな違いが出てくる。

 30年前ならいざしらず、エクセルのような便利な表計算ソフトがある今の時代に表にできるものを敢えて表にしない、ということは、許されない。民事訴訟規則を改正して、表にできるものは表にするように義務づけてほしいものである。

 文章でだらだら書くのではなく、表にすべきだということは、これまでも繰り返し書いてきたが、それだけ、重要だということである。

   【期限内に提出されたものが・・・
   【表にするしかない!
   【営業時間の表示は、こうする



「乱れ」を可視化する

 書棚に「○○全集」が並んでいる。最初は番号順に並んでいても、長い間に、少しずつ順番が乱れて来る。こんな具合だ。

本-1

 ときおり思い立って、番号順に並べ替えるのだが、背表紙の数字を一つずつ見て直して行くのは、面倒といえば面倒な作業だ。

 では、数字が、こんなふうになっていたら、どうだろう。

本-2

 一目で、7、8、11が定位置からずれているのが分かり、すぐに正しい順に直すことができる。

 番号が斜めに振られていることの効用は、これだけではない。

 正しい番号が左上から右下にかけて一直線に並んでいれば、取り出した本を元の位置と違うところに戻せば、この一直線の列を乱すことになるので、嫌でも、元の位置に戻そうという意識が働き、その結果、順番が乱れることはなくなる。

 つまり、「番号の乱れ」が、いちいち数字を見なくても、図形的に「直線の乱れ」として印象づけられるため、そうならないようにと気をつけることになるのだ。

 もともとの番号が斜めに一直線になっていなくても、自分でシールを貼って、整列したときに、シールの並びを斜め一直線にすることはできる。こんな具合だ。

本-3

 この方式は、学生時代に、ある図書館で見かけたものだ。最初は、「この斜めのシールは何だろう?」と思ったのだが、実際に職員が本を元に戻すのを見て、妙に納得したのだった。

 40年も前の話だが、その後、こういった並べ方を目にする機会は、数えるほどしかなかった。

覚えるための工夫 違いを際立たせ、視覚的に印象づける

  ここ1、2年のことだが、セスキ炭酸ナトリウム(セスキ炭酸ソーダ)という物質が、安価で、べとつかず、手軽に洗剤として利用できると話題になっており、我が家でも、台所周りや、テーブル、床などの、ちょっとした汚れを取るの利用している。

 どんな物質か、ネットで、あれこれ調べてみたのだが、似たような言葉が出てきて、すぐに、どれがどれだったか分からなくなってしまう。そこで、自分で整理してみたのが、次の図だ。

セスキ炭酸ソーダ


 ここでの「分かりやすさ」の工夫は、①②③に共通の「炭酸ナトリウム」の部分は、普通の黒い文字で、異なる部分「セスキ」「水素」「重」を、赤い太文字で記したことだ。

 単に見たり聞いたりしただけだと、「炭酸ナトリウム」の部分に注意が行ってしまい、それぞれの物質で異なる「セキス」「水素」「重」などの印象が薄くなる。そこで、その部分を視覚的に印象づけようとしたのである。

 あと、覚えにくいのが、「セスキ」だ。いくら覚えたつもりになっても、しばらく経つと、「セキス」だったか「セスキ」だったか、怪しくなる。こんな場合も、視覚に訴えるのが有効だ。次の図を見てほしい。
 
覚え方

 要するに、五十音の表の「セ」から「ス」を通って、右上の「キ」に達する流れを一度、印象づけてしまえば、もう忘れようはない。

 記憶のために五十音の表を利用できる例は、他にもある。

 最近、総理が訪問して話題になった「バルト3国」と言われても、3か国の名前は言えても、その位置関係まで言える人は、少ないだろう。

 北から順に、エストニア、ラトビア、リトアニア、となっているのだが、最初の一文字が「エ」「ラ」「リ」で、五十音の順に並んでいる。そのことに一度、気づいてしまえば、もう忘れることはない。

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 上記のように、共通部分が長いために、その部分の印象が強くなり、逆に、違いの部分の印象が薄くなる、ということへの対策としては、共通部分を省略する、という方法もある。

 たとえば、フランチャイザー、フランチャイジーなどは、フランチャイズ業界の人にとっても、煩わしいもののようで、「ザー」「ジー」と省略されている【全国FC加盟店協会 「米国でのフランチャイズ契約期間中におけるザーの行為の規制」】。

 もっとも、「ザー」「ジー」と言ったところで、日本人には馴染みがない言葉であり、根本的な対策としては、「本部」「加盟店」と言い換えるのが適切である【フランチャイザーの・・・】。   【2018.1.22 追記】


ムーミンの舞台より、こちらに注目 部分は全体を表すとは限らない【続編】

 大学入試センター試験の地理の出題に疑問が呈されている【地理Bのムーミン設問に疑問 阪大大学院 毎日新聞2018.1.15】。

 その疑問というのは、試験問題は、ムーミンの舞台がフィンランドであることを前提にしているが、この前提が正しいとは言い切れない、というものである。

 私自身、地理が大好きで、大学受験では、ほとんどの生徒が世界史、日本史を選択する中で、世界史と地理を選択した。そんなこともあって、早速、どんな問題が見てみると、上記の疑問とは直接の関係はないのだが、こんなグラフがあった【大学入試センター試験 解答速報2018 東進ハイスクール】。

  
地理問題

 このグラフで問題なのは、グラフの下に並んでいる凡例の「キ」の前の長方形の図形である。長方形の上辺と下辺が二重線になっており、この図形が円グラフの中の橫縞を付した部分に対応しているということは、直感的には分からない。

 この問題については、つい先日の記事【部分は全体を表すとは限らない】にも書いたので、そちらを見てほしい。

 大学入試センター試験という、何十万人という若者の人生を左右しかねない試験において、ここまで「分かりやすさ」への配慮がなされていないことに唖然とした。

 ただ、翻って考えると、試験問題を作成したのは、大学の先生であり、日常的に学会などで研究発表を行っている人々なのだが、そんな人々の多くが「分かりやすさ」に何の配慮もしていないことは、以前にも紹介した【伝わるデザインの基本】を見ればよく分かる。
 

研究者を相手にする研究発表や研究者でない人を相手にするアウトリーチ活動などの科学コミュニケーションにおいて、研究者や学生は、自身の成果やアイデアを正確にかつ効果的に聞き手(聴衆や審査員)へ伝える必要があります。これらのことを意識せず、ただ闇雲に発表するだけでは、コミュニケーションは成立しません。    (ラインマーカーは、引用者が付加)


 上記のサイトの作者は、自らも自然科学の研究者なのだが、冒頭で、このように訴えているということは、日常的に目にする研究発表の多くが、「分かりやすさ」に関して無頓着に、「闇雲に」なされている、ということであろう。


パスワードは、 20180118 です。

 今日は、2018年1月18日だが、先ほど、こんなメールが届いた。 

ご依頼の資料を添付しました。
パスワードは、 20180118 です。


 私の方は「秘密」でなくとも構わないのだが、先方は、おそらく社の方針で、メールに資料を添付する際には一律に暗号化することになっているのだろう。

 暗号化された文書のパスワードというのは、大抵、p5wEQ45owD と言った、それ自体は全く意味のない、とても覚えられそうにない英数字の組み合わせというのが相場である。

 ところが、ときおり、今回のように、その日の年月日を、そのままパスワードにしたものが送られてくる。大変「分かりやすい」のだが、誰にとっても「分かりやすい」わけであり、不正に添付資料を入手した者でも容易に資料の中身を見ることができる。

 さらに、このメールの問題は、資料を添付したメールの本文に、パスワードが記されていることである。金庫と鍵をセットで送るようなものであり、暗号化した意味はない。

 こういったことが起きてしまうのは、ただ、社内で「添付ファイルは暗号化する」ということだけが一人歩きして、その意味が全然、理解されていないからである。上記のメールを送ってきたのは、誰もが知っている大企業なのだが、毎日、膨大な数の、無駄に暗号化された資料が発信されているのだろう。

 ところで、パスワードの送り方なのだが、別のメールで送れば安心か、というと、そうでもない。資料を添付したメールが誤って他人に送付されたり、悪意の第三者によって、意図せぬアドレスに送られたりした場合、パスワードを記したメールも、同じ運命を辿る可能性が高い。

 電話なりファックスなり、全く別のルートで送る方が、ずっとリスクは軽減されるはずである。「メールがあるのに、今さら・・・」と思われるかも知れないが、より適切な方法があるとは思われない。

ビットコインの「現物」

 先日のブログ【ビットコインの画像】で、ビットコインの「現物」を売りつける詐欺が起きるのではないかと書いた。

 「詐欺」と決めつけるのは早計かもしれないが、実際、ビットコインの「現物」がヤフーオークションに出品されていた【ヤフオク ビットコイン ハード通貨 三種類セット】。

 
ビットコイン-ヤフオク


 ビットコインの価格は乱高下しているが、現時点で、1ビットコインは、100万円以上する【日経新聞 ビットコイン下げ加速 5日で4割超 】。その「現物」が1万円程度でヤフオクで買えるのである。

 といっても、その「現物」を、「本物の仮想通貨」としてのビットコインに換金できる保証は、全くない。

 こんなものを買ってどうするのだろうと思ってしまう。何か用途があるのだろうか。せいぜい、宴会の余興か何かで使うぐらいのものだろう。

 ひょっとしたら、ビットコインは、100万円以上する、という断片的な情報を耳にした人が、「お買い得」と思って落札するのかもしれない。

ビットコインの画像

 古くからの読者の方は気づいておられるだろうが、このブログの最初の頃の記事は、画像(図表、写真など)はなかった【2014年3月の記事・9本】。

 ところが、次第に画像が増えて、ここ1年くらいは、画像のない記事の方が珍しいくらいだ。

 法律書でも、私が学生の頃は、文字だけというのが普通だったが、30年くらい前から、簡単な図解が取り入れられるようになってきた。

 国会中継でも、質問に立った議員が問題点を図解したパネルを示すというのは、日常的な光景になってきている。

 こういった画像を用いるのは、「分かりやすさ」、「記憶に残りやさ」の点で、単なる文字情報より遙かに優れているからである。実際、自分で過去の記事を見返すときも、画像をみれば、一瞬にして内容が思い出せるのに対して、画像がなければ、冒頭の数行を読まなければ、思い出せないのである。

 ただ、分かりやすく、記憶に残りやすいということは、誤った理解、印象を、広く、長く与えてしまう危険があるということであり、そのことは、常に意識しておかなければならない。

 たとえば、ネット上の仮想通貨「ビットコイン」だが、ネット上には、次のような画像があふれている【グーグルでの画像検索】。

ビットコイン

 こういう画像を何度も見せられていると、「仮想通貨」のはずなのに、物理的に存在するような気がしてくる。

 私自身、4年前、ビットコイン取扱業者のマウントゴックスが破綻した際に相談を受けたことがあり、いろいろ仕組みを調べたこともあって、「仮想通貨」であることは百も承知しているのだが、それでも、こういった画像を見る度に、物理的に存在するような気がしてくるのである。

 ビットコインという言葉は、ここ1年ほど、テレビでも結構、取り上げられるようになって、耳にしたことのある人も多いとは思うが、こういった画像がすり込まれていけば、一方で「仮想通貨」という説明を聞いてはいても、なにか物理的に実在するもののように記憶に定着していくのではないだろうか。

 そのうち、真鍮か何かで作った「ビットコイン」を売りつけるという、新手の詐欺が出てくるのではないか、心配である。「そんな馬鹿な?」と思われるかも知れないが、あれほど、「振り込め詐欺」がテレビや新聞で取り上げられているにも関わらず、未だに被害が後を絶たないことを考えれば、決して杞憂ではない。

 ところで、ビットコインとは違って、こちらは実在の硬貨なのだが、誤った印象を与えかねない画像がある。

8パーセント

 消費税が5%から8%に引き上げられたとき、NHKのニュースで、こんな画像をよく見かけた。

 そのとき思ったのは、なぜ、5円玉と1円玉なのか、ということだ。100円の物を買うのなら、消費税は8円だが、年間消費支出は、ほとんどの国民が100万円を超えているだろう。だとすれば、ニュースの画像は5円玉や1円玉ではなく1万円札というのが実態に即している。

 税抜き金額で100万円の支出をしていた人にとっては、消費税が5万円から8万円になるわけで、結構高額な負担なのだが、5円が8円になるだけなら、微々たる金額、という印象を持ってしまう。

 「印象操作」というのは、こうするものだ、ということを教えてくれる好例である。



問題提起を工夫すれば、回答がシンプルになる

 昨日のブログ【読者に「反対解釈」を期待してはならない】を見返してみて、やはり、どうも「すっきりしない」感覚が残った。

 そこで、さらに、次のように変更してみた。

成人-4


 何に関する年齢制限か説明する欄の末尾が「契約」「年齢」「購入」とバラバラになっているのを、「年齢」に統一したのだ。

 その結果、現在と改正案とを対比する部分も「20歳以上」「18歳以上」と極めてシンプルになったのだ。

 裏を返せば、対比の部分が「20歳以上」「18歳以上」とシンプルになるように、問題提起の仕方を統一的な表現にしたのだ。

 ところで、元の表は、「シンプルかどうか」以前の問題を抱えている。一番下の「飲酒・・」の末尾が「購入」で終わっているのに対して、「20歳以上」を対応させている。他のところは「年齢」に対して「20歳以上」と、きちんと対応しているのに、ここだけ、なぜか、対応していないのである。

 もちろん、「購入は20歳以上」といえば、「購入できる年齢は20歳以上」ということは分かるのであり、わざわざ「できる年齢」と付け加えるのは「言わずもがな」のことを書いているように思えなくもない。

 だが、他の欄は「・・できる年齢」となっているのに、ここだけ「購入」というのは、違和感があり、こういった不統一感は、全体にに「雑」な感じを与えるものであり、避けた方がいいだろう。

読者に「反対解釈」を期待してはならない

 選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたのに続いて、民法の成人年齢をはじめとして、様々な分野で年齢を引き下げる改正案が検討されているが、下記の図は、その改正案の解説である【朝日新聞 2018.1.7】。
成人-1

 分からないことはないのだが、★をつけた部分の記載が気にかかる。

 まず、最初の、契約に親の同意が必要か、という点だが、「改正案」では、「18歳未満は親の同意が必要」となっているが、現行法でも「18歳未満は親の同意が必要」であることに変わりはない。「18歳以上は親の同意が不要」にするのであれば、端的に、そう書けばいい。

 記者は、「18歳未満は・・・必要」ということは、反対解釈として、「18歳以上は・・・不要」ということだ、という思いで、この表現をしたのだろう。けれども、読者に「反対解釈」を期待してはならない。どう変わるのかということを、端的に表現すればいい。

 「反対解釈」で理解できないはずはない、というのなら、次の欄の「民事裁判を起こせる年齢」も、「18歳未満は代理人が必要」とすればいいのだろうが、そうはなっていない。記者が、あまり頓着していなかったことの証左である。

 次に、飲酒、喫煙ができるようになる年齢だが、改正案も現行法と同じく「20歳以上」となっている。要するに変更はないのだから、これも端的に「変更なし」と書いた方が分かりやすい。

成人-2


勝敗は「〇●」に限る

 将棋で永世七冠となった羽生名人と、囲碁で二度目の七冠となった井山名人に国民栄誉賞が贈られることになった【羽生氏と井山氏に国民栄誉賞 毎日新聞 2018.1.5】。

 井山名人が二度目の七冠を達成するまでの戦績を調べてみると、こんな表があった【Wikipedia 井山裕太 年表】。

井山-1

 各タイトル戦の結果が、一局ごとの勝敗まで含めて掲載されているのだが、2016年の名人戦での「高尾紳路」棋士との対戦の欄の「xxxooox」が分かりにくい。原因は、負けを「x」で表現しているため、負けが続くと、「xxx」のように、隣り合った「x」が一体化して、「o」のように見えてしまうからだ。

 この「一体化」を防ぐには、文字と文字の間隔を空けるのも一つの方法だが、狭いスペースでは、それも難しい。だったら、一体化しないような文字(記号)を用いるのがいい。こんな具合だ。

井山-2

 これなら一目瞭然だ。相撲の取組表と同じである。

 他にも、◯や●を使ったほうが分かりやすい場合が結構ある。たとえば、出席表の場合だ。
 
出欠


 「出」と「欠」は明らかに異なった漢字であり、見間違いようはない。けれども、「出」と「欠」との違いは、「◯」と「●」との違いに比べると、微々たるものである。「◯」と「●」は読むまでもなく勝手に目に飛び込んできて理解できるのに対して、「出」と「欠」は一瞬ではあるが「読む」という作業が必要である。

 たとえば、50人くらい名簿の出欠表を思い浮かべてほしい。「◯●」方式だったら、例えば、一瞬にして、「6割くらいが出席だ」ということが分かるのに対して、「出欠」方式だと、「6割くらいが出席だ」ということを読み取るのに、数秒はかかるはずだ。

出欠-3

 なお、以前も書いたが、アンケート等で、□ に「「レ」でチェックを入れるよりも、塗りつぶして■にしてしまう方が分かりやすいのと同じである【こだわりの「■」】。


私が殺人罪で逮捕されたときから・・・

① 私が殺人罪で逮捕されたときから弁護していた被告人は、京都の出身です。

② 私が殺人罪で逮捕されたときから弁護してくれた弁護士は、京都の出身です。


 ①は、とあるSNSでの発言なのだが、「私が殺人罪で逮捕された」の部分を見て、一瞬ぎょっとした。後ろの「弁護していた被告人」のところまで読めば、逮捕されたのは「私」でないことは明らかなのだが、人騒がせな一文である(あるいは、注意を惹きつけて、最後まで読ませよう、という意図だったのかもしれないが・・・)。

 これに対して、②の場合、逮捕されたのは「私」であり、何の問題もない。

 ①の意味を伝えたいときに、一瞬の迷いも生じさせることなく正しく伝えようと思ったら、次のようにすればよい。 

【原文】  私が殺人罪で逮捕されたときから弁護していた被告人は、京都の出身です。

【修正例】 殺人罪で逮捕されたときから私が弁護していた被告人は、京都の出身です。


 主語の後に動詞が二つ以上ある場合、主語は一番目の動詞に対応していると考えるのが普通である。二番目の動詞と対応することを明示するには、主語の位置を一番目の動詞の後ろにずらすほかない。

 ただ、そうすると、一番目の動詞に対応する主語は文中には存在しないことになる。すると、読み手の側で、なんとか、主語を補おうと考えることになるだろう。その場合、一番、候補に挙がりやすいのが、書き手、すなわち「私」である。主語を省略する場合の多くが、そうだからである。

 そこで、その懸念を払拭する必要があるのだが、次のようにすればどうだろう。 

【再修正例】 本人が殺人罪で逮捕されたときから私が弁護していた被告人は、京都の出身です。


 「本人」と言えば、読み手には、「書き手以外の誰か」と思ってもらえるに違いない。



訂正は徹底的に

 先日のブログ【「売れた物の半数以上が24時間以内に」】で、 メルカリの「売れた物の半数以上が24時間以内に売れた」というCMついて、①「出品された物の半数以上が24時間以内に売れた」との誤解を招くこと、②NHKが番組中で、その誤解を拡散していること、この2点について書いた。

 例によって、素材を提供してくれたNHKに連絡を入れたのだが、1週間も絶たないうちに番組のウェブサイトが訂正された【“中古品アプリ”で消費が激変!? ~メルカリの衝撃~】。

訂正-NHK-2

 確かに、訂正によって、「誤った情報」ではなくなった。けれども、「誤解を招きやすい情報」であることは、元のCMと同じである。NHKは、「誤解を招きやすい情報」ではなく、積極的に「誤った情報」を掲載していたのであるから、もう一歩踏み込んで、「出品された物の半数以上」とうわけではない、ということを明記すべきではなかろうか。

 他にも、問題がある。「誤った情報」が載っている番組のビデオが、YouTube に掲載されているのだ【メルカリの衝撃(by 12/12 NHK「クローズアップ現代+」) 25:09 2017.12.23作成 該当部分は、0:59~1:05】。

 NHKの著作権を侵害していることは明らかなのだから、NHKが申し入れをすれば、削除されるはずである。一度、誤解を拡散した以上、そこまでやるのが、NHKの責任である。

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 なお、YouTube の動画を見ようとしても、今では、「この動画は、NHK から著作権侵害の申し立てがあったため削除されました。」と、表示される【2018.1.19 追記】。


厳密さは犠牲にする

 昨日のブログ【「予測」に基づく行動は危険】で、歩車分離信号のことを書いた。

 その説明に使った信号パターン図は、南北方向のみ歩車分離信号としていたが、実際は、東西方向も歩車分離信号で、次のようになっている。
信号-2

 ただ、昨日のブログの趣旨は、南北方向が歩車分離信号ということに気づかずに「予測」に基づいて行動すると大変なことになる、というものだったので、その趣旨からは無視しても差し支えない東西方向の歩車分離信号には触れなかったのである。仮に、触れていたとしたら、かえって、理解しにくくなったはずである。
 
 だれでも、厳密さを犠牲にするというのは、多かれ少なかれ抵抗がある。けれども、厳密さを追求すると切りがない。上の図でも、各信号の時間は「いい加減」である。実際の時間に比例した図にした方が、より「正確」には違いない。色だって、実際の信号の色は、図に記した色とは、だいぶ違う。こんなことは、言い出したら際限がない。

 多かれ少なかれ、その時点における表現の「目的」に必要な限度において厳密さを追求すればいいのであって、それ以上の追求は、「目的」にとって、有害である。

 中学校に入って英語を習い始めた頃のことを振り返ってみても、そうだ。

 中学1年生の英語で最初に習ったのが、 "This is a fish." だった。

 このときは、一つの物の名前の前には、必ず "a" を付けると習った。

 しばらくすると、 "This is an apple." という文が出てきて、母音で始まる名前の前には、"a" でなくて "an" を付けると習った。

 さらに授業が進むと、 "This is a desk. There is a book on the desk." という文が出てきて、物の名前でも、2度目に出てくるときは、"the" を付けると習った。

 振り返って見れば、必ず "a" を付けると言った先生は、「嘘」をついたことになるのだが、正しい「嘘」であって、だれも先生を非難したりなどしないだろう。

 むしろ、最初から、"an"や "the"を付けることもあるという話をすれば、生徒は混乱するだろう。

 英語に限らず、どのような分野であれ、学習の過程では、同じようなことが起きる。

 例えば、民法の授業でも、最初は、当事者が権利義務について合意すれば、合意に従った権利義務が発生する、と習うが、しばらくすると、公序良俗違反による無効、錯誤による無効などが出てきて、合意による権利義務の発生も絶対的ではなかったことが分かる。

 私がブログで書いていることも、決して「絶対的」なものではなく、ほとんどの場合、例外があるはずだ。だからと言って、原則を学び身につけることの価値は失われることはない。

 厳密さについては、少し観点は違うが、以前のブログ【「昨日、大阪で研修会があり、その研修会に出席しました。」】【駐車場から事務所まで、58メートルです】にも書いた。




「予測」に基づく行動は危険

 今朝の散歩のときのことだ。

 T字路で北側に渡る横断歩道の信号が、もうすぐ緑になると思って、足を踏み出そうとしたところ、信号待ちしていた車が右手から飛び出しそうになって急停車した。

交差点-3

 急発進しそうになった西行きの車は、北行きの車の信号が緑から赤になったことから、次は東西方向の信号が緑になると予測して発進しようとしたのだが、これが、全くの「思い違い」だったのである。

 一般の信号なら、この車の「予測」は正しいのだが、ここの信号は、歩車分離信号であり、北行きの車の信号が緑から赤になると、次は、南北方向の横断歩道の信号が緑になる、という仕組みであり、東西方向の信号は赤のままなのである。
信号

 人が行動する上で、「予測」は、次の行動を速やかに行うために必要なことである。けれども、「予測」に基づいて、「フライング」をした場合、その「予測」が外れていたら、大変なことになる。冒頭の車の運転者も、「予測」自体は構わないのだが、「予測」はあくまでも「予測」であり、自分が従うべき信号が緑になるまで、発進すべきではなかったのである。

 「フライング」さえしなければ、仮に「予測」が誤っていても大事には至らないのである。

 もちろん、「●●すべき」と言ったところで、そのとおりにしてくれる訳ではない。歩行者としては、運転者が誤った「予測」に基づいて「フライング」をする、ということまで考慮するのが、身を護る知恵である。



お名前は、50文字以内で

 ブログの素材を提供してくれた企業、団体には、メールで、お知らせしているのだが、多くの場合、各企業のホームページでは、意見、要望を受け付けるための「送信フォーム」が用意されている。

 今日も、ある自治体の送信フォームを開いたのだが、冒頭に、こう書かれていた。

意見-0


「50文字」とは、あまりにも非現実的な数字である。日本人の名前で一番長いのは、「寿限無寿限無・・・」だろうが、実在の人物ではない。外国人なら、聖人の名前を延々と連ねた長い名前もあるが【ピカソの名前 Wikipedia】、そんな人が日本語の送信フォームに入力することなど、現実的には考えられない。

 送信フォームの作成者も、そんな長い名前の人に注意を喚起しようと考えた訳ではなく、なんとなく、既存の送信フォームのテンプレートを利用して、元々の「50文字以内」というのを、そのまま残していたに過ぎないのだろう。

 次は、メールアドレスの入力欄である。

意見-1

 「半角英数文字」というのに、引っかかった。通常は、「半角英数字」と表現し、「文」ははいらない。念のため、グーグルで検索してみると、こうなっていた。

意見-4

 圧倒的に「半角英数字」である。こういうところは、多数派に従うに限る。少数派に従うと、「何か特別な意味があるのでは?」という余分な疑問を抱かせることになるからだ。

 これまでの項目は、文字を入力するものだったが、次は、チェックボックスにチェックするものだった。
意見-3

 「1個以下で」とあるので、他に選択肢が複数あるのかと思ったが、選択肢は1個しかない。これも、もともと複数個から選択するテンプレートを転用したのが原因だろう。こんなふうに「転用」は、ときに、ちぐはぐな結果を生む。その都度、ちゃんと「考える」ことが必要なのだ。逆に言うと、こういうのを見ると、作成者は、ろくに考えていなかったのだろうと思ってしまう。

どこまで利用者に配慮できるか

 今日は28日。ちょうど1週間後の1月4日に提出期限が来る書面を作成しているのだが、書面が完成したら読もうと楽しみしていた本が用意できたというメールが図書館から届いた。
 
予約確保-1


 年末年始の休館になる前に受け取らねばと思い、勇んで受け取りに行ったのだが、なんと、今日から休館になっていた。

 戻ってから、先のメールを見直すと、下の方に、こう書かれていた。

予約確保-2

 ちゃんとメールを読まなかった私の不注意なのだが、一週間も先にならないと受け取れない本について「予約確保」のメールが来るとは思いもよらなかった。

 できれば、利用者としては、こんな風にしてほしかった。

予約確保-3


 ところで、このメールは、本日【28日】午前10時に届いたのだが、メールには【利用可能:2017.12.27】と書かれている。利用可能となった昨日の時点でメールしてくれていれば、すぐに受け取りに行けたのであるが、メールを受け取った時点では、すでに年末年始の休館期間に入っており、1週間以上、「お預け」となったのである。

 本の貸し出し、返却は、バーコードを読み取ってコンピューターで管理しており、おそらく、本が受取館に届いたときも、バーコードを読み取って受け入れの処理をしているはずである。

 であれば、その時点で自動的にメールで利用者に知らせるというシステムにすることは可能なはずなのだが、なぜか、メールは翌日の発信になっているのであり、不可解というほかはない。

景観に配慮した点字ブロック

 点字ブロックが登場して、もう50年になるという。

 以前は、点字ブロックと言えば真っ黄色で、遠くからでも点字ブロックだと分かった。

 それが、最近は変わってきている。

点字


 こんなふうに周囲の歩道に溶け込んでいるのだ。景観への配慮らしい。

 ところが、これが新たな問題を引き起こしている。

 私も、つい先日まで知らなかったのだが、点字ブロックは、全盲の人だけでなく、弱視の人にも役立っており、弱視の人は点字ブロックの存在を視覚で認識することから、背景の歩道と似た色合いになると点字ブロックの存在が分からなくなると言うのだ【毎日新聞 2017.11.19 点字ブロック やっぱり黄色「弱視の人にも見やすい」】。

 点字ブロックの設置者は、もっぱら景観のことしか考慮せず、点字ブロックの利用者に対する認識が不足していたのである。

 何度も繰り返してきたことだが、情報発信に際しては、情報の受け手の状況を、どこまで配慮できるか、ということが決定的に重要だと言うことを、再認識させられた次第である。

 【情報は、届かなければ意味がない

 話は変わるが、「景観への配慮」で首を傾げることが、最近、もう一つあった。

 京都市が景観保護条例に違反するとして、京都大学周辺の立て看の撤去を求めている、というのだ。

 一口に「景観への配慮」と言っても、保護すべき「景観」は、地域により異なるのが当然である。

 閑静な住宅街、オフィス街、歓楽街、学生街、それぞれに相応しい景観があるはずだ。その特性に目を向けることなく一律に、大きさ、色、等で規制すること自体が誤っていると言わなければならない。

 私も、京大の周辺に行く度に、個性豊かな看板を目にして、学生時代を懐かしく感じ、若い人たちが、一面では羨ましく、一面では危うく感じて、応援したくなったりするのだが、こういった感情を人々に抱かせるのが、学生街の景観の本質的な価値であり、立て看は、学生の街、京都の欠くべからざる構成要素となっているのである。

立て看-2


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 よくよく考えてみると、晴眼者にとっても、点字ブロックに躓いて転んだりすることにないよう、点字ブロックが視覚的に目立つことに意味がある。また、自転車などの障害物を置かないように注意を喚起する意味でも、点字ブロックは真っ黄色に限るといえる
 【2017.12.26 追記】。




テキストボックスの使い方

一昨日の【部分は全体を表すとは限らない】で取り上げた帯グラフの「凡例」の部分である。
テキスト-1

 内容には触れず、レイアウトだけを改めたのが、下の表である。
テキスト-2

 どちらが読みやすいか、違いは一目瞭然である。

 まず、文字の部分と外枠との間の余白である。元の表は外枠に接するように文字が配置されていて、見ているだけ息が詰まりそうになるほど窮屈だ。

 エクセルには「テキストボックス」という、四角形の枠内に文字を記入する図形があるのだが、その設定を、そのまま使うと、このような窮屈極まりない表になる。図形の書式設定で余白を調整する必要がある。

 また、元の表では、凡例の2番目と3番目の間に空白行がなく、窮屈な感じを抱かせるだけでなく、5行分の文字列が、ぎっしり並んでいるために、非常に読みにくい。また、1番目と2番目の間、3番目と4番目の間には、それぞれ空白行があるものの、空白行の高さが違うため、ばらばらな印象を受ける。

 さらに、凡例の2番目と3番目の冒頭の数文字を注意して読んでほしい。どちらも「夫婦は必ず」となっているのだが、2番目のほうは読点「、」がないのに、3番目のほうには読点がある。作成者が、読点を「気分」で付けていることが、よく分かるが、読点は気分で付けるものではない。

 最後に、もう一度、2番目の文をよんでほしい。「名字(姓)」と「氏」とが使い分けられているが、無用な使い分けである。日常用語としての「名字(姓)」は法律用語としては「氏」であり、同じものを指すのだから、表現も、どちらかに統一すべきである。

部分は全体を表すとは限らない

 一昨日、夫婦同姓強制の廃止について記事【夫婦同姓の強制を続けますか】を書いたが、先ほど、夫婦別姓に関する法務省の世論調査【選択的夫婦別氏制度に関する世論調査結果】を見た。

世論-1


帯グラフのどの部分が何を示すかという、「凡例」が、グラフの右手に載っている。

世論-2


 一番上のは、すぐに分かるのだが、その下の3つは、すぐは理解できない。
 
 上から2番目は、□に縦の線が一本はいっていることから、辛うじて、帯グラフの縦縞の部分に該当するということは分かる。けれども、下の二つは、どちらも、内部が空白の□であり、まったく、一緒である。

 グラフ作成に使用したソフト(おそらく、エクセル)の仕様で、凡例は、グラフの一部を、そのまま切り取ったものを表示するようになっているのが原因だろう。

 けれども、帯グラフの絵柄が、白地に小さな点が間隔を空けて散らばっているような場合、一部を切り取っても、その点は反映されず、ただの空白になってしまうのである。

 それを防ぐには、例えば、グラフ1センチ四方を、5ミリ四方に縮小して凡例にする、といった工夫をすればいいのだが、グラフ作成ソフトの開発者は、そこまでは気が回らなかったのだろう。

 「木を見て森を見ず」という言葉があるが、部分だけ見ていたのでは、全体が分からないことがある。
森
元の写真は【フリー写真素材ぱくたそ】様から提供していただいた素材です。

 ①が森であることは明らかだし、①の一部を切り取った②も森であることは分かる。けれども、さらに②の一部を切り取った③となると、「森」とは言いがたい。③と同じ大きさでも、①の全体を縮小した④なら、森であることは分かる。

 他にも、このグラフには問題がある。

 まず、グラフが単純な帯グラフでなく、「立体化」されていることである。ここで「立体化」する意味は全くなく、情報として全く無意味な雑音という外はない。

 次に、「立体化」の必然的な結果なのだが、パーセントを表す数字と、実際の帯グラフとが、ずれているのである。例えば、30%の数字の真上は、グラフ上では、23%のあたりになっているのである。

 さらに、帯グラフの各区分の装飾である。一つだけ、色付けして、他は、線や点で修飾しており、ちぐはぐな感じがする。

 最後に、非常に細かいことだが、縦縞の装飾の部分である。グラフを立体化しているのだから、直方体の上面の部分も縦縞で修飾するとしたら、左下から右上にかけての斜めの縞になるはずなのだが、実際のグラフでは、垂直の縦縞のままである。このような不自然な装飾は、見る者を混乱させ、よけいなストレスを与えることになる。

 実を言えば、最後に指摘した部分は、私も当初は気がつかなかった。グラフの縦縞の部分を見ているときに、なんとなく違和感を感じ、その違和感の原因は何かと考えていくうちに、グラフの上面の縞が斜めになっていないことに気がついたのである。



夫婦同姓の強制を続けますか

【1】 夫婦同姓の強制を継続するのか

 民法の規定では、法律上の結婚(法律用語としては「婚姻」)をする際、夫か妻のいずれかは、相手方の姓に変更しなければならない。

 確かに、一方では、結婚して夫の姓を名乗ることによって、結婚したんだということを実感し、幸せを感じる人々も多数いることだろうし、そういった人々にとっては、この民法の規定は、全く自然なことである。

 けれども、誰にとっても自然なことである、とは言いがたい。

 結婚で名前が変わると、パスポートや運転免許証の書き換えをはじめとして、社会生活を継続する上で多大な負担が生じることになる。

 また、一人っ子同士が結婚する場合は、姓を変更した一方の配偶者の姓はなくなるのであるから、代々続いた家の名前は、それで途絶えてしまうわけであり、「家」に愛着を持つ人にとっては耐えがたいことだろう。

 また、何年にもわたって●●さんと呼ばれて来たのが、別の名前になることによって、アイデンティティーが喪失したように感じる人々もいる。

 そんなことから、選択的夫婦別姓制度の導入を求める声が強くなり、20数年前には、法制化の一歩手前まで行ったのだが、結局、実現しないまま、四半世紀が経過しようとしている。

 「夫婦別姓」といっても、別姓を強制するわけではなく、あくまでも、「選択的」「夫婦別姓」なのであるが、同姓が好いと思っている人には、自分たちの考え方が否定されるような印象があるため、「選択的」と言われても、抵抗があるようだ。

 そうであれば、この際、呼び名を変えてみるのも一法である。
 
 「夫婦同姓強制制度の廃止」

 「強制」を「廃止」するのである。異論のあろうはずはない。

 選択的夫婦別姓推進派は、今日限り、これまでの「夫婦別姓」という用語を捨て、「夫婦同姓強制の廃止」をスローガンに掲げるべきである。


【2】 ねじれの解消

 2013年の参院選挙のときの話である。

 2012年末に自民党が衆議院で過半数を制し、政権を奪還した。

 ところが、参議院では自民公明の与党は少数派であり、そのため法案がスムーズに通らないといった事態が生じていた。

 そこで、参院選挙の時に与党が提起した争点が「衆参ねじれの解消」である。

 「ねじれ」と言われると、誰でも、いい印象は持たないであろう。それを「解消」するというのであるから、賛成と言いたくなってしまうのだろう。

 けれども、衆議院のほかに参議院があるのは、民主主義が万全でないという歴史的経験を踏まえて、衆議院の暴走を参議院が阻止することが期待されているのである。だからこそ、民主主義国家では広く二院制が採用され、一院制を採用しているのは、中国のような一握りの国家に過ぎないのである。

 そう考えると、「ねじれ」こそ、本来の姿であるといえるのである。野党は、「与党の暴走の防波堤をなくしてよいのか」という問題提起をしなければならなかったのである。


【3】 直間比率の是正

 30年近く前の話である。

 消費税の導入が争点となっていたが、その当時、盛んに聞かされたのが、「直間比率の是正」である。

 所得税は、所得が高額になるに従って税率が高くなる、という、累進税率が常識だが、累進税率は、以下の点で優れていることは疑いようがない。

 ① 能力に応じた税負担という税制の基本原理に合致している。
 ② 低所得者の税負担を緩和することにより、格差が是正され、安定した社会が維持される。
 ③ 低所得者ほど、収入を消費に振り向ける割合が高いことから、低所得者の税負担の軽減は、消費の拡大に直結し、経済成長が見込まれる。

 他方、消費税の税率は、高額所得者も低所得者も同じで、一律(当時、検討されていたのは、3%)である。

 表面上は「一律」とは言っても、実際は、そうではない。低所得者は、収入が全て消費に回るとして、収入の3%の税負担となるが、高所得者は、例えば収入の8割しか消費に回らないとすると、税負担は収入の2.4%となり、「逆累進課税」となる。

 上記①②③の利点を投げ捨てて消費税を導入するのであるから、「大義名分」が必要だった。

 それが、「直間比率の是正」である。

 要するに、我が国の税金は、所得税などの直接税が圧倒的な割合を占め、直接税と間接税の割合が「不均衡」であるから、間接税である消費税を導入することにより、その「不均衡」を是正しなければならない、というものである。

 だれでも、「不均衡」と言われれば、反射的に「是正しなければならない」と思うだろう。

 かくして、消費税が導入され、今日に至っているのである。


【4】 まとめ

 これまで見てきたように、人々は、多くの場合、物事の本質を見て判断するのではなく、表面的な言葉の持つ印象に基づいて判断しているのである。

 だからこそ、言葉の選択は、社会を動かす上で、死活的に重要な事柄なのである。

 反面、安易に世の風潮に流されないためには、用いられた言葉の背後に潜む、実質的な内容に目を向けなければならないのである。このブログは、そのための、訓練の素材である。


 このブログを書いたのは、井戸まさえ氏の【山尾志桜里と高市早苗から考える、実は深い「夫婦別氏」問題】で、「夫婦同氏」問題という表現が用いられていたことが、きっかけである。

「売れた物の半数以上が24時間以内に」

 ネット上のフリマアプリ、「メルカリ」が大流行のようだ。この春から、やたら、CMが流れており、「売れた物の半数以上が24時間以内に」というフレーズを何度も聞かされた【youtube メルカリCM】。

メルカリ-1

 一見すると、「出品された物の半数以上が24時間以内に売れるのか」と思ってしまいそうである。

 メルカリを取り上げたNHKの「クローズアップ現代+」でも、次のように説明されていた【“中古品アプリ”で消費が激変!? ~メルカリの衝撃~】。

メルカリ-3


 けれども、これは、全くの誤解である。

 CMは、「売れた物の半数以上」と言っているのであって、「出品された物の半数以上」とは言っていないのである。

 次の表を見てほしい。

メルカリ-新

 仮に、100個、出品されて、3個しか売れなくても、売れた3個のうち2個が24時間以内に売れたのであれば、「売れた物の半数以上が24時間以内に」と言うのは、嘘ではない。

 おそらく、CM作成者は、受け手の「誤解」を利用する意図の元に、このCMを作成したに違いない。「勝手に誤解したので、メルカリは嘘をついてません」ということか?

 訪問販売の古典的な手法に、「消防署の方から来ました」と言って消火器を売りつけるという手口があるが、メルカリのCMは、これと、どこが違うのだろうか。

 それにしても、NHK、それも「クローズアップ現代+」まで騙されてしまうとは、情けない限りである。

 テレビ受像機の所有者に一律に契約義務を課している「皆様のNHK」が、こんな詐欺まがいのCMの片棒を担いで、どうするのだ。

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 その後の経緯は【訂正は徹底的に】を参照【2018.1.5 追記】。



コインパーキングの案内

 近くのコインパーキングの看板である。
駐車場

 満車の場合の利用者の便宜を考えて、近くのコインパーキングを地図で分かりやすく案内している。利用者のために、ここまでの案内をしているのを見たことはなかった。

 いつも通るところなのだが、今日、初めて、この看板に気がついた。ということは、つい最近になって、この看板が設置されたのだろう。そのうち、他社も追随するのではなかろうか。

 ただ、純粋に利用者のことを考えれば、自社のコインパーキングに限らず、他社のコインパーキングの案内もしてくれた方がいいに決まっているのだが、そこまで期待するのは無理だろうか? 利用者の便宜を考え、そこまでしてくれていたら、好感度が上がることは間違いないだろう。


闇夜のカラス

 背景と同じ色のために目立たないことを、「闇夜のカラス」と言う。

 実際、私のスマホは真っ黒で、しかも、デスクも真っ黒のため、いつも、スマホを探すのに苦労していた。

 まさに、「闇夜のカラス」状態だった。

 すぐに見つかるようにするには、「闇夜の白鳥」にするしかない。こんな具合である。 

スマホ

 もともとは、右の状態だったところ、左のように白いテープを貼ったのだ。これで、どれだけの時間が無駄に費やされるのを防ぐことができたのか、計り知れない。

 

動いているのは、「STOP」「START」、どちら?

 健康管理のために毎日、一万歩を歩くようにしており、スマホの万歩計を利用しているのだが、その画面が下のようになっている。

歩数計


 万歩計が作動中なのは、左右、どちらの場合だろうか?

 使い始めた頃、人が歩いている絵があることから右側の「START」となっている画面の時に計測されるものと思っていたのだが、それは間違いで、左側の「STOP」となっている画面の時に計測されるのだった。

 アプリの制作者の意図としては、「STOP」という表示は、万歩計を停止したいときは、この「STOP」ボタンを押してください、ということだったのだろう。

 けれども、私は、「STOP」というのは、現在、万歩計が「STOP」の状態にあることを示すものだと思い込んだのである。

 一度は理解したものの、未だに、この画面を見る度に、現在、計測中なのかどうなのか、すぐには分からず、頭の中で、この「STOP」は、停止させるためのボタンで、現在の状態を表すものではないのだ、ということを反芻しないと、安心できない。

 ときには、それでも安心できず、実際に歩いて、歩数計の数字が変化しているのを確認することもある。

 そもそも、スマホなどのボタンの表示が、次のいずれを示すものかは、アプリ制作者以外には分からない。
  【1】 現在の状態
  【2】 ボタンを押した後の状態

 同じことは、以前のブログ【「電波OFFモード」なのに電波は通じる?】にも書いたが、昔の電気製品では、こういったことはなかったように思うのだが、スマホになってから、曖昧な表示に戸惑うことが多くなったような気がする。




駐車場入口は蛤御門へ  - 後日談 -

 3日前のブログ【駐車場入口は蛤御門へ】を書いた後、京都御苑の管理者である【国民公園協会 京都御苑】にメールをしたところ、早速、改善するという返事が来て、今朝、散歩の際に通りかかると、次のようになっていた。

蛤御門-5


 「蛤御門へ」が「次の御門へ→」になっている。これなら迷うことはないし、混雑時でもスムーズに車は流れて行くことだろう。

 なお、「蛤御門」が「次の御門」になっている点の意義は、【6階の第1待合室で・・・ 絶対指定と相対指定と】で書いたとおりである。

 これまで、ブログ記事を書く都度、素材を提供してくれた企業、団体には、感謝の気持ちで、メールを送っているのだが、その反応は様々である。

 【1】 何の応答もない。
 【2】 返事は来るが、その後、具体的に、どうしたのかは分からない。
 【3】 返事は来ないが、しばらくして確認すると、ブログの指摘に沿って改善されている。
 【4】 返事が来て、しばらくすると、実際に改善されている。

 ブログを書いている私からすれば、【4】が一番うれしいのだが、【3】でも、ブログを書いた甲斐があったというものだ。

 誰だって、不十分な点を指摘されるのは、決して愉快なことではないだろう。けれども、その指摘の内容に納得できるのであれば、その指摘に従って改善するのが合理的な対応であり、そうすることによって、社会全体が住みよくなって行くことは間違いないことである。

 ところで、分かりにくい表現を目にした場合、すべて、ブログに書いているわけではない。書こうと思いながらも、そのまま忘れてしまったものも結構あるし、ときには、ブログには書かないで、先方に直接に申し入れをすることもある。

 一例を挙げると、法律関係の書籍を分担して執筆したことがあるのだが、編者の学者が書いた序文について、直接に申し入れしたことがある。

 書籍が実際に出版されてから序文を読んだのだが、非常に理解困難な表現であり、仮に自分が書店で、この本を手に取って序文を読んだとしたら、とても、本を買おうという気にはならないだろうと思った。だが、その時点では、今さら言っても仕方ないと思い、そのままにしていた。

 ところが、その1年後、出版社から第2刷を出すので内容の訂正の希望があれば連絡してほしいとのメールが来た。そこで、担当分の訂正に加えて、序文が、いかに分かりにくいかを書き連ね、全面的に書き換えてほしい旨の依頼をした。

 すると、序文を書いた編者からメールが来て、私の指摘を謙虚に受け止め、書き換えを約束してくれた。実際に、出版社から送られてきた第2刷を見ると、第1刷とは、全然違った表現になっており、私としても納得の行くものだった。


駐車場入口は蛤御門へ

 御所(京都御苑)には烏丸通に面した「中立売御門」の内側に駐車場がある。ところが、現在、工事のため駐車場の入口が変更されており、次のような表示がある。

蛤御門

 「蛤御門へ」と言われても、他府県からの観光客にとって、一体どこにあるのか、分かるはずもない。日常的に御所を散歩している私でさえ、烏丸通に面した4つの門の内、北から二つ目が中立売御門で、その一つ南が蛤御門であることを覚えたのは、つい最近のことである。

  おそらく、この案内を見た運転者は、一瞬、「蛤御門とは、どこにあるのか?」と疑問をもち、周囲に別の案内板がないか探すことだろう。実際は、「蛤」の文字の右上奥の方に「→」があり、この案内から右手に3メートルくらい離れたところには、次のような案内板があるので、遠からず、疑問は解消するようにはできている。

蛤御門-3


 けれども、最初に目に飛び込んでくるのは。「駐車場入口は蛤御門へ」の文字の並びであり、離れた場所にある「→」に誰もが気づくとは限らない。視線を動かすことなく、一瞬にして分かるようにするには、こうすればよい。

蛤御門-4


 来訪者にとって、駐車場の入口のある門の名前が「蛤御門」か「中立売御門」かということは、どっちでもいい。要するに、「駐められる場所は、どこか」ということが重要である。その重要な情報が一瞬にして分かることが大事なのである。

 また、「入口は」という記載が全くの無駄であることは言うまでもない。

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なお、その後の顛末は、【駐車場入口は蛤御門へ  - 後日談 - 】を参照されたい。






「九州、中国、四国、北海道」は「3.98%」

 つい先ほどの朝日放送の「キャスト」という番組で、日本原電が、本来なら廃炉費用として積み立て置くべき資金を原発の新設に流用していたと報じていた。この会社は、全国の電力会社が出資をしているとのことで、その出資割合が以下の図で示されていた。

出資-1

 最後の「九州・中国・四国・北海道」の「3.98%」というのが、4社合計の数字なのか、各社の数字なのか、判然としない。

 他社の数字を見ても、すぐには分からず、他社の数字を概算で合計してみた、すると、おおよそ、85%ということが分かった。結局、「3.98%」というのは、それぞれの会社の数字だということになる。

 そうであれば、最初から、次のように書いておけばいい。
出資-2

 「各」と記載するだけでも理解できるだろうが、元の表では、4社が、同じ青色の四角の中に配置されていたのを、分離することによって、直感的にも、合計ではなく、各社の数字なのだと分かるようにした。
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 ここまで書いて、改めて、ネットで日本原電の株主構成を調べてみた。すると、私の推測は間違いで、4社併せて、3.98%ということのようだった【Wikipedia 日本原子力発電】。

 なぜ推測を間違ったのか。私の推測の過程を振り返ると、次のようになる。

 ① 「九州、中国、四国、北海道」の4社の合計は、4%弱か16%弱のいずれかである。
 ② 電力会社以外に株主はいない。
 ③ 上記①②から、他の6社の合計は、90%台半ばか、80%台半ばである。
 ④ 6社の合計は概算で、約85%である。
 ⑤ 上記③④から、6社の合計は、80%台半ばである。
 ⑥ ①②⑤から、4社の合計は16%弱、すなわち、3.98%というのは、各社の数字である。

 結局、②が私の思い込みで誤りだったのである。

 もちろん、④の概算を、もう少し精緻にしていたら、6社の合計は、85%強であり、裏を返すと、4社の合計が15%を超えることはないということになり、結果的に、②が誤りであることも自ずと分かったはずである。ところが、②の思い込みがあったが故に、そこまで精緻な概算をすることなく、ざっくりした計算で、誤った推論をしてしまった、というわけである。

「長田近年」裁判官

 今朝の新聞の人事欄である。左が、朝日のデジタルサイト、右が京都新聞である。
人事

 右側の京都新聞を先に読んだのだが、依願退官した裁判官の名前を「長田近年」と読んでしまった。すぐ下に「則」という文字があるので、改めて見直して、「田近年則」ということが分かった。

 私が「長田」と読んだ「長」は、「所長」の「長」だったのである。記事のはじめから順に読んでいけば、こんな誤解はあり得ないのだが、実際には、一字一字読んでいるわけではない。

 漢字かな混じり文の優れている点は、意味の塊が、視覚的にも塊になっているため、一瞬で意味がとれる点にあるのだが、塊として読む習慣が、誤解の原因にもなるのである。

 「長田」というのは、人の苗字として多いため、「長田」と読んでしまったのだ。他方、「田近」という苗字は珍しいため、「田近」が一塊に見えなかったのである。

 もし、最後の行の冒頭が、「長田近」でなく、「長金田」であれば、おそらく、「金田」と読んだことだろう。苗字としては、「金田」は多いが、「長金」という苗字は、お目にかかったことはないからである。

 こんなふうに、同じような書き方でも、誤解しやすい場合と、誤解しにくい場合があるのだが、そもそも、「金沢地、家裁所長」という部分を、朝日のように括弧で括っていれば、名前の部分と明確に分離され、誤解のしようはなかったのである。

 京都新聞も、「東京高裁判事」の方は括弧で括っていたのだから、「金沢地、家裁所長」も括弧で括ればよかったのだが、おそらく、前者は、裁判官の身分が二つ並ぶため、元の地位を括弧に入れようという配慮が働いたのに対し、後者は、「依頼退官」ということで、そのような配慮は不要、と考えたのだろう。

 けれども、このような中途半端な「配慮」が、誤解を生む原因になったのである。

 裁判官の身分に止まる場合であれ、身分を失う場合であれ、一律に、元の地位を括弧に括ればよかったのである。

 さらに、京都新聞の場合、「金沢地、家裁所長」の読点「、」が不要である。朝日のように「金沢地家裁所長」で足りるのである。意味の上では、【金沢】【地・家】【裁】【所長】という括りになるのだが、真ん中の【地・家】の中の区切りに「、」を使ってしまったために、【金沢地】【家裁所長】のように読めてしまうのである。

  本日の要点  

   漢字の連続は避ける。 括弧、スペース、かな、記号などを用いる。 

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「時間泥棒」仕置人

Author:「時間泥棒」仕置人
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 弁護士として、どうすれば、効率よく、的確に、情報を取得・提供できるか、ということを常に考えています。

 ところが、そんなことには無頓着な人も多いようで、読者に対する配慮の一欠片もない文章を目にすることがあります。

 難解な文章で読者の貴重な時間を奪ってしまう人達のことを、「時間泥棒」と名付けました。

 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

 記事を読んで、自分も「時間泥棒」かな、と思ったら、早速、改めて下さい。また、あなたの廻りに「時間泥棒」がいたら、あなたの力で立派に更生させてあげて下さい。

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