段階的詳細化しかない、と思うのだが・・・

 駅からライブ会場までの道順を写真で丁寧に解説したサイト【ライブ会場道案内ブログ】がある。

 例えば、大阪の阪急梅田駅から東梅田の「アムホール」という会場への案内は、下記のような写真が延々と、19枚、掲載されている。
 
amhall-1

amhall-2

amhall-3

 順々に見ていく内に、だんだん、ストレスが溜まってきた。

 その原因は、「全体が見通せない」という点にある。

 その時点、その時点で、どこをどう曲がればいいのか、といったミクロの情報は完璧なのだが、いったい、どこへ行くのか、全然、先を見通せないことがストレスになるのだ。

 この案内を頼りに進んで行って、一箇所でも間違えてしまったら、もう、元へは戻れない。迷子になってしまうことだろう。

 では、どんな案内なら、ストレスを感じないのか。試しに、自分で代わりの案内図を作ってみた。

amhall-10


 【1】→【2】→【3】と、全体図から段々と詳細な地図になり、最後は【4】の目的地の写真である。

 これなら、ストレスを感じることなく、会場に辿り着ける。すこし遠回りをしても、それなりのルートを通って、目的地まで辿り着くことは可能である。

 私は、そう思うのだが、初めの写真を連ねた説明の方が分かりやすいという人もいるのかもしれない。

 初めに掲げた写真は、阪急梅田駅から「アムホール」への行き方である。同じサイトには、同じ「アムホール」へ行くのに、「地下鉄谷町線東梅田駅」からの行き方と、「JR大阪駅」からの行き方なども、十数枚の写真で解説されていた。

 街全体を俯瞰して考えようとしない、あるいは、俯瞰して考えることのできない人にとっては、このような、十数枚の写真による説明の方が分かりやすいのかもしれない。

 ところで、上記二とおりの説明を、写真や地図の代わに、言葉だけの説明に置き換えてみよう。

【1】 左前方の改札を出ます。
.............
.............
.............
【4】 右前方の「動く歩道」に乗ります。
.............
.............
.............
【19】「てんぐ酒場」の看板のところから3階に上がってください。


【1】 会場は、阪急百貨店の南東約100メートルのところにあります。
【1】 阪急百貨店の道路を挟んで南東側の曾根崎警察署の北側の大通りを東方向に行きます。
【2】 50メートルほど歩いて最初の角、ジャスミン曽根崎ビルのところを右に曲がります。
【3】 20メートルほど南に行くと、左前方に「四海楼」の看板があります。
【4】 そのビルの左側に回り「テング酒場」の看板のところから3階に上がると会場です。


 あとの説明の方が、ずっと分かりやすいのではないか。 

「ランドルト環」は、いらない

 一昨日の記事【背景と文字のコントラスト】に引き続き、「弁護士ドットコム」の話である。

 前回と同じ、第35号には、【 ネットトラブル訴訟実務 今知りたい「ポイント」と「課題」 】 という、大変、有益な記事が載っている。

 記事の内容だけでなく、デザインも、それなりに工夫した跡がうかがえる。

 まず、記事の最初で、ネットトラブルの現状に関する統計情報が掲載されているのだが、その見出しが、次のようになっている。

ネットトラブル-1


 30年くらい前だと、文字を拡大して印刷すると、上記の文字のように、「ギザギザ」になったものである。

 こういった文字は、「ビットマップフォント」というもので、当時のパソコンの能力からは、やむを得ないものだった。

 けれども、今では、どんなパソコンでも、「アウトラインフォント」が搭載されており、いくら文字を拡大しても、斜めの線が「ギザギザ」になることなく、滑らかなまま、表現される。

 あえて、こういった「ギザギザ」文字を用いたのは、インターネット登場以前の世界とは違う、新たな世界に入ったのだ、ということを強調したいがために、インターネット登場当時のパソコンに特有の「ギザギザ」文字を用いたのだろう。

 その狙い自体は、分からなくもない。たとえば、講演会のポスターなどの、アイキャッチャーとして、一箇所だけに用いる、というのであれば、それは、それでいいだろう。

 けれども、これは、雑誌の中の見出しである。この「ギザギザ」文字が、6頁中の15箇所の見出しに使われているのである。

 この「ギザギザ」文字を見る度に、ストレスを感じざるを得ない。アウトラインフォントで十分である。

 次は、記事中の統計のグラフである。

ネットトラブル-2

 ぱっと見ただけでは、この視力検査の輪っかの出来損ないのようなものは、なんだ?と思ってしまう。

 よく見ると、内側のパーセントの数字の大きさに対応していることが分かり、「なるほど」と納得する。

 けれども、それなら、普通の円グラフでいいではないか。このグラフのように、太めの円周の長さの違いよりも、円グラフの扇形の面積の大小の違いのほうが、より、視覚的に訴えるものがあり、分かりやすい。

 何度も言うが、「分かりやすさが第一」である。

 デザインは、自らの発想力、努力の跡を評価してもらうための手段ではない。より「分かりやすく」するための手段である。

 ところで、今回の記事の題名の「ランドルト環」というのは、視力検査の輪っかのことである。一般の人は、ほとんど知らないだろうし、筆者の私でさえ、30分前に知ったばかりの言葉である。

 あえて、こんな「分かりにい」言葉を用いたのは、いつも[分かりやすい」題名に慣れきっている読者に、刺激を与え、「いったい、何が書かれているのだろう?」という疑問をもって読んでもらいたかったからである。

 こんなことを書いていると、誰かのブログで、「筆者の独りよがり」と指摘されるかも知れない。






オプジーボの使用対象となる癌が増えれば 

 今年もノーベル賞の季節が近づき、ネット上でも、ノーベル賞を予測する記事を見かけるようになった。

 そんな中、ノーベル賞の受賞と関連銘柄の株価上昇を関連付けて論じる記事があった【2018年ノーベル賞候補から連想されるノーベル賞関連銘柄とは?】。
  

<4528>小野薬品工業
がん免疫治療薬の「オプジーボ」が業績に大きく貢献している薬価改定が逆風だが、オプジーボの使用対象となる癌が増えれば売り上げ増に期待できる。本庶佑氏ががん免疫療法研究の成果でノーベル医学生理学賞を受賞すれば注目度がさらに高まると考えている。


 気になるのは、「オプジーボの使用対象となる癌が増えれば」の部分である。

 まるで、癌が増えることを期待しているように、読めてしまう(実際、期待しているのかもしれないが・・・)。癌の増加という人の不幸を製薬会社の売上増、株価上昇を結びつける、拝金主義の塊のような記事に見える。

 善意に解釈すれば、「現状では、癌のすべてにオプシーボが効く訳ではなく、現在はオプシーボの使用対象となっていない癌の中から、将来的にオプシーボの使用対象となるものが出てくれば」という意味かも知れず、そうであれば、救済される患者の数の増加と製薬会社の売上増が連動するわけであり、結構なことである。

使用対象


 では、上記の【1】ではなく、【2】であることを、誤解の余地なく伝えるには、どうすするか。

<4528>小野薬品工業
癌免疫治療薬の「オプジーボ」が業績に大きく貢献している。薬価改定が逆風だが、癌のうち現在はオプジーボの使用対象となっていないものが、今後、使用対象となって行けば売り上げ増が期待できる。本庶佑氏が癌免疫療法研究の成果でノーベル医学生理学賞を受賞すれば注目度がさらに高まると考えている。


 少し長たらしい表現になってしまったが、誤ったメッセージを与えないためには、こうするしか、なさそうだ。

 簡潔な、引き締まった表現にしようと無理をすると、かえって、分かりにくい、誤解を招きやすい表現になるので、要注意だ。「分かりやすさ」とは別の価値を追求することによって、「分かりにくく」なる点については、これまでも、何度か述べている。

エレベータの開閉ボタン
「食間」とは
「分かりにくさ」の原因は、これだ

 なお、もっと簡潔で誤解の余地のない表現があると思われた方は、コメント欄で指摘してほしい。







原因は一つだけとは限らない

 相変わらず大活躍の藤井聡太七段だが、こんな記事があった【藤井聡太七段が木下七段を破り叡王戦予選2回戦突破 日刊スポーツ 2018.8.11】。

 叡王戦は、四段とか五段といった段位ごとに予選があり、それぞれの段位に割り当てられた枠の数だけの棋士が本戦に出場できるのだが、その予選に関する記事の一節が、これだ。

前期の四段予選は、梶浦宏孝(23)都成竜馬(28)佐々木大地(23)杉本和陽(26)と撃破。決勝トーナメント進出1枠の狭き門をクリアしたが、1回戦で深浦康市九段(46)に敗れた。七段昇段の今期は 進出3枠と門戸は広いが百戦錬磨のベテランぞろいで油断は禁物だ


 記事は、枠が四段のときの1枠から、七段になって3枠になったので、「門戸は広い」と言っているのだが、はたして、そうか?

 ある段に割り当てられた枠が多くても、その段に所属する棋士の数が多ければ必ずしも、「門戸は広い」と言えないはずである。

 そこで、【日本将棋連盟 叡王戦サイト】で、所属棋士数と枠を調べてみると、こうなっていた。

叡王予選


 確かに、藤井聡太棋士についてみれば、四段から七段になり、枠が1から3に増えて、競争倍率は、19倍(●)から12.7倍(▲)になって、門戸が広くなっている。

 けれども、それは、たまたま、四段から七段になって枠が増えたほどには所属棋士の数が増えはしなかった結果に他ならない。

 たとえば、今季の五段は2枠で倍率は11.0倍(△)だが、七段は3枠で12.7倍(▲)である。枠が多い方が倍率が高く「狭き門」となっているのである。

 上記の記事は、結論としての「門戸は広い」という部分に誤りはないものの、枠の数だけを理由にしている点で、論理的には、「誤り」と言わざるを得ない。

 門戸の広狭は、y=F(x,z)という複数の引数からなる関数であるにも関わらず、y=F(x)という1個の引数からなる関数、しかも、単調関数であると、誤解したことにある。

 これと同種の誤りは、以前の記事【マグネシウムは、41ミリグラム】で触れたのと同種の誤りである。

 こういった論理的誤りを目にするにつけ、最近読んだ【13歳からの論理トレーニング 】という本の「あとがき」に書かれていた一節を思い出す。

本書を一読した人は誰でも気づくでしょうが、日常生活における”論理”は、あまりにもいいかげんで、正しくないものばかりです。



 
 









背景と文字のコントラスト

 2年前の記事【性別によって変化するのか?】で、こう書いた。

「弁護士ドットコム」という、定価500円の月刊誌が無料で送られてくる。冒頭の「フロントランナーの肖像」という記事で、毎号、久保利明、宇都宮健児といった著名な弁護士を取り上げていて、それなりに面白い。


 単に面白い記事だけでなく、以下のように、実務にも役立ちそうな記事が満載である。
  ・ ネットトラブル最前線の実務家はどう対応?
  ・ [むち打ち症」で他覚的所見がない場合の算定基準

 毎月届く雑誌としては、日弁連の機関誌「自由と正義」があるが、届いたときに、ぺらっと目を通す程度で終わっているのだが、「弁護士ドットコム」の方は、毎号、1時間くらいかけて、じっくり読んでいる。

 ところが、「弁護士ドットコム」の記事を読もうとすると、デザイン、文章表現、様々な理由で、「分かりにくい」と感じることが多いのだ。

 読むに値する記事が掲載されているにも関わらず、いや、そうであるからこそ、というべきか、この「分かりにくさ」が非常に残念なのだ。

 一例を挙げると、雑誌が届いて最初に読む「フロントランナーの肖像」の冒頭の見開き頁が、こうなっている。

ドットコム-全体


 左中段の文字の部分を拡大すると、こうなる。

ドットコム-部分


 読めるだろうか。

 薄い空色の背景に白い文字。

 目をこらせば読めなくはないが、読者に苦行を強いるべきではない。

 背景色と文字色のコントラストの重要性については、これまでも、以下の記事に書いてきた。

 【黄色に注意
 【赤なら目立つという思考停止



 


ニューヨーク、イリノイ、パラグアイ、カリフォルニア

 夕方のテレビで、守谷慧氏の納采の儀が行われたというニュースが流れていた。

 納采の儀と言えば、先日は、納采の儀が延期になった小室圭君が国際弁護士の資格をとるためにニューヨークのフォーダム大学ロースクールに入学するためにアメリカに旅立ったというニュースもあった。

 「国際弁護士」という肩書きは、ときおり耳にするが、そのような資格はない。

 日本国内で活動する「国際弁護士」として考えられるのは、次の二種類である。

 【1】日本の弁護士資格を有する者
    ・外国の弁護士資格「も」取得し、
    ・その外国の法律に関わる法律事務「も」行う

 【2】日本の弁護士資格を有しない者
    ・外国の弁護士資格「を」取得し、
    ・一定の条件の下に法務大臣の承認を得て、
    ・「外国法事務弁護士」として登録し、
    ・その外国の法律に関わる法律事務「のみ」を行う

 専ら日本法しか扱わない(扱えない、扱うつもりもない)私には縁のない世界なのだが、「外国法事務弁護士」について興味半分でネット検索したところ、【GOH FOREIGN LAW OFFICE】というサイトを見つけた。

 そのサイトの中で日本で活動する外国法事務弁護士の数について、次のように記されていた。

日本国内に約390名の外国法事務弁護士がいます。もっとも登録が多い国は、アメリカ合衆国、イギリス、中国、オーストラリアです。そして、日本の外国法事務弁護士約390名のうち、約360名(約90%)が東京の弁護士会に所属しています。東京を離れると、その数は一気に減ります。東京に次いで外弁の数が多いのは大阪で、10名の弁護士が大阪弁護士会に外弁として登録しています。


 続いて、原資格国について、こう記されている。

外弁は、自身が弁護士資格を取得し法務経験を積んだ国を指定しなければなりません。日本国内の約390名の外弁のうち、アメリカ合衆国だけを見ると、最も多いのがニューヨーク州(約110名)で、次いで多いのがカリフォルニア州(約50名)です。


 次いで、大阪弁護士会に所属する外国法事務弁護士の内訳についても、説明がある。

大阪弁護士会会員の外弁10名の原資格国の内訳は次のとおりです(中国4名、米国ニューヨーク州3名、米国イリノイ州1名、パラグアイ1名、米国カリフォルニア州1名)。

 
 問題は、国、州の順番だ。米国イリノイ州の次にパラグアイがくれば、米国は、それで終わりだと思う。ところが、次が、米国カリフォルニア州となっており、予測が覆される。

 人数の多い順に書くのなら、それは、それで一応の合理性があるのだが、パラグアイもカリフォルニア州も1名である。パラグアイを先にする理由はない。

 以前の記事【いりこ、ドンコ、鰹節、昆布】【慣習には逆らわない】にも書いたが、事物を列挙する場合には、必然的な順番というものがある。その順番を崩すと、読者はストレスを感じるし、時には誤解することもある。

 ところで、米国の州の名前が続いているのに、パラグアイをカリフォルニア州より先に書くのは極自然な流れである。ことさら、順番を崩したのは、何らかの考えがあってのことではないか。

 そう思いながら、このサイトの管理人のプロフィールが、【GOH FOREIGN LAW OFFICE スタッフ紹介】に書かれていた。
 

米国カリフォルニア州弁護士会登録


 自らの原資格国がカリフォルニア州だからこそ、一番最後にしたのだろう。

 なんという謙虚さか! と思ったのだが、そういえば、英語で自分を含む複数人を列挙する場合は、"○○,○○,○○ and I "と言うと習ったのを思い出した。

 最後に、冒頭のニュースに関して、念のため、ネット上の記事にリンクをしておく。

朝日新聞 2018.8.12 絢子さまと守谷慧さんが「納采の儀」 婚約が正式に成立
朝日 2018.8.7 小室圭さん米国留学へ出発 「いってらっしゃい」に無言


「(スカイダイビングで)墜落。病院に搬送されたが、約1時間後に全身を強く打って死亡した。」

 ある事故の記事である。

8日午後2時ごろ、和歌山県白浜町でスカイダイビングをしていた和歌山市の会社役員の男性(48)が同町日置の道の駅「志原海岸」の駐車場に墜落。病院に搬送されたが、約1時間後に全身を強く打って死亡した。


「約1時間後に全身を強く打って死亡した」の部分が引っかかる。

「全身を強く打った」のは、いつ、どこでか。

 まさか、病院に搬送されて1時間後に大地震が起き、病院が倒壊して、その下敷きになり、「全身を強く打って」死亡した、という訳では、あるまい。

 「全身を強く打った」原因としては、通常、「墜落」である。ということは、「墜落の時点」「墜落の現場」で「全身を強く打った」のであろう。そして、病院に搬送され、約1時間が経過し、1時間前の全身打撲が原因で死亡したのであろう。決して「1時間後」「病院」で「全身を打った」わけではなかろう。
 
とすると、本来の時系列では、こうなる。
  墜落
  全身打撲
  搬送
  1時間経過
  死亡

ところが、上記の記事は、「全身打撲」の位置を「死亡」の直前に変更した。
  墜落
  搬送
  1時間経過
  全身打撲
  死亡

 その心理も分からなくはない。

 「死亡」の原因は「全身打撲」であるから、この二つを直結させる方が死因が明確になり、より「分かりやすい」と考えたのだろう。

けれども、事実は、時の経過に沿って記すのが大原則である。

 そもそも、人が文章を読むという作業を行うとき、文章に書かれている内容を具体的にイメージしながら追体験をしているのである。事実は、時の経過に応じて生起するのであるから、追体験すべき事実が、現実に生じたとの違う順番で記載されていたら、混乱するのは、目に見えている。

 では、どう書けばいいのか。以下の4つの文章を見比べてほしい。

【1】 ・・・墜落。病院に搬送されたが、約1時間後に全身を強く打って死亡した。
【2】 ・・・墜落。病院に搬送されたが、全身を強く打って約1時間後に死亡した。
【3】 ・・・墜落。病院に搬送されたが、全身を強く打っており約1時間後に死亡した。
【4】 ・・・墜落。全身を強く打って病院に搬送されたが、約1時間後に死亡した。


 【1】は、冒頭の記事【「まとめるのん」 2018/04/08(日) 22:10:46.53】であり、上記に述べたとおりの問題がある。

 【2】は、【1】の記事からリンクされている産経の記事【産経 2018.4.8 21:28】である。全身打撲が、「1時間後」よりも前になって、その限りでは時系列の逆転は部分的に解消されているが、「搬送」の後に「全身打撲」が来て、この点での時系列の逆転は解消されていない。

 【3】は、「打って」を「打っており」と、病院に搬送される前に全身を打っていたことを明示している点で、文法上は時系列の逆転はない。

 けれども、「打って」まで読んだ時点では、「搬送→全身打撲」と思い込み、直後に、「おり」を読むことによって初めて「全身打撲→搬送」の順であることが理解できるのであるから、「分かりにくい」ことに変わりない。

 【4】は、時系列に沿って事実を記載したので、一番自然で、分かりやすい。


-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 不思議なのは、上記の【1】の記事中では、【2】の産経の記事にリンクが貼られていることから、【1】は【2】を引き写したものと考えられるにもかかわらず、「全身打撲」「1時間経過」の順番が両者で異なる点である。)

 【1】の時刻は、「22:10」で、【2】の時刻は、「21:18」であることからも、【1】が【2】を引き写したものと考えるのが自然である。

 とすると、両者の違いが生じた原因は、次の二つが考えられる。

  ・【2】をコピーして貼り付けたのではなく、自分でタイプしたので、間違った。
  ・【1】の筆者が、意図的に、順番をかえた。

 さらに穿った見方をすると、次のような可能性もある。

 もともとは、産経の記事も、【1】と同じだった。
 【1】の筆者は、その産経の記事をコピーをした上で、記事を書いていた。
 ところが、記事を書いている最中に、何らかの事情で、産経が記事の内容を書き換え、改めて、【2】を、ウェブサイトにアップした。
 その後、そのようなことはさ知らない【1】の筆者が、元の産経の記事の内容のまま、自分の記事をアップした。

 ここまで読まれた読者の方の中には、「よく、こんな、どうでもいいことを、あれこれと考えるな」という感想を持たれた方もいるかも知れない。

 確かに、上記の記事だけに限定して言えば、「どうでもいい」と言えるかもしれない。

 でも、「どうでもいい」と思われることでも、疑問に思ったことは徹底的に考えておくことが、将来、似たような状況で、「重大な問題」に直面したときに、何らかの役に立つかも知れないのである。

 SNS の発達で、ネット上で、孫引き、ひ孫引きの情報が飛び交う中で、情報の真偽、情報の意味を正確に把握することは、困難ではあるが、必要不可欠となっている。その際に、上記のような、「どうでもいい」ことを徹底して探求しておくことにより培われた「情報基礎体力」とでも言うべき能力が、役に立つはずである。






様々な色のイメージ

 色には各々に特有のイメージがある。情報発信に際しては、そのイメージが利用されることが多い。たとえば、お馴染みの、車に付ける初心者マークだ。

 
色-1

 植物の葉は、緑→黄色→茶色と変化する。そこで、人の年齢、習熟度、時の経過などを表すために、この3色が利用されることが多い。

 昨日の記事【群雄割拠の将棋界を俯瞰する】では、将棋棋士を世代により色分けしたが、この応用例の一つだ。

 ただ、緑、黄色、茶色の3色では、4世代を色分けすることは不可能だ。そこで、一番若い世代を、水色にした。「半分、青い。」ということだ。

 昨日の記事に限らず、これまで、このブログでは、様々な場面で、色の持つイメージに触れている。ざっと思い出すだけでも、以下のとおりだ。



グラデーションのフェイント】では、白黒の濃淡を人口の増減に対応させた。

色-2




色使いは、こうする】では、九州から北海道までの地域を、寒暖のイメージの色と結びつけた。

色-3




「予測」に基づく行動は危険】では、まさに、信号機の色を利用した。

色-4




色分けに注意】では、例えば、男女の別が話題となっているところで、赤や青の色を不用意に使うと、その色の持つイメージによって、思わぬ誤解を生じかねないことを指摘した。

色-5





群雄割拠の将棋界を俯瞰する

 藤井聡太七段の活躍で将棋人口が急増しているという【スポーツ報知 2018.8.7】。

 このブログでも、将棋関連の話題が多くなったが、今日は、将棋ファンの皆さんのために、羽生一強の時代から、8大タイトルを8人の棋士で分け合う群雄割拠の時代になった将棋界を俯瞰する「分かりやすい」表を、お届けする。

 将棋に興味のない方も、一々解説はしていないが、「分かりやすく」表現するために、徹底して考えた結果の表である。どういう点で「分かりやすく」なっているのか、じっくり、観察した上で、ご自身で表を作る際に参考にしてほしい。「使える」と思ったら、そっくり真似していただいて結構である。 

棋士一覧-25


● 原則として姓のみ表示したが、同姓が複数いる場合には、おおよその慣行に従って記載した。 

● 掲載基準は、年齢区分ごとに、以下のように、順位戦のA級在籍経験とタイトル獲得挑戦経験・棋戦優勝経験を考慮した。

棋士一覧-22


 最初の表に戻るが、A級とB級1組の間、タイトル獲得と挑戦の間の境界線は、他の線よりも太くしている。左上の区分(現A級、かつ、タイトル獲得経験あり)の棋士は、誰もが認めるトップ棋士だろう。 

 このような二次元の表にすることによって、タイトルは獲れたのにA級には上がれない、逆に、A級には到達したが、タイトルは獲れない、といった棋士の特徴が一目で分かるはずだ。

 

交通機関の子ども料金  

 大抵の交通機関では、子供料金が設定されている。

 小学生は半額、幼稚園児は大人が同伴の場合は無料、といった具合だ。

 では、幼稚園児が単独で乗車する場合はどうなるか、京阪バスの説明では、こうなっていた【京阪バス 幼児の無賃運送について】。

京阪-1


 「幼児」の欄を見ると、冒頭に「大人または小児の同伴者1名につき」と書かれており、以下、同伴する幼児の数により場合分けされている。

 では、そもそも、「同伴」ではなく、幼児が「単独」で乗車する場合は、どこに書いてあるのか?

 ぱっと見では、どこにもない。念のため、「同伴」の場合の説明を丹念に読んでいくと、「幼児3人目」の説明の最後に「単独」での乗車の説明が隠れていた。

 以下の赤いマーカーをいれた部分だ。

京阪-3


 情報を分類したり、見出しをつけたりするのは、「分かりやすく」するためである。

 ところが、この表は、冒頭に「同伴の場合」に限定するかのようなことを書いていながら、その中に、「単独の場合」を紛れ込ませているのだ。その結果、「単独の場合」の情報を求めている人は、まさか、「同伴の場合」の中に、その情報が隠れているとは思いもよらないから、分かりにくいのだ。

 おそらく、表の作成者には、幼稚園児が単独で乗車することなど例外中の例外であり、頭の中になかったのだろう。

 ところが、3人以上を同伴する場合には、3人目からは小児運賃がいるという説明を書いた際に、幼児の単独利用の場合の説明を付け足そうと考え、「同伴」の場合の説明の中に「単独」の場合の説明を紛れ込ませる、上記のような表になったのだろう。

 この京阪電車のサイトは、上記の一般的な説明の下に、「運賃の支払方法の組み合わせ」と題して、様々な乗車パターンについて、料金がどうなるのかという解説があり、利用者に具体的に理解してもらおうという姿勢がうかがえ、この点では非常に好感が持てる。

 なお、同じ京阪グループなのだが、上記の「京阪バス」とは別の「京阪京都交通」の頁では、もう少し分かりやすくなっている【京阪京都交通 運賃区分】。

京阪-4


-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 冒頭の京阪バスの表だが、念のため、インターネット・アーカイブで調べてみると、次のようになっていた【インターネット・アーカイブ 2014.7.1 京阪バス 運賃の支払方法一覧】。

京阪-6


 「同伴」の場合と「単独」の場合が明確に区別されており、一目瞭然である。なぜ、ことさら分かりにくい現在の表に変更されたのか不思議である。


-- 【追記 2018.8.9】 ----------------------------------------------------------------------

 あと気になるのが、幼児を同伴する場合の「無賃」という表現である。

 一般に「無賃」という言葉が単独で使われることはなく、「無賃乗車」という複合語として使われる。そのため、「無賃」という言葉自体に、なにか「不正」の響きが感じられる。

 ここでは、「無料」という言葉がふさわしい。社内の用語としては「無賃」なのだろうが、一般の人に向けての情報発信であり、世間一般の人が違和感なく受け入れられる言葉を使うべきである。

 この点、以前の記事【酉取県、誕生】弁護士費用における「報酬」と「報酬金」の使い分けにも通じるものがある。



続きを読む

照会先から要求された場合に戸籍関係書類を提示する

 本日の素材は、神奈川新聞の【県弁護士会に賠償命令 個人情報、不当漏えい地裁】という記事である。

 神奈川弁護士会が、会員弁護士から相続事案の調査を目的する照会の申し出を受け、横浜市の造園業者に、ある女性側との取引の有無などを照会したのだが、その際、女性と家族の戸籍謄本を添付して造園業者に文書を送付たという。

 その女性がプライバシーの侵害だとして弁護士会に対し損害賠償を求めたところ、裁判所は弁護士会に賠償を命じたのだが、その判決理由について、記事では、次のように書かれていた。
 

石橋裁判長は判決理由で、造園業者から戸籍謄本の確認を事前に求められていなかった点などを挙げ、「必要がないのに個人情報を第三者にみだりに開示した」と認定。同弁護士会が同年12月、照会先から要求された場合戸籍関係書類を提示するよう自主的に運用を改めた点からも、約半年前の今回の照会時点で同様の対応を取ることは十分に可能だったとした。


 上記の引用文の「照会先から要求された場合戸籍関係書類を提示する」の箇所は、直接的には、下記の【1】を言っているのだが、言外の意味として【2】を含むものと考えられる。

  【1】 要求された場合かっな  提示する
  【2】 要求されなかった場合  提示しない

 そして、引用文中の「同様の対応」というのが、【1】ではなく、【2】であることは、文脈から明らかである。

 だとすれば、表現としても、【1】だけでなく【2】を含むこと、いや、むしろ、【2】に主眼があることが分かるような記載にすべきである。具体的には、「限り」を挿入すればよい。

石橋裁判長は判決理由で、造園業者から戸籍謄本の確認を事前に求められていなかった点などを挙げ、「必要がないのに個人情報を第三者にみだりに開示した」と認定。同弁護士会が同年12月、照会先から要求された場合限り戸籍関係書類を提示するよう自主的に運用を改めた点からも、約半年前の今回の照会時点で同様の対応を取ることは十分に可能だったとした。


 これで違和感なく読むことが可能である。



 
 




「ただし」は安易に使わない

 この3月に藤井聡太六段と杉本昌隆七段の師弟対決が話題となった【毎日新聞 藤井六段、師弟対決に勝利 王将戦予選】。師弟対決については、将棋連盟の規約で、次のように定められている【よくある質問 師弟戦】。

トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
ただし、二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。


 「ただし」というのが引っかかった。

 「ただし」というのは、通常、「原則に対する例外」を示すものである。

 ただ、あくまでも、「通常」そうだ、というだけで、前に述べたことに対して、補足的に条件を付す場合にも、用いられる。

被告アントーニオの心臓の肉を切りとってもよい。
ただし、一滴も血を流してはならない。


 お馴染みの「ベニスの商人」で、裁判官に扮したポーシャが、返済約束を果たせなかったアントーニオの心臓の肉を証文に従って切り取ることを認めるように求めた高利貸しのシャイロックに告げた言葉だ。

 けれども、将棋連盟の規定の「ただし」は、いずれの使い方とも違う。 

  ● 原則に対する例外
  ● 前に述べたことに対する条件

 他にも、「ただし」を使う場合がないか考えてみたのだが、こんな例もありそうだ。

遠足のおやつは、一人、300円までです。
ただし、バナナは、おやつには含みません。


 バナナは、「おやつ」に含むようにも思われるが、含まないという解釈も成り立ちそうである。そんな場合に、バナナは「おやつ」に含まない、ということ明確に宣言するために、「ただし」と言っているのである。

 この用法は、一般化すると、こういうことになる。

  ● 前に述べたことの解釈が分かれる場合に、その一方を採用する

 将棋連盟の規定の「トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。」というのは、明確で、解釈が分かれる余地もなく、この用法にも、あてはまらない。

 結局、将棋連盟の規定は、「ただし」と言うべきでないところで、「ただし」と言ってしまったのである。

 読み手としては、「ただし」と書かれている以上、一次予選の1回戦でも、例外的に師弟戦が行われることがあり、それが、どのような場合かが書かれているのではないかと、予測して、次を読むことになる。

 けれども、「ただし」の後に書かれているのは、一行目に書かれていることの当然の帰結であり、一次予選の1回戦では師弟戦は行わない、という原則は、そのままであり、予測を裏切られてしまうのである。

 ここでは、「ただし」ではなく、「言うまでもなく」が相応しい。
 

トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
言うまでもなく、二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。



 「言うまでもなく」というのは、「普通の理解力のある人なら、上記に述べたことの意味は、当然に正確に理解できるだろうが、中には、誤解する人もいるかも知れないので、念のため、述べておくが」ということである。





 





近江鉄道バスで佐川美術館前下車約30分 時の流れに逆らわない

 滋賀県守山市にある「佐川美術館」の交通アクセスの説明文に、こう書かれていた。

近江鉄道バスで佐川美術館前下車約30分


 交通の便の悪いところとは聞いていたが、「バスを降りて、この殺人的な猛暑の中を、30分も歩くのか?」という疑問が湧いて来て、美術館に行く気力が萎えてしまいそうになった。

 けれども、バス停の名前は、「佐川美術館前」となっている。「○○前」と名付ける以上、そこから30分もかかるというのも常識外れである。地図【佐川美術館 交通アクセス】を眺めているうちに、「そうだ、30分というのはバスに乗っている時間のことか」と、ようやく気づいた。

佐川


 こんな場合、普通は、こんな順番で表現する。
 

【1】 近江鉄道バスで
【2】 約30分
【3】 佐川美術館前下車


 バスに乗り込み、30分経過し、下車する、時間の流れのとおりであり、ごく自然に頭に入る。

 ところが、冒頭の表現は、こうである。
 

【1】 近江鉄道バスで
【2】 佐川美術館前下車
【3】 約30分


 「下車」のあとに「30分」と書かれており、時間の流れが逆なのである。これが誤解の原因だ。

 つい2日前のブログ【気を緩めると誤解を招く】でも、「できごとを、時間の流れと逆に書くから、誤解を招きかねないのである。」と書いたばかりである。

 私自身も、ときおり、前に書いた文を補足しようとして思って、時間的には、前のことを付け足してしまっていることに気づくことがある。

 もちろん、時間の流れとは逆に書いていても、
  ・文脈から明らかに時間の前後が分かる場合
  ・時間的な前後を明示した場合
は、誤解されないのであるが、

一般的には、時間の流れに沿ったほうが頭に自然に入るのであるから、時間に逆行するのは極力、避けるべきである。


グラフを利用した印象操作

 法科大学院の相次ぐ廃止で、司法制度改革の失敗は覆い隠しようがないのだが、これを失敗と受け止めず、なんとか小手先の「改革」で乗り切ろうとする動きがある。

 その中核ともいえるのが法曹養成制度改革顧問会議なのだが、最高裁判所の審議官が会議に提出した資料を見て唖然とした。

 改革論議の前提として司法修習生の声を集約しているのだが、下記の設問に対する回答のグラフが、凄いのだ【第18回 法曹養成制度改革顧問会議】。

資料3-2 導入修習の実施結果について(最高裁判所) 最終頁

   導入修習のカリキュラムのうち,必要性を感じなかったもの,内容や構成が不十分と感じたものの有無



導入修習-1

 導入修習に満足していない者(赤色)は、数字の上では、14%、つまり、約7分の1なのだが、グラフ全体に占める赤色の面積は、10分の1にも満たないように見える。

 なぜ、そうなっているかというと、二つの理由がある。

   【1】 扇形の要の部分が楕円の中心ではなく、少し、上になっていること
   【2】 円柱の側面が、導入修習に満足している者を示す色と同じく、緑色に塗られていること

 こういった「騙しのテクニック」を使わずに、単純な円グラフで表現すると、次のようになる。

導入修習-2


 かりに、導入修習に対する不満が少なく見えるようにとの意図のもとに上記の円柱グラフを作成したのであれば、改革議論の前提となる事実認識をねじ曲げるものであり、許されることではない。

 仮に、そうだとすると、「働き方改革」の法案審議において杜撰な労働実態調査が利用されたことや、森友問題の国会審議の裏側で交渉記録が改竄されていたこと等にも通じるもので、司法も、ここまで堕落したのかと驚かざるを得ない。
 
 いや、仮にも裁判官である。事実をねじ曲げてまで議論を都合よく誘導するなど、ありえないことだろう。

 だが、そうだとすると、歪んだ円柱のグラフが真実をねじ曲げるものであることに気づいてないということになる。そんな人たちが、事実を認定して判決を書いているとすれば、それは、それで、問題である。

 なお、グラフを操作して印象をねじ曲げる手法については、以前のブログ【「分かりやすさ」と情報操作】にも書いたので、参照されたい。

-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 上に掲げた円柱のグラフについては、そもそも、質問自体にも、問題がある。

 「不必要・不十分と思ったもの」の存否を尋ねているのだが、不必要と思ったものはあるが、不十分と思ったものはない、という者(下記の表の【1】)や、その逆の者(表の【3】)は、どう答えればいいのだろうか。

導入修習-3


 そもそも、「不必要」であれば、既存の内容の削除を検討すべきであり、「不十分」であれば、既存の内容の充実を検討すべきである。このように、検討すべきことが全く逆方向であるのに、それを一緒くたにして質問をすることに、どれほどの意味があるのだろうか。

 たとえば、「醤油砂糖」で味付けした料理について、醤油や砂糖を、それぞれ増減すべきか否かを検討するのに、「辛過ぎたり、甘すぎたり、しましたか」という質問をしても、何の意味もないのと同じである。醤油の増減は、「辛かったか」という質問が必要だし、砂糖の増減には、これとは別に、「甘かったか」という質問が必要なのである。


気を緩めると誤解を招く

 先日の棋戦で藤井聡太七段が増田康宏六段に勝ったのだが、その記事の一節だ【藤井聡太七段、予選から破竹の6連勝 増田康宏六段との“天才対決”にも快勝/AbemaTVトーナメント決勝T1回戦】。

若手棋戦・新人王戦を2016、2017年と連覇し、一時は藤井七段より前に5人目の中学生棋士になるのではとも言われた、増田六段を圧倒した。



 将棋界に疎い人なら、誤解をしそうな箇所が三箇所もある。

 【1】 「若手棋戦」と「新人王戦」の二つの棋戦を連覇したのか

 実際は、「若手棋戦」という棋戦は存在しない。「若手棋戦」というのは、「新人王戦」の修飾語として用いられているに過ぎない。そうであれば、「若手棋戦である新人王戦」とするのがよい。これなら誤解の余地はない。

 記号の「・」(なかぐろ)は、便利な記号なのだが、このような曖昧さがあるので、使うときは要注意だ。

  若手棋戦・新人王戦
    → (修飾) 若手棋戦である新人王戦 
    → (並列) 若手棋戦と新人王戦 
  

 【2】 新人王戦を連覇したのは藤井七段か増田六段か

 冒頭の文章の構造を分かりやすくすると、次のようになる。

    ○○を連覇し、
    ○○と言われた、
    増田六段を
    圧倒した。

 文末の「圧倒した」の主語が藤井七段であることは明白である。けれども、○○を「連覇し」たのは、藤井七段のようにも読めるし、増田六段のようにも読める。

 実際は、○○を連覇したのは増田六段である。

 「では、どう書けばいいのか」という点については、次の【3】の問題とも絡むので、後述する。

 
 【3】 ○○を連覇したから○○と言われたのか

 ○○を連覇したのが増田六段だとすると、連覇したが故に○○と言われたようにも読める。

 増田六段は2013年にプロ入りが叶わぬままに中学を卒業したのだから、「5人目の中学生棋士になるのでは」と言われたのは、当然、それよりも前のことである。

 従って、2016,2017年の棋戦連覇が、「5人目の中学生棋士になるのでは」と言われた原因ではありえない。

 できごとを、時間の流れと逆に書くから、誤解を招きかねないのである。

 以上に述べたことを踏まえて以下のように書けば、誤解の余地はない。

一時は藤井七段より前に5人目の中学生棋士になるのではとも言われ、若手棋戦である新人王戦を2016、2017年と連覇した、増田六段を圧倒した。



 -- 【追記 2018.8.4】 ----------------------------------------------------------------------

増田・藤井


 
 

208億円は747百万円の何倍?

 京都の老舗珈琲店「からふね屋」が、JR西日本の関連会社に吸収合併されたとのことで、その詳細が、ネットで告知されている【株式会社ジェイアール西日本フードサービスネット からふね屋珈琲株式会社との合併に関するお知らせ】。

・・・
3 ジェイアール西日本フードサービスネットの概要
  ・・中略・・
 (5)業績
  売上高208億円(平成27年3月期)

4 からふね屋珈琲株式会社の概要
  ・・中略・・
 (5)業績
  売上高747百万円(平成27年8月期)
・・・



 売上高の部分だけを抜き出すと、こうなっている。

  売上高208億円
  売上高747百万円


  これを見ただけでは、両者の企業規模の違いは分からない。

  「747百万円」を見ながら、「百万、一千万、一億」と頭の中で数えて、漸く、7億4700万円だと理解できる。

  そこまでして、初めて、企業規模が30分の1の会社を吸収するのであり、吸収する側にとって、さほど大きな影響はないであろうことが分かるのである。

 このように、単位の異なる数字を混在させると、意味を理解するのに、大変な労力を要することになるのであるから、常に単位は揃えなければならない。

 こんなふうに書けば、一目瞭然だ。
 

  売上高 208億円
  売上高 207億円







素直が一番

 札幌市交通局の地下鉄路線図を見たのだが、各駅で左右どちらのドアが開くかが図示されており、利用者に対する配慮が伺われ、好感が持てる【札幌市交通局 路線図】。

路線図-1


 ただ、せっかくの配慮なのだが、右側の枠内の凡例の左端に縦に二つ並んでいる「N01」と書かれているマークを見ても、ドアが右の場合と左の場合で、どうちがうのか、すぐには把握できない。

 目を凝らして見ると、「N01」といった駅番号の背景の白い丸が薄緑で縁取りされているか否かの違いがあることが分かる。

 こうして、縁取りのないのが右、縁取りのあるのが左、ということを理解して、おもむろに路線図を見て目的の駅を見つけ、その駅のマークに薄緑の縁取りがあるのを確認したとしても、縁取りの有無と、ドアの左右の対応関係が頭に入っているわけではないので、もう一度、右側の凡例の説明を見直さなければならない。

 こんなことにならないよう、端的に、次のようにしては、どうか。

路線図-2

 これなら、左右どちらのドアが開くのか、一目瞭然だ。

 元の図は、左右に関する情報を、縁取りの有無という別の情報に変換して表示したため、それを見た人が、再度、縁取りの有無という情報を、左右に関する情報に変換し直さなければならなくなるので、分かりにくいのだ。

 おそらく、作成者は、左右に関する情報を表現するに際して、単に左右に印を付ける、という方法では、「そのまんま」であり、「何の工夫もない」と思われると考え、「考えたことを示す」ために、このような縁取りの有無という方法を捻り出したのかもしれない。

 けれども、何度も言うが、「分かりやすさが第一」である。

 情報の伝達は、伝達者自身が「よく考えたね」「素晴らしい発想だね」と評価してもらうために行うものではない。あくまでも、正確な情報を瞬時に的確に伝えることこそ、大事なのである。

 もってまわって難しいことを考えずに、素直に表現すればいいのだ。

 「考える」ことによって、かえって分かりにくくなることがあるということについては、以前にも何度か書いている。

    【お洒落すぎる!
    【エレベータの開閉ボタン
    【「分かりにくさ」の原因は、これだ
 





日付か、曜日か

【1】 「月・日」か「曜日」か

 日にちを伝えるに際して、 「月・日」と「曜日」のどちらが重要か、という問題である。

 その点に注目して、下記の二つの例を見てほしい。

 最初は、ある展覧会のポスターの一部である【京都国際マンガミュージアム「ビッグコミック50周年展」】。

日付-1


 次は、インターネット番組の中での解説である【Abema テレビ 将棋チャンネル】。

日付-2


 一方は、曜日は小さく添えられているのに対し、他方は、曜日の方が大きく記載されている。

 これには必然性がある。

 美術展のように、2、3か月の期間を示すには、曜日ではなく、月・日が重要なことは、いうまでもない。とは言え、初日や末尾が何曜日かという情報も、「来週の土曜から」とか「来月の最後の日曜まで」といった覚え方をすることを考慮すれば、不可欠である。

 他方、「将棋界 これからの一週間」のように、まさに「これからの一週間」であれば、人は日付より曜日を意識する。だから、曜日を主体にして、日は付け足しのように記載されているのだ。

 一般に、分かりやすく、誤解のないように、日付と曜日の双方を記載すべきであるが、どちらに比重を置くかは、対象となった事柄の性質により、その都度、考える必要がある。


【2】 「曜日」の記載方法

 では、日付が主で、曜日を併記する場合は、どのようにするのが望ましいだろうか。

日付-3


 一番上は、「火曜日」と丁寧に記載されているが、「曜日」までなくとも、「曜日」であることは誰にも分かる。読者の情報処理の負担を減らすためには、不要な情報を載せるのは、極力、避けるべきだろう。

 「月・日」の記載も、なくても分かるのだから、一番下の記載方法「7/31・火」がいいと思う。

 ただ、 「月・日」がないと落ち着かないという人もいるかも知れないので、絶対駄目だとまでは言わないが、私は、できる限り、シンプルな方が好きだ。


-- 【追記】 ----------------------------------------------------------------------

 冒頭のポスターの「ビッグコミック50周年展」というのは、たまたま、ネットで見つけたのだが、見た瞬間、30数年前のことが甦ってきた。

 当時、私は、司法試験の勉強のために、銀閣寺道にある【私設図書館】に通っていた。

 館内の一角に一坪にも満たない休憩スペースが設けられ、そこに週刊誌や漫画雑誌が置かれていた。当時、ビッグコミックや、その姉妹誌である「ビッグコミック・スペリオール」や「ビッグコミック・オリジナル」などが備えられており、「ゴルゴ・サーティーン」はもちろん、「三丁目の夕日」や「釣りバカ日誌」「めぞん一刻」といった、後に映画やアニメになった連載漫画を欠かさず読んでいたことを思い出す。

 なお、先日、NHKの「72時間」という番組で、この私設図書館が取り上げられていた【ドキュメント72時間「京都 静かすぎる図書館」】。

 また、館内の様子は、【私設図書館】誰にも邪魔されずにひとりの時間を過ごせる場所。】でも見ることができる。各人のスペースを区切るガラス板は、当時のままのようだし、休憩コーナーも、当時と、あまり変わっていない。


-- 【追記 2018.8.2】 ----------------------------------------------------------------------

 私設図書館のNHKの番組は、【 Dailymotion ドキュメント72時間「京都 静かすぎる図書館」】で視ることができる。

 なお、テレビ番組を勝手にネットで公開する行為は、著作権法違反である。ただ、テレビ番組の場合、いったん公開されても、テレビ局の申し入れで削除されるものが殆どである。そうすると、削除されていないということは、暗黙の内にテレビ局が公開を許容している、と解する余地もある。

 

 

超一流棋士の一覧表

 昨今の将棋ブームを反映して、「文藝春秋2018年の論点」に、超一流棋士の一覧が載っている。

棋士一覧7人-0


 これまでの超一流棋士と藤井聡太四段(当時)を比較しようという意図なのだが、この表では、「比較」するのは困難だ。

 そこで、同じデータに基づき、表を組み替え、勝率欄を追加し、かつ、データバーを表示したのが、次の表だ。

棋士一覧7人-1


 一つの表だと、横長のため、端末によっては見にくいと思われるので、二分割してみた。

棋士7人-4

棋士7人-3


 たとえば、これまでの6人の大棋士が、通算タイトル数では、大山・中原・羽生の上位3人と、加藤・谷川・渡辺の下位3人に分けられることが、一瞬のうちに見て取れる。最初の表だと、いくら表を眺めていても、気がつかないかも知れない。

 こういった成果を得られるのは、下記2点の効用である。

  ・ 完全二次元化 (どの項目も、縦一列に並ぶ)
  ・ データバー化 (数値の大きさが可視化される)

 他にも、ちょっと眺めただけで、こんなことが読み取れる。

  ・ 加藤は、八段昇段は一番早いが、タイトル獲得は一番遅いこと
  ・ 加藤の負数が突出していること
  ・ 渡辺の勝数が少ないこと (33歳の時点の記録なので、まだまだ、これからである)
  ・ 藤井の勝率が突出して高いこと
       (最初は、対戦相手は下位棋士ばかりだから、多少は高くなって、当然ともいえる)




有害無益な「点滅」

 台風12号による列車の遅れなどの運行情報が、JR西日本のウェブサイトに掲載されている【JR西日本 列車運行情報】。                
      
JR-遅れ

 ご覧のとおり、路線図が表示され、遅れている区間には黄色いマーカーが付いており、止まっている区間は赤いマーカーが点いたり消えたりを繰り返している。

 赤いマーカーが点いたときに、どの区間が止まっているのか読み取ろうとするのだが、わずか1.5秒でマーカーは消えてしまう。

 消えたマーカーは、1.5秒後には復活するのだが、1.5秒前に確認した区間を正確に記憶している訳ではないので、また、最初から、赤いマーカーが点いた区間を確認しなければならない。

 こんなことを繰り返しても、いつまで経っても、どの区間が止まっているのか、全体像を把握できない。

 点滅などせずに、赤いマーカーを付けた上側の図だけなら、落ち着いて、止まっている区間を確認することができる。

 そもそも、「点滅」というのは、注意を喚起するために行うものである。

 列車の運行状況を知りたくて、ウェブサイトにアクセスした人なら、注意を喚起されるまでもなく、自ら進んで、赤いマーカーのある路線を確認するのであるから、「点滅」の意味はない。

 それどころか、上述のように、落ち着いて赤いマーカーのある区間を確認することができなくなるのであるから、「点滅」は有害無益である。

 なお、点いたり消えたりが、1.5秒ごとではなく、たとえば、0.1秒ごとであれば、最初に書いたような「記憶」の問題はないので、止まっている区間の把握は容易にできる。けれども、そのような点滅だと、今度は、目がチカチカして疲れてしまう。

 いずれにせよ、有害無益な点滅は、行うべきでない。







谷川九段と藤井七段の師匠が語る

 今朝のネット記事の見出しである【「将棋界のこれから」朝日 2018.7.28】。

谷川九段と藤井七段の師匠が語る


 谷川九段と藤井七段は兄弟弟子ではないが、そのことを分かっている人なら、何の疑問も抱かない見出しである。

 ところが、将棋の世界について全く知識のない人だと、谷川九段と藤井七段の共通の師匠が、弟子二人について語るのだと、誤解するかもしれない。

 誤解をなくすには、次のいずれかの表現にするしかない。

【1】 谷川九段と藤井七段の師匠とが語る
【2】 藤井七段の師匠と谷川九段が語る


 ただ、【1】だと、「谷川九段と藤井七段の師匠」まで読んだ時点では、谷川九段と藤井七段が兄弟弟子で、二人の共通の師匠」つまり一人の人のことを指しているように思えてしまう。

 その次の、「とが」を読んで、初めて、実は、「(谷川九段)+(藤井七段の師匠)」の二人を指していることが分かるのであり、②の方が、そのような「途中までの誤解」の余地もない点で優れている。

 将棋界の序列から言えば、谷川九段を先にすべきところなので、記者は、冒頭の表現をしてしまったのかも知れない。けれども、やはり、「分かりやすさが第一」である。

 優先順位は、常に、  分かりやすさ > その他の事情(格式・慣習・厳密さ・お洒落度・・・)  である。

 なお、どうしても谷川九段の名前を先に出したければ、こんな表現もある。

【3】 谷川九段が藤井七段の師匠と語る


 けれども、こうすると、二人が対等に語る、というのではなく、谷川九段が主体のように思われてしまう。

 抽象化すると、こういうことになる。

語る。 ・・ AB対等
語る。 ・・ Aが主体


全体を抽象化して整理すると、以下のようになる。

語る人-2





 

「道場営業・教室の時間短縮」

 一昨年の史上最年少棋士、藤井聡太四段の誕生以来、日本列島は空前の将棋ブームに沸いているが、私も、最近では、日本将棋連盟のサイトにアクセスして対局結果を確認したり、サイトで毎日出題される詰め将棋を解いたりするのが日課になっている。

 先ほど、将棋連盟のサイトを開くと、台風12号の接近に伴う措置として、次のような告知がなされていた。

 道場営業・教室の時間短縮等の対応をさせて頂く場合があります。販売も同様です。

 
 決して、「分かりにくい」文章ではない。

 けれども、読んでいて、ものすごく、ストレスを感じる(個人の感想です)。

① 道場営業・教室の時間短縮

 まず、「道場営業・教室の時間短縮等」の部分である。

 「教室」は「営業」ではないのか?
 
 要するに、道場も教室も時簡短縮の可能性がある、と言うことであれば、「道場」に「営業」を付け、「教室」に「営業」を付けないという、不統一な表現をするべきでない。「道場・教室の時間」とするか「道場・教室の営業時間」とすれば、よいではないか。

 多分、この文章を書いた人の深層心理には、「教室」というのは、人を育て教えるという崇高な行為が行われる場所であり、対価として金銭を徴収しているものの、「営業」という、「金儲け」を連想させる単語は用いたくない、という思いがあったのではないか。

 他方、「道場」については、ある程度の棋力を有する者に対局の場所を提供する、ということで、「教室」のような「教える」という要素がないことから、そのような抵抗感がなかったのではないだろうか。

 けれども、そういった「思い」は内に秘めておいてほしい。第三者にとっては、一定の金銭を支払って一定のサービスを受けるのであるから、「営業」の「ように」見える。

 サービス提供者の内心に基づいて、「営業」だったり、「営業」でなかったり、というのを、第三者に押しつけても、迷惑なだけである。

 こういった内部の「気持ち」「事情」を、不用意に外部への情報発信に際して表に出す行為の問題については、以前のブログ【内部の論理は、内部に留める】に書いたとおりである。

② 販売も同様
 
 次に「販売も同様です」の部分である。

 なぜ、ことさら、道場・教室と分けて説明しなければならないのか。

 まとめて、「道場・教室・販売の時間短縮等」と記載した方が、よほど、シンプルである。

 もちろん、「理論上」は、以下の違いがある。
  道場・教室..対価を得て、役務(サービス)を提供する
  販売・教室..対価を得て、物を提供する

 これを、法律的に言えば、以下の違いとなる。
  道場・教室..役務提供契約(委任契約、請負契約・・・)
  販売・教室..売買契約

 けれども、法律的な問題を論じているのではない。

 要するに時間短縮等があるか否か、ということに過ぎない。だったら、区別する必要など、まったくない。
 
 「必要のないことは、しない」というのが、「分かりやすさ」の鉄則である。

 上で、「区別するいつ要など、まったくない」と言ったが、順番は別である。
   ○ 道場・教室・販売
   × 道場・販売・教室

 つまり、道場、教室といった似通ったものの間に異質な販売を含むべきではない、ということである。

 なお、いくつかの物を列挙する場合の注意点について、以前の記事【例を挙げるだけでは伝わらない】にも目を通してほしい。



 



 

オーストリア、オーストラリア

 覚え方のコツさえ掴めば決して混同しないのだが、そのコツが掴めないと、いつまでたっても、違いが覚えられない言葉というのが、誰しもあるようで、ネット上でも、よく見かける。

 文脈から明らかな勘違い、混同だと分かる場合はいいのだが、それなりに意味が通っていたりすると、誤った情報を伝えることになってしまう。

 そこで、思い浮かぶまま、混同しやすい言葉について、絶対に混同しないような「コツ」を伝授することにする。


① オーストリア、オーストラリア

 私が高校生の頃、母親が、この二つが、いつも、どっちがどっちなのか分からない、と言っていた。

 私は地理が大好きだったので特別に意識するまでもなく覚えていたため、それまで、この二つの違いの覚え方など考えたこともなかった。

 そこで、母親のために、とっさに捻り出して答えた覚え方が、次の方法だ。

小さいのが「オーストリア」、大きいのが「オーストリア」


オーストラリア
 
 しばらく経って、母親からは、私に教えられてから混同することがなくなったと感謝されたものである。


② ヤモリ、イモリ

 小学校の2年か3年のときに、担任の先生に教えてもらった覚え方が、これだ。
 

家を守るのが「家」守、井戸を守るのが「井」守


 以来、家の中で見かけたら「ヤモリ」、池で見かけたら「イモリ」と正しく言えるようになった。 
  

③ 島根、鳥取

 (中国地方の地図を思い浮かべて)

広「島」の屋「根」が島根

 
広島-島根-2



④ ゆうちょ銀行、郵貯ぎんこう

「ゆうちょ」も「みずほ」も「銀行」だ


 なお、①~③とは違って、この場合、そもそも、一方しか存在しない。従って、「郵貯ぎんこう」と記載されていても、「ゆうちょ銀行」の積もりだろうということは分かるので、混同による弊害はない。

 それでも、人によっては、ひょっとしたら「ゆうちょ銀行」とは別に「郵貯ぎんこう」というのも存在するのかも知れないと思うかも知れない。正しく記載するに越したことはない。




送金口座の指定は、抜かりなく

 人に何らかの行為を依頼する場合、その行為をなすのに必要な情報も提供するのが親切というものだ。調べれば分かるような情報、たぶん知っているだろうと思える情報でも、依頼する側で、その情報を提供した方が、物事は速く進む。

 とりわけ、重要なのは、金銭の支払を依頼する場合であり、振込先の口座を誤解の余地のないように、明確に記載しておくことは、不可欠である(法律上の権利に基づく請求であれ、好意を期待しての依頼であれ、同じである)。


① 振込先口座の指定

 先日、楽天市場で、ある商品を購入したところ、早速、注文内容の確認のメールが届いて、送金方法として、次のように書かれていた。

送金方法
     銀行振込


「銀行振込」と書かれているものの、肝心な送金口座が、書かれていない。何十行にも及ぶメールだったのだが、別のところに書かれているのかと思って、見落としのないよう、上から順に見ていったのだが、どこにも記載がない。とりあえず、出品者の連絡先の記載があったので、送金口座を教えてくれるようにと、メールしておいた。

 その数時間後、今度は、出品者からメールが届いたのだが、私の質問のメールに対する返事ではなく、自動送信されてきたらしいメールで、そこに、送金口座が記載されていた。

 どうやら、楽天市場としては、送金口座まで管理しておらず、出品者が直接に購入者に送金口座を伝えるシステムになっていたようだ。だが、そういうシステムであれば、最初の確認のメールの際に、こう記しておけば、よいのだ。

送金方法
     銀行振込
     送金口座は、追って、出品者の方から連絡させていただきます。



② ゆうちょ銀行

 あるサイトで、送金口座として、以下のとおり、記載されていた。

ゆうちょ銀行 記号12345 番号67890123 ●●●●


 郵便局で送金する場合は、これで問題ないが、銀行から送金する場合は、「支店名」「口座番号」が必要である。

 ゆうちょ銀行の「記号・番号」を銀行送金用の「支店名・口座番号」に変換することは、ゆうちょ銀行のサイト【記号番号から振込用の店名・預金種目・口座番号を調べる】を利用すれば、簡単にできる。

 「簡単」と言っても一手間かかるのであるから、その一手間をかけることなく送金できるように、予め、「支店名・口座番号」を調べて、それを記載しておくべきである。

 ゆうちょ銀行の記号番号だけの記載だと、ネットに慣れない人は、ゆうちょ銀行のサイトで調べることもできず、結局、銀行から送金できない、ということにもなりかねない。


③ 京都中央支店か京都支店か

 ずっと以前のことだが、某銀行の京都中央支店に口座があり、請求書に、振込先として、その口座を指定したことがあった。
 
 ところが、いつまで経っても、送金がない。連絡をすると、ATMで入力したのだが、別の会社の名前が出てきた、というのだ。

 実は、その銀行には、京都中央支店とは別に京都支店というのがあり、先方は、京都支店を選択していたのだった。

 こんな紛らわしい支店名の場合は、予め、「京都」支店ではなく、「京都中央」支店です、と記載しておくに限る。


④ 2回目の送金

 以前も送金してもらった相手に、2回目の請求をしたところ、先方から、送金口座を教えてほしい、というメールが来た。

 2回目だから当然に知っているだろう、と思っていたのだが、誰もが、過去の情報を手元で管理しているとは限らない。請求する側で、その都度、送金口座を指定すべきである。


黄色に注意

 下記の図は、動脈硬化の進展を図解したものだ【セントラルクリニックグループ 血管内皮機能検査】。

動脈-1


 左端の正常な場合から動脈硬化が進展して行くにつれて、緑→黄→橙→赤と、文字の色や、文字の背景色を変化させているが、危険度が次第に高くなることを直感的に印象づけるもので、その狙い自体は、結構だ。

 けれども、左から2番目の図のように、白の背景に黄色の文字、あるいは、黄色の背景に白の文字となっていると、白と黄色の明度が近いために、文字を読み取るのが非常に難しい。

 他方、黄色と黒の組み合わせは、踏切の遮断機などに使われているように、非常に目立つ。

 従って、以下のように、文字に黒の縁取りをすれば、読みやすくなる。

動脈-2


 なお、今回、文字の縁取りは、パワーポイントを使ったのだが、一太郎や、ワード、エクセルでも可能である。それぞれ、一長一短あるので、実際に試してみて、やりやすい方法を選択すればいい。

 具体的な方法について、ここに記載したり、文字に縁取りを文字にする方法を解説した頁へのリンクを貼ろうかと思ったのだが、あえて、記さないことにする。

 自分で説明するのも大変だし、リンクを貼るのも、解説頁がいっぱいあって、どれが分かりやすいか選ぶのが面倒だ、ということもあるのだが、私がいちいちリンクを貼らなくても、実際に文字の縁取りに挑戦してみようという人なら、ネットで検索すれば、いくらでも解説した頁は出てくるので、あえて説明を省略したのだ。

 一太郎にせよエクセルにせよ、機能が見つからないときは、ネットで検索すれば、大抵のことは分かる。それぞれのソフトのヘルプ機能を使うよりも、便利である。

 さらに進んで、仮に、それでも機能が見つからなかった場合でも、いくつかの機能を組み合わせることによって、見つけたい機能を実現できる場合もある。諦めないのが肝要である。


図形の要素は、色が重要

 下記の漢字を左から順に声に出して読んでほしい。

図形-色

 すらすら読めたら超人だ。

 最初の文字が「あか」であるのは明らかなのだが、色に引きづられて「あお」と言いそうになるのを、強い意志の力で押さえ込むことによって、何とか「あか」と正しく発音できたはずである。

 他の文字も、見た目の色に引きずられそうになるのを押さえて、正しく漢字を読むのは、相当な精神力が必要である。

 では、次の文字は、どうか。同様に、声に出して読んでほしい。

図形-形


 次は、これだ。
図形-大きさ


 見た目の形や大きさに引きづられて、間違った読みをしてしまいそうになるものの、その誘惑は、冒頭の漢字ほどではない。

 文字情報より図形情報が伝達力があること、図形の要素の中では、形や大きさより、色に、より大きな伝達力があることが分かる。

 ところで、トイレのマークは、ズボン姿の青色は男性トイレ、スカート姿の赤色は女性トイレというように、色と形を要素として男女を区別しているが、色と形が矛盾する場合、つまり、ズボン姿の赤やスカート姿の青のマークを見た場合、どう判断するのか、という実験があるそうだ。

 結論から言えば、日本人は色を優先して、青のスカート姿を男子トイレと認識するそうである【トイレの男女別標識について】。

なお、トイレのマークについては、以前の記事【解説図(徘徊事故 最高裁判決)を比較する】でも触れている。


名前も大事

 近くに、コインパーキングができた。

 ただ、普通のコインパーキングと違うのは、名前に病院名が入っていることだ。

病院名-1


 名前に病院名が入っているばかりか、女性の横顔を象った病院のシンボルマークまであることから、病院利用者専用の駐車場かと思ったのだが、「外来患者様は利用証明書を会計窓口で御提示下さい」となっており、利用証明書のない一般の利用も、割引などの特典がないだけで、利用自体は許容しているようにも見えた。

 また、特に、一般の利用を禁止する旨の表示もなかったことから、一般の利用も認めているのは間違いと考えた。そう考えると、ことさら病院名を冠しているのは、病院専用という誤解を与えるので好ましくないのではないか、と思えた。

 それから2週間近く経った昨日のことだ。看板が変わっていた。

病院名-2


 コインパーキングの名前から病院名が消え、シンボルマークも消えていた。おそらく、一般の利用の可否について問い合わせがあったのか、予想に反して一般の利用が少なかったのか、どちらかの理由だろう。

 ただ、その反面、駐車料金が無料か割引になるであろう病院の患者が、病院用の駐車場と気づかなくなるのを懸念したのか、その下に書いてある「●●病院外来患者様・・」の記載は、前よりも大きく、目立つようになった。

 これで以前よりも一般の利用は増えるだろう。でも、病院名が目立つことから、やはり病院専用と勘違いする人もいることだろう。また、勘違いしないまでも、本来は病院用なのだ、ということが気になって、なんとなく敬遠して、すぐ近くの別のコインパーキングを利用する人もいるかも知れない。

 そういうことを考えると、端的に、こう書いておけばいいのではないだろうか。

一般の方も、ご利用下さい


 ただ、あまり一般の利用が増えすぎると、病院に来た人が利用できなくなる可能性もあるので、この辺りは、微妙なバランスの問題なのだが、もう少しくらいは、一般の利用を促してもいいように思う。

 一般の利用を増やしながらも、他方で外来患者の利用が妨げられないようにする方策としては、駐車場の混み具合に応じて、一般客の利用を制限するなどの臨機応変の対応も、現在のIT技術をすれば不可能ではないだろう。





分かりやすさのポイント【文章→表、数字→図、グラフ】

 先日来の豪雨による被害について、こんな記事があった【明日に向けて(1548)】。

警報-1


 ぎっしり情報が載っており、その一つ一つは分かるのだが、全体として、その意味を読み取るのは、困難だ。

 そこで、ポイントとなる部分を、太字にしてみた。

警報-2


 少しは読みやすくなったが、それでも、数字を目で追っていって、全体像を掴むのは困難である。こんなときは、表にするしかない。

警報-4


 表を見ただけで、以下のような全体の傾向が一目で分かる。

  ① 死者、不明者が、ほぼ同数であること
  ② 被害は、広島、愛媛に集中していること
  ③ 被害は、西日本に限られていること

 ①②が読み取りやすいのは、表にした上に、数値の大きさが視覚的に分かるよう、棒グラフのような「データバー」を表示したからである。

 データバーについては、下記の記事を参照されたい。

    【表の作成は、こうする
    【「データバー」の活用

 また、上記の③の事実が読み取りやすいのは、都道府県を概ね南西方面から北東方面の府県へと、左から右へ配置し、かつ、地方ごとに、少し太めの罫線で区切ったからである。

 つまり、現実世界での配置(地図上の配置)と、表の上での配置を、できる限り一致させた上で、地方ごとの塊を視覚化したのである。

 その結果、近畿地方は、犠牲者の数は少ないものの、被害が全域にわたっていることも、一目見れば分かるのである。

 現実世界での配置と、表現の世界での配置との関係については、以下の記事も参照されたい。

    【前列右から・・・
    【市ヶ谷キャンパス・・・
    【正しい照明スイッチの並べ方
    【表にするしかない!
 
 ネット上には、様々な情報が氾濫しているが、玉石混淆、というか、多くの石のなかに、ときおり、玉を見つけることができる、というのが実情である。

 そんな貴重な情報が、表現方法が未熟なために、人々に届かないとすれば、もったいないことである。

 他方で、どうでもよい情報、嘘としか言いようのない情報が、表現方法だけは、それなりに工夫してる結果、人々に受け入れられているとしたら、大変、残念なことである。



数字の連続は、4桁まで!

 外出先から戻ると、ポストに郵便局からの不在連絡票が入っていた。大阪高裁からの特別送達で、すぐにでも受け取りたかったのだが、いきなり郵便局に受け取りに行っても、配達員が局に戻っていなかったら、空振りになってしまう。

 そこで、確認のため、局に電話を入れることにした。

 電話口では、郵便物を特定するために、11桁の追跡番号を伝えなければならない。不在通知には、こう書かれていた。

不在連絡-1

 最初は、134、50、と、書かれているとおりに読み上げて、次の、80573で、一瞬、迷った。そのまま、5桁の数字を続けて読むべきか、あるいは、3桁、2桁に切って読み上げるべきか。

 人の通常の処理能力から行って、意味のない5桁の数字を続けて言われても処理するのは負担である。そこで、805、73と区切って伝えようと思ったのだが、若干の引っかかりを覚えた。

 というのは、先方は、3桁、2桁、5桁、1桁、という数字の並びに慣れているはずであり、そうすると、いくら、こちらが、「分かりやすく」という思いだとしても、5桁のところを3桁しか読み上げなかったら、逆に、違和感を覚えてしまうのではないか、と思ったからである。

 だが、いくら5桁に慣れているとは言え、5桁連続した数値を聞き取るのは負担であることには変わりはない。結局、3桁、2桁に区切って伝えることにした。

 不在連絡票の記載が、こんなふうに区切ってくれていたら、そのまま伝えればいいだけのことなのだが。

不在連絡-2

 
 これと似たような話は、以前のブログ【31415926535 を間違いなく入力できますか】にも書いた。

 おそらく、ここまで読んでくれた人の中には、「そんな細かいところまで、よく考えるな」「表現の細部に気を遣うより、もっと本質的なことにエネルギーを費やしたらいいのではないか」と思う人もいるだろう。

 ・・・というか、書いている私でさえ、多少は、そんな思いに駆られるのだが、どうしても考えてしまうのだ。

 おそらく、これまでの体験で、聞き手、読み手に頓着することなく、言い散らかしたり、書き散らかしたりした文章に、とてつもないストレスを感じ、そんな話し手、書き手に「怒り」を感じてきたことから、自分は、そんな話し手、書き手にはなりたくない、という思いが人一倍、強いのだと思う。

 私が、このブログを書いている理由については、以下の記事に目を通していただきたい。

 ● I am not a lowyer.
 ● フランチャイザーの・・・



時計も温度計も、やっぱり、アナログ

 きょう行った電気店で、温度計を見かけた。温度計があろうとなかろうと、暑いときは暑いし、涼しいときは涼しいのだが、それでも、実際に何度なのかということは気になるものである。

 私の部屋には、どういう経緯か、子どもの頃から居間にかけてあった温度計があるのだが、何しろ、半世紀以上前のものだ。インテリアとしては、それなりに、お洒落で、気に入っているのだが、だいぶ感度は鈍くなっているようだった。

 そこで、この機会に、とにかく機能重視で温度計を購入しようと考えた。

 始めに目についたのは、こんな温度計だった。

温度計-1


 厳密な温度管理が必要な訳ではないのだから、小数点以下の数字は必要ない。

 アナログ式のがあればいいのにと思い、陳列棚を見ていくと、こんなのがあった。

温度計-2


 説明書を読むと、「バイメタル式温度センサ」「バイマテリアル式湿度センサ」というものを使っており、電池が不要とのことだった。値段も600円前後と手頃だったので、迷わず購入した。

 今、私の机の上に置いているのだが、針の位置で、ざっくりとした温度や湿度が直感できるのがいい。詳しい数字を知りたければ、じっくり目盛りを見ればいい。

 数字で言えば、こんな具合に、必要に応じて、細かく見ていけるのだ。
   ① 25~30
   ② 28
   ③ 28.1
 
 以前のブログ【番号、見出し、リード、本文】に書いた、新聞記事の構造と同じである。
   ① 見出し
   ② リード
   ③ 本文
 
 人が得る情報は、本来、概括的なものから詳細なものまで、段階的なものであり、そのときの関心、気分で、必要とするレベルは異なるのであるから、情報を提供する側でも、それに対応するのが親切というものである。




図形の要素は、2つで十分

 昨日の【文字情報には頼らない】の続編である。

 文字情報に頼らず、図を用いる場合、図を構成する以下の要素の全部ないし一部を利用することになる。

  ● 形
  ● 大きさ
  ● 色
  ● 位置
  ● 向き

 昨日のブログで取り上げた、大学を卒業した将棋のプロ棋士のプロになった時点と大学在学の前後関係を示す方法について、もう少し、考察をしてみた。

 形や向きを利用しない場合、以下のように、位置だけを利用した場合、位置と色を利用した場合、色だけを利用する場合、と3パターン考えられる。

図形-1


 利用する要素が多ければ多いほど、それぞれを識別することは容易になるのだが、その反面、情報過多になって、見る側には負担となる。

 上の例だと、左側の、位置だけで区別するのが、ちょうどいいと言えよう。

 では、信号機の場合、どうだろうか。
図形-4


 位置だけで区別するのは難しい。やはり、位置と色の両方を利用するのが一番いい。

 文字に頼らず、図を使うと言っても、図形の各要素(形、大きさ、色、位置、向き)のどれを利用するのか、場面に応じて適切な選択をしなければならない。もしも、各要素をフルに使ってしまうと、あまりにも煩雑であり、余分な情報のために、かえって分かりにくくなるので、要注意である。

 この点は、以前のブログ【実務に理解の深い教員の養成は急務なのだが・・・】で取り上げた。







文字情報には頼らない

 将棋の棋士と言えば、坂田三吉【Wikipedia】に代表されるように、学歴とは無縁の世界である。ところが、最近では、大学卒の棋士も増えており、最年少で棋士となった、現在高校一年生の藤井聡太七段の進路も注目されている。そんな中、最近の大卒棋士を一覧にしたものをネットで見つけた【将棋の居酒屋「遼」】。 

将棋-大学-1

 「四段昇段年齢」という項目があるが、いわゆる「プロ棋士」と認められるのは、四段以上だからだ。では、大学入学前に四段に昇段した棋士は何人いるだろうか。

 当たり前のことだが、右端の列の「入学前」という文字列を数えていくことになる。だが、20行ほど漢字が並んでいるのを数えていくのは、結構、面倒な作業である。

 これに手を加えたのが次の表だが、この表で、同じ作業をしてみてほしい。

将棋-大学-2

 最初の表と比べれば、遙かに楽である。

  「卒業後」「在学中」「入学前」といった漢字3文字の塊の場合、「入学前」を識別するのは、ごく微少な時間とは言え、「読む」という作業が必要であるが、「----卒業後」「--在学中--」「入学前----」であれば、すぐに「入学前----」というのが目に入ってくる。

  「すぐ目に入る」とは言っても、目に入ってくるのは「文字」であり、「その意味を理解する」という作業が必要である。そんな作業すら不要にする表現の仕方も存在する。以下の表だ。

将棋-大学-3


 ここまで来ると、もはや、見ようとしなくても、勝手に向こうから目に飛び込んで来る。

文字情報と図形情報(色・形・位置・向き)とで、こんなにも違いがあるのだ。

 振り返って見れば、信号機が、赤黄青でなく、「停止」「注意」「進行」という文字が表示されていたとすれば、おそらく、交通事故は倍増するのではないだろうか?




「送信フォーム」への長い道のり

 企業や自治体のウェブサイトでは、問い合わせや意見を受け付けるためのフォームが用意されていることが多い。

 ただ、トップページを見ても、どこから意見を送ればいいのか分からないことも多く、サイトマップを見たり、サイト内検索をしたりして、ようやく、送信フォームにたどり着くことも多い。
 
 これに対して、トップページに、受付のボタンを配置しているサイトもあり、大変、便利である。たとえば、京都市のサイトのトップ頁【京都市情報館】は、次のようになっている。

意見-1


 そこで、右上の「お問い合わせ」というボタンを押すと次の画面になる。

意見-2


 次に、この送信フォームの文字を押してみる。

意見-3

 送信フォームが出てくるわけではなく、何やら注意事項が書かれている。どこに、送信フォームがあるのか、あるいは、また、どこかのボタンを押さなければならないのか、等と思いながら、下の方を見ていくと、次のようになっている。

意見-4


 そこで、今度こそ、と思いながら、「SSL対応をご利用の方は、こちら」の箇所を押してみる。

意見-5

 まだ、送信フォームには辿り着けない。

 結局、ここにある「京都いつでもコール SSL対応送信フォーム」こちらを押して、ようやく、送信フォームが出てきた。

 まるで、役所に行って手続をするときに、あっちの窓口、こっちの窓口と数カ所まわって、ようやく本来の手続きができるのと同じような気分である。落語に、お役所仕事を揶揄した【ぜんざい公社】という話があるのを思い出した。

 ボタンや文字の並びを押す度に出てくる新しい画面の文章を読みながら、次は、どこを押せばいいのかなどと探していると、次第に、意見を述べようと色々と考えていたことが、どこかに行ってしまうような気もしてくる。

 あっちこっちと、たらい回しをして、意見を述べるのを諦めさせようとしているのではないかと勘ぐりたくもなってくる(もちろん、そんなことは、意識していないだろうが・・・)。

 さて、これで、このブログ記事は完了とし、今から、「送信フォーム」を利用して意見を述べることにしよう。

 どんな返事が返ってくることか。まさか、「ご意見ありがとうございます。ご意見は関係部署に伝え、今後の業務の参考にさせていただきます」という返信メールが届いて、それっきり、ということはないだろう。

将棋中継

 将棋の実況中継と言えば、以前は、日曜の朝にNHKで放送されるNHK杯戦くらいだったが、最近では、複数のインターネットテレビに将棋専門チャンネルがあり、様々な棋戦の実況中継を見ることができる。

 今日は、名人戦第6局が行われているが、その画面が、以下のようになっている【AbemaTV】。

盤面-1

 画面の右下部分には、将棋盤の真上から撮影した画像が表示され、拡大すると、以下のようになっている。

盤面-2

 番組を最初から見ていれば、どちらが先手(下側から上側に攻めて行く)なのかは分かるのだが、途中から見た場合は、すぐには分からない。

 こんなふうに、画面に棋士の名前を表示してくれれば、途中から見ても、すぐにわかるのだが。

盤面-3


 番組の運営者は、当然のことだが、視聴者が理解できるようにと色々考えているはずである。ところが、途中から見る視聴者がいる、ということまで、気が回らなかったのだろう。



色使いは、こうする

 昨日の朝の震度5の地震に続いて、震度3前後の地震が何度か起きている。

 過去の大地震のことをネットで調べたのだが、比較的わかりやすいのが次のサイト【マグニチュード7クラスの大地震は昭和・平成で何度起きたか?【地震歴史まとめ】】で、各地域に色を割り当て、各地震の見出し部分の背景に、その色を使っている。こんな具合だ。

 
大規模-1


 「比較的わかりやすい」といったものの、この色使いは分かりにくい。

 地域を色で分けて、文字を読まなくても直感的に、どの辺りの地震か、ということを理解してもらおうという意図なのだろうが、色使いに法則性がなく、色を見て、だいたい、どの辺りか、という見当を付けることは、到底、不可能だ。
 
 こんな色使いではなく、寒冷地の北海道、東北から、温暖地の九州、南海に向けて、寒色から暖色へと変化させていけば、直感に馴染み、ずっと理解しやすい。こんな具合だ。
 
大規模-2




気象庁の地震情報

 今朝8時前に地震があった。すぐにテレビを付けると同時に、ネットで気象庁の地震情報を見ようとした。

 サイトを開くと、メニューのボタンが、以下のように、ずらっと並んでいる【気象庁・地震情報】。

地震-0

 ところが、ぱっと見ただけでは、左から3番目と4番目が、「震源・震度に関する情報」「各地の震度に関する情報」となっており、「震源」に関する情報の有無の違いだけなのか、「震度」と「各地の震度」は違うのか、文字を見ただけでは、よく分からない。

 結局、それぞれのボタンを押して行くと、次のようになっていた。

地震-2

 ご覧のように、どちらも、「震源」は×で記されている。

 震度については、一方は、都道府県を2、3の地域に分けた地域ごとの震度を表しているのに対して、他方は、ピンポイントの観測地点ごとの震度を表しているようだ。ただ、より詳細な地図を表示して行くと、最終的には、③のように、どちらも、観測地点ごとの震度が表示されるようになっていた。

 この結果を踏まえて、ボタンを「分かりやすく」するとしたら、以下のようにするのがいいだろう。
地震-4

 あと、冒頭に並んでいたボタンの5番目「遠地地震に関する情報」というのも分かりにくい。

 「遠地」というのが、北海道とか沖縄を指すのかと思ったのだが、そうではなく、「外国」ということだった。
 
 考えてみれば、日本語のサイトなのだから、当然、北海道や沖縄の人も見るわけで、「遠地」というのは、日本の外、と理解するのが合理的なのだが、つい、自分の住んでいる京都を中心に考えて、「遠地」を、上記のように理解していた私が悪い、ということになるだろう。

 とはいえ、サイトを見る人は様々なのだから、絶対に誤解のないように、「外国の地震に関する情報」とすればよかったのだ。



「データバー」の活用

 少し長くなるが、不動産業界に関する記事を引用する【NEWSポストセブン 不動産「御三家」を猛追 ヒューリックとはどんな会社なのか】。

 売上高でいえば、2017年12月期の予想が2800億円というそのヒューリックが、不動産業界で御三家といえる三井不動産、三菱地所、住友不動産の財閥系3社を追いかける、4番手に浮上しようとしている。

 財閥系3社に続くのは野村不動産ホールディングス、東急不動産ホールディングスで、確かに規模では野村や東急にも及ばない(2018年3月期の両社の売上高予想は、野村が6460億円、東急が8400億円)中堅クラスのヒューリックだが、大事なのは収益。この収益面での比較となると、一気に野村や東急と肩を並べるのだ。

 2018年3月期予想で営業利益、経常利益、純利益の順に数字を並べてみると、野村は760億円、670億円、440億円。東急は735億円、640億円、345億円。そして2017年12月期のヒューリックの予想が630億円、600億円、400億円。売上高比から見たヒューリックの高収益性が際立っているのがわかる。


 不動産業界の中でのヒューリックという会社の特徴が具体的な数字で理解できただろうか。理解できたとして、どれくらいの時間を要しただろうか。

 上記の記事を表にすると、こうなる。

ヒューリック-4

 記事が最も述べたかった結論「売上高比から見たヒューリックの高収益性が際立っている」ということが、一目で理解できるだろう。

 表の各枠の中の色のついた棒グラフのような図形は、表計算ソフト「エクセル」の「データバー」という機能を用いて表示したものである。この「データバー」によって、単なる数字の羅列でしかない表が、一目で、その意味を理解できる表に一変したことが、おわかりいただけただろうか。

 これほど表現力に優れた[データバー」である。もっと多用されてもいいはずなのに、ネット上でも、見かけることは少ない。もったいないことである。

 他にも表の作成にあたって留意した事項を列挙する。

 ● 企業の名称の一部を大きな太字にした。
     正式名称は「●●不動産ホールディングス」であっても、区別に必要なのは、「●●」の部分だけである。

 ● 収益欄の項目名を右寄せにした。
     3種類の「利益」の共通部分である「利益」が縦一列に並ぶ結果、「営業」「経常」「純」の違いに注目されるようになる。
     この効果を得るためであれば、「ホールディングス」を小さくしたように、「利益」を小さくしても、よかった。

表の作成は、こうする

 下の表は、ある法科大学院の修了生の直近3年間の司法試験の受験結果を表にしたものである。

合格-1


 これを、私が「分かりやすく」したものが、次の表である。

合格-2


 どこを変えたかというと、以下のとおりだ。

 ● 文字を大きくした (表全体の大きさは、変わりない)。
     ある程度の余白は必要だが、元の表では、空白部分が広すぎるし、文字を読みにくい。

 ● 数字の後ろの「名」を省略した。
     「名」というのは分かりきったことだし、21箇所にも付けると煩雑な感じがする。
     他方、「年」は3箇所だけなので、付けても煩雑には感じない。     

 ● 既習・未習、法学部・他学部を、それぞれ行で分けるのではなく、列で分けた。

     本来、年を行で分けているのだから、時の流れと異質なもので更に行を分けると、思考が混乱する。
     仮に、年を前期・後期というふうに細分化するのであれば、行で分けるのが適切である。

 ● 既習・未習、法学部・他学部の文字は項目名に記載し、表の中身には記載しなかった。

 こうすることによって、格段に分かりやすくなった。たとえば、他学部出身の最終合格者は一人もいないことが、一瞬で分かる。元の表だと、1行おきに、「他学部」という文字を確認しながら見て行く必要があったのだが、新しい表だと、右端の列を見るだけで、他学部出身者の合格者数が分かるのだ。

 ところで、表計算ソフトの「エクセル」には便利な機能があり、数字の大きさを視覚的に表現してくれるので、直感的に数字の大きさを把握できるようになっている。次のようになる。
 
合格-3


 この表だと、2017年に短答合格者が激減したことが、一瞬で読み取れるのだが、元の表だと、そのことに気づくのに数秒はかかる。

 エクセルが出始めた頃から、「こんな機能があったら、いいのにな」と思っていた機能なのだが、Excel 2007 で、この機能が追加されて感激したものだ。

 情報は、「正確さ」という点では、デジタルの数字が優れているのだが、「直感的な分かりやすさ」という点では、アナログの図形の方が遙かに優れているのである。

 腕時計の表示でも、デジタル時計が出始めた頃は、アナログ時計よりも正確に時刻が分かるということで、私も乗り換えたのだが、使っているうちに、ストレスを感じるようになった。

 アナログ時計なら、例えば、夕方6時の待ち合わせなら、あと、40分、ということが、直感的に分かるのに対して、デジタル時計だと分からないのだ。

 また、アナログ時計なら、時計の文字盤を見ながら、長針の位置を頭に描いて、ここで家を出て、ここで駅に着いて、・・・と、自分の予定を考えられるのだが、数字を見るだけだと、そうは行かない。アナログ時計なら、頭に描いた長針の動いた角度で時間の長さを実感できるのである。


 

色分けに注意

 ある予備校のサイトに、大学進学の状況について1990年と2015年とを比較する表が載っていた【河合塾 大学入試の昔と今】。
 下の左が全体図、右が右半分(2015年)を拡大したものだ。

大学

 見た瞬間、右端のオレンジの長方形が何を指すのかと思ったら、中央付近の凡例のオレンジの正方形の右に「短大」と書かれている。では、4年制大学の青の長方形はどこにあるのかと思ったのだが、そんなものはない。オレンジの正方形は、円グラフのオレンジに対応しているもので、右端の長方形のオレンジとは無関係のようだった。

 「大学数」のところからオレンジの長方形まで、黄緑色の破線が延びていることから、オレンジの長方形は、4年制大学と短大を併せた大学数を表したものだと理解できた。

 そうやって理解したつもりでも、どうしても、短大のオレンジと右端の長方形のオレンジが結びつけられ、見ていて、居心地が悪い。

 しかも、円グラフの上に並んでいる人の図も青とオレンジが使われていて、男子は4年制大学、女子は短大という昔の固定観念にとらわれているようにも見えてしまう。結果的に、予備校が、ジェンダーフリーの時代に逆行しているとの非難を受けるかもしれないし、下手をすると、そういうことに敏感な受験生を遠ざけてしまいかねない。

 こういった誤解を起こさないようにするには、たとえば、こんが具合にすればよいだろう。

大学-2


注意した点は、以下のとおりである。

 ● 凡例を独立に設けるのではなく、円グラフの中に重ねる。
     こうすれば、判例とグラフとの間を視線を行ったり来たりしなくても理解できる。

 ● 男女の色分けと、4年制大学・短大の色分けを、別のものにする。

 ● 大学全体を表す長方形の内部は、4年制大学、短大の各色を組み合わせた格子状にする。


くどすぎてもいいから、分かりやすく

 ある公共施設の集会室の利用料金表である。

料金-1

 どこが分かりにくいのか? という疑問を抱かれた人もいるだろう。

 最大200人くらい入る部屋なのだが、この表を見たとき、最初は、朝10時から夕方5時まで利用して、3000円というのは、えらく安いと思った。

 そんな安いはずはないだろうと思って見直すと、左上に「ご利用時間(1時間単位)」と書かれていた。ただ、これを見たときも、最初に見たときの、朝10時から夕方5時まで利用して3000円、という印象が強く、単に利用時間が1時間単位というだけで、料金の計算は、それとは別で、朝10時から夕方5時までなら、何時間でも3000円なのか、という気がした。

 それにしても、安すぎる。そのうち、利用時間が1時間単位というのだから、利用料金も1時間の料金を表示してあるのだろうという気もしてきてた。

 施設側は、利用時間が1時間単位ということを表示しておけば、料金も1時間ごとに計算されるというのは当然のことだという思いがあったのだろう。

 確かに、常識的にはそういうことになるだろう。

 けれども、自分では常識だと思っていても、100%の人が常識を持ち合わせている、というわけではない。

 たとえば、森友問題の財務省の文書改竄に関する佐川元国税庁長官の証言など、常識的には、こんなので納得できる人がいるのかと思えるのだが、世論調査では、「納得できない」が72・6%で、「納得できる」が19・5%もあるのだ【毎日新聞 佐川証言、世論調査】。

 もう登場して10年にもなり、テレビでも何度となく報道されている「オレオレ詐欺」でさえ、未だに騙される人がいるのだ。

 集会室の利用料金の件でも、トータルで3000円と誤解する人がいないとは言えないだろう。もし誤解したまま申し込んでいたら、当日、料金の支払いを巡ってトラブルにもなりかねない。

 万が一にも、そんなことにならないよう、くどいほど分かりやすい表現にすべきである。たとえば、こんな具合である。

料金-2


お洒落すぎる!

 私が大変気に入っている店があるのだが、昨日、商品の注文に関する留守電が入っていた。

 今朝、折り返しの電話を入れようとしたのだが、まだ営業時間前かも知れないと思い、店のウェブサイトで営業時間を確認したところ、次のようになっていた【アンジェ・河原町本店】。

 
アンジェ


 営業開始時刻の数字が、最初は、ローマ数字の「II」に見えて、昼の2時からしかやっていないのかと思ったのだが、すぐに営業終了時刻の「21:00」というのが目に入ってきたので、営業開始時刻の数字も、ローマ数字ではなく、アラビア数字に違いないと思い見直して、ようやく、11時と言うことが理解できた。

店のコンセプトが、

「上質な暮らし・美しいデザイン」をテーマに、日本・北欧などを中心に世界中から選りすぐりの商品を集めています

と言うだけあって、ウェブサイトのイメージも、それに沿って、大変お洒落な作りで、それはそれで結構なのだが、「営業時間」「電話番号」といった基本的な情報についても、お洒落過ぎるフォントを用いてしまうと、伝えるべき情報を誤って伝えることにもなりかねない。

 以前のブログ【エレベータの開閉ボタン】にも書いたように、表現に際して、「お洒落に」「格好よく」という思いは誰しも抱くものなのだが、「分かりやすさ」を犠牲にしては本末転倒である。

 もちろん、店のウェブサイトなどは、純粋に事務的な文書ではないのだから、「分かりやすさ」に徹するわけにもいかず、「お洒落」を優先させたい気持ちも分からなくはないのだが、それでも「お洒落すぎる」のは、考えものである。

 ところで、冒頭の留守番電話の「商品」というのは、来年のスケジュール帳である。見開き一週間で、時刻が縦に並んでおり、非常に使い勝手がいいため、もう20年以上、同じのを使っている。

 日本製のスケジュール帳は、ほとんどが、時刻が横に並んでおり、使い勝手が悪く、ようやく見つけたのが、そのスケジュール帳【QUO VADIS Weekly Vertical Prenote】なのだ。

 以前のブログ【拘束時間の可視化】に書いたような記載も、時刻が縦に並んでいる方が、ずっと書きやすく、分かりやすい。


「分かりやすさ」だけでは足りない

 日大学長の記者会見が行われている。

 別に日大学長の話が特別に「分かりやすい」という訳ではないのだが、コミュニケーションにおいては、「分かりやすさ」だけでなく、話者の心理状況が聞き手にどのように伝わるかという点について、十分な配慮をしなければならないということを教えてくれる会見である。

 これまでの日大アメリカンフットボール部の対応、記者会見の司会をした日大広報部の担当者の言動などで、世間一般が「誠意がない」と感じていることは百も承知だったはずなのだが、この学長の言葉遣いは、以下のとおり、全く不適切というほかない。
 

本件で学生たちが動揺しているので、学生たちをケアしてあげたい。


 「してあげる」というのは、本来は義務ではないのだが、恩恵的に、何かを行う、という場合に用いられる言葉である。学生たちには何の責任もなく大学の体制、対応が不適切なために学生たちが不安に思っているのであるから、大学として、それをケアすることは、当然の義務である。

 にもかかわらず、「してあげる」という言葉が使われているのであるから、大学としての責任を自覚していないと言わざるを得ない。

今回の騒動につきましては・・・


 思わず耳を疑った。当事者意識の欠如を象徴する言葉である。学長にしてみれば、アメリカンフットボール部の監督の不手際で大学全体が批判され、自分も記者会見まで開かなければならなくなった、という、いわば「被害者意識」が透けて見える表現である。

第三者委員会が発足したか否かは伺っていません。


 第三者委員会の立ち上げの実務を担うのは、大学の事務局であるから、大学の事務局からは話を聞いていないということであろう。であれば、身内である事務局に対して「伺う」という「謙譲語」を使うべきではない。適切な敬語の使い方もできない人が学長をしているのである。

監督は、大学の関連病院のどこかに、おられます。


 これも敬語を使うべきでないところで使っている。特別に難しい言い回しではない。社会人として平均的なレベルの敬語の使い方も習得していない人のようである。

普通は、競技団体の裁定を仰ぐと言う形で片付いてきたところで・・・


 もはや、あきれてものが言えない。学長にとっては、さっさと「片付く」はずのものが、学長である自分が記者会見までしなければならなくなって、大迷惑だ、ということであろう。



学生か生徒か?

 日大アメフト事件の報道の中で、事件についての現役の日大生の声が紹介されている。その際に耳にするのが、「生徒」という言葉である。

 少なくとも私が大学生の頃は、大学生は「学生」と言い、「生徒」というのは高校生以下を指していた。

 大学生ともなれば、親の保護から離れて自律的に行動する、高校生とは違った存在、という共通認識があったように思う。

 その後、80年代のはじめの頃だろうか、高校生たちが、自分たちのことを「学生」と呼ぶのを耳にすることが多くなり、違和感を抱いていた。

 全面的に親の保護下にあるくせに、「学生」とぃうのは烏滸がましい、というのが、当時いだいた感情だ。他方で、高校生たちの「背伸びをしたい」という感覚は理解できなくもなかった。

 ところが、ここ10年くらいのことだが、大学生たちが、自分たちのことを「学生」と言わず、「生徒」と呼ぶのを耳にするようになり、以前とは逆の意味での違和感を抱くようになった。

 平均寿命が延び、「人生50年」という時代から「人生100年」の時代に向かう時代の流れからは、理解できなくもない。とはいえ、他方で、選挙権を取得する年齢が引き下げられているのであり、大学生を「生徒」と呼ぶことに対する違和感は拭えない。

学生-2


 「分かりやすさが第一」という本ブログの趣旨からは、こういうことになる。

 単に「学生」「生徒」という表現をすると、人によっては、高校生以下と大学生を混同しかねない、ということであり、また、「学生」「生徒」という言葉を聞いても、話し手が自分と同じ基準で両者を使い分けているとは限らないということである。



しゅうしょく先は、一つに絞る

セクハラで辞任した福田淳一・財務事務次官の事件に関する朝日の社説だ【2018.4.29 朝日社説】。

女性社員は、1年半ほど前から取材のために福田氏と複数回会い、そのたびにセクハラ行為があったと訴えている。


 「そのたびに」という修飾語が、「セクハラ行為があった」にかかるのか、「訴えている」にかかるのか、文法上は、決め手が無い。
 

① 女性社員は、1年半ほど前から取材のために福田氏と複数回会い、そのたびにセクハラ行為があったと訴えている。

②女性社員は、1年半ほど前から取材のために福田氏と複数回会い、そのたびにセクハラ行為があったと訴えている

  
 ②だと、たとえば、福田氏の部下によるセクハラ行為があったことを、上司である福田氏に合うたびに訴え、善処を求めた、という意味にもとれる。

 もちろん、真実は、福田氏に合うたびに(福田氏から)セクハラ行為があった、ということを(福田氏以外の人に)訴えた、ということであるから、②ではなく①である。

 このように、文法的には多義的でも、背景知識があれば、文脈から正しく読みとることができるのだが、読者の知識、理解力は多様であり、文法的にも、一義的であることが望ましい。本件では、次のようにすべきである。

① 女性社員の訴えによると、1年半ほど前から取材のために福田氏と複数回会い、そのたびにセクハラ行為があったとのことである。

② 女性社員は、1年半ほど前から取材のために福田氏と複数回会い、セクハラ行為があったことを、そのたびに訴えている。


「独創性が認められ登録商標されました」??

 こんな広告を見ると、「誤解」を生じさせることを目的としているのではないかと思ってしまう。

シンプル英語


 右下に、「特許庁より独創性が認められ登録商標されました」と書かれており、この広告記載の英語学習法に「独創性」のあることを特許庁が認めたように思えてくる。

 けれども、少し考えれば分かることだが、「独創性」が認められたのは、「商標」であって、その「商標」を利用しているサービスの内容ではない。

 さらに言えば、商標法では、商標そのもについても、「独創性」があることが必要とされているわけではない。

 第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
      (略)
  五 極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
      (略)

 
 要するに、商標登録が認められたからといって、「ありふれた」とは判断されなかったに過ぎず、「独創性がある」と判断されたわけでは決してないのである。

ちなみに、特許権、著作権に関しては、次のように規定されている。

特許法
  第二条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。

著作権法
  第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
    一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。


 なお、「登録商標されました」というのも可笑しな表現である。

 「登録する」という動詞はあるが、「商標する」という動詞はない。また、複合動詞としても、「商標登録する」はあるが、「登録商標する」はない。従って、「商標登録されました」というのが正しい表現である。

直感に頼らない説明

 野球の中継は滅多に見ないのだが、たまに見ると、解説者が 「いい球は見逃してはいけません」「悪い球は、絶対、打ってはいけません」などと言っている。

 間違ってはいないが、全く無内容である。どうすれば、いい球を見分けることができるのか、それを語らなければ意味がない。

 似たような話だが、今日、詰将棋の解説で、こんな説明を目にした【実戦型詰め将棋三手五手七手詰め 中原 誠/著   日東書院本社】。
 
中原

 要するに、5手詰めでは1手目と3手目が急所で、それが分かれば、解けたも同然、ということらしい。けれども、そのことを教えてもらったからと言って、どれだけ、詰将棋が強くなると言うのだろう。

 「急所」とされる、1手目をどうやって見つけるのか、その方法についての説明がなければ、何の力にもならない。

 中原永世名人のような人になれば、直感的に急所の1手目が見えてしまうために、素人が、どうやって1手目を見つけるのか、ということが説明できないのかも知れない。

 そういう点では、解説者、指導者としては、天才的な棋士は不向きなのかも知れない。

 もちろん、人間が解く以上、ある程度の直感に頼らざるを得ないのは確かであるが、その直感は、素人レベルでも働くような直感でなければならず、天才レベルの直感を前提にされても、素人には、まねのしようがないのである。

 この問題に即して言えば、私のような素人(多分、2、3級)でも持てる直感としては、「4一」から玉が逃げ出しそうなので、それを止めなければならない、という程度の直感である。

 その直感を前提に解き方を解説すると、次のようになる。

 ① 「4一」からの脱出を防ぐ攻め方の手は、「4一」に効き、かつ、王手になる手でなければならない。

 ② 玉は、「3二」にいるので、結局、「4一」と「3二」の両方に効く手でなければならない。

 ③ 「4一」と「3二」のような斜め2箇所に同時に効く駒は、金と角しかない。

 ④ すると、結局、「3一金」「2三角」「1四角」の3とおりしかない。

 ⑤ 「3一金」の場合、玉方の手は、「2三玉」しかない。

 この先は、延々と場合分けをして、玉を詰ますことが出来る手順を見つけるしかなく、解説としては、結構、長くなってしまう。

 もちろん、⑤から先でも、直感により検討するまでもない手もでてくるだろうが、それは、人それぞれである。

 人それぞれである以上、解説者が直感を前提とした「解説」をしてしまったら、置いてけぼりを食わされる読者も出てくるはずである。

 とは言っても、まったくの初心者を想定した解説だと、ある程度の棋力の読者にとっては、冗長に過ぎるという不満も出てくるのは確かであり、どこかで、「直感」に頼った解説をせざるを得ないのも事実であり、解説者も悩むところであろう。

 けれども、冒頭の中原永世名人の解説では、誰に役にも立たないことは間違いない。

医院の診療時間は、こう書く

 街で見かける医院の前には、診療時間を表す次のようなプレートがある。

模範

 一目瞭然で、これ以上、分かりやすくは、しようがない。

 ところが、中には、一目見ただけでは分からない、次のようなものもある。

医院


 休診日の欄に「水曜・土曜午後、日曜・祝日」とあるのだが、果たして、水曜は終日休診なのか、あるいは、午後だけ休診なのか、すぐには、分からない。

 曜日の区切りに、「・」と「、」の二種類を使っていることから、仮に水曜が終日休診だとすると、「水曜、土曜午後、日曜・祝日」と書くのが自然なように思われ、そうすると、「水曜・土曜午後」となっているのは、水曜は土曜と同じく午後休診だ、ということのようにも考えられる。

 一応、こんなふうに考えられるものの、絶対そうだ、とは言い切れないだろう。

 次は、同じビルにある薬局なのだが、これも分かりにくい。 

薬局

 終了時刻について、12:30の右に18:30を配置しているのは、終了時刻が水・土は早く月・火・木・金は遅いことが直感的に理解できるので、この工夫は結構である。

 ところが、開始時刻は、どの日も、9:30であるにも関わらず、水・土は、少し右に配置している。その結果、直感的には、水・土は、開始時刻が遅いように思えてしまうのだが、数字を読めば、開始時刻は同じことが分かる。
 
 なぜ、こんなふうに、ことさら誤解を招きそうな表現をするのか、私には理解できない。


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 昨日、冒頭で、「一目瞭然で、これ以上、分かりやすくは、しようがない。」ご書いたのだが、もう一工夫の余地があった。

模範-2

 背景色を変えることによって、休みがいつか、ということが、瞬間的に脳裏に焼きつけられる【2018.3.15 追記】。



色使いに要注意

 街に出ると、ブログの素材に事欠かない。

 次に掲げるのは、御所の散歩の帰りに見かけた小学校の掲示板のポスターだ。
 
挨拶

 ぱっと見には、「から元気に    しよう」としか読めない。

 近づいて見ると、なんとか、「自分から元気にあいさつしよう」と読むことができる。「自分」と「あいさつ」を強調しようとして、文字の色を「赤」にしたのだろうが、褪色してしまい、意図とは逆に、強調したかった部分が読めなくなっているのである。

 あと数年もすれば、「青」の「元気」の部分も褪色が進み、「から  に     しよう」となってしまうのは間違いなさそうだ。

 次に掲げるのは、大阪の地下鉄堺筋線の車内のドアの上の案内板だ。

ドア


 南森町の下に、 左 とあるのは、同駅では、左側のドアが開くことを示している。他方、天神橋筋六丁目の下の  は、「右」と書いてあるのだが、非常に読みくい。 

 文字の背景を黄色と青色に分けるのは、違いを際立たせるという点では大変結構なのだが、濃い青色だと、文字の黒と明るさに差がないため、文字が読みにくくなっているのだ。こんなときは、文字の色を白にして、  とすれば、ずっと読みやすくなる。




借りている資料=貸出状況 ?

 私が利用している図書館では、ネットで本を検索・予約して近くの分館まで本を取り寄せ、分館で本を受け取ることができる。大変、便利で、日常的に利用している。

 また、自分の借りている本の返却期限や、予約した本の取り寄せ状況も、下記の図のように、ネット上に「Myライブラリ」というのがあって、それを見れば、いつでも自分で確認できるようになっている。
 
ライブラリ


 一番上の[A]が、「Myライブラリ」のメニュー画面で、「借りている資料」をクリックすれば[B]の画面が出てきて、「予約した資料」をクリックすれば[C]の画面が出てくるようになっている。

 問題は、「借りている資料」をクリックしたのに、出てくる画面の表題は、「貸出状況一覧」となっている点だ。

 どちらも、「意味としては同じ」なのだが、「外見も同じ」でなければ、利用者は戸惑ってしまう。

 図書館のシステムの作成者は、[A]のメニューでは、「利用者の視点」から、「借りている」という表現をしたのだが、[B]では、「図書館の視点」から、「貸出」という表現になったのである。

 これに加えて、[A]では、「資料」、[B]では「状況」と異なる表現を用いている。実質的には同じことなのだが、「資料」と「状況」は明らかに異なる概念であり、状況によっては使い分けが必要なこともあるが、ここで使い分けるのは、混乱の元である。

 上記で指摘した「不統一」による「分かりにくさ」は、ちょっと気を緩めると、誰でも冒してしまい勝ちなものである。

 振り返って見れば、依頼者の方に、あるときは「裁判」、別のときは「訴訟」と言ったり、「口頭弁論」とか「期日」とかを無頓着に使うことがあり、依頼者の方を混乱させているのかも知れない。
 
 使う側は、「同じもの」として使っていても、部外者にとっては、「同じ概念」のような気もするが、ひょっとすると「別の概念」ではないか、という思いをすることがあるのだから、いくら注意してもし過ぎることはない。

 ところで、「貸出状況一覧」の画面の右上には、「予約状況一覧」とあり、ここをクリックすれば、「予約状況一覧」の画面に飛べる。逆に「予約状況一覧」の画面から「貸出状況」の画面にも飛べるのだが、クリックするのは、画面の右上ではなく、中央下部の「貸出状況一覧」の文字の部分である。

ライブラリー・2

 何も考えずに普通にやれば、同じような仕様になるはずなのだが、あえて異なる仕様にしているのは、私には理解できない深い事情があるのかも知れない。






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「時間泥棒」仕置人

Author:「時間泥棒」仕置人
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 弁護士として、どうすれば、効率よく、的確に、情報を取得・提供できるか、ということを常に考えています。

 ところが、そんなことには無頓着な人も多いようで、読者に対する配慮の一欠片もない文章を目にすることがあります。

 難解な文章で読者の貴重な時間を奪ってしまう人達のことを、「時間泥棒」と名付けました。

 このブログは、「時間泥棒」を立派に更生させることを目的として開設したものです。

 記事を読んで、自分も「時間泥棒」かな、と思ったら、早速、改めて下さい。また、あなたの廻りに「時間泥棒」がいたら、あなたの力で立派に更生させてあげて下さい。

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